第16話 ハラスメントにも気をつけろ
そして放課後。放課後といってもまだ昼前で、全校的に短縮授業である今日は部活の勧誘、見学などが活発に行われる唯一の日でもある。
『部室棟の5階、廊下を進んだ突き当たりの部屋』
“来て”ぐらい面倒臭がらず書けと文句の言いたくなる必要最低限しか書かれていないメール文は北条からのものだ。
『そうだ』
その一言のためだけにメールを分ける意味は? チャットアプリとか使えばいいのに……。
『昨日のツインテールの子も連れてきて』
だから分ける意味……って、夕霧のことか?
なんで……と思って振り返ると既に北条の姿は無かった。音も無く……現代忍者かよ。
「前田さん」
「なに、青海君?」
「北条どこ行った?」
「さあ……すぐに出て行っちゃったから」
前田さんも首を傾げる。流石に彼女には見られていたようだが、目的までは分からないようだ。
仕方ない。俺一人犠牲になるのも癪だし夕霧も巻き込んでやろうとメールをしたためる。
「ねえ、青海君。青海君は部活動決めた?」
「いや、まだ。前田さんは?」
「私は吹奏楽部。一応推薦で入ったから」
部活入学=推薦。前田さんは受験組だと思ってたから少しビックリだ。
しかし吹奏楽か……素朴な雰囲気に似合っている。
「なんか前田さんはフルート吹いてそうな感じだな」
「えっ……ズバリ正解 。なんで分かったの?」
「うぇ?」
まさか当たっているとは思わなかったため、俺の方が驚いてしまう。目覚めたか、エスパーに目覚めたか?
とはいえ俺の浅い吹奏楽に関する知識では楽器もトランペット、トロンボーン、フルートくらいしか知らない。3分の1を当てただけと言ってしまえばそれまでだ。そんな状況で何故当てようと思った、数分前の俺よ。
「うーん、その、前田さんに似合いそうって思って。ほら、なんか森の中で動物たちと演奏会やってるみたいな?」
そしてなんだそのメルヘンな発想。俺は自分のアドリブの無さに絶望した。
見方によっては悪口と取られてしまうかもしれない。それか頭の中お花畑と馬鹿にしてるとか……。
「嘘……」
前田さんは俺の言葉を受けてこれ以上無いというくらい目を丸く見開き、驚きを露わにする。
こ、この反応はどっちだ? 良かったのか、悪かったのか……まだジャッジは降りていない。
「嬉しい……」
うおおおおおお! セーフ! セーッフ! 俺の脳内審判員さんが激しく両腕を開いたっ。
前田さんは目元に薄ら涙さえ浮かべて……涙っ!?
「前田さんっ!? どうした!?」
「えっ、あっ、ごめんなさい。その、嬉しくて……私、昔読んだ絵本の中の、森の動物さんたちと演奏会を開くっていうのが凄く好きで、それがきっかけで音楽も始めたから……」
「へ、へぇ……」
それはまた可愛らしい動機ですこと……などと余裕ぶることもできない程度に俺は彼女の涙に動揺していた。
女を泣かすなというのは男子なら誰でも一度は耳にする不文律だ。誹謗中傷によるものでないと分かっていても言い知れぬ不安に包まれてしまう。
「だから、本当に嬉しいの。ありがとう、青海君」
「いや、お礼を言われることじゃ」
「青海」
どうしたものかどうしたものかと頭の中で青ダヌキがポケットの中をばら撒いていた、そんな俺に救世主が手を差しのばしてきた。
「夕霧っ!」
「な、何よ大声出して……あんたが来いって言ったんでしょ」
やってきたのは夕霧彩乃だった。メールでの呼び出しから僅かの時間で駆け付けるとは、彼女にはヒーローの素質があるかもしれない。
「あ、昨日の……」
「あれ、お邪魔だった?」
「う、ううん。あの私、前田みなみ。青海君のお友達?」
「ええ。夕霧彩乃よ」
簡単な自己紹介を済ませつつ、夕霧は何か気が付いたように俺達を交互に見て口角を上げた。
「もしかして……口説いてた?」
「えっ、えっ!?」
「ばっ……そんなんじゃねぇよ! 前田さんに失礼だろ!?」
「これは本格的にお邪魔だったかしら? ごめんなさいね、空気読めなくて~」
「お前はオバチャンかっ! ったく、さっさと行くぞ! ごめん前田さん、また明日っ」
「う、うん。また明日……青海君」
救世主の皮を被った魔王・夕霧によってより悪化した空気に居たたまれず、鞄を背負い逃げるように教室を後にする。ちゃんと夕霧も付いてきたがその顔は不服そうで、
「なによ。ちょっと冗談言っただけじゃない」
「あれはただのセクハラだ」
「えー……難しいわね」
「何その最近の若者はすぐにハラスメントハラスメント言う、みたいな顔。オバチャンか、やっぱりオバチャンなのか」
「はいそれもハラスメントだから。ナニハラだから」
「ナニハラ?」
「なにかのハラスメント」
「まさかのワイルドカード!?」
どんな状況にも柔軟に対応できる最強のハラスメントが誕生したところで、話はメールの件に戻る。
俺は数少ない情報の中から夕霧に「北条が部活を作るらしくお前を呼べと言われている」と掻い摘まんで説明した。
「い……北条さんが? 何企んでるの、あいつ」
「さぁ」
分からないものは分からない。ただ、今回は夕霧という被害者候補がいてくれるので俺も少し気楽だった。
「確かに部活には悩んでたから気にはなるけど……入試1位の特権かぁ」
「夕霧は何か入りたい部活とかないのか?」
「ないわよ。勉強しなきゃだし……だから負担の少ない部活を探してたとこ」
「俺も似たようなもんだ」
夕霧は特待生でいるため、俺は成績悪化による留年・退学回避のためと、スケールは全然違うが勉強時間を確保したいという悩みは同じだ。
それにどう北条の部活内容が寄り添ってくれるかだが、生憎と北条は簡単に寄り添ってくれないだろうとそんな確信があった。