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第七話 次なる場所へ…

椎音の観光案内は次なるステージへ進む…

 新栄町(しんさかえまち)。旧栄町と経廼経慕之森(へのへものもり)の合併した町であり、経廼経慕之森とは五つの町の中心に位置する大規模な森林地帯である。そして五月雨町(さみだれまち)はその五つの町の一つでもある。


「ししょぉー」


 五月雨町と経廼経慕之森の境界は急勾配の坂になっており、森林地帯には大型動物がわんさか生息しているために、武器を持った大人以外は森へ入ることを禁じている。経廼経慕之森は即ち、純正なる動物と貪欲なる人間との境界線をなしているのだ。

 だが、そんな動物の世界と人間の世界を唯一行き来する存在が二つある。


「かなり様になったのう。娘っ子」

「お前に訊いてない! くそ(うなぎ)

「まだ仲良くなっていなかったのか…」


 手のひらサイズの鰻を肩に乗せ、右手には海獺(らっこ)の指人形を付けた女子高生少女は、唯一の経廼経慕之森の住人である。急勾配の坂道を手慣れた調子で歩きながら、女子高生は右手と左肩の鰻を交互に振って会話する。微笑ましい表情で(うかが)う鰻に、振り向きざまに怒髪(どはつ)、天を()くJK。そんな二人を見て、苦々しい顔を向ける海獺。三人は五月雨町方面の坂道をのしのしと登っていった。





「は! 今何時だ!?」


 所変わって、駄菓子屋『とんがりゃあ~』の店内にて。店主のおばあちゃんが出してくれた扇風機に当たりながら涼んでいた阿喜(あき)()椎音(しいね)は、驚天動地の叫びを上げてジョーノの方を振り返った。真っ昼間の夏日和。気温は既に45度になっていた。これ程の猛暑の中、椎音は一時の間気絶していたのだが、扇風機に当たり続けたお陰で体調はほどほどに回復した。


「ねえねえ! ジョーノお姉ちゃん! もっと話してよ!」

「そうだそうだ! もっと聞かせろー」


 そんな椎音を他所に、小学生の水気と大気は興味津々な目でジョーノのお話に夢中になっていた。ジョーノはしょうがないと思いつつも、懇切丁寧に五月雨町に来た経緯を話し始めた。


ジョーノには夫がいて、その夫は漫画が好きでずっとこの国の漫画を読み(ふけ)っていた。だがその中で一番好きな漫画、阿喜多椎音原作の『だぢづDEAD』との出会いがジョーノの全てを狂わせたという。その漫画を読み始めてから、夫・オットンはジョーノよりもだぢづDEADに時間を割くようになっていた。それも死ぬまで…。死ぬまでジョーノと愛することを忘れたオットンに対し、ジョーノの取った行動は…愛情を奪った憎き漫画家・阿喜多椎音に付きまとい、その魅力を追うことであった…


…ジョーノの熱弁に、子供二人はとても興奮した顔で「すげー!」と感想を送った。おばあちゃんに至っては「愛の逃避行ならぬ、愛の探究者」とまで言われた。とそこで、椎音の視線を察したジョーノは、さっそく腕時計で確認を取った。


「今は…三時三十三分を余裕に超えていますね…」

「なっ! …案内する時間が後二十七分…」


 絶望の淵に沈んだ椎音をチラリと見たおばあちゃんは、ふと何かを思い出したような顔でこう言った。


「あ。そういえばここの道をまっすぐ西に向かえば…地蔵が並ぶ坂があったね」

「ああ…あああ! それだ! ジョーノ行くぞ!」

「え? …ちょっと待ってください!」


 おばあちゃんの助け舟に、椎音は感謝の眼差しをおばあちゃんに向けながらジョーノの手を摑まえた。突然の行動にジョーノは顔を赤くして驚くが、椎音は強引にジョーノの手を引っ張って駄菓子屋を後にしていった。大気は丁度空いた縁側の席を見るや、いの一番にどっしりと腰を置いた。


「俺らはまだゆっくりしような」

「当たり前だろ? こんな暑いんだから…」


大気は漸く扇風機を占領できることに歓喜した。そして水気も大気に準ずるように隣に座ると、火照った体を冷やすように、扇風機越しでTシャツの襟下を摘みながらパタパタと冷気を送り始める。暑さに支配された水気の体温は、扇風機による涼しい風でひんやりと気持ちのいい寒気を感じた。


「…」


 大気はそんな水気の行動に一瞬ドキッと驚いたが、すぐさま水気に(さと)られないように片目で水気の鎖骨から下を覗き込んだ。今までの大気ではまず考えられない行動。…だがそれには理由があった。


――俺…女だったんだ…。あの部分は実は大きな(いぼ)なんだって…


今朝、水気の口から放たれたあの衝撃発言。それは大気の胸に、多いなる衝撃を与えた。それ以降、何度も会っては楽しく遊んでいた水気に対し、あってはならない感情が生まれたのだ。その最初の兆しは水気の体を見る度に、自分と変わらないと思っていた水気の体が、少しだけ色気を魅せ始めたことだ。


「…おい。何見てんだ変態」


 だがすぐに水気に感付かれた大気は、ほっぺたを思いっきり摘まみ上げられ、思わず悲鳴を上げたのだった。大気はガクっと肩を落として謝った。(何てこと考えてんだ俺ェ…)と心の中で悔やみながら、己の馬鹿さに心底恥ずかしくなった大気であった。




 それからというもの、椎音は地蔵道に差し掛かるまでの間に四つの観光地をジョーノに案内した。鉄棒しかない五月雨公園に、めちゃくちゃまずい喫茶店、怪しげな占い館に、大気と水気の家。大気と水気の両親は家族ぐるみで仲が良く、ついには家まで合体させたのである。


「色んなお家があって楽しいですね…」


 それらの内情を知らないジョーノからしてみれば、それら全てが謎だらけで見た目と雰囲気でどんな日常だろうかと想像しながら楽しんでいた。椎音はそんなジョーノを横目で見ながら、何も知らない方がいいのだと()えて観光地の説明を省いた。

 

そしていよいよ五月雨町の最北端に位置する場所へとたどり着く。五月雨町の先には鬱蒼(うっそう)と生い茂る経廼経慕之(へのへもの)(もり)が見える。まるで来るものを拒むかのように、一本道を草木が埋め尽くす。


「ここが…観光地…ですか?」

「ああ」


 椎音はいつものように(いぶか)しげな顔をしながら(うなづ)くと、さっさと歩き始めた。目の前に塞ぐ草木の道を前に、椎音は何のためらいもなく草木を退かして前に進む。ジョーノの「入って大丈夫なんですか?」という心配の声も聞かずに、椎音はどんどん先へ進んでいく。ジョーノは仕方なく、椎音の後を必死に追っていくのであった。

 そこは全てが草木に(おお)い尽くされた森林地帯。ジョーノはスーツ姿のまま必死に草木をかき分けて椎音を追う。(もも)から下のタイツに(とが)った(くき)が突き刺さる。ジョーノは痛みに耐えながら休まず進む。だが椎音は四十五度くらいの坂道だというのに、スピードを少しずつ増しながら進んでいく。


「待ってください。先生…!」


 椎音は未だ口を開くことなく。ついに椎音の背中を捉えることが出来なくなった。ジョーノは胸の底から生まれる不安を押し殺しながら、めいいっぱいの声で深呼吸の後、叫んだ。


「阿喜多先生!」


――バッ


 ジョーノは叫び声と同時に、渾身(こんしん)の力で特大級の草を退かす。すると――


「お? 何だお前…」


 目の前に広がるのは(ひら)けた草木地帯。そして眼前には椎音ではなく、女子高生の服を着た少女が(ほう)けた顔でこちらを凝視していた。何故か少女の右手にはラッコのパペットを、首筋には小さな謎の生き物がくっ付いていた。

女子高生と海獺の人形とチビ鰻。そして椎音は一体どこへ行ったのやら…ジョーノは経廼経慕之森の中で一体どんな体験をするのでしょうか…

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