第20話 近くにいすぎると気が付かない
努力部が成立して3週間近くが経過した。三週間だ、三週間。三週間を時間にすると……なんだ?
「504時間」
「さすが学年1位の優等生。計算も早いなぁ……」
「単純な掛け算よ」
死ぬほど興味が無い様子で、文庫本のページを捲りながら言う北条水希(部長)。こいつ、クール系美少女らしくキャラを作っているのか最近は何かと本を読んでいたりする。本のタイトルは残念ながらカバーに隠れて見えないけれど。
そんな彼女の長テーブルを二つ並べた対面に座る俺は今日も今日とてポチポチとソシャゲに勤しんでいた。周回周回っと。あー人生無駄に消費してる感じがたまらねぇぜ!
「おはよー」
先の会話からまた暫く続いていた沈黙を切り裂くように、ガラリラと引き戸が開き、我らが努力部のマスコット的存在、夕霧彩乃(ヒラ部員)が現れた。実に登校日3日、休日を挟めば5日ぶりの登場だ。
「おー、久しぶりだな夕霧」
「昼休み会ったじゃない」
「この部室ではって意味だよ。いくら自由参加だからって不定期すぎるぞ」
「5階まで上がってくるのしんどいのよ……夏になったらいよいよ幽霊部員になるかも」
俺の隣のパイプ椅子を引いて、ぐったり項垂れる夕霧ちゃん。
確かに今はまだ春だからいいけれど、もっと暑くなると5階まで階段で上がってきて、かつクーラーが設置されていないこの部室に来るのは修練と同義かもしれない。
「ていうかあたしからしたら、あんたらの方が異常よ。毎日来てるんでしょ?」
「ん……まぁ平日はな」
毎日来ているのは別に能動的では無く、俺の後ろの席にいる部長さんが放課後にいつも誘ってくるもんだから拒否できないまま付いてきているだけなんだけである。流石に休日は来ないし。
「ていうかさ、青海」
「ん?」
「なんか北条さん、変じゃない?」
「北条はいつも変だろ」
夕霧め、偶にしか合わないから麻痺しているな? 努力部なんて意味不明な部を作って今日まで碌な活動も立てず、放課後をふいにしているだけの女だぞ。
が、そんな俺の的を射たと思った発言も夕霧には響かなかったらしく、呆れるようなため息を返された。
「そうだけど、そういう意味じゃないわよ。普段だったら会話にも入ってくるでしょ。なのに今は完全スルー」
いつもと言うほど参加してないだろと思いつつ、確かにそうかもと思う俺もいる。
北条とは席が近しいこともあり、昼休みも一緒に飯を食ったりしているが、ここ最近……というか週明けからどうにも口数が少なく、なんとなくだが陰気な雰囲気を漂わせているように思う。
夕霧は久々に会ったからこそ、敏感に気付けたんだろう。
「でも俺からは聞きづらいぞ。ほら、女性には色々あるんだろ。なんか、その、周期的なアレがさ……」
「オブラートに包んでいるようでそれ全然包めてないから」
「いやでも男からは触れらんないよ。逆に振られても触れらんない。即炎上するし」
「あんたなら行けるわよ。半分以上女子みたいなもんだし」
「あんだって?」
などとくだらない会話をしている俺達の耳に「はぁ……」と深いクソデカ溜息が聞こえてきて、共に目を向ける。しかし、その溜息の犯人である北条は俺たちに一切目を向けることなく、本のページを捲った。
「おい、あれは俺たちに向けた溜息なのか?」
「さぁ……ちょっとあんた聞きなさいよ。その辛気臭いのなんとかなんないのって」
「夕霧、俺だって流石にデリカシーというものを知ってるぞ」
「あたしだって知ってるわよ! それにあんたに言われたくないわよそんなこと!」
知っている奴の言動じゃないんだよなぁ……夕霧は基本いい奴なのだけど、ぼっちである理由はこういうところにもあるのだろう。
だが、このまま黙っているというのもどうだろうか。はぁはぁ溜息を吐かれていたら北条はいずれ過呼吸で倒れるだろう。夕霧もイライラが募って暴れ出すかもしれない。流石に一人を看病しつつ、もう一人を宥めるなんてのはサーカスの猛獣使いでもない俺には無理な話である。
「というわけで、北条。何かあったのなら聞かせて欲しいんだけど?」
「思わぬド直球!? あんた、人にデリカシーない的なこと言っといて……」
「夕霧、時に人はデリカシーというものを捨てなきゃいけないんだ。ほら、いつだって偉そうなやつっていけ好かないものだろ?」
「そう言われるとそうかも……」
「いえ、明らかに主観に寄り過ぎでしょう……」
パタン、と本を閉じる音と共に、根負けしたように北条が口を挟んでくる。
「ようやく返事を返したな、北条」
「大体夕霧さんのせいだけどね……」
「へ、あたしぃ!?」
「明らかに話し辛い雰囲気作ったじゃない。そりゃあ確かに、少し落ち込むようなことはあったけれど……そこの男とも女ともつかない誰かさんは全く気が付かなかったけれどね」
そして、夕霧に対し文句を言っているかと思えば俺に冷たい視線を向けてきた。
「いや、本当に気が付かなかったんだ。さっきも言ったろ、お前が変なのはいつものことだし」
「毎日一緒にお昼を食べているのに?」
「……ああ、悪かったよ。気が付かなかった俺が悪かった!」
一層強くなる責めるような視線に俺は冷や汗を垂らしながら降参を認めた。
ちなみに毎日昼飯を食っているというのは教室で俺と北条が前後の席に座っているため自然とそうなっているというのが大きい。部活の集まりというので外すことも多いけど前田さんも一緒に食べたりする。……そう思うと普段何気なく行っていることだが、美少女に囲まれたランチを恒常的に行えているというのは中々リア充ポイントが高いのでは?
……いや、それで全く色気のある展開に発展しないと思うとむしろマイナスかもしれない。前田さん辺りには最悪女友達くらいにカウントされている可能性も否定できない。
「はぁ……」
「ちょっと、今度はあんたが溜め息!?」
つい落ち込んでしまった俺の頭をぺしぺしと叩いてくるデリカシー無し子は放っておくにしても、面倒なのは北条の方だ。こいつの口ぶりから何か落ち込むようなことがあったというのは間違いなさそうだ。それを知らずにいたのと、知った上で放っておくのは全く違う気がする。
「まぁ、俺のことはいいから、取りあえず北条、話せよ。お前の事情とやらを」
「もっとそれなりな態度で聞けないのかしら?」
「甘く見てくれよ、友達だろ」
「え……?」
「え」
「えぇっ?」
俺の言葉に北条が目を丸くした。そしてついでに夕霧も。
そしてついでのついでに俺も。
ストック切れました(絶望)