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第26話 青海家にようこそ

「ただいまー!」

「ほら、凪子。アイス冷凍庫にしまってきな」

「ラジャー!」


 スリッパを履いてパタパタと駆けていく凪子を見送り、おずおずと家の中を見渡す北条に顔を向ける。


「ほら、北条。もう降りれるか?」

「……あと、少し」


 ぽつりと呟く北条はきゅっと俺にしがみつく腕に力を込めた。


 ……うん、嘘。きゅっじゃない。グギュゥゥゥッッ!! って感じだ。いたい。しぬ。マジで。


「そ、そう。じゃあソファーまでな。本当にな」


 どういう意図であと少しなどと言ったのかは分からない。足が痛いからというのは当然だろうけど、プラスで『あと少し(で、青海正悟に甚大なダメージを与えられる)』というのも含まれている可能性はある。


「え、正悟が美少女を拾ってきたって?」


 キッチンの方から母さんの声が聞こえた。どうやら凪子が伝えてくれたらしい。なぜかその声を聞いて、また絞める力が強くなった。なんなの、俺の胸から上と下をお別れさせたいの?


「あらあら、本当に」

「あ、青海……正悟君のお母さまですか……? 私、北条水希といいまして、その」

「あぁ、北条さんっ! 正悟からよく名前を聞くわ。どうぞゆっくりしていってね」


 玄関にやってきた母に足止めを食らいつつ、二人がそんな挨拶を交わすのを痛みを耐えながら聞く。幸い、母は簡単な挨拶だけで引っ込んでくれたので足止めはほんの僅かで済んだ。


「よく、名前聞くって……ふふっ、青海君、私のことご家族にも話していたのね」


 北条はそうからかうように笑うとさらに腕に力を込めた。情報漏洩、個人情報保護……正しい言葉は浮かばないけれど、罰の強度が高まったことに俺はもう本当に死ぬんじゃないかと、保護したクラスメートに絞め殺されるのではないかと、諦めに似た覚悟を抱き始めていた。



 青海君の家は、よくある分譲マンションの一室だった。とはいえ、私は友達の家とかには行ったこともないから、凄く珍しい気持ちだったのだけれど。


「下ろすぞ」


 青海君が優しく、静かにソファーに下ろしてくれる。少しつらそうな表情をしているのは、行く場所のない惨めな私に同情しているからかもしれない。


「小さな家だろ。それなりな名家のお嬢様には物足りないかもしれないけど」

「そんなことはないわ。むしろ凄く新鮮で」

「嫌味……じゃないんだろうな。まあ、いっか。足、大丈夫か?」


 しゃがんで、私の足に手を添えてくる青海君。その手が暖かくて、おぶられている時と同じ妙な暖かさが広がっていった。


「北条?」

「え?」

「え、じゃなくて。ったく、まあ家飛び出してくるくらいだもんな。落ち込んでんのは分かるけど」

「別に、そんなのじゃないわ」


 気遣うように苦笑する彼の顔を見ていると少し恥ずかしくなって、つい顔を逸らす。

 運んでもらっている道すがら、家を飛び出してきたこと、財布もスマホも置いてきてしまったことは彼に伝えていた。馬鹿、と軽く叱られてしまったけれど。


「ごめんね、北条さん。うちの馬鹿息子が失礼しなかった?」

「あ、いえ」


 青海君のお母さんがやってくる。先ほどはちゃんと見れなかったけれど、青海君に似て凄く美人で、若い。


「母さん、ちょっと後で」

「はいはい、後でね。それより北条さん、晩ご飯は食べていく? 今日は泊まる?」

「え、いえ、そこまでお世話になるのは……」

「北条」


 青海君が鋭く、真剣な眼差しを向けてくる。それを見て、私は思わず息を止めてしまって、反射的に頷いていた。


「そう。丁度良かったわ、今日はカレーだから量も十分!」

「ごめん、母さん。いきなり……」

「何謝ってんの。正悟が友達連れてくるなんていつ以来?」

「……初めてだよ」

「そう、初めてだったねぇ。大きくなったねぇ」

「ちょっ、撫でんなっ! 友達の前で!」


 楽しげに会話をする彼ら親子を前に呆気にとられる。いや、どちらかといえば普段よりも一層無防備な彼の姿に。


「っと、飯の前に母さん。こいつ足怪我してるんだ。靴擦れだけど」

「ああっ、じゃあ手当しないと。凪子ー!」

「はぁい!」


 とてとてと足音を鳴らして凪子ちゃんがやってくる。既に手にコンビニ袋はなかった。


「凪子、北条さんを手当してあげて」

「ラジャーであります!」

「……凪子でなくても俺が」

「凪子の方が得意でしょうが。それに正悟は男の子なんだから、あまり女の子の身体ベタベタ触っちゃ駄目」

「はぁーい……」


 娘でなく、子。そんな指摘をされている青海君も新鮮で、つい眺めていると控え目に肩を叩かれた。凪子ちゃんだ。


「歩けます? 傷を洗わなきゃなのでお風呂場までですが」

「ええ……その、ご迷惑をかけるわ」

「いえいえ」


 凪子ちゃんについて行くために立ち上がると、青海君があっと小さく声を漏らした。驚きつつ、少し責めるように半目を向けてくる。

 きっと、歩けるなら玄関からここまでも来れたんじゃとか思ってるのだろう。そう察しつつ、私は意図的に無視をした。


 青海君に甘えるのが心地よかったなんて、知られたら恥ずかしいもの。

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