第15話 ブラック部活に気をつけろ
「ところで青海君」
「うわ、喋った」
「そりゃあ人間だもの。喋るわよ」
「ずっと黙ってたくせに……」
そんな文句を言いたくなるくらい北条は黙っていた。大体1時間くらいだろうか。
今は部活紹介も終え、クラス単位での校内散策……施設紹介のフェーズに移っていた。それもおそらく終盤になって。
中学時代のクールで物静かな印象からは打って変わり、たった1日プラスアルファでお喋りな印象を植え付けられていた俺にとっては中々に気まずく、落ち着かなかったりしたというのはここだけの話である。
「青海君、部活を決めていないって言ってたわね」
「そうだな。俺は受験組だし……活動の少なそうな文芸部とか、料理研究部とか……あと勉強に活かせそうな英語部とか、なにかしら文化部に入ることになるんじゃねぇの」
「ああ、それ全部トラップよ」
「トラップぅ?」
部活のどこにトラップなどあるのか。そう疑いの目を向ける俺だが、北条には確信があるようだった。
「私、この学校に知り合いがいるの。だから結構情報も入ってくるのよ」
「どんな情報だよ」
「文芸部は毎月機関誌を出しているわ。ノルマは1人小説1本。年間で見れば12本ね」
「え」
「料理研究部は四半期に1回オリジナルレシピのコンペに参加しなくちゃいけないの。それで下位になると下ごしらえとか皿洗いなど、レストランの下っ端みたいなことを延々やらされるらしいわ」
「おいおい……」
「英語部は部内公用語は当然英語。あと長期休みの旅に合宿で海外に行かされるわ。補助金もあるけど雀の涙ね。殆ど自己負担。そういうのが好きならいいけれど」
「俺は英語が苦手だ」
「だったら最初から英語部なんて選択肢あげるのはやめなさい。余計に嫌いになるだけよ」
淡々とした説明だったが、俺のただでさえ無いやる気を削ぐには十分すぎる内容だった。この調子だとどの部活もそれなりに負の面が隠れていそうだ。
「部費の配給は実績の他にも部員数に左右されるし、生徒が増えればその分だけ1人あたりの負担を緩和できる。仕方の無いことだけれど、各部は必死よ。実績作りと部員増加のために甘い言葉で新入生を勧誘して、その実態は……なんてこと普通に行われているのだから」
「うげぇ……ブラック企業の求人票みてぇ」
「本質は似ているかもね。生きるためには働かなくちゃいけないみたいに、校則で部活の参加は必須と定められている……別の部に移ろうにもどこも同じなら、最初に決めた自分に合ってると思った部でやっていこうと思うのは、割と普通のことじゃないかしら」
勿論大げさに言っている部分はあるのだろう。入ってみて意外と自分に合っていると分かる人もいるかもしれない。学生のうちに色々と苦労しておくのはいいことだ、みたいな意見もあるだろうけれど……先に負の面ばかり言われてしまえば飛び込めなくなってしまう。
「どうせお前のことだ。ここで何か糸でも垂らしてくるんだろ」
「よく分かったわね青海君。その通り。貴方にお勧めの部活があるわ」
「一応聞いとく」
「それはズバリ……『努力部』」
「どりょくぶぅ!?」
これまで生きてきて一度たりとも聞いたことのない部活だ。というかそれは本当に部活なのか? 宗教の一種では?
「努力部とは文字通り努力する部よ。努力対象は原則なんでもオーケー」
「胡散臭いということは分かった」
「ちなみに現状部員は私だけ」
「廃部になっちまえそんなもん」
たった1人の部活動が許されるなら受験組が苦労することはないだろう
「最低限部員を集めないと廃部になってしまうの。まだ成立していないから仮設部と言うべきかしら」
「仮設部? 成立してないって……」
「入試1位の生徒には好きな部を作れる特権が与えられるのよ。本来なら色々と面倒な手続きや審査を受けなくちゃいけないのだけれど、全てすっ飛ばしてね」
「何それズリィ」
「ズルくないわよ。新入生代表ってあの入学式の挨拶以外にも広報誌の取材とか、パンフレットの撮影とか、稼働があるのだから。それこそ入学前から呼び出されもしたわ。少しくらい報酬があってもいいでしょう?」
謂わば俺達1年生の顔役。そりゃあ確かに大変そうだ。
「ただ、最低限部活としての体裁を整える必要があるわ。これが守れずに権利を泣く泣く手放した生徒もいるとか、いないとか……」
「なんで都市伝説風なんだよ」
「信じるも信じないも貴方次第よ」
「風を取るな、風を」
どこまで本気にしていいか分からない。一応勧誘されてるんだよね?
「話を戻すわ。努力部、入るわよね」
「あのさ、そもそもなんで努力部なんだ? もっと色々あるだろ、わざわざそんな意味の分からないフワッとした部にする理由が……」
「ラブコメっぽいじゃない」
「だと思った……」
ラブコメ名物、一般的でない活動目的がフワッとした部活動! 放課後主人公達がダラダラと会話し、ゲームなどを持ち込んで遊んだり、何故か一般生徒の悩みを聞いたり……そんな都合のいい箱庭だ。
北条はそれを実際に作り上げようとしているらしい。入試1位の立場を利用して。
「……俺はお前のラブコメとやらに協力するつもり無いぞ」
「でも努力部に参加するメリットはあるわ」
「何?」
「どの部にもあるノルマや成果を気にする必要がなくなる。受験で入学した青海君にとっては学力キープのためにうってつけの環境じゃないかしら」
「う……なんという甘言……!」
「すぐに答えを出さなくてもいいわ。そうね……今日の放課後、私の指定する場所に来て。そこで答えを聞くわ」
「すぐじゃねぇか!」
「善は急げよ」
「言ってること滅茶苦茶!」
「ああ、後1つ」
「まだあんの……?」
「連絡先教えて。場所の指定、こっそりしたいから」
「……あいよ」
また突拍子のないことを言い出すかに思っていた分、それなりにまともな提案に俺は少し拍子抜けした。もしや最初から連絡先の交換が目的だったんじゃないかと思うのは俺の自意識過剰だろうか。いや、自意識過剰ですね。相手は北条だし。
そんなわけで俺は中学時代、そしてこの高校でもよく目立つ学年のマドンナ、北条水希の連絡先を手に入れたのだった。