最終話 想い人でも主人公でもないけれど
「北条さん。北条さんやー」
喫茶店を出て、車で来ていた天勝君の送るという誘いも「定期があるから」と断り、駅までの道をスタスタ歩く北条に、俺は何度目かの呼びかけをした。
が、何をイライラすることがあったのか、無視されている。
「北条水希さーん?」
そう呼びかけようやく、北条は足を止める。ただそれも突然、ピタッとという感じだったので俺は思わずこけてしまいそうになった。
「それよ」
「それ?」
「私は名前で呼んで、貴方は名前で呼ばないなんて変じゃないかしら」
「変じゃないだろ。別にお前の名前呼びだってうち限定の話だろ」
「……? それもそうね」
自分でふっかけて自分で納得する。なんだか彼女は自分で自分をコントロールできていないように見える。そういうと大げさだが、変な衝動から意味も分からず拗ねる子どものそれに近い。
「天勝さん……秀逸君に告白されたとき」
「ん?」
「あんなにあっさり断れるとは思わなかった」
前を歩いていた北条が足を緩め、その隙に横に並ぶ俺。彼女は考え事をするように少しうつむいていた。
「少し前までは婚約を断って好きな人と結ばれたい、なんて思うようになるなんて思っても見なかったわ」
「ラブコメヒロインになるなんて言ってるやつがよく言うよ」
「夢、だもの。そう簡単に手にはいるとは思っていなかったし、見える場所に吊されているものでもないから」
「夢ねぇ……」
確かにハーレムラブコメ的生活を送るなんて、文字通り非現実的だ。この世界には読者にウケるイベントを用意してくれる作者なんていない。全ての結果には原因があり、そして物語は物語だからこそ成立するのだ。
彼女の言っていることを聞けば10人中10人がバカにするだろう。子どものようなことを言うな、現実を見ろ……と。俺もその1人だ。
「そういえば主人公は見つかったのか?」
「いいえ、まだよ。どこにでもいる普通の男の子がモデルと言っても、中々そのどこにでもいる普通の男の子がいないのよ」
「なんか哲学だな」
「そうかもしれないわね」
どこにでもいる普通の男の子。しかし、やはり主人公になるのだから人を引きつける魅力は必要だ。困っている女の子は身を挺して助ける正義感を持ち、少しスケベな展開になってもちょっとビンタされるくらいで許される愛嬌がある……それらを下心無く出来なければベタな学園ハーレムなんてものは成立させられないだろう。
そんな逸材、人生通しても見たことがない。
それは俺の交友関係の無さによるものかもしれないけれど、その点では北条もどっこいどっこい。この場にいない夕霧もどっこいどっこい。ちょっとしたお祭り状態だ。
「でもさぁ、お前親父さんにも天勝君にも好きな人ができたって言ってんじゃん? それは嘘なわけ?」
「嘘じゃないけれど、少し誇張はしたわね。正確には好きになれそうな人、といったところかしら。まだ恋愛なんて何なのか分からないし……」
「ふーん……つかさ、その人を努力部に引き込んで主人公に祭り上げるってのは?」
「その必要は無いわ」
バッサリ、一刀両断である。
既に北条が好きならそれでいいと思ったんだけど……いや、でもハーレムという点は守れなくなるか。俺も夕霧も応援か傍観する立場になるだろうし。バタバタして面白いというより、甘くて切ない、それこそアオハルな日常になる気がする。
ただ、いざ主人公君が現れたとき、北条に他に好きな人がいたらちょっとしたマイナスポイントになるのではなかろうか。ほら、ヒロインたるもの初恋は主人公君に捧げた方がいい感じするじゃん。
……なんて、出来の悪いプロットを前に頭を抱える編集じみた考察をしている内に駅に着いた。とはいえここでハイサヨナラとなるわけではない。俺と北条の定期券はお揃だ。ガラガラの車内にぴったり並んで座る俺達。
喫茶店でも横に並んでいたけれど構造上余計に密着を求められるので、なんというか……緊張する。意識しないようにしても北条の香りが鼻孔をくすぐりなさるし。
「でもまぁ、これで安心して高校通えるな」
「ええ。ありがとう、青海君。貴方のおかげよ」
「俺は何にもしてないだろ。ただ変な巻き込まれ方しただけだ」
「それなら、巻き込まれてくれてありがとう……かしら? ふふっ、変な言い回し」
自分で言っておいて自分で笑う北条。これもある種のノリツッコミだ。
「青海君がいなかったら、私今もうじうじ悩んで、多分父に言われるがまま秀逸君との婚約を受けていたわ。それはそれで、もしかしたら幸福なことだったのかもしれないけれど……でも、今に後悔は無い」
「ふーん……そっか」
「興味ない?」
「いや、そういうわけじゃないけどさ……なんかモヤっとするんだよな。だってお前が婚約を断れたのは好きな人ができたからだろ? それいよいよ俺関係ないじゃん」
ありがとうを言われるのは俺でなく、その好きな人だ。そりゃあ、行き場のないこいつを拾ったということを彼女は感謝しているのだろうけど……でもそれって根本的な解決にはなりませんよね? ってやつで、感謝をされてもやはり困ってしまう。
「むぅ……」
素直に感謝を受け取らない俺に、北条は不機嫌そうに口を尖らす。けれど、その不機嫌はすぐに笑顔に変わった。
「ま、貴方らしいわね」
「それ、褒め言葉?」
「褒めてるし貶してもいるわよ」
「わぁ、便利だな日本語って……」
電車の中だから控え目に、けれど実に楽しそうに北条は笑う。
中学時代、一度も見たことの無い年相応の無邪気な笑顔。クールなイメージを覆すような満面の笑みに俺もつられて笑う。意味も分からず、笑う。
意味は分からないのに、楽しい。
北条の想い人、それともラブコメの主人公……どこのどいつかは知らないが、その誰かさんはいつか彼女を独り占めするのだろう。こうして彼女と過ごすのは最初で最後になるかもしれない。最後にならなくても、数える程度しかない予感はある。
そう思うと少し、そいつが羨ましく思わないこともない。ただ、この妙に重たい苦さもアオハ……青春の味ってやつなのかもしれない。
結局男扱いされるという希望は敵わずヒロインなんて扱いをされてしまっているが、青春ってもんを楽しめているというのなら、こうして近栄高校に入学したことは正しかったと言えるのだろう。
いつの日か、俺がヒロインではなく“主人公”になれる日は来るのだろうか。
なんて悩みつつも、俺の理想とかけ離れた形で日常は続いていく。
北条や夕霧達とのこれからの日々を思いつつ……何故か苦笑を浮かべてしまうのだけれど、もう少し北条の戯言に付き合うのも悪くないと思う俺なのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
本作、ここで完結となります。
お付き合いいただきありがとうございました!!!!!