第14話 北条水希は主人公になれない
オリエンテーションなんて言うから何か仰々しい催しが行われるのかと思ったが、ざっくり説明すれば学校行事の説明だ。
遠足、社会科見学、体育祭に学園祭……他にも色々。私立ということもあって、それなりに充実したイベント内容だ。
北条の言うラブコメ的なイベントも十二分にこなせそう……もしかしたら、こいつがこの学校を選んだ理由の1つはそれなのかもしれない。
そんな時間もサクサクと過ぎて、続いては体育館に移動させられての部活紹介だ。
近栄高校は部活動への参加が必須。たとえ受験で入った生徒であっても避けられない。
かつて部活側、推薦入学の生徒が「自分たちは授業を受けさせられているのに受験側が部活に参加しないのは不平等だ」みたいな声を上げたことが原因だとか、じゃないとか。眉唾物の噂ではあるが、決まりとして定められている以上原因なんてどうでもいい。
俺のような受験組が求めるものは幽霊部員でもいい部活だ。もしくは殆ど活動のないもの。正直に言えば部活動を機に交友とか技術、自分の世界を広げたいという欲求もないことはない。
ただ、部活にはそれこそ推薦組、専門スキルを認められて入学している生徒が多数いる。近栄は大会荒らしなんて噂が方々(ほうぼう)から立つ程度には部活動には力を入れていて、それこそ放課後の暇つぶし程度のお気楽な気持ちで参加できる部なんて殆どないのだ。
そういう意味ではこの部活動紹介の時間も無駄と言えるかもしれない。推薦組にとっては自分たちの部以外興味がなくて、その部の生徒からしたら「はいはい知ってる知ってる」な情報ばかり。俺達受験組はいかに楽な部かを見定めるといううがった見方をしているだけだ。
「ふっ」
「ひゃぁんっ!」
「あら可愛らしい声」
「やめろ北条!」
俺の耳に息を吹きかけてきたのはまたもや北条水希だった。体育館での並び順はクラスの席順を縦に伸ばし、2列ずつに割ったもの。つまり、俺と北条は最後尾で並んで座ることになっていた。
不意打ちに変な声を出してしまったせいで他の生徒達から無駄に見られたじゃねぇか……。
「青海君はどこの部活に入るか決めた?」
「決めてない」
「そうよね、青海君も受験組だものね」
「そういう北条は決めたのかよ」
「ええ」
意外だ。てっきりコイツも決めてないと言うと思っていた。
「私目立つでしょ? 何かと理由をつけて引っ張りだこなの。入学式の日、校門を入ったところで部活勧誘してたじゃない?」
「ああ……」
そういえばしていたかも。俺は評判名高い根暗メガネスタイルだったおかげで勧誘者からは頼まずとも避けられていたけどね。
「選手でも、マネージャーでも、なんなら居るだけでも……美少女は罪ね」
「自分で言うな」
「でもそう思うでしょう、青海君も」
「……まぁ」
北条が美人なのは流石に否定できない。鉛筆を見せられたとき鉛筆だと答える以外に術がないのと同じだ。北条を美人だと思わないのはこの世の殆どの女性を美人と思えないスーパーメンクイ人くらいだろう。それかB専と呼ばれる人達か。
「それで、お前は一番ちやほやしてもらえる部に入るのか? さぞ理想の王国が築けるだろうな」
「青海君、部活動というのはラブコメの中でもかなり重要な要素になるわ」
「いきなりなんなの」
「考えてもみて。例えば私がサッカー部に入ったとするわ。選手でもマネージャーでも可」
「おう」
そのどちらも想像してみる。うん、似合いそう。ビジュアルは。
ただ能力的にも問題ないだろう。中学の頃も北条は運動会とか体育の授業で男子顔負けの活躍をする程度には運動神経も高かった。完璧超人め。
「でも、そうなるとラブコメ的にはマイナスなのよ。舞台がサッカー部に限定されてしまうから。ラブコメというよりスポ根寄りになるじゃない?」
「そうと言えなくもないな」
それなりに納得し頷く。ただ俺はスポ根に差し込まれる恋愛要素も好きな方だ。スパイス程度がいいけれど。
「そうなってしまうと、折角多彩な特色に溢れた近栄高校という地盤を活かせないと思うの。勿論部活系ヒロインというのも魅力的だから何人か見繕っておきたいとは思うけどね。当然美少女で」
「あのさ……昨日も気になったんだけど、お前はヒロイン複数人がヒーロー1人を取り合う、少年誌に載ってるみたいなラブコメがお望みなんだよな」
「そうよ」
「なんで逆じゃないんだ? お前が主人公で複数のイケメンが取り合う……そっちのが女子の憧れなんじゃねぇの」
「それは無理。私は完璧すぎるから」
もう何度目か分からないけどやっぱりツッコみたい。自分で言う?
「完璧というのは能力的な意味でだけじゃないわ。キャラが立ってしまっているのよ」
「能力は否定しないんだな……キャラが立ってるっていうのは、いけ好かないエリート高慢ちきなところか?」
「もっとオブラートに包んでくれると嬉しいのだけれど……そうね。家柄もそれなりで、この長い黒髪も許可なく切れない程度には厳格に育てられたわ」
「そりゃ大変だなー」
「さぁね。大変かどうかも自覚できないくらい当たり前だったから」
北条は寒々しい各部のパフォーマンスが行われるステージに目を向けつつ、さも当然のように言ってのけた。背筋はピンと伸び、顔つきからもダルいとか眠いとか、マイナスな感情は伺わせない。
こういうのを世間一般から見たら教育が行き届いているとか言われるのだろう。
「主人公にとってのヒロイン……ヒーローでもいいわ。彼ら彼女らには属性が割り振られる。そして、主人公に求められるのは優柔不断さ……何色でもない、何色にも慣れる柔軟さよ。相手を選んだとき、その穴を埋めて惚れさせれるような……私にはそれがない。嫌なものは嫌だし、変えられないものは変えられない」
「だから仕方なくハーレムヒロインに甘んじるって?」
「仕方なくなんてないわ。小説や漫画で見る彼女達はとても生き生きしているもの。毎日楽しそうで、とても自由だわ。私もそんな毎日が送れればどんなにいいか……きっとそれは今じゃないと果たせないことだから」
彼女の言葉に俺は沈黙を返すことにした。
そうか、なるほどな、頑張れよ、応援してる、楽しく過ごせるといいな……ネット検索をすれば出てきそうな相づちワードは、ネット検索せずとも俺の頭に浮かんできていたが、そのどれも口に出せない。
彼女の求めるラブコメ的学園生活というのを肯定することはつまり、こいつが求める俺のラブコメヒロイン化なんてものを認めることになる。俺は普通に女性が好きだ。男相手に惚れるなんて、そんなの生理的に無理な話であって。
だったら逆に否定……なんてこともできない。これはただの甘さだ。彼女の言葉の中に込められた切実さを感じながらも、口先だけで冷たい拒絶の言葉を投げつけるなんてことはあまりに人でなしすぎる。道徳的に身体が受け付けない。
だから肯定も否定もせず、沈黙に逃げた。そんな俺の反応なんて北条からすれば手を取るように分かることなのだろう。
彼女もそれ以降口を閉じ、俺達は二人並んで真面目にステージを眺めていた。