第29話 長男は色々大変
あけましておめでとうございます。
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「にーちゃーんっ! 髪乾かしてーっ!」
「はいはい。分かったから家の中で走るなよ」
騒がしくなったのを見越し、ソファーから起きあがっていた俺は突進してきた妹をしっかり抱き止める。そうしないとソファー君が濡れてしまい母さんから怒られるからだ。なぜか俺が。
これも末っ子の力なのだろうか……長男は損ばかりする。結婚相手を選ぶ際、女性側は長男は避けたいらしいし、生まれたときから運命って決まってるんだねって……。
「はい、ドライヤーでございますよ、にーちゃんっ」
「へーへー」
取り回しの良いコードレスドライヤーを手渡してくるのもいつものこと。ソファー下の収納からタオルを取り出し、妹の頭を撫でるように拭いていく。
「凪子ちゃん、ドライヤー持って行かれちゃうと……あっ」
凪子を追って、北条がリビングにやってくる。ちなみに着ているのは凪子の服だが……うん、サイズが明らかに小さい。ピチピチなのがよく分かるぜ。
ただ、ブラジャーはおそらく着てきたものをそのままちゃんと付けているらしく、男の夢であるピチピチの服プラスノーブラというシチュエーションは回避されていた。残念。
「ごめん、北条。すぐ終わるから待ってやってくれないか? 乾いたタオル、ここに入ってるから」
「ええ。凪子ちゃん、本当に青海君……正悟君が大好きなのね」
「は?」
「青海さん宅にいるのに名字で呼ぶのも変でしょう? 誰差しているか分かりづらいし」
君付けで呼ばれる対象は俺しかいないけどな。
北条と会話しつつ、凪子の髪を乾かしていく。ずっとやらされているせいで温風、冷風の扱いなんてお手の物。あと乾かすときはクシではなく手で撫で、また長い髪は三分割して乾かすとキューティクルを傷つけないらしい。さすがグーグル先生は何でも知ってるぜ! で、キューティクルって何?
「店員さん~、凪子痒いところがあるのですが。全身痒いので掻いて欲しいのですが~」
「病院行け」
「お医者さんごっこしてくれるの!?」
「しねぇよ」
北条の前でもお構いなしにブラコン……いや、そんなことを言ったら全国のブラコンさんに失礼な気持ち悪いことを言ってくる凪子だが、普段よりもテンションが高く見える。おそらく、北条が風呂場でヒートアップさせたからだろう。
普段の凪子なら烏の行水が如く、女子とは思えない速さで風呂から出てくるからな。ゆっくり湯船に浸かるのは俺が先に風呂を頂戴した時のみだ。理由は……考えちゃあいけない。
「はい、終わり」
「うぇー……あと一周!」
「凪子ー、終わったらお皿並べるの手伝ってー!」
「ほら、母さんが呼んでるぞ」
「むぅ……ふぁーい」
凪子は母さんには逆らえないので、明らかに不満を浮かべつつもキッチンの方にとぼとぼ歩いて行った。お兄ちゃんにも逆らわないで欲しいのだけど。
ただ、風呂から出た凪子がごね&ダラダラを発動させると踏んで、事前に皿を並べて置かなかった母の慧眼には実に頭が下がる。おかげで俺も雑用から解放され、晩飯まで悠々とした時間を過ごせるのだ。
「待たせたな。ほら、ドライヤー」
「……」
「んぁ……? なに?」
「凪子ちゃん、気持ちよさそうだったわね」
「まぁ、あいつが小学校に入る前からやってやってるからな」
「そう。それじゃあ、はい」
北条が頭にタオルを被ったままソファーに座る。先ほどまで凪子が座っていた位置だ。
「北条?」
「北条さんは凪子ちゃんみたいに正悟君に髪を乾かしてもらうことを所望します」
「なんだよその喋り方……つーか、さすがにお前にやるのは……」
北条はクラスメートであり、美少女だ。そんな彼女のチャームポイントでもある艶やかで滑らかな黒髪を触るなんて、一男子高校生には荷が重すぎる。
「いいでしょう? 減るものではないのだし」
「そりゃあそうだけど……ほら、髪は女の命なんだろ?」
「別に貴方になら触られてもいいわ」
「はぁ……」
つくづく、俺はこいつに男と思われていないらしい。緊張とか興奮とかよりも虚しさが勝ってしまう。
これ以上問答するのも虚しくて、俺は渋々頷いた。
「髪、長いよな」
「そうね。切りに行くのが面倒だから」
「そんな理由なのかよ」
「美容院に行くにも予約するのは面倒だし、待つのも退屈。前髪だけだったら自分で処理できるじゃない?」
多分、うちの中学、もしかしたら既に高校の女子たちも、大和撫子を体現するような彼女の長い髪には憧れを抱いたものだろう。どんな手入れをしているのか、どういう思いで伸ばしているのか気になっていただろうし、実際にそういう話を小耳に挟んだことも有る。
「触るぞ、触るからな」
「ええ。あ……気持ちいい……」
「そうですかーそりゃあよかったー」
「どうして棒読み?」
「職人モードだから。職人は不愛想と言うだろ?」
「凄まじい偏見だし、棒読みは不愛想というより無感情と言うんじゃない?」
少し声を跳ねさせながら楽しそうに笑う北条。普段のこいつは不愛想も無感情もどちらも当てはまるけれど、今の北条にはどちらも似合わない。普通に人生を楽しんでいる女子高生って感じだ。
「本当に気持ちが良いわ。これなら毎日やってもらいたいくらいよ」
「お前、うちの子になりたいとか言い出すなよ?」
「あらそれは実に魅力的ね」
「おいおい……お前にだって帰る家があるだろうが。いつまでも居座られたらうちの家計に火が点いちまうよ」
それに俺も疲れる。凪子の髪は肩とか肩甲骨とかそこら辺までの長さだが、北条は腰くらいまで髪が伸びている。その分乾かすにも時間はかかるわけだし。
「……そうね、いつかは帰らないと」
「いつかとか言わんで明日は帰れ。親御さんも心配するだろ」
「でも……」
「取りあえず電話しろ。母さんからも言われてんだ、今日は友達の家に泊まるって伝えとかないと捜索願とか出されちまうかもだろ? そうなったら大事だぜ」
「……分かったわよ」
渋々、という感じを隠そうともせずに北条は頷く。そんな彼女に、スマホを置いてきたと言っていたことを思いだした俺は自分のを差し出した。
「ほら、使えよ」
「どうも……あら、通知。夕霧さんからメールですって」
「ん? あ、ちょい、勝手に開くなっ」
既にロックは解除されていたため、北条は難なく通知をタッチしメールを開いてしまう。幸いその内容は実に他愛のないものだった。いや、普段から彼女とのメールは他愛ない内容ばかりなんだけど。
「むぅ……ズルくないかしら。この感じ、毎日メールしているんじゃない?」
「ズル? いや、毎日してるっちゃ、してるけど……あいつも友達なんだし変じゃないだろ」
「私とはしていないじゃない。友達なのに。夕霧さんの方が大切な友達ということかしら。友達ランクだと夕霧さんが上なのかしら」
「いや、別に差とか……」
何故責められているのか。俺は全く訳が分からないまま、しかし妙な圧を感じて必死に弁明した。
「ほら、これは夕霧がたまたまメールを好きってだけで。北条とは学校で毎日昼飯食ってるし、家に来たのだってお前が初めてだよ。そういう意味じゃどっちが大切とかないから!」
「ふーん……じゃあ夕霧さんにお返事しちゃおうかしら。今、正悟君と一緒にいます~って」
「それはやめてっ!」
「冗談よ。はい」
少ししたり顔を浮かべつつ、北条がスマホをこちらに差し出してくる。
「おい、何返そうとしてるんだよ。電話しろ、電話」
「……目ざといわね。冗談よ」
一転、不機嫌そうに口をへの字に曲げる北条。よっぽど電話をするのが嫌らしい。ここでこっちが勝手に番号かけて無理やり渡すなんてことが出来ればいいのだけれど、生憎俺は北条の家の番号は知らない。というわけで、ただじっと睨みつけることくらいしかできなかった。
「……分かったわよ。掛けるわよ」
うむ、念じてみるものだ。ようやく観念した北条は電話アプリを開き、そしてこちらに目を向ける。
「あの、傍にいてくれない? その、逃げないように」
「……しゃあねーな」
家族との電話なんて恥ずかしいだろうと、繋がったのを確認したら離れようと思っていたのだが、そう言われれば逃げようも無い。俺は北条の隣に腰を下ろした。
すると、北条が控えめに俺の手を握ってきた。思わぬ行動に思わずドキッとする俺だが当然変な意味は込められていないだろう。心臓の働かせ損だ。
「少しだけ、いい?」
そう言う彼女の手は震えていた。そういえば凪子も、テストで悪い点を取ってしまったことを両親に報告するときとかはこうして俺を傍に置きたがったものだ。いざという時のスケープゴートというわけはないだろうけど、不安な時は誰でもいいから傍にいて欲しいと思うのも変なことじゃあない。
「ああ、勿論」
俺はなるべく安心させるように、北条に微笑む。北条は少しだけ驚いたように目を見開いたが、すぐにやんわりと微笑み返してきた。
「ありがとう……正悟君」
そして、市外局番から始まる番号を、淀みなく打ち始めた。
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