第13話 俺はツンデレじゃない
いいことの後には悪いことがある。
先の、夕霧との登校がいいことだったのかは分からないけれど、現状を見てみると相対的にいいことだったのだろう。
「どうしたの、青海君。座らないの?」
「……うっせ」
「そんなに警戒しなくても。画鋲は仕込んでいないわ」
「そんなの見れば分か……"は"って言った? 他になにかあんの!?」
「無いわよ」
ニヤニヤと口元を緩めつつ、そんな面倒な絡みをしてくるのは北条水希。昨日俺の素顔をバラし、さっそく学園生活を終了させようとした張本人だ。加害者というやつはどうしてこう憎たらしい笑みを浮かべているんだろう。
話を戻すが、見たところ確かにトラップの類いは見当たらない。俺はその道のプロじゃないし、北条がその道のプロだという可能性もあながち0じゃないけれど、見破れないのならどうせ引っかかる。俺は覚悟を決めて自席についた。……なにもなかった。
「ふぅ……」
「ふふふ、おはよう青海君。朝からおっかなびっくりね」
「お前、そんなに俺をからかって楽しいか?」
「楽しいわよ。貴方とこんな学園生活が送れるなんて夢みたい」
「どんな学園生活だよ。まだ朝のホームルームさえ始まってないじゃねぇか」
それにこいつの本命はラブコメ的な生活だろう。そして俺はそこのヒロイン枠……認めたくないけど。仮に認めたとてこんなやりとり、まったくラブコメっぽくねぇし。
「ところで青海君、メガネやめたの?」
「えーえー、やめましたよー」
「そう、良かったわ。死ぬほど似合ってなかったから」
「そこは『残念だわ、似合っていたから』とフォローする場面では?」
「そんなおだてで喜んでくれるならいくらでも言うけれど」
こつんと、つま先で俺のイスの底を蹴ってくる北条。中学の時はもっと静かな奴……というか、冷たい印象だったけれど、こう話してみると普通に女子っぽい。まぁ俺には普通の女子ってのもあまり分からないんだけどね。
「ところで青海君。昨日の話、どうかしら?」
「ヒロインがどうこうってやつか」
「あら、覚えていてくれたの? 嬉しいわ。それじゃあ協力してくれるってことで……」
「いやいやいや! 覚えただけで協力するなんて一言も言ってないだろ!」
「そうなの? あれだけ嫌そうにしていたのに覚えていたってだけでもうツンデレが成立しているようなもの、つまりはヒロインとしての自覚に目覚めたと思ったのだけれど」
「飛躍しすぎ!」
こいつの前では気を抜いた返事なんてできたもんじゃない。言葉尻を一つ、自分の好きなように捻じ曲げるのが得意らしい。
「第一、俺は男だ。ヒロインなんて無理だ、無理」
「そんなこと無いわよ。素晴らしい才能を持ってる。私は中学で貴方を見てきたのよ? 本人にその魅力を語るなんて、結構恥ずかしいことだけれど、それこそ耳に穴が開くくらい聞かせるのもやぶさかじゃないわ」
恥ずかしいなどと言いつつ、まったく恥じらいを見せない北条に俺はまたもや分の悪さを感じた。
こいつ、どこまで本気か分からないが、中学時代殆ど喋ったことがないと思っていた相手だ、正直何が出てきても俺の精神を抉るようなものだろう。穴が開くのは耳じゃない、胃だ。
「……そもそもなんでラブコメなんだよ。お前の口から一番出てくるとは思わなかったワードだぞ」
「そうかしら。女子は結構好きよ、恋愛もの。それに周囲から期待されればされるほど……底抜けに明るいフィクションに身を沈めたくなるの」
「ふぅん……」
少し落ち込んだ口調は嘘っぽくはない。ただおいそれと踏み込みたいとも思わない。
北条水希は中学時代から大人にも一目置かれる才女だった。みんなの憧れってやつだ。それこそ、地域制の公立中学に来るような奴じゃないと誰もが思っていた。毎日つまらなそうで、誰かに迎合することもない孤高の存在。そう思うのは勝手な周囲で、北条自体は俺と同い年の少女で……。
などと考えていたところでやけにニヤニヤと得意げに俺を見てくる北条の顔が目に入った。
「同情してくれた?」
「お前、騙したな」
「騙していないわよ」
「信じられるかっ」
話せば話すほど分が悪く、北条を調子づかせるだけだ。俺は吐き捨てるように言葉を返し、前に向き直す。
「あっ」
「え? 前田さん?」
何故か立ち尽くしていた前田さんと目が合う。振り向くと思っていなかったのか前田さんはその目をまん丸にして、何故か顔を赤くした。
いや、前田さんだけじゃない。既に教室に来ていたほぼ全員がこちらに注目していた。北条は目立つ……というだけじゃないのだろう。昨日の出来事のせいだ。
「ご、ごめんね。邪魔する気なんてなくて」
「いや……あ、ヘアピン借りたままだった」
「い、いいよ。あげる! 私より似合ってるし……安物だから申し訳ないくらいで……」
前田さんはそう言いそそくさと自席に座る。とはいえ、目と鼻の先だ。気まずい。
「あらら」
「あららじゃねーよ……」
北条の挑発にも慣れつつある我が身が憎いっ。