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勇者銀行

 なろう世界だと大魔王退治をすると気軽にお金がもらえるけど、そのお金を発行しているのは誰?国王?通貨の材質は金、銀、銅?国内の金や銀が枯渇すると、いざお金が足りないときに通貨が発行できなくて、景気の調整が出来ないよ?


国王の城に早馬の使者が着いた。大臣に手紙を渡す。

「お喜び下さい!勇者バルガスが大魔王を倒したとの事です。証拠として大魔王の首を持ち帰ると手紙に書いてあります!」

 その報告を聞いた国王は困った顔をした。

「至急我が国の金庫の管理をしている大臣を呼べ」

 呼ばれてきたのは財務大臣だ。

「国王様、勇者を使わしたのは3年前ですが、我が国は去年の隣国との戦争で莫大な戦費がかさみ、国庫に勇者に支払うだけの金貨の蓄えがございません」

と国王に報告した。

「やはりか。どうしたら良いか知恵を貸してくれ」

 財務大臣はしばらく考えていたが、すぐに何か思いついたようだった。

「国王様、銀行から借りましょう」

「銀行か。我が国には今担保すら無いのだ」

「ここでいくら考えていても金貨が天から降ってくるわけではありません。頭取を呼んできます」

 数時間後、王国一の銀行の頭取が国王の前に来た。

「いきなり呼びつけて済まない。今国庫に金貨が無くて勇者への支払いが出来ないのだ」

と国王が頭取に言うと

「勇者様への支払いはいかほどで?」

「10億ゴールドだ」

「ふむ、それだけの大金ですと確かに我が銀行の大金庫にもありませんな」

「どうしたらいい?」

国王が聞くと、頭取は

「お任せ下さい。国王様は勇者が来たら『支払う金は銀行に預けてある』と一言言うだけで事足ります。銀行屋は万年筆で預金通帳に1筆書くだけですので」

と答えた。


1ヶ月後。


「国王様、ただ今帰りました。これが証拠の首です」

と勇者が国王に大魔王の首を差し出した。

「ご苦労であった。さて、褒美の支払いだが……」

「苦労しましたからね。10億ゴールドはいただく約束でしたよね?」

「うむ。国王が約束を違える訳はない。支払う金は盗まれないように銀行に預けてあるのだ。済まんが銀行に行ってはくれないか?」

「銀行?そこに行けばいいのですね?」

勇者は少し首をかしげたが、すぐ王宮を後にして銀行に向かった。


「ここが銀行か。国王様から大魔王退治の報酬を預かっていると聞いて来たんだが?ここの一番偉い奴を呼んできてくれ」

と勇者に言われた係員は頭取を呼びに行った。

「これはこれは勇者様。大魔王退治の報酬は確かに当銀行が預かってございます」

「能書きはいい。早く10億ゴールドをくれ」

「それですが、勇者様は当銀行に口座はお持ちでしょうか?」

「口座?そんなものは持っていないが?」

「それですと引き落としができないので、お手を煩わせますが書類に1筆書いていただいて口座を作ってはいただけないでしょうか?5分で済みますので」

「わかったわかった。とにかく、その口座とやらを作ればいいんだな?」

と勇者はブツクサ言いながらも書類にサインした。

「ありがとうございます。確かに勇者様は当銀行に10億ゴールドの預金がございます」

「ならいいじゃないか。早く金をくれよ」

「それですが勇者様……」

「どうかしたか?」

「10億ゴールドをしまう金庫はご自宅にございますか?」

聞かれた勇者はしばらく考えたが

「無いな。自宅は大邸宅だが金庫は無い」

「それですと、せっかく引き出しても泥棒に盗まれる恐れがございますが?」

「それは困るな。俺も寝ずに金貨の見張り番なんか出来ない」

「それに10億ゴールドを持ち運ぶだけでも馬車が20台は必要かと。自宅に持ち帰る途中で強盗に襲われたり、馬車の御者が金に目がくらんで持ち逃げする可能性もございます。さらに馬車の御者への支払い、金貨の馬車への積み込み、積み下ろしの人足の手当だけでせっかくの報酬が減ってしまいますが?」

「それも困る」

「でしたら、当面必要な戦士、僧侶、魔法使いなどパーティーメンバーへの報酬、剣、鎧、薬草など大魔王退治で消耗した物の代金だけ引き落とすのはいかがでしょうか?残りの金貨は当銀行が地下の大金庫に保管しておきますので。銀行に預けておけば利子がつきます。勇者様が寝ていてもお金が勝手に増えていくのです」

と頭取が提案した。

「その地下の大金庫とやらは大丈夫なのか?横穴を掘った泥棒が来そうだが?」

「ご安心下さい。当銀行の地下大金庫は厚さ1メートルの鋼鉄板を3重にしてある上に、間にはコンクリートを挟んでおりますので」

「コンクリートとは何だ?」

「はい、新開発された素材で、水酸化カルシウムと消石灰を混ぜてセメントと呼ばれる物を作り、それを水と砂と砂利を混ぜ合わせて固めた物です。いわば人工の岩ですな」

「その地下にある大金庫とやらを見たいな」

と勇者が言うと

「申し訳ございません。当銀行は他のお客様からもお金をお預かりしていますので、勇者様といえども中へ入れるわけにはございません。かわりにわかりやすい大金庫の断面図と扉の頑丈さなら見せられます」

と頭取が答えた。

「ふむ、確かに俺が他人の金を持っていく可能性もあるからな。それでいい。断面図とやらはどこにある?」

「この壁に実際の素材で作って展示しているのがそれです」

頭取に指を指されて勇者が見た壁には厚さ1メートルの鋼鉄板とコンクリートのサンドイッチが埋め込まれていた。

「これが金庫の断面図か 。これを破るのは無理だ」

「では次に大金庫への唯一の扉へご案内いたします」

頭取の案内で勇者は大金庫の扉の前に向かった。

「この扉も鋼鉄製か。これは頑丈だ。錠前はどうなんだ?」

「この扉には最新型の泥棒でも破れない錠前を4つ付けてあります。さらに開け方を知っている人間は錠前一つにつき一人だけです。つまり3つの錠前が開いても、残りの1つの錠前を開けない限り扉は決して開きません。この扉を開けるには4人必要なのです」

「分かった、信用しよう。とりあえず今必要なのは50000ゴールドだ」

「でしたら用紙にサインしていただくだけで、すぐにお渡しできます」

手続きを終えた勇者は、重さ30キロはある50000ゴールドの革袋を担いで帰って行った。最初に勇者に言われて頭取を呼びに行った係員が

「金庫に10億ゴールドの金貨が無いのにあると言い張っていいのですか?あの地下大金庫は見た目は立派ですが、中にはせいぜい2千万ゴールドしかありませんよ」

と頭取に聞くと

「お金とは、単位ゴールド、債務(特定の人に対して金銭を払ったり物を渡したりすべき法律上の義務)と債権(財産に関して、ある人がある人に対してある行為を請求しうる権利)を記録する仕組み、譲渡性(持ち運びのしやすさ)、担保(危険に対する保証)で決まる。この4つを備えれば何でもお金だ。今、この国の貨幣は金で作ったゴールドなのは単なる金崇拝だな。通貨を発行するのは国王かもしれんが、お金を増やすのは銀行だ。銀行は万年筆で預金通帳に一筆書き込むだけでお金を増やせる。これを万年筆マネーと言う。今回は国王が10億ゴールド分の債務を背負ったから勇者に10億ゴールドの債権が生まれる。誰かの赤字は誰かの黒字、誰かの黒字は誰かの赤字だ」

「でも、その口先の説明で勇者が納得するとは思えません。明日には1億ゴールドを預金から引き出しに来るかも」

「そのときは当銀行の作った小切手帳を渡す。すでに我が国の商人は全て銀行小切手での支払いを認めている」

「あの金額を書き込むだけの紙切れが?」

「我が国の商人は馬鹿では無い。王国の商人が全員明日一斉に金貨を引き出しに来る可能性は限りなく低い。商人だって多すぎる金貨を持ち歩くのは危険だから、業者間の支払いは小切手で済ませて、金貨はウチの銀行に預けてあるんだ。小切手を銀行に持ち込めば確かに金貨を渡すが、せいぜい一人の商人が引き出すのは数百ゴールドだ」

「でも、国王も10億ゴールドも持っていませんが?」

「さっき言った債務と言うか担保はとってある。麦畑、乳製品、肉、野菜、その他の我が王国の国民が国に納める税金の一部だ。それも40年間分割支払い。後はお天気と、景気と、よその国と仲がいいかだ。国王も10億ゴールドの債務があるから少なくても後40年は内政重視の政策をとって、外交面で努力して極力戦争は避けるだろうな。これが国王からサインを取った10億ゴールド分の担保を記載した書類だ。国のトップの国王が債務不履行(特定の人に対して金銭を払ったり物を渡したりすべき法律上の義務に従わない)は低い」

と頭取は懐から一枚の書類を取り出し、係員に見せた。

「はー。だったら別の国では上手い手を使いましたね。大魔王を倒した報酬は姫との結婚と次期国王の座でしたからね。支払いを将来に先伸ばしした上に、姫を作るのは原価ゼロですから」


 繰り返すが、おカネは単位、債務(特定の人に対して金銭を払ったり物を渡したりすべき法律上の義務)と債権(財産に関して、ある人がある人に対してある行為を請求しうる権利)を記録する仕組み、譲渡性(持ち運びのしやすさ)、担保(危険に対する保証)で決まる。誰かの赤字は誰かの黒字。誰かの黒字は誰かの赤字。世界最古のおカネは、古代メソポタミア文明の楔型文字を刻んで窯で焼いた粘土板。金で無くてもおカネだった。


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