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第31話 またもお風呂でのぼせる話

 風呂といえばカポーンという効果音だと思う。逆にカポーンという効果音といえば風呂でもある。

 激しさと緩さが両立されたこの効果音は中々に趣深さがある。そう思えるのは日本人ゆえなんだろうか。あー、それっぽいことを考えてみようと思ったけれど頭回んねえ。

 湯船にぐったり浸かりながら、適度な温さに身体が溶けていきそうな錯覚を覚えていると、俺しかいない風呂場の中に俺のものではない少女の声が響いた。


『ちょっと、聞いてる?』

「ああうん、もちろん」

『じゃああたしが何て言ってたか繰り返してみなさいよ』

「そりゃあお前、あれだろ……身長ってどうしたら伸びるのって」

『それ悩んでたとしてもあんたには絶対聞かない』


 それは俺がチビだからということですか、そうですか。そうですね。

 スマホの向こうにいるのは俺の友達第一号である夕霧彩乃大明神である。こうやって風呂に入りながら彼女の声を聞いていると……まるで彼女と風呂に入ってるみたいな感覚になるぜ。ならない?

 一応断っておくと、俺から電話をしたんじゃない。俺が風呂に入っているタイミングで夕霧から電話してきたんだ。そこに偶々防水スマホを湯船につかりながら嗜む俺の嗜好がマッチングした結果、今の奇跡的な状況があるのだ。奇跡、乾杯。


「んで、なんだっけ」

『やっぱり聞いてなかったんじゃない。北条さんのこと』

「ほくじょぉ?」

『心配にもなるでしょ。昨日の今日よ。一応メールしてみたけど返事ないし……』

「あー、スマホ置いてきちまったみたいだからなぁ」

『……なんて?』


 うっかり、ぽっかり。口を滑らしたおいらに夕霧ちゃんが耳聡く追及してくる。


『今北条さんと一緒にいるの? なんで?』

「いや、いるとは言ってない……」

『言ってるでしょ。スマホを置いてきたって。連絡手段がないのに、なんでそんなことを知ってるわけ?』

「探偵かよ。お前名探偵かよ。小さくても頭脳はそれなり……」

『余計な口を閉じないと明日ぶん殴ってやるから覚悟しなさい』

「じゃあ黙る。殆ど言いたい部分は言ったからな」

『ありがとう。明日覚悟しておきなさい』


 手遅れだった。すまん、明日の俺よ。覚悟しておいてくれ。今日の俺はそう全てを丸投げした。


『それで、北条さんは?』

「今俺んちにいるよ」

『青海の?』

「そ、おーみの」


 大きく息を吐き脱力しつつ応える。頭がぼやぼやしてきたぜ。


『なんであんたんちにいるのよ』

「家出して迷子になっているところを保護した」

『犯罪者?』

「高校生が高校生を拾ったなら犯罪じゃないだろ。しらんけど」


 未成年が未成年を保護して実名逮捕報道されるのだろうか、少し怖くなった。SNSにテレビ報道の画像と共に、ただの逢い引きだろというコメントが付けられるのがイメージできる。


『なんかズルい』

「んあ?」

『2人だけでお泊まり会しちゃって。あたしも友達なのに』

「なんだよ可愛いこと言うなぁチクショウ。明日抱き締めてやろう」

『うぇ……明日は近寄らないようにするわ』


 引いたように呻く夕霧ちゃん。感謝しろ、明日の俺よ。夕霧からの折檻は回避されたぞ。


『ていうかさっきからあんた様子おかしいわよ? 声も変に反響するし……もしかしてお風呂?』

「さすが名探偵。お見通しか」

『お見通しというワードは入浴中の人には使いづらいわね』

「きゃっ、彩乃ちゃんのエッチぃ!」

『凄くムカつくけど、本当にムカつくのは電話越しだと一切混じり気のない完全な美少女なところなのよね……』


 僅かに絹が擦れる音と、んっと彼女が小さく声を漏らす。おそらくは寝返りを打ったのだろう。つまり彼女は今、お布団の上にいることになる。中々の名推理だ。助手くらいにはなれるかも。


『ていうか、お風呂の中でも電話できるの?』

「まぁな。防水だから」

『さすがスマホね……』


 そういえば夕霧は今ではアンティークに分類されそうなガラパゴスのやつを使っていたな。その内、古風な内装の喫茶店でも黒電話に成り代わるかもしれないアレだ。

 ガラケーでも防水対応してるやつも有った気がするが、彼女のは非対応なようだ。


『ねぇ、青海。せっかくだから一個相談なんだけど、ゴールデンウイーク暇よね?』

「なぜ断定しているのか……お前な、俺がぼっちだからって暇と決めつけてるんじゃないだろうな」

『名探偵だもの。推理したわよ』

「さすが名探偵……仰るとおり暇です」


 名探偵に隠し事はできない。なんたってミステリーの大原則だからな。事実は小説より奇らしいし、それって現実はミステリー以上にミステリーってことだ。たぶん。


『じゃあさ、ちょっと付き合ってよ』

「どこに」

『ケータイショップ。親からもう高校生なんだからお下がりじゃなくてスマホ買っていいって言われたの。選ぶの手伝ってよ』

「ガラケー、お下がりだったのか……まぁ、いいよ」

『ほんとっ! えへ、ちょっと楽しみ』

「期待に添えるようしっかり勉強していくよ」

『任せるわ。それじゃあ日程は追ってメールでね』

「おお……」


 そんなこんなで向こうから電話を切られ、再び風呂場に沈黙が戻る。

 それだけで随分と寂しく感じるもんだ。別に普段から頻繁に電話をする中でもないけれど、夕霧もそれだけ北条のことが気になっていたということだろう。後で伝えといてやるか。


 さて、随分長湯になってしまった。そろそろ出ないと……あれ? 腕に力が入らないよ?

 あ、ヤバい、これ例のアレだ。

 そう気が付いたのも手遅れ。俺は湯船から身を滑らすようになんとか脱出するも、水分を搾り取られた体では立ち上がるのも難しかった。


 というわけで、俺が湯船から滑り落ちた音を聞き、駆けつけた母さんに救出されるまで床をなめるハメになったのだった。

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[一言] 母親ではなく妹が来ていたら... どうなってたかな?
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