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第22話 北条の事情

「はっきり言って、私の悩みなんて友達ができたという人生始まって以来の大事件に比べれば大したことないのよ?」


 改めてそう切り出した北条は、少しだけ恥ずかしそうに指で髪の先っぽを転がしていた。急なしおらしい態度にやはり美少女だと自覚する俺であるが、ここで何か挟もうものならまたもや脱線することは明白なので平常心を保っていた。


「実は、この間の日曜日にお父さんから婚約者ができるかもと言われたの」

「「は?」」


 俺と夕霧がシンクロする。婚約者……婚約者と言ったのか!?


「婚約者って、あの婚約者?」

「えっと……どのかしら」

「あの婚約者よ!」


 混乱したように要領の得ない会話をする夕霧と北条。静観しつつ俺も夕霧と同じような状態だった。

 婚約者、即ち結婚を約束している者である。結婚というのは結婚だ。男と女が夢の国、である。


「しかしお前、現代日本でいきなり親ぐるみの婚約なんて大変だな……」

「変かしら。私にとってはいずれ来ることだったからあまりそういう自覚は無いわね」


 そう言う彼女だが、何とも思っていないとは思えないくらいにつまらなそうな雰囲気を纏っていた。


「残念な気持ちはあるわ。一応高校卒業まで結婚は待ってもらえると思うけど、少なくともラブコメは楽しめなそうだもの」

「あ、それは残念なんだ」

「当然よ。高校に求めているのはそれだけだから」


 そう言い切ってしまう北条はやはり北条という感じだが、そんな彼女だからこそ婚約者ができるというのは重たいことらしい。いや、普通の人でもいきなり親に婚約者を決められるのは重たい事案だけど。そういう意味じゃ婚約自体はよしとしている彼女はずれている。


「相手はどんな人なの?」

「たしか、ちょうど干支で一回り年上だったはずよ。小さい頃にはそれこそよく遊んでもらったみたいだけれど」


 つまり27歳。俺達から見たら大人もいいところだ。年上目線になれば3歳だもんな……ひえぇ。


「ちゃんと知らないの?」

「ええ。機会がなくて、印象は無いわ」

「えぇ……」

「親同士が仲良いのよ。向こうは資産家で、父の会社ともそれなりに深い繋がりで……まあ、関係性を強化するための婚姻みたいなものね」

「政略結婚じゃない!」

「正確には経営戦略的結婚だから、経略結婚かしら」


 随分胡散臭い響きだが、まさか現実に政略結婚なんて存在するとは思ってもみなかった。金持ちなら当然のことなのだろうか。


「で、あんたはその訳わかんない一回り年上の金持ちのボンボンとの婚約、受け入れるわけ?」

「……ええ」


 僅かな逡巡を見せつつも北条ははっきり頷いた。それが夕霧には許せなかったらしい。


「あんた、嫌なんじゃないの? だから暗くなってたんじゃないの? なのにあっさり受け入れるってわけ!?」

「おい、夕霧。落ち着けよ」

「青海、あんたはなんとも思わないの!?」

「だから落ち着けって。いきなり怒鳴られちゃそっちが気になってマトモに会話できないだろ」

「むぅ……」


 拗ねたように口を尖らせる夕霧だが、納得したのか数度深呼吸を繰り返し、気を落ち着かせる。


「夕霧さん……?」

「北条さん、あんたが婚約を受け入れたらあんたがしたかったラブコメは崩壊するわよ。コブ付きヒロインなんて成立しないでしょ」

「……かもしれないわね」

「あんたが高校生活のすべてって言ってたそれをそんな簡単に捨てていいわけ? 捨てられるもんなわけ?」


 わずかに失望の入り混じった言葉に、北条が顔を伏せる。

 そんなことができるわけがないから本人も落ち込んでいたのだろう。それこそ夕霧に見破られる程に。


「私がどうこう言えることじゃないわ」

「あんた自身のことでしょ!」

「夕霧さんの怒ることじゃないわよ……」

「っ……! あっそう! 確かに人様の家庭の事情だもんねっ!」


 ガタンと部室内にイスが倒れる音が響いた。夕霧が勢いよく立ち上がった為だ。


「おい、夕霧」

「あたし、帰る。なんかムカつくから」


 短気……と責めることはできないか。何かを言う間もくれずに早足で出て行ってしまった夕霧を、北条は呆然と見ていた。


「夕霧さん、どうして」

「どうして、じゃねぇだろ。もしも夕霧が金がないってやむなく身売りでも始めたら、お前どうするよ?」

「そんなの止めるわ。だってその時、お金っていう問題は解決しても彼女は絶対不幸になるだろうし……」

「それと同じだって。夕霧……いや、俺らから見たお前はさ」


 北条が目を丸くする。本当に気が付かなかったらしい。完全無欠の優等生に見える彼女の弱点は人間関係の希薄さなのかな。


「まっ、俺たちも強く言えないけどさ。それこそあいつが言ってたとおり家庭の事情なんて、責任も取れないしさ」

「…………」

「一方的にお前から聞かされたんじゃ情報も足りないしさ。でも、もしも迷うことがあればさ、俺達に相談するってのも選択肢の1つって考えといてくれよ」

「青海君達に……?」

「だって友達だからな。友達ってのは頼り頼られ利用し利用されな関係なんだぜ」

「その言い方は乱暴な気もするけれど……」


 北条に微妙な反応され、小首を傾げる。俺の噂に聞いた友達というのは違うのだろうか。こればっかりは北条や夕霧と同様、友達偏差値の低い俺には分かりようもない。


「ただ、どちらにせよ期待はすんなよ! 頼られても応えられるかは分からないし! そもそも婚約者がどうとか意味不明だからね!?」

「どっちなのよ」

「聞くくらいはするだろ、多分」

「……ふふ。それじゃあ困ったら相談くらいさせてもらおうかしら」


 そう、特に含みなく笑う北条を見て、取りあえず一旦は上手くいったと内心胸を撫で下ろす。

 問題は夕霧だが、まあメールか電話でフォローしておくか。夕霧とはおはようからおやすみまでメールを交わす友達っぷりだし、タイミングはいくらでもあるだろう。


 そんなことを考えつつ、気が付けば夕日も随分傾いていて今日は解散する運びとなった。

 間もなくゴールデンウイーク、まあまあ長い連休がやってくる。せめて休みくらいはのんびり何事もなく過ごしたいものだぜ。


「それじゃあ青海君、またね」

「おう」


 地元が同じこともあり、同じ電車で帰り、同じ駅で分かれる。北条の問題とやらが明るみになったわけだが、結局元通りだ。

 ラブコメを求める北条だが、実際の高校生活というのはそうイベントなど起きないものだ。

 俺は安心しつつ軽やかな足取りで家路についた。


 そして。



 次の日、北条は学校を休んだ。

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