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第36話 北条さんは少し情緒不安定

 トイレから戻り、水平思考クイズに夢中になる夕霧と北条のやりとりをBGMにしてぽちぽちとスマホゲームに勤しんでいると、いつの間にかずいぶん時間が経っていて最終下校を告げるチャイムが鳴り響いた。どうりでスタミナも切れていたわけだ、ゲームの。


「そろそろ帰りましょうか。ところで2人とも」

「帰るって言ってるのに新しい話題を出すんかお前は」

「ゴールデンウイークのご予定は?」


 ゴールデンウイークは5月頭にやってくる連休のことで、今年は5日間になる。もうすぐだ、もうすぐ。


「特にないけど……あ、青海とは出掛ける予定があるわね」

「へぇ……、青海君と」

「なんだよ」


 不審者を見るように冷たい視線を飛ばしてくる北条さん。人を誘拐犯か何かだと思っているのだろうか。そりゃあ相手はこのチビッコですけどね?


「ちょっとズルいと思っただけよ。私、家族旅行なの」

「おい軽くプチ自慢してくんじゃないよ」

「どっちがズルかって話よね。あー、これだから金持ちは」


 ズルいと北条は言うがこちらから言わせてもらえばゴールデンウイークをゴールデンウイークとしてしっかり満喫しようとしている北条の方がズルい。

 こちとら埋まっているのは一日だけ。満喫どころか半喫にも届いていないのだ。人権が侵害される屈辱であるぞ。


「って、こんな話してる場合じゃないって。さっさと帰らないと先生に怒られるぞ」

「それもそうね。この話は……追々ね」


 最後だけ、俺にしか聞こえないように耳元で囁いてきた北条。残念ながらその意図は俺如きには汲み取れそうになかった。


◆◆◆


「夕霧、ちょっと」

「なに?」


 昇降口までの道中、俺は夕霧の肩をつつき、北条に気づかれないようにこっそり一枚のメモ用紙を渡す。


「……は?」


 夕霧はポカンと口を開けて、俺とそして北条に視線を向ける。


「夕霧さん、どうかした?」

「ううんっ、なんでも……ちょっと、青海。これどういうこと?」

「協力者からのリークだ。念のため、な」

「……ま、分かった。これ、貸しだかんね?」

「俺、一応お前にも気を使ったんだけどな……」


 自ら貧乏くじを引こうというのに何故貸しになるのか……これがわからない。ただ、納得してくれたので良しとしよう。連休中に忘れてくれることを祈るばかりである。


「二人とも何を話しているの?」

「「いいや、なんでも」」

「絶対何かある息の合い方よね、それ」


 北条が深々とため息を吐きながら睨みつけてくる。やはり今回も俺だけだ。

 昨日の一件でもしかしたらプラスどころか嫌われたのでは……? そう思うと色々彼女の行動にも納得がいく。だとしたら残念だ。この後もっと嫌われるだろうし。


「あっ、あたしようじおもいだしたわー」

「夕霧さん?」

「いそいでかえらなきゃーそれではまたねえー」


 呆れかえるくらいの棒読みを残し、夕霧が駆け足で去っていく。事情を知る俺でも、それってどうなのと疑問符が浮かぶほどに、大根だ。彼女に国民に好かれる子役となるのは無理そうだな……。


「夕霧さん、なにか変よね? 何か悪いものでも食べたのかしら」

「そうじゃね……なんかまた落ちてるもん拾って食べたんだろ」

「彼女のヴィジュアル的には想像に難くないわね」

「うん。ヴィジュアル的には」


 まあ、演技が下手ってことは普段の絡みでは嘘はないということ。そうなれば彼女の真っ直ぐな感じは素ということで好感も持てる……と、俺は届かぬフォローを心の中で飛ばした。

 俺と北条の会話も夕霧に届けばアウトだが、これも届かないのでセーフだ。フォローとアウトが共に届かないので残ったのは無のみ、そうして俺は真理に到達した。世界は最初は無だったのだ……。


「青海君、何ぼけっとしているのよ」

「ん、いや」

「ああ、それとも正悟君と呼んだ方がいいかしら?」

「……必要ないだろ。ここは俺んちじゃないんだ。青海さんは俺しかいないわけだし」

「ああ、そう」


 納得したように頷きつつ唇を尖らす北条。またもや彼女のイライラが増した気がする。婚約解消してから情緒不安定気味なんじゃ……もしかしたら彼女にとって婚約は精神安定剤的な役割を……?


「っと」


 不意にポケットのスマホが震える。開くと、それは先ほど別れたばかりの夕霧からで。


「……っ、あのバカ」

「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

「さっきからそればかりね」

「ああいや、本当に大したことないんだ。本当に……本当に」

「そう深く溜め息を吐かれて、なんでもないなんて信じられないわよ?」


 心配するように顔をのぞき込んでくる北条。そんな彼女に俺は苦混じりの笑顔を返しつつ、スマホをポケットにしまって、手に浮いてきていた汗をズボンで拭った。


 死ね、我が汗腺。そう念じながら。

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