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第四話 針小棒大夫妻

次から次へとくる刺客。それは椎音を苦しめるのか、はたまたジョーノを苦しめるのか…

 前回のお話。異国からはるばるやってきたジョーノ・チッカーツヤ。(すい)(ぎょく)色のたなびく髪(前髪限定黒髪)にして、シアンとマゼンタの両瞳色違い(オットアイズ)の女性は夫が最後まで己に見向きもせず、とある漫画の主人公を思い続けたことに大いなる嫉妬を燃え上がらせた。夫亡き今、ジョーノは立ち上がる。その漫画を描いている漫画家・阿喜(あき)多椎音(たしいね)が夫の愛する漫画を描く人間にふさわしいかどうかを確かめるために――

…が、何故か話はよく分からない方向へと進んでいき、ジョーノは阿喜多椎音のアシスタントとして【だぢづDEAD(だぢづでっど)】の主人公<デッドウ>を守る戦いが、ついに始まるのであった…

――説明終わり。




「ジョーノ・チッカーツヤ血液型A型いて座、好きな食べ物はシーフードスパゲッティ、好きな漫画はまだありません。では改めて、今後とも夜露四苦(怒気を含めてよろしく)お願いします」


 編集担当が去った今、阿喜多椎音の自宅である【ぼっち御用達住居】という名の二階建てアパートの一室、001号室の椎音の仕事部屋にて。二人の人間が緊迫感漂う中で向き合っていた。どちらが先に動けばいいか、後に動けばいいかを探り合いながら見つめ合う。

最初に動いたのは、ジョーノであった。両の手を畳の上に重ね、その上に額を乗せて深々と頭を下げる。女性に年を聞くのは失礼というのは椎音も重々承知であるが、改めてジョーノの容姿を(うかが)うと、椎音の背より拳二つ分高い。椎音のコンプレックスである背の小ささを思い出し、若干ぶすくれる(ふてくされる)。だがいつまで黙っていては、ジョーノがずっと頭を下げ続けるだろう。仕方なく言葉を垂れることにした。


「…で? いつまでここにいるつもりだ?」

「というと?」


 唐突な椎音の問いかけにジョーノは(しば)し困惑するが、椎音は溜息(ためいき)一つ零して次いで答えた。


「とっとと家に帰れ。別に祖国に帰れとは言ってない。この国で仮住居の一つくらいあるんだろ?」


 至極まっとうな質問。ジョーノがアシスタントになることは、急上昇してしまった漫画を見れば、止めることはまず不可能。あの編集長なら喜んでジョーノをこちら側に引き入れるだろう。この現実を前に観念した椎音は、とりあえずジョーノをこの場から追い出し、心を落ち着かせたい気持ちでいっぱいだった。そんな仏頂面な椎音の顔に対し、ジョーノは困った顔で返した。


「ないですね、そういえば」

「…ハァ?」

「どこかいい物件ないですか? 例えば…このアパートとか…」


 まさかここまで考えなしだったとは…椎音は目の前のいち女性が猪突猛進の猪のように思えた。目的に向かって一点突破、周りのことは指摘されなければ気づくことはない。椎音は前にも一度そんな人間を見たことがあったようだが、昔過ぎて覚えていない。だが純粋(じゅんすい)(まなこ)でこちらを見つめてくる相手に、怒り任せで返したところで意味はないと(さと)った椎音は、何十個のあるポケットの中の一つから携帯電話を取り出し軽快にボタンを押した。

 ジョーノは未だに椎音を見つめてくるが、椎音はうまいことジョーノの視線を逸らしながら、ある人物と会話を始めたのだった。


「ああ、ここに住みたいと…」

――何! 本当か!

「ああ。よかったな。」

――よしっ! 今から行くからすぐ着くから! 引き留めておいてくれよ!


ガチャ…プゥーープゥーー。無表情で応対した椎音はさっさと通話を切ると、携帯を元のポケットに入れ、証拠の詰まったポケットだらけの上着を適当に横に(ほう)った。ジョーノはタイミングを見計らって口を開いた。


「どなたと電話を…?」

「今すぐ来るから待っとけ」

「え…?」


 意味の分からないことを口にする椎音に、ジョーノは困ったような顔をした。


―ドンッ


 「え!?」と、背後から突如開け放たれた玄関ドアに驚くジョーノ。すぐさま後ろを振り返ると、外界から身長2・5メートル級の何かが入ってくるのが分かった。廊下の距離はそこまでない。時間にして(おおよ)そ十秒。ジョーノはゴクリと(つば)を呑みこんで、巨大な何かの正体を凝視する。大男の体躯(たいく)は、椎音の仕事部屋の半分を埋め尽くさんとするほどの大きさを誇っており、服は胸部だけが破けた白のシャツに白の短パンとどこか白を基調にしている。

 ジョーノはその正体には見覚えがあった。ついさっきジョーノがオンボロアパートに入ってくる際に出会った…


「おお! さっきのお嬢さんじゃねえか! ブラザー…ちゃんと彼女いるじゃねえか! 何で紹介しなかったんだ! 俺達ブラザーズだろう?」

「ブラザーズじゃないし、彼女でもない。お前ら合わせて他人様だ」

「「な!?」」


 椎音の非情な返答にジョーノと大男の心は大きく傷つき、悲しみに暮れる。とくに大男に至っては大粒の涙を流し、ジョーノも涙こそ流さなかったが肩を落として残念がっていた。…すると、


――ドンッ。大男が衝撃音と同時に大きく前に倒れそうになるが、すぐに元の体勢に戻して背後を振り向いた。そして「ああ」と得心の一言を呟くと、片足を滑らすように場所を空けた。するとそこに空いた場所から新たに侵入者が現れた。


「よう椎音」


その声で空気が一気に変わる。髪をシュシュで一纏(ひとまと)めに結んだ中年の小柄な女性。だがその女性から漂う雰囲気は化物に似た何かに近い。女性は椎音に一瞥(いちべつ)すると、堂々とした(たたず)まいでジョーノの方へ歩みを変えた。その顔には(しわ)こそあれど、未だ美しさを止むことはない。よく見ると(うなじ)の方にもシュシュがあり、後ろ髪の(ほとん)どをそこに束ねている。服はジャガー、チーター、ライオン、ヒョウが周りに円を描くようにこちらに(にら)みつき、その中心にイリオモテヤマネコがお尻を向けてこちらに見つめているTシャツとジーパン。まさに百獣の王たちを束ねる長と言わんばかりに、ジョーノを睨んでくる。

ジョーノは口の中が一瞬で乾くのを感じながら、意を決して口を開いた。


「あの…私に何か用でも…」

「あんた」

「!」


 今一番の眼光を見せる…が、その後一気に顔が笑顔に崩れ、優しい眼でジョーノに手を差し伸べた。


「ここを選んでくれてありがとう。同じ女同士遠慮なく相談に乗るからね」

「っ、…はい!」


 人は見かけによらない。容姿と雰囲気は百獣の王を思わせていた顔は、今まさに聖母へと変身を遂げたのだ。


「あたしは()ナ。こっちは夫のドミノ」

「私はジョーノ・チッカーツヤと言います」

「「よろしく」」


 ジョーノと覇ナは互いに()かれ合うように手を結んだ。椎音はそんな二人をしり目に、途中で隣に座ってきたドミノの体臭に苦しんでいた。それから椎音の部屋でジョーノと覇ナは会話を弾ませた。椎音は自分の部屋で話すなと言おうとしたが、覇ナの眼光に(ひる)み仕方なく自分から部屋を出ていった。そしてすぐ左の四畳の漫画部屋から適当な漫画を取って、仕事部屋から右の部屋でゴロゴロしながら漫画を読むことにした。

 

――昼の二時はあっという間に三時を過ぎていた。椎音は窓に差し込む日差しに欠伸を一つ二つ上げながら、すっかり取り出した漫画を読み終えた。…と、数枚の書類を手にした覇ナが椎音の部屋に入ってきたかと思えば、突如大声でこう言い放った。


「阿喜多ァー! …ジョーノに町を案内してやんな」

「…は」


 響き渡る雷鳴。覇ナは椎音の部屋の入口を陣取り、仁王立ちでそう叫んだ。椎音は一瞬驚いたが、すぐに面倒くさそうに後ろを振り向いた。だが覇ナの雷鳴は止まらない。


「今すぐ! そんで一時間後に帰ってこい!」

「はあ?」

「返事は!」

「…はい」


 問答無用。このアパートの真のリーダーである覇ナの前には、いかに他人の命令を聞きたがらない阿喜(あき)多椎音(たしいね)でも勝ち目はなかった。自分の知らないところで何かが進んでいるとは露知らず、覇ナの後ろから現れたジョーノと初めての観光案内をすることとなったわけであった。


 大男の旦那と小柄な妻、だがめっちゃ怖いというまあ恐妻家的なポジション。ですが恐妻である覇ナさんは皺こそあれど、めっちゃ美人でスタイル抜群で美魔女と言っても過言ではありません。そんな人の夫であるドミノは羨ましすぎです。

 そんなわけで椎音とジョーノ、二人きりのデートはどうなるのか。二人を追い出した覇ナたちは何を企む? 次回に続く。

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