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第五話 観光案内(椎音の初デート)

なんやかんやで観光案内することになった漫画家・阿喜多椎音-あきたしいね-

だったが何の問題ないわけもなく…ジョーノ・チッカーツヤの世界に翻弄されることとなる…

 じー

 じーー

 じーーーーー


 今月は初旬から日照りが続き、下旬には誰もが雨を望み始める頃、真昼間から好き好んで外に出る人間は社畜しかいない(偏見)。のだが、影一つない場所で、汗をだらだら流している生物が約二名いた。

(にら)み合う四つの眼。一人は人気漫画家・阿喜(あき)多椎音(たしいね)。そしてもう一人…いや、一匹の四足歩行動物の名は、


――ワァン!


 手足の先と耳と鼻が漆黒に染まったブルドックであった。椎音のずっと後ろ、屋根のある木の椅子でアシスタントのジョーノ・チッカーツヤは両手に二本のスイカバーを交互に()めながら、その光景を眺めていた。

 二体の生物が日照りの下で睨み合うことになった経緯は、約五分前に(さかのぼ)る。




「さあ! 参りましょうか先生!」


 左拳に元気を、右拳に喝采を高らかに伸ばし、(きらめ)めく(すい)(ぎょく)(いろ)(かみ)(なび)かせるド素人アシスタントこと、ジョーノ・チッカーツヤ。彼女の猪突猛進の性格の元、亡き夫が自分よりも愛した男・阿喜多椎音の場所を突き止め、椎音が夫の愛した漫画を描く人間に相応しいかを見極めるためにやってきた。

だが、椎音は夫が一番愛していた『だぢづDEAD』の主人公デッドウを飽きたという理由で殺そうとするが、そんな大事を聞いて黙っているジョーノではない。ジョーノと同じ想いの編集担当・コウヘイに頼まれ、快くアシスタントに(おど)り出た。その結果、まさかの大ヒットを遂げたのだった。未だに不満たらたらの椎音をしり目に、とんとん拍子でジョーノの(ロード)が形成されていく中、つい今しがたジョーノの新たなる住居先が決まった。

のだが、家主の針小棒大夫妻によって、何故か町案内の任を言い渡された椎音は、ジョーノと共にアパートを追い出されることとなった。


 ここは五月雨(さみだれ)(ちょう)。というのに、今年になって原因不明の猛暑が発生し、今や史上最高気温42度を更新していた。六月だというのに梅雨らしい大雨は一切ない。早いとこ雨が降ってくれないと、この町は水不足により住民に多大なる被害が及ぶことは容易に想像がつく。椎音は目の前で元気よく両手を伸ばす二メートル級の美人の背中を眺めながら、そよ風に(きら)めく翠玉色の(かみ)絨毯(じゅうたん)にうっとりと見惚れていた。

…何故こんな美に(あふ)れた女が俺なんかと一緒にいるのだろう…。理由はさっき聞いたのだが、あまりにも現実味のない話なので、椎音は未だにジョーノを最重要警戒対象として視ている。夫の好きな漫画の主人公を死なせないためにアシスタントになった? 理解不能・意味不明。どれだけ夫の事を想ってこんな国まで来た? 夫婦愛など椎音には全く感じたことのない感情である。


(ああ、…もういいや)


 考えるのは止めだ。結局のところジョーノに訊かなければ答えはない。…というか暑くて暑くて考えるのも億劫(おっくう)になってきた。今はとにかく町案内だ。案内する間に訊けばいい。椎音は頭を振ってジョーノという謎の(かたまり)を一旦忘れることにした。一先(ひとま)ず軽く深呼吸をしてから、意を決してジョーノの前方に強引に割り込んだ。


「先生?」


 ジョーノは不意に前に現れた椎音に驚きつつ、空から照り付ける太陽に眉を(しか)めた。丁度一番高い位置で下界を見下ろす太陽のせいで、まともに前方を見ることが難しくなってきた。椎音も太陽の方を一瞬だけ(にら)むが、無駄だと解るとそのままジョーノに背中を向けるように立ってから、言葉を続けた。


「…とにかくこの町に案内できる観光地などあればいいが…俺が思いつく限りの場所を回るぞ…そしてさっさと帰って・漫画読んで・寝る。もちろん寝る前の歯磨きは忘れない」


 手を腰につけ、一応の意志を示した椎音の背中を見て、ジョーノはにこやかに微笑みながら椎音の肩に手を置いた。観光地がない町などあるのだろうかと思ったジョーノであったが、とりあえず気にしないことにした。


「はい。一時間しかないので、手早く行きましょう、先生」

「! …ああ」


 ジョーノにとっての当たり前のスキンシップに対し、椎音の体は、電気が走ったように震え心底ビックリした。だがジョーノに弱みを見せたくない椎音の意地で、どうにか震えを抑え、歩を進めた。

何故かジョーノは肩から手を離さそうとしなかったが、注意するのも億劫な椎音はそのまま無視して歩き続けた。結果二両編成の電車ごっこの形でぎこちなく歩き始めるのであった。


 ちら。ちら…。椎音は時折自分の肩に乗るジョーノの手を見ては、(なま)めかしくも桃色の五本の爪をチラリと見た。本当に指に桃が乗っているかと思うほど瑞々(みずみず)しいピンク色の爪は、椎音に爪=桃の錯覚を起こさせる。そんな椎音の目線を感じ取ったジョーノは、ふとこの国に来てすぐの出来事を思い出すように自然と口が開く。


「爪、甘噛みしてみます?」

「え…」


 (やぶ)から棒に何を言っている? 人間か? っと、椎音は以上の言葉を心の内に飲み込んだ。だがジョーノはあっけらかんとした顔で更に続ける。


「いえ…。この国に来てからすぐに、私の(ひざ)くらいの背のボーイが私の爪を見ていまして…。尋ねてみましたら、私の爪が果物の桃というのに見えるんだとか…だから甘噛みさせてあげました。…するとどうでしょう。美味しくなさそうな顔をして逃げていきました」


 何故一拍置いた。と、言いたいところだが、椎音は(のど)まで出かけた言葉を頑張って引っ込めた。今、二人はオンボロアパートから十メートル離れた先の住宅路を歩いていた。車が通り過ぎる度に道の端に移動するのだが、道幅が狭いために端の壁とほぼ密着しければ車がまともに通れない。更には椎音を先頭にした電車ごっこで歩いているため、道行く親子や子供達から恰好(かっこう)の不審者扱いとなっていた。近いうちに警察官が来るのも近いだろう。


「もうすぐ着くぞ…」

「無視ですね…私の小話」

「ふんっ」


 ジョーノは話題を変えられ、しゅんと気分を落ち込ませるが、椎音は鼻を鳴らして前方の目的地に足を速めた。早いところ涼しい場所に行かないと、ここで日射病か脱水症状で倒れてしまう。椎音は少し早歩きを始めた。


 最初の観光地。五月雨駄菓子屋『とんがりゃあ~』。オンボロアパートよりかはしっかりとした木材で出来ており、横大人五歩分・奥行大人五歩分・入れる高さ二メートルの正四角形の敷地面積を誇る。広さも子供が十人から二十人くらい入ることができ、駄菓子屋を切り盛りする主は…


「ワンワン…」


 暑さにやられ、元気のない声を()らす生物。手足の先と鼻と耳に漆黒が染め上がったブルドッグが、受付の台の上に腹ばいで寝転がっていた。ブルドッグの背中には、『店番兼店主ブルブル』と書かれた短冊が適当に置かれていた。

 ブルブルは一応客の気配を感じ、店番を頼んだ奴のことを思い出しながらむくっと起き上がる。そしてゆっくりと後ろにいる客人約二名に顔を向けた…瞬間――


「わぅん(ドキン)!」


 ブルブルは恋に落ちた。心臓にハート型の矢が刺さったような不思議な感覚に襲われる。ブルブルの見つめる視線は、(すい)(ぎょく)髪を(なび)かせる眼鏡美女ジョーノであった。更に観察するに背丈がめっぽう高く、しかもスーツ姿で…しかもしかもスカートが短い! エロい網目状(あみめじょう)のタイツがまたエロい! 未だ純情であったブルブルに(ようや)く発情期が訪れた瞬間であった。

 …が、そんな絶世の美女の隣に、全く似つかわしくない不格好なキモ男が立っている。もしや美女は(おど)されている? そしてこの駄菓子屋でお金を全部使われて…払えない場合は…


「(させるかー!)ワォオオオオン!」


 ブルブルは使命感のまま、椎音の腹に頭から突っ込んだ。正義の鉄槌・ブルブルジャスティスアタックは、椎音の腹に見事直撃。椎音は後方へ綺麗な弧を描いて吹っ飛んでいった。


「先生!?」

「…わん?」


 だが美女から発せられたのは感謝の投げキッスではなく、意外な言葉であった。華麗な着地をとるブルブルを他所に、ジョーノは熱いアスファルトに倒れそうになる椎音を素早く抱きかかえた。ジョーノの必死の呼びかけに意識を取り戻した椎音は、小さな声で呟いた。


「早く…入れて…死ぬ…」

「分かりました先生!」


 ジョーノは椎音の短い単語を瞬時に理解すると、すぐにジョーノを駄菓子屋の中に入って行った。その一連の光景を呆然と眺めながら、ブルブルは熱いアスファルトに足を着けていることに気が付くまで三十秒を要した。


最期の展開の方を一番前に持っていく手法をとってみました。…初めてなので何分誤りが多いとは思いますが、まあ何度かやって行けば慣れるでしょう。ジョーノと椎音のトークを考えるのが楽しくてたまりません。

 そして新たに現れたブルドッグ・ブルブル。私にとってブルドッグとは赤ちゃんの頃からの因縁…まあそんな記憶はほとんどないのですが、親が何度かそういう話をしていたので、いつの間にかブルドッグが特別な存在になっていた…というわけなので、これからのブルブルの活躍に期待したいです。では次回。

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