第32話 武術を習うと逆に喧嘩できなくなる説
「それじゃあ電気消すぞ」
正悟君はそう言って、室内灯のスイッチを押した。
カーテンの隙間から僅かに月明かり……否、街灯の光が差し込んでくる程度に暗くなる。
正悟君の普段使っているベッドは何か不快感に該当する物は特になかったけれど、彼の言うように借りたスウェットから漂う柔軟剤の香りや、普段彼も使っているだろうシャンプー、ボディーソープで身体を洗ったせいで、すぐ近くに彼を感じるような気がして落ち着かない。
正悟君は封筒型のシュラフを使っている。最初はリビングで寝ると言っていたけれど、それはさすがに悪い気がして、彼にも自室で寝てもらうことになって……なぜか今になってそれが妙に気になってしまう。
「シュラフ」
「ん?」
「そんなもの、持ってるのね」
気を紛らわすために彼に声をかける。けれど咄嗟の質問としては中々いいものだったかもしれない。
「アウトドアが趣味ってわけじゃないんだけど、外泊する機会が多くてさー」
少し微睡んだ雰囲気で彼が答える。どうにもお風呂でのぼせた後からどこか雰囲気が散漫というか、ぼーっとしているように思える。
「ほら、俺の見た目こんなだろ? 小学生の時なんてすげぇからかわれて、ボール遊びに混ざろうとしたらおままごとやってた方がいいんじゃねえのギャハハとかっておちょくられたりしてさー」
「小学生だものね、子どもというか……」
「まぁな。でも今でも球技とかで勝つと俺相手じゃ本気出せないとか、プールでもトップスの着用義務づけられたりとか不自由ばかりだが……まあ、あの頃は俺もガキだったから毎日喧嘩ばっかしてた」
だから凪子ちゃんも傷の手当てに慣れていたのか。にしても喧嘩に明け暮れる正悟君というのはなんとも想像がつかなかった。
「それで、母さんの妹、叔母さんが武術やってるっていうからたまに泊まり込みで護身術的なの学ばされてたんだよ」
「護身術……」
「なんて形だけだけどな」
「そう、まあ確かにそういうイメージは」
「ありゃ護身術なんて生易しいもんじゃねぇ。殺人を想定した武術だよ……おかげで反撃したら余計な怪我をさせちまうって思うようになって一方的に殴られるようになったんだが」
そう苦笑する正悟君。殺人武術って……なんだか気になるけれど、彼の言うことが本当であれば護身という目的は果たされなかったことになる。本末転倒では……?
でも確かに、私が知っている中学時代の彼は、それこそからかわれることはあっても、全部受け流していた印象が強い。
他の男子が声変わりしていく中、彼も声変わりをしたのだろうけどそれこそ女の子みたいに高い声のままで、明らかに女性的に成熟していっているように見えた。
彼は特定の友達は持たなかった。気さくな性格をしていて、当たり障りのない会話なら誰とでもするけれど、異性に対するような視線を向けられるのを嫌い男子とは距離を置いていたし、女子からは女子以上に可愛らしい容姿を疎まれて距離を置かれていたからだ。
そんな彼を私は、1年生の時から知って興味を持っていた。
最初は廊下ですれ違ったときに、この女の子はどうして男子の制服を着ているんだろうと思ったことがきっかけだ。
とはいえ、私も彼をどうこう言えない程度に友達がおらず、あの子は何者なんて聞くことも当然できなかった。だから偶々彼の話題を誰かが話しているのに耳を傾けたりして少しずつ情報を集めていった。
2年生に上がったときには同じクラスになれたのに、話しかけるきっかけも掴めずに、結局何もないまま一年を終えてしまった。
そして、3年生の秋。その年から特別に開かれることになったミスコンに私は出場させられ、彼に敗北したのだ。
あまり視点がコロコロするのは好きじゃないのですが、次回もホクジョーさん視点でしゅ