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第23話 帰宅部みたいな1日

 北条が学校を休んだ。

 そのことはちょっとした騒ぎにもならず、日常の中に当然のように溶けて消えていった。

 彼女は目立つ生徒だが、日常的に騒がしいわけではない。いなければいないで、気にするのはクラスメートの中でも一部だろう。


「青海くん、北条さんどうしたんだろう」


 そんな数少ない北条を気にかける“いい人”、前田さんが声を掛けてきた。


「さぁ、少し早めの五月病かも」

「そんなこと言えるの青海くんくらいだね」


 なぜか感心したように見てくる前田さん。勿論含みは無いだろうけど、北条との距離感を感じさせる。たまに一緒に昼飯を食うときも2人の会話は俺がハブになることが多いし……ハブられてるわけじゃないからね?


「そういや前田さん、もうすぐゴールデンウイークだけど、やっぱり連休中は部活なの? 吹奏楽だっけ」

「……うん」


 少し苦笑しつつ前田さんが頷く。


「そういえば返しになっちゃうけど、青海くんは部活決めたの?」

「ん? んん……まぁ」


 今度はこちらが苦笑する番だった。北条が入試1位の特典で作った努力部なるものをどこまで公言していいか分かっていなかったからというのもあるし、部活に青春を捧げている彼女を前に意味不明な部活に入ったことを知られるのが少しばかり恥ずかしいというのもある。 


「そっかぁ、残念」

「残念?」

「行き先無かったら吹部に勧誘しようと思ったのに」


 すいぶ。即ち吹奏楽部の略称だろう。奏楽を取ったら音楽要素が無くなる気もするが……いや、略称なんてそんなものかもしれない。


「俺、音楽とかダメダメだから。リコーダーとかすぐ裏返っちゃうし」

「そうなんだ……でも、良かったら一度見学には来て欲しいな。それこそ自主練の時とかはまったく問題ないし」

「自主練かぁ……」


 そういや部室にいるとき、下の方からピーヒャラピーヒャラ楽器の音が聞こえてくるけれど、そのどれかは前田さんのものなのかもしれない。

 推薦で入ってくるほどの腕前……少し気になる。


「それじゃあ、機会があればぜひ」

「うんっ。それまでに腕磨いておくね!」


 なんとも頼もしい言葉だ。変に気負われると俺も生半可な気持ちで見に行けなくなるからもっと肩の力を抜いてくれると嬉しいのだけど。


 なんて会話も、もしも北条がいたら茶々入れられて脱線するのは必至なのでこうもスムーズにはいかないだろう。

 そう思うと北条の存在というのは大きいものだと感じられる。良くも悪くも、だけど。



 そんなこんなで放課後。

 夕霧も今日は部室によらないとのことだったので、俺は久々に日が明るい内に帰路についた。

 なんだか物足りない……とは特に思わなかった。何もやってないからね、努力部!


「おかえり、にーちゃん!」

「ん、うおぉ……」


 我が家へ着き、形骸化している挨拶と共に靴を脱いでいると、すぐさま妹の凪子が玄関に駆けてきた。


「凪子、早いんだな」

「今日はにーちゃんが早く帰ってくると予感したのですっ」

「何それ怖い」


 妹の第六感ににーちゃんはドン引きした。

 が、すぐさま母さんが顔を出して、毎日早く帰ってくるとネタばらししてくれる。

 ホッとする反面、今度は凪子には学校の友達がいないのだろうかと心配になった。


「おかえり、正悟。今日は部活はいいの?」

「うん。今日は休み」


 正確には部活がではなく、部長がだけど。


「じゃあにーちゃん、久しぶりにゲームしよ、ゲーム! 晩御飯まで時間あるでしょ!」

「ほう、この俺にゲームを挑むとは……悲惨な結果になるのは目に見えているというのに」

「大丈夫、手加減してあげるからっ」

「ぐぬぬ……」


 ことゲームという分野において俺が凪子に勝てる確率はびた一文存在しない。まあ、ゲームをやると妹は楽しそうだし、その喜んでいる姿がにーちゃんにとってはトロフィーみたいなもんだ。兄貴の鏡だね!


 そんなわけで久々にゆったりとした放課後は妹とゲームをして過ごした。家族サービスする休日のパパみたい。

 勿論一勝も掴むことはできなかったが、それは別にして楽しかった。別に部室で北条とだべる(だらだら喋るの意)のも悪くないけれど。


「にーちゃん、コンビニいかない?」

「もうすぐ晩御飯だろ」

「食後のアイスが欲しいのっ。いーからいこーいこー!」

「駄々こねんなよ……母さんに怒られるぞ」

「いいわよ、行ってきても」

「ヴぇえっ!?」


 まさかの晩御飯用意中の母から援護射撃。


「どうせ手伝わないでしょ。いてもいなくてもおんなじだから」

「ぐぅ……否定できない……」


 というわけで、晩御飯前の腹ごなしに近くのコンビニまでアイスを買いに行くというミッションが発生した。妹のお守り付き。むしろそちらがメイン。

 

「アイス、アイス~♪」

「マイシスター、そんなにアイス好きだったっけ?」

「にーちゃん知らないの? アイスを夏以外に食べるのはいい女の証なんだよ?」


 それ氷菓子メーカーに踊らされてないか? 確かにたまに冬にアイス食べるの好き~っていう奴いるけど、アピールしてる時点で普通とは少し違う特別なワタシみたいなのが見えて、なんだかなーと思う。せめて妹はそんな痛そうな道に足を踏み外さないことを願いたいが。


「ちなみににーちゃんのおごりだからね」

「はぁ? お前、にーちゃんの少ない小遣いから取ってこうってのか?」

「だってお小遣いはにーちゃんの命なんでしょ? にーちゃんの命を削って手に入れたアイスを凪子の体内に取り込む……それってにーちゃんの一部が凪子の中で生きているってこと! つまり結婚みたいなものだよね!」

「ごめん。妹ながらに気持ち悪い」


 傷つくのは俺の財布という小規模な被害のくせに滲み出る狂気はなに?

 凪子よ、どうしてそんな歪んだ思考を持つに至ったのだお前は。


「俺なんかより商品開発とか工場のオッサンの因子の方が刻まれてんじゃねぇの……」

「大丈夫! にーちゃん以外の害あるもの全てはにーちゃんによって浄化されるのです!」

「されるのですじゃねーよ。されねーよ」


 にーちゃんにそんな懐の深さはありません。顔をいじられるだけでにーちゃんキレるからね。胸ポケットより入らないからね。

 なんてうだうだもう半分以上黒く染まった空の下を歩いていると現代の人工オアシス、コンビニエンスストアに到着した。


「ねぇ、どうしたの? 行く場所無いならお兄さんの家に来るかい?」

「……ん?」


 コンビニに軽やかに駆け込んでいった凪子を追い、自動ドアをくぐろうとしたとき、そんな声が耳に触った。

 特に意図もなく声の方を見ると、社会人らしいスーツ姿の男性がゴミ箱の影に隠れるように座っている少女に声を掛けていた。

 いや、少女というより……。


「北条?」



 今日学校を休んだ、北条水希がそこにいた。

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