第10話 男の子はみんなハンバーグが大好き
「今日は正悟の好きなハンバーグよ」
「うわーい! 凪子も好きー!」
「なんで俺の好きなもの?」
「入学祝いだから」
テーブルに並べられたハンバーグから漂ってくる香りにお腹が刺激される。のぼせるのは鉄分不足と聞いたことがある。ハンバーグは鉄分あるよなぁ!? なんだって入ってんだ、ビタミンだろうがカロチンだろうがなんだってよぉ! だって美味いんだからさぁ!
「頂きますっ!」
「いただきまーっんむっ!」
「凪子、ちゃんと言い切ってから食べなさい」
意地汚い奴め。急いで食べるより一口一口味わった方が美味いに決まってる。
「「ふあぁ~……うまひ……」」
「ふふ、こうして見ていると本当に兄妹ね」
「んふー。にーちゃんの好きなものは凪子の好きなものだから。同じ屋根の下で育ったんだもん」
「カワイイ妹だ。ほれ、大好きなにーちゃんにハンバーグ一口献上しなさい」
「そこはにーちゃんがカワイイ妹に頭なでなでしつつ、あーんって食べさせてくれるとこでしょ!」
「難易度たけぇ……」
なんてふざけつつも俺達はパクパクハンバーグを食べていく。行儀悪い? なぁに、この家族の間だけさ。行儀もマナーも社交辞令もお世辞も何も存在しない空間なんて、この3LDKの家から出たらどこにもないんだからさ。……まぁさっき、凪子が注意されていたばかりだけど。
「うーん、性格はしっかり男の子なのにねぇ」
「母さん?」
「正悟、学校は楽しそう?」
母さんは優しい目をしていた。俺を心配する親の目だ。凪子は目をパチパチさせて俺達を交互に見ている。余計な心配をかけないように、ハンバーグはやれないが頭だけ撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。
「分かんないし、さっそくバレた」
「そりゃそうよ。変装なんていつまでも続けらんないんだから……まぁ、初日にっていうのは少しビックリだけど」
「でもまぁ、友達はできたよ。女の子だけど」
「女っ!? にーちゃんに女!? どこのどいつ!」
「凪子」
「あ……ごめんなさい。そういう空気じゃなかった」
凪子は母さんに諫められ少し落ち込んだように俺の膝に倒れてきた。強制的に膝枕をさせられる形となったが、俺はお兄ちゃんなので今は許してやる。気持ちの悪い声を出したらたたき落とすけど。
「正悟、その子はどんな子なの?」
「一言で言うと……小さい子」
「まぁ」
「その子も実際の年齢より幼く見られるのがコンプレックスみたいで……似た悩みってやつ? なんか共感できるところがあって。いい奴だし」
「似た悩みを持ってる子かぁ……正悟に必要なのはそういう子だったのかもね」
母さんが嬉しそうに目を細める。なんだかむず痒い。
「あ、あと、変な奴もいた」
「変な奴?」
「ていうかそいつにバラされたんだけど……北条水希」
「北条……?」
「準グランプリ」
「ああ、あの子」
凪子の補足で母さんもピンと来たらしい。その覚えられ方あいつとしても俺としても不本意な気が……いや、あいつ自分からバラしてやがったしピンピンしてそうだ。俺の一人負けかよ、結局。
「北条さんも近栄高校に入ったのねぇ。誰もいないと思ってたのに」
「まったく大誤算。しかも同じクラスだし。あいつ、入試1位だったとかで入学式も挨拶してて」
「入学式……お母さんも行けたら良かったんだけど」
「別にいいよ。遠いし、それに高校にもなったらわざわざ見に来るほどじゃないって」
「それもちょっと寂しいけど……仕方ないか、正悟も男の子だもんね」
母さんは少し寂しそうに、けれどやっぱり優しく笑う。
「正悟、それに凪子も。学校のこといっぱい聞かせてね。私も、父さんも二人のことならなんだって知りたいんだから」
「うん」
「はーい!」
「父さんには飯食べ終わったら俺から電話するよ」
「あ、凪子も! でも本当はにーちゃんの耳がついたスマホをペロペロしたいだけだったりしてー……ぎゃっ!?」
約束通り落としてやった。しっかり受け身は取ったみたいだが。
「にーちゃん酷い!」
「お前が気持ちの悪いこと言うからだろ」
「愛情表現なのにー」
「家族向けならいいんだけどな……」
喧嘩とも呼べない口論を交わす俺達兄妹を見て、母さんは今度こそ混じりけ無く楽しそうに笑ってくれた。
「それで、正悟? その北条さんがどうしたの?」
「えーっと、それがさ」
俺は今日あった北条絡みの話を母さんと、ついでに凪子に聞かせた。
二人の反応はそれぞれで面白かったけれど、まぁなんというか口に出してみると、やっぱり北条って変なやつだなと思った。