第6話 その告白に愛はない
ラブコメといえば? そう、ラブだ。ラブが無ければ始まらない。
北条はさっき國村君にコメディがうんたら~と言っていたから、コメ部分はコメディで間違いないが、前半のラブはラブ以外ないだろう。正確な発音で言えばラヴ(下唇を噛む)だろうけど。ラヴはラブだ。
そして北条がヒロインならヒーローが必要になってくる。それってさ、つまりそれってさ! そういうことなんじゃないのって流石に俺でも思うよね!?
これまで培ってきた人間関係とか、自分についた印象を払拭したくてやってきた近栄高校。そこに元同級生の北条がいたというのはまさかまさかの展開だったけれど、あの北条がまさか俺のことを好きだった……なんて展開が微粒子レベルで存在してる……!?
「青海君」
そうなると、あの北条が彼女になる……なんて未来もなくない、のか? あいつがラブコメを付き合う前か後、どちらで捉えているか分からないけれど……。
「青海君、もう終わったわよ」
「え?」
北条の声で我に返る。教室の景色に変化は無い……が、確かに教壇から先生が消えていた。
「今日は教科書を貰ってそのまま解散だそうよ。折角だし一緒に行きましょう」
なるほど、そうなのか……って、やっぱり北条のやつグイグイくるし、まさかまさか、そんなことって。思わず振り返ると、北条は真っ直ぐ俺の目を見つめてきた。はえぇ……凄い目力……。
「でもそれより先に、先ほどの話をした方がいいかしら。青海君に私のラブコメを手伝って欲しいという話だけれど」
「え、ここでっ!? みんな見てるけど……」
「ええ、ここで。何も不都合は無いでしょう? むしろ好都合よ」
こ、好都合……? でも、ラブコメっぽくするんだったらもっと人気の無い体育館裏とか、屋上とか、放課後の夕日に染まる教室とかそういうシチュエーションがいいんじゃないの? ていうかそもそも入学式当日って展開早すぎない!?
「青海君」
「は、はい!」
「その……中学の時から、ずっと決めていたの。貴方しかいないって。けれど卒業したら別の学校に行ってしまうかもという壁もあって……ああ、どうしよう緊張してきた」
衆人環視の下で元々注目を受けていながら、これまで緊張を全く見せてこなかった北条が少し緊張して見える。これは、来るのか、来ちゃうのか。
「けれど、貴方は私と同じ近栄に来た。入学式の壇上から貴方を見つけたとき、運命を感じたわ。良かった、無理して早めなくてって。でももう無理。貴方を見つけてから早く、早く打ち明けてしまいたいという衝動が抑えられないの」
ゴクリと生唾を飲む音が複数。俺の喉は勿論、周囲で一向に帰る気配無く様子を見守っていた生徒達、そして廊下で北条の姿を一目見にやってきた他クラスからの野次馬達から……って、お前らいつの間に!? 監視の度合いが高まってるっ!
「だから、青海君。一生で一度のお願い」
「は、はひっ」
「青海くん、私と一緒にハーレムラブコメの“ヒロイン”になりましょう」
「…………………………え?」
思わず漏れ出た疑問の声。これも複数だった。
「あぁ……やっと言えたわ。ラブコメならやっぱりライバルが必要だものね。複数のヒロインが一人のヒーローを取り合う愛憎入り交じったドタバタ感……ああ、ドキドキしちゃう」
「あの、北条さん?」
思わず、といった様子で北条の隣の席……名前なんだっけ、ええと、結構可愛いけれど地味……じゃなくて素朴な感じの女子が声をかける。
「何? ええと……ぅんぁさん」
「覚えてないなら全然無理しなくていいから……まだ初日だし。私、前田みなみ。よろしくね」
「ええ、よろしく。それで何か用かしら、前田さん」
「その……盗み聞いているみたいで悪いんだけど、今、青海君にヒロインになってって言ったの?」
「ええ、その通りよ」
……はっ! 思わず色々なものが頭を過ってフリーズしてしまっていた。
しかし、前田さんだったか。明らかに俺をちらっと見て、「ヒロイン……?」と脳内に疑問符を浮かべていることは見て取れる。正しい。実に正しい反応だよ前田さん!
「ええと、青海君は男子……だよね。その、てっきり私、北条さんが彼に告白するものかと……」
「告白といえば告白ね。人生で一番緊張したもの」
「そ、そうじゃなくて、愛の告白……」
「愛? 私が彼と、男女の仲になりたいとか……ふふ、面白い冗談を言うのね」
冗談! 面白い冗談! 面白くねぇよこっちはよ!
「じょ、冗談って……青海君がヒロインになるっていう方が冗談としては……」
前田の言葉にクラス中が頷く。が、その言葉が理解できないように小首を傾げる北条。
ま、まずい。この状況はあまりよくない。北条の言葉が冗談だと流すのは実に結構。俺だって期待して、無駄に上げられ落とされた感は否めないけど、それでも元々棚ぼた的に発生したことだ。無いなら無いで、帰って枕を濡らす程度で済ましてやるさ。
しかし、彼女の発言を掘り下げるのはマズい。実にマズい。俺の中学時代の悲劇をここでも繰り返すわけには……っ!
「ま、まったく、ほくじょーおまえ、へんなこと、いいやがってー。おれはおこったぞー。もう、かえるからなー」
「お、青海君? 凄い棒読みだよ……?」
「ぼ、ぼうよみー?」
「ああ、なるほど。前田さんはこう言いたいのね。青海君はいかにも陰キャな根暗メガネに見えるって」
うぐっ!? なんだろう、入学式前の夕霧さんに言われたよりダメージあるな!?
ああ、そっか、こいつ遠慮って概念がないんだ。だから余計傷つくんだ。水は水、机は机、青海正悟は陰キャの根暗メガネって感じで彼女の中のディクショナリーでは当然に定義されていることなんだ……。
「けれど、これは彼の世を忍ぶ仮の姿よ。百聞は一見にしかず……見れば納得するわ」
「お、俺用事思い出した! 帰る!」
「逃がさないわよ」
立ち上がったところでガシッと腕を掴まれた。女とは思えない腕力。無理矢理剥がせないこともないが女子相手にそれは……というある種当然の躊躇が生まれた時点で俺は負けていたのかもしれない。
「ねぇ、前田さん。ヘアピン貸してもらえる?」
そう言いつつ、返事を受ける前に前田さんが付けていたどこにでもありそうな普通のヘアピンを抜き取る北条。当然腕が伸びるわけではないので、立ち上がり、空いている片手で掴んでいる俺を引っ張りつつ。なんて馬鹿力なんだ。
ただ、涼しげにやるその表情がまた色っぽくて、前田さんは「ひゃ、ひゃい……」なんて頬を真っ赤に染め、目を潤ませていた。こいつイケメンかよ……ってそんなこと考えている場合じゃない。
「や、やめろ北条。お前も言ったろ、これは世を忍ぶ姿だって。世を忍んでるんだよ、白日の下に晒す意味がどこにあるってんだ!?」
「才能がある者ははその才能を行使する義務があると私はこれから思うことにする」
「今までは思ってなかったってことだろそれ!」
「物事は常に移り変わるものだわ。それに言ったでしょう、一生に一度のお願いだって。それって命を懸けているのと同じじゃない?」
「そんなに重いワードだったのそれ!?」
「私の命に懸けて、貴方の真実を晒させてもらうわ」
それはあまりに冷酷に執行され……そして教室内に悲鳴とどよめき声が鳴り響いた。