第25話 樋口さんがくれたもの
(可能な限り毎日更新)
「あっ! にーちゃんが美女と百合の花咲かしてる!」
「咲かしてない」
コンビニから出てきて早々、凪子は俺と北条を見てそんな失礼極まりないことを言う。俺だけならともかく初対面の北条を巻き込むのは中々に図太い。
「妹さん?」
「ああ、知ってたのか?」
「勿論」
勿論て……。当然のように人の家族構成を把握しているのはちと怖いが、よくよく考えれば凪子は中学でもまあまあ有名だったので不思議ではないかもしれない。兄がミスコンで優勝したせいで。
「凪子、こいつは北条……って、おい、なんだそのコンビニ袋」
凪子は両手にパンパンに膨らんだコンビニ袋を下げていた。
彼女には、俺が急遽北条の対応をする必要ができたため、財布だけ渡して好きなアイスを買うように伝えていた。最悪禿だかなんだかの高級アイスを買われても致し方なしと腹は括っていたんだけど……、まさかコンビニ袋がパンパンになるほどのサイズ、さらには二つに分かれる商品は見たことがない。
「もちろん、にーちゃんのご指示通り好きなものを買ってきたでありますよ!」
「おい、まさかと思うけど財布の中身……」
「もちろん、全て使い切りましたっ!」
「てめぇ、このやろっ! 誰が全部使っていいって言った!? アイス1個だけだろ普通に!」
財布には小遣いの残り、樋口さんが1人お住まいになられていたのだけど……コンビニ袋に透けて見えるアイスやついでにスナック菓子の数々を見れば樋口さんが分裂した野口さん1人さえ残っていないのは確かだろう。
怒りを込めて凪子の両頬を思い切り引っ張ってやる。
「あいたたたたたぁっ!?」
「これは樋口さんの分、1人残らず駆逐された野口さんの分だ……!」
「仲が良いのね、兄妹で」
俺たちのやりとりを見てしみじみと北条が感想を呟く。この折檻している姿を見て仲が良いと思えるなら、きっとこいつの目にはサーカスの象と調教師も無二の親友に見えることだろう。
「ふふっ、凪子さん、嬉しそうね」
「はぁ? 嬉しいって……」
「いだぁい……でもこれがにーちゃんの愛のムチ……はっ!? つまりこれは結婚っ!?」
な、凪子のやつ……変わらず頬を引っ張っている筈なのに普通に喋っているだと……!?
じゃなくて、普通に思想に問題ありだわ、これ。
「つっ……ええっ!? なんで離すの、にーちゃん! もっと凪子に愛を、愛をっ!」
「これ以上友達の前で家族の恥部を晒すわけにはいかないから」
「恥部……それってつまり!」
「ごめん、恥。部は余計だったな」
凪子がさらに余計なことを言う前に手の平で口を塞ぐ。買ってしまったものは仕方ない。アイスが溶ける前に帰らないとだし。
「北条、これの処理手伝ってくれよ」
「……これ?」
「菓子とか。置いておくと凪子が夜な夜な起きては食っちゃうんだよ。だから今更家来るの拒否るなよ?」
「え、ええと……分かったわ。友達、だから」
「ああ、頼む」
余計な出費にはなったが、北条を招く口実の後押しにはなったか。そう思うと悪くない。そう思わないとやってられない。
「ぷはっ!」
「よし、凪子。帰るぞ」
「ぺろぺろ。むふふ、了解です、にーちゃん!」
俺の手の平が触れていた唇を舐めつつ姿勢を正す凪子。ああ、本当にこいつは……こいつは……!
「北条、ほら」
「え?」
「足、痛むだろ。うちはすぐそこだけど、負ぶってってやるよ」
彼女に背を向けしゃがみ込んだ俺に、北条は心底驚いたように目を見開いた。
「い、いいわよ。歩くから」
「靴擦れしたまま歩かせたら母さんにどやされる。恨むならそんな怪我した自分を恨め」
「でも……」
「いいから」
「……はい」
と、ここまでキメて思ったのだけど、俺中々に紳士ではないだろうか。凪子という猛獣を諫め、怪我をした友達を助ける。
ふふふ、中々の紳士。男性ホルモンが溢れ出してきて体毛ボーボーになったりするんだろうか。ふふふふふ。
「そ、それじゃあ、青海君」
ごくり、と唾を呑み込む音が鼓膜をすぐ近くで揺らした。直後、背に柔らかなものが当たる。
俺はすっかり忘れていたのだが、女子には男子にないアレがあるのだ。アレが。“お”から始まり“い”で終わる、母音と母音のハーモニーが。
そして北条水希という女子は、身長160センチ程度、俺とほぼ同じ身長で細身ながら出るところは出た、神から選ばれた天恵ボディの持ち主なのだ。
その、神の恵みが今、俺の背に。俺の背に……!
(ああ、樋口さん……もしかしたら貴方はその身を犠牲にこの幸福を与えてくれたのかもしれませんね……)
「青海君? その、重いかしら……」
「いいや、大丈夫さ。北条のことなら何時間でも何日間でも背負いたいくらいだよ」
「そ、そう……? なんだか照れるわね……」
無駄にいい声で返事する俺を凪子がじとーっと睨んでいた。ぐ、マイシスター、俺の下心を見抜いてやがるな?
「早く行くよ、にーちゃん」
「うむ。北条よ、揺れるかもしれぬ。力強く掴まるのだぞ」
「青海君、なんだか喋り方が……」
などと言いつつも、北条は右腕を肩の上に、左腕を脇の下に通し、しっかりと力を込めてくれる。
グフフ、これでより味わうことができる! その至福の感触を……おっぱ……んぐぅ!?
つ、強い……! 凄く力が強いィ……!
そういえば北条のやつ、俺の変装をバラしたときも中々の握力を発揮していたが腕力まで!?
これは俺が余計な欲を出したことへの罰なのか……正直おっぱいの感触より痛みが勝っているぅ、完全にマイナスに傾いてしまっているぅう!!
「やはり、北条……油断のならないやつだぜ……!」
「ええと、誉められているのかしら」
北条のやつは涼しい声をしてやがった。顔は見えないけれどきっと表情も平常なのだろう。化け物め……。
結局、力を緩めてもらう合理的な理由は思い浮かばず、俺は痛みに耐えて頑張りながらなんとか歩いた。
全てが終わった後、俺の上半身は悲鳴を上げていたが、なぜか北条と凪子の機嫌が良さそうだったので……まぁ、プラスだったんだろう。知らんけど。