第35話 努力部はやっぱり努力部
「そういうわけで、婚約話は白紙になったわ」
「どういうわけでよ。代名詞が示す事象を示しなさい」
放課後、部室にて夕霧が北条に噛みついた。とはいえ殴り合いに発展するだとか、組んず解れつキャッキャッウフフな感じでもない、それなりにほどほどに弛緩した空気が漂っている。
「ちょっと、あんたは聞いてたの?」
「特に」
「青海君には話してないわよ。別に興味ないんですって」
少しツンツンした物言いに、俺は興味ないとは言ってないと反論しそうになったが、やめた。朝の会話の流れ的には興味ないと言っていたようなものだから。
「でも白紙になったとまでは聞いてなかったからなー。ちょっと興味わいたなーこの青海くんも」
「うざっ」
「もっと興味ありげな抑揚をつけられないの?」
代わりに今の状況に即した興味ありますアピールをしてみたのだけど、思った数百倍棒読みっぽくなってしまったせいで女子からの顰蹙は凄かった。
「まあ、いいわ。といっても大したことは無いのよ。ただ父に言ったの。好きな人ができたから婚約は嫌だって。そうしたら以外にもあっさり頷いてくれたのよ。散々怯えていたのが馬鹿みたいなくらいね」
「えっ、好きな人! ちょっと、北条さん、そこ詳しく話しなさい!」
恋バナの気配を感じとってすぐさま飛びつく夕霧。そこんところは女子らしい。
「それは黙秘権を行使するわ」
「ええーっ!? ケチクサっ!」
「でも、北条に好きな人ができたならこの部はどうなるんだ?」
「……青海くんは興味ないのね、私の好きな人なんて」
「いや、黙秘権なんだろ」
開かないドアをノックするほど無能でいるつもりはない。というか、俺自身あまり恋バナに興味があるわけではない。そんなことより晩飯のメニューが気になる花より団子ボーイなのである。
まあ、今気になっているのは今後の部活の方針だけれど。
この努力部は北条が高校を舞台としたラブコメ的青春を満喫しようと立てられたら。夕霧も不本意ながら俺も、彼女と立場を同じくするハーレムヒロインの立ち位置になる。
しかし、北条に好きな人ができた。それは主人公不在の中ではある意味朗報かもしれないが、俺も多分夕霧もその想い人とやらの影も形も掴めていない。現状北条の独占状態だ。今のままだとハーレムラブコメというより純愛青春恋愛物語とかになりそう。
「この努力部については少々方向を修正する必要があるかもしれないわね」
「あ、部は続けるんだ。なんだ、その想い人とやらとの愛の巣でも作るつもりかい」
「ふふっ、それも悪くないけれど……表向きは変わらないわ。ラブコメの舞台である、という点はね」
この努力部の表向きの活動目的は『何かしら努力する』というものではなかっただろうか。
ただ、しれっとハーレムが取れているという時点で何かしらバイアスがかかってはいるらしい。
「ハーレムはいいわけ?」
「それは彼次第。ハーレムでも純愛でも百合でも、いかようにもジャンルは変動するわ」
「なんじゃそりゃ……そもそも誰だよそいつ」
「言ってしまったらつまらないでしょう?」
弄ぶように口角を上げる北条。そんな彼女に俺と夕霧は顔を見合わす。互いが互いに解決を求めた結果、出てきたのは溜め息ばかりだ。
そいつが誰か皆目検討はつかないが、正体が割れただけで面白みがなくなるのなら程度もしれたもんだ。
「夕霧さんも気を付けてね。彼、凄いから」
「誰よっ!?」
「ある意味夕霧さんの知らない人よ」
「ある意味も何も本当に知らないんだけど!」
何故か煽られている夕霧はさておき、努力部の継続にこっそり胸を撫で下ろす。
大した目的も意義もなく、今のところダラダラ青春を消費するだけの怠惰で無益な場だけれど、ここで北条や夕霧とダラダラするのはそれなりに悪くないと思っている。
閉鎖的な考え方かもしれないが、見知らぬ先輩方に偉そうな顔で謎の慣習を押しつけられるよりよっぽどマシだ。
北条に想い人ができたなら、彼女が本気になれば堕ちない相手というのも稀だろうし、もうお付き合いは秒読みだろう。そうなればこの部でも彼女らをサポートするという形にすればいい。最近は彼女持ちのハーレム主人公なんて珍しくもないだろうし。
「ねえ青海。あんたは心当たりないわけ? あたしよりよっぽど仲いいじゃない」
「正直さっぱり……それはこの学校の生徒ですか?」
「イエ……って、どうしてウミガメのスープ風なの?」
「ウミガメのスープ風?」
夕霧が首を傾げる。なるほど、その存在を知らない人からすると少し料理名っぽい。仔牛のソテー~ウミガメのスープ風~みたいな。マズそう。
「ウミガメのスープってのはそういうゲーム……クイズ? みたいなもんだ。俺もよく知らんけど平衡感覚が鍛わるらしいぞ」
「平均台みたいなもんね?」
「全然違うわよ……水平思考クイズだから」
溜め息混じりに北条が真なるウミガメのスープを説明してくれる。俺にはよく分からなかったが、夕霧には響いたらしく、面白そうからやってみたいまですぐに移行した。
そんな彼女達の会話に耳だけ傾けていると、ポケットのスマホが震える。
通知を見てみると、相手は今日連絡先を交換した相手からのもので、通知画面から導入部分だけ読み取る。
「俺便所」
「あら、新しい自己紹介ね便所くん」
「俺がじゃねーよ! 便所状態に移行するの意!」
「ついてく?」
「くんなよっ!?」
たかだかトイレに行く程度で弄られる矮小な俺はなぜか逃げるように教室を後にした。
そして廊下に出て、今度こそメッセージを開いて、深く溜め息を吐いた。