第11話 どんな顔でも性欲は等しく存在する
「ふあ~……にーちゃん……」
「凪子、寝るなら自分の部屋に戻りなさい」
ソファでだらっとしながらテレビを見ていると、一緒に見ていた凪子が寄りかかってくる。女の子らしく伸ばされた柔らかい髪が首筋を撫でてきてくすぐったい。
「やだー、にーちゃんと一緒に居るー」
「凪子……なんか今日は一段と甘えてくるな」
「お兄ちゃんが高校入っちゃって、遠くに感じてるのかもね。距離も遠いし」
「別に一人暮らしを始めたってわけでもないのに」
「そういうもんなのよ、あの子にとっては。今から近栄に入るために準備してるみたいよ? 勉強と写真」
凪子がそんなことを……仮に入学できたとして同じ学校に通えるのは1年だけなのに。
ちなみに写真というの凪子の趣味だ。昨年末父に一眼レフを買ってもらってからさらに拍車がかかり、今はそれを伸ばすことで推薦を狙っている……という意味だろう。そうだよね?
「かーちゃん、言わないでよ……これで落ちたら恥ずかしいし……」
「恥ずかしくなんかないよ。凪子はにーちゃん自慢の妹だ」
「えへへ、にーちゃんも凪子自慢のにーちゃんだよ……凪子、もう寝るねっ。明日も学校だし!」
「おう、おやすみ」
パタパタとスリッパを鳴らして部屋に帰っていく凪子。
「頑張ってる妹のために留年とか考えないでよー?」
「考えないから」
「どうだか。あんた、なんだかんだで凪子に甘いからね」
「駄目なものには駄目って言ってるし」
「あの子は駄目なものが駄目すぎるのよねぇ」
「まあ、うん……」
甘やかそうにも甘やかせないのが凪子の悪いところでありいいところだ。本人が楽しそうなのでいいっちゃいいんだけど。
「とにかくあんたもいつまでもテレビ見てないでさっさと寝なさいよ。朝早いんだから」
「あーい」
やりとりをしている内にテレビの内容も分からないところまで進んでしまった。すぐに消して、大きく伸びをする。
「正悟、明日はお弁当いるの?」
「いんや、明日は学校施設の案内とオリエンテーションで午前終わりらしいからいらない」
「食べてくるなら連絡してね」
「うす。おやすみー」
「おやすみなさい」
寝ようと思った瞬間急激に襲ってきた眠気に身体を揺らしつつ、自室へ。凪子が侵入しているかもとも思ったが、流石にそれはなかった。命拾いしたな、我が妹よ。
「あ、正悟?」
「なーに、母さん」
「女の子の友達ができたって言ってたから念のため忠告しておくけど」
「なんか物騒だな……」
「エッチな本はベッドの下に隠しちゃダメよ。ベタだから」
「ぶーっ!!?」
ドア越しに突然の、突然すぎる忠告を受け、俺は思わず吹き出す。
「な、なな、何を言って!?」
「いつか言わなきゃって思ってたのよぉ」
「勝手に掃除したの!?」
「ううん、見つけたのは凪子」
「あのクソ妹っ!!」
母親はなんでも知っている……けれど、俺の場合妹もなんでも知ってそうだ。我が家という治外法権下においても俺に自由はないのか?
いいじゃんエッチな本くらい! 俺だって思春期を過ぎた男の子だい! 本当はスマホでこっそりがいいんだろうけど、契約しているのは親だし、万が一監視機能がついていたら……と思い、こっそり本で我慢していたのに。
「やるならスマホでやりなさい。お母さん関与しないから」
「マジか」
「それじゃあ今度こそおやすみ」
母さんの足音が去って行く。俺は電気をつけることもなく、早速スマホを手に取って……そのまま置いた。
よくよく考えれば、母親から許可を貰って自分を慰めるなんておかしい。そういうのはこっそり、自分の中だけで完結させるもんだ。
俺がスマホでエッチな画像とかエトセトラエトセトラを検索して眺めていても、あっこれ母さんに許可されてる行為なんだと頭に過れば萎える。どこがとかじゃなくて、気持ちが。今もそう。
母さんは俺に釘を刺してきたのだ。お前に自由はないぞ、と。やはりこの家もアウェイだった。
「やはり先に一人暮らしか……」
そう、再びスマホを取って一人暮らしにかかるお金を調べる俺。
「たっけ……」
が、世知辛いお金の世界に一高校生がすぐにどうこうできる筈もなく、再び絶望の底に叩き落とされるのであった。
この時ばかりは流石に俺も、何故神が思春期を経済力を手に入れる前の子供に与えたのかと恨まずにはいられなかったという……。おしまい。