第38話 アオハルな春
天勝秀逸君。現在大学に通う3年生らしい。
大学生でありながら何かと忙しくしているらしい。だったら今日は何で長時間張り込んでいたの、という話になるけれど。
そんな簡単な自己紹介を受けながら、俺はブレンドコーヒーにミルクを垂らしてかき混ぜる。後はお二人でごゆっくり……というオーラを出しているのだから、わざわざ自己紹介なんてしてくれなくてもいいのに。
「ブラックで飲めないの? お子様ね」
「でた、ブラック至上主義……」
「水希、あまり押し付けるのは良くないよ」
天勝君は苦笑しつつ、それでも自分もブラックのままコーヒーを口に含んだ。
「……俺のことはいいですから、どうぞお話を」
「ああ、うん。ごめんね」
天勝君は苦笑しつつ、音を立てないようにカップをソーサ―に置く。
「水希、こうして会いに来たのは、君と僕のことだ」
「それについては父からお断りをさせていただいたと聞きましたが」
「うん、そうだね。しっかりと聞いたよ。けれど……はいそうですかと諦められない」
天勝君は改めて北条に向き合うと真剣なまなざしを彼女に向けた。その輝かしいイケメンオーラに俺は消滅しそうになった。
「僕は、君が好きだ」
あまりに真っ直ぐな告白に、俺は消滅したくなった。いや、それは元からか。
だが余計に居たたまれない気分になる。ガチ告白をすぐ側で聞かされるってなんて罰ゲームだよ。
「確かに、暫くまともに会えてなかった。子どもの頃に一緒に遊んだくらいで……けれど、君の話はずっと、君のお父さんから聞いていて、気が付いたら好きになってたんだ」
ひゅう、と口笛でも鳴らした方がいいんだろうか。いや、茶化すな。このまま空気に徹しろ。そして2人の意識から俺が消えた瞬間に逃げれば……と思っているのだが、どういうわけか北条は一向に俺の手を離してくれない。
なんとかするりと抜け出せないかと動かすのだが、絶対に逃がさないと指と指の間に指を入れてくる、所謂恋人繋ぎまでして拘束力を高めている。
「水希、婚約してほしいとは言わない。けれど、どうか僕にチャンスをくれないか? 君に好きになってもらえるよう、頑張るから……どうか、僕と付き合ってほしい」
「……っ」
思わず息を飲むのは俺だ。ガチガチのガチだ。
気まずいとかじゃなく、ただただ圧倒された。頭を下げる彼から本気で北条を想う気持ちが伝わってくる。
北条はどう応えるのだろう、と彼女を見ると北条はテーブルに置かれた自身のコーヒーカップを黙って眺めていた。
(おい、北条)
動かない北条に思わず小声で呼びかける。口を出したくはないが、この空気には耐えられない。
天勝君も頭を下げたまま動かないし、他に客は居ずともマスターからの視線は刺さってくる。主に、お前(俺)はなんなの、的な。俺もそう思うよ?
「……ごめんなさい」
数分の沈黙を経て、北条が重々しく口を開いた。
「「えっ!」」
思わず声を上げる俺とマスター。マスター、お前もか。
「お前、なんで断んのさ! いい人そうじゃん!」
「そうねぇ、私もあと少し若ければ……」
ちなみにマスターは妙齢の女性だ。女性1人でお店を開くなんてなかなかに男気があるねぇ。
「なんでって……大事なことでしょう。いい人、というのには同意するけれど、いい人だからと付き合っていたら世界中はアバズレばかりになってしまうわ」
「お前なぁ……」
「私は、私には好きな人がいるの」
アオハルねぇ、とマスターが呟いた。客の会話にガンガン入り込んでくるなんてプロとしてどうなんだ。母親みたいな下世話感である。
「好きな人……」
「はい。だから、天勝さん……秀逸君とはお付き合いできないんです」
「……そうか」
天勝君は溜め息を吐く。初めて失恋というのを目の当たりにして俺は中々にショックを感じていた。
けれど北条は中学時代から何人もフってきたのだから慣れているのかもしれない。
「アオハルだなぁ」「アオハルねぇ」
思わずハモり、俺とマスターは互いにサムズアップを交わす。
北条に握られた手がギリっと悲鳴を上げた。
「水希、その、もしもよければ君の好きな人がどんな人なのか教えてもらえないかな」
「えっ」
「その、僕も利口じゃないみたいだ。そう易々と諦められない」
((ナイスクエスチョンっ!))
今度は言葉には出なかったけれどマスターと意識がシンクロした気がして、再び互いにサムズアップを交わす。
またもや俺のもう片方の手が悲鳴を上げた。ギリギリと変な方向に曲げられる。痛い。痛い痛い痛いっ!
「でも……」
しかしそんな加害者であることを感じさせずに、俺の腕を締め上げながら、しおらしい声を出す北条。こいつやっぱり怖い。
「……いえ、そうね。それならみなさんの好きな人を聞きたいですね」
「ん?」
「はぁ!?」
「アオハルねぇ」
「マスター、貴方もですよ」
「ええっ!? あたしぃ!?」
「盗み聞き……というか、がっつり聞いてましたよね。自分だけ高いところから見物なんて虫がいい話だとは思いませんか」
巻き込まれたマスター。ざまぁ。
「アオハルですね」
「アオハル……ね……はぁ……」
マスターはさぞ自分の浅はかさを呪っただろう。渋く、我関せずなプロ根性を貫けばよかったのに。人を呪わば穴二つである。
だが、よくよく考えれば彼女を完全に巻き込んだことで俺の退路も断たれた。
というか……損しかしてなくない、これ?
面白いと思っていただけましたら、
ブクマ、ポイント評価、感想などよろしくお願いいたしますー!