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第39話 要約すると北条さんじゃない人

「ギャップかな~、やっぱり。例えば、ふとっちょなのに足が速いとか、ムキムキマッチョなのに虚弱体質とかそういう予想外の何かにキュンときちゃうのよね~」


 へぇ、あぁ、そうっすか。

 そんな相槌を打ちつつマスターの言葉に耳を傾ける。何故かスタートはこの人からだった。ただ、意外とノリノリで、客が他にいないのをいいことにそろそろサラリーマンタイムに入ろうというのにクローズの看板を出し、カウンターに座ってリラックスする始末。

 よく潰れないな、この店。


「ほら、あたしお嬢様だったじゃない? この店も祖父の残してくれたもので、大学卒業してからものんびりコーヒー研究してるくらいの日照りっぷりなんだけどさぁ」


 知らねぇよ。初対面だよ今日。

 そんな文句を吐きそうになったが、「へぇ、そうなんですね」なんてにこやかに相槌をする天勝君を前に悪態をつくのは人間ランクの低さを露呈するようで憚られた。


「あ、だから君は最高」

「えっ、俺?」

「オレってのもいいねぇ~! 君みたいなプリティーガールが男装して、かつ男の子っぽい喋り方してるなんて、ぶっちゃけお姉さんの性癖どんぴしゃりよ?」

「いや、俺は男装とかじゃなくて」

「近栄はジェンダーフリーに寛容ですからね。男子の制服を女子が着ても校則違反になりません」


 俺の否定に被せるように北条がなぜか校風紹介をする。同時に俺の手の甲を抓ってきた。暴力せずにはいられないんか。


(バレたら余計にからかわれるわよ)


 そして暴力ウーマン北条はマスターに聞こえないように配慮して、そんなことを囁く。

 なるほど、ギャップ萌えのマスターからしたら男の娘とは一番の萌え要素になるのか……って誰が男の娘じゃい!(ノリツッコミ)


「ねぇ、君、名前は?」

「え、あ……青海、です」

「青海さんかぁ……ねぇ、ここでバイトしない? 君ならいい看板娘になってくれるかも」

「むす……いや、でも高校生でバイトなんて」

「普通普通! 近栄でしょ、あたし近所だからよく生徒も見るけど、結構バイトしてる子いるよ?」


 そう、近栄はバイトに寛容だ。勿論それで学生生活を維持できればという前提はあるが。


「……俺なんかより、こいつの方がいいですよ。美人ですし」


 が、許可されていようが誰が看板娘なぞになるものか。

 というわけで俺はすぐさま美少女代表北条水希選手を売り込む。当の本人は否定せず、優雅にコーヒーカップに口を付けていた。


「うーん、彼女はあれね。親近感の抱きづらい美少女って感じでしょ? 店員でいたら皆怖いんじゃないかしら。むしろ、お客さんとして窓際で読書してれば、色々拗らせた思春期ボーイが連れるかも。店員ってよりはサクラかな?」

「青海“さん”がアルバイトするのなら、サクラになるのもやぶさかではないですね」


 さすが北条。手渡されたボールをノータイムで俺に渡してきた。絶対に受けないであろう俺に選択権を与えることで、直接ではないが断れるというわけだ。この世渡り上手め。


「ですが、マスター。“彼女”にはフリフリのエプロンドレスより、この店の雰囲気に合ったシックな装いが似合うかと思います」

「へぇ、分かってるじゃない。貴方、名前は?」

「北条水希です」

「北条さんね、彼女がアルバイトになった暁には是非サクラに!」


 北条のやつ、ボールを手放すだけでなく思い切りぶつけて来やがった。そしてこの場に彼女なんてもんは存在しない。

 天勝君も「水希が居るなら僕も通いたくなっちゃうな」とか言ってるし……みんなマイペースなのになんで会話成立してんの?


「まっ、その話は追々にするとして」


 追々にもしません。


「話を戻しましょ。あたしだけ、こんなアラサーの年増の話なんて所詮前哨戦よ。是非お客様方の好みのタイプをお聞かせいただきたいわぁ」

「僕のタイプは水希だよ」


 なんなのこの人の鋼メンタル。フられたんじゃないの? にこにこと甘い笑顔を向けながらそう言う大学生さんは未練たらたらというか、決して受け入れられなくてもこちらから想う気持ちに代わりはないみたいな、イケメンでなければ許されなそうな思考をしているっぽい。

 そしてそのターゲットとなる北条は涼しい顔して聞き流していた。それもそれで中々強固なメンタルと言えよう。


「私は好きなタイプとかあまりないけれど……そうね、一緒にいて楽しい、気を遣わなくていい、笑顔が素敵、包容力がある……とかかしら。ああ、あと身長は高すぎない方がいいし、声も高めの方が聞いていて心地がいいかしら。別に私と同等のスペックが欲しいなんて全く思ってなくて、むしろ少しくらい欠点というか隙があった方が可愛いというか……」

「いっぱいじゃん。いっぱいあるじゃん」

「後半……」


 天勝君が肩を落とす。確かに前半はまだ彼にも分があったが、"ああ、あと"から後ろが完全に当てはまっていない。彼の身長は目算180センチくらいだし、声も男性らしく低音だし、スペックも高いのだろう、きっと。

 しかし、そんな条件を一部でも満たす異性が北条の近くにいるのか……? いや、近くでない可能性もあるか。こいつが遠くからいじらしく眺めているなんて想像できないが。だって、入学初日に男の俺に対してヒロインになれとか言い出した奴だぜ?


「それで、貴方は?」

「はい?」

「みんな言ったのよ。最後は貴方の番」

「うーん……」


 少し腕を組んで頭を捻ってみる。

 これは青海君としての好み? それとも青海さんとしての好み? いや、こいつの言う青海さんなんてこの世に存在しないのだから好みの探りようもないんだけどさ。

 ただ、好み、タイプ……そういったものを考えたことはあまりない。強いて言うならば、


「俺を、俺として見てくれる人かな……」

「わぁ、ポエミーねっ」

「そんなんじゃねぇっすから」

「なになに、高校生? 悩めるお年頃かぁ?」


 気安く肩を組んでくるマスター。年相応におふくらみになられたお胸様が我が腕に触れて形を変えた。合掌。

 が、すぐに「おっとお客さんだった」と引いていかれてしまった。お客さんだと駄目……つまりバイトすればワンチャン……いや、女装させられるから駄目だ。


「恰好つけなくていいわよ。もっと身体的特徴とかあるでしょう」

「そりゃああるけどさぁ……」


 女性の前で好みを挙げていくのはどうにも恥ずかしい。そして残る男は年上の余裕のある人で、かつ北条にフラれたものの想いを残している人だ。北条の友達枠という俺の立場を考えてもあまり場を乱したくはない。

 天勝君には俺が男と知られているんだ。つまり、この場では北条っぽくない人がタイプと示すことで彼から謎の嫉妬なり恨みなりを買うことを回避するのに努めた方がいいのではないか。


「そうだな……おっぱいは小さい方がいい。身長も俺より小さいほうがいいな。モデルとか女優顔っていうよりも、地味……というか素朴な感じがいいし、すらっとしているよりはムチっとしてる方がいい」

「……」

「へぇ」


 北条の目が冷たく細められて怖かったけれど、天勝君はニコニコと味方とは言わずとも敵と認識していないような穏やかな視線を向けてきている。ヤンデレ大学生に命を狙われるバッドエンドは避けられたか……。


「青海さんって女の子が好きなの? 同性愛者ってこと」

「え、いや? うーん……」

「別に隠すことないわよ。お姉さん、全然そういうの好きだからっ」


 ギャップ萌えって言っているけれど多分この人なんでもいいんだろうな……ただ下世話な性質なだけだ。


「……」


 しかし、北条がどうにも怖い。何のリアクションもなく、死んだような目をして俺をじっと見下してきていた。

 さしずめ俺が女性の身体的特徴を上げ連ねて好みを語ったから、男は性欲の塊で女の敵という認識が生まれたのかもしれない。好みを聞いてきたのはこいつなのだからあまりに理不尽なんだけど。


 ただ、理不尽だろうがなんだろうが、そうなってしまったらもう変えようが無い。

 北条はどうにも不機嫌になってしまったようで、その後の会話は弾むことはなかった。天勝君の婚約話も一旦決着がついたということもあり、今日のところはそのまま解散という運びになったのだった。

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