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第一(裏続)話 初仕事アシスタント

アシスタントになったばかりのジョーノに出された最初の仕事。

それは“一ページの漫画を描いて、主人公を復活させろ!”という、漫画を描いたことのないジョーノにとって、最打球の難問であった…

 一時間過ぎて、六時と三十分に二本の針が差した頃。

 憎き某漫画家の顔を一目見たくて総本社までやってきた美女は今、憎き漫画家のアシスタントに就任し、こうして担当編集コウヘイの前で初めての漫画を見せるのであった…。


「凄い…」

「はい! どうでしょうか…?」


 ごくりと(つば)を飲み込み、有名漫画担当編集コウヘイを見つめる【ジョーノ・チッカーツヤ】。前髪の黒髪にエメラルドヘアーが(ほとん)どを占める中、眼鏡の奥から(のぞ)き込む美人ウーマン相手に、コウヘイは数秒ほど思考を止めて見惚(みと)れていた。

薄っすらと赤みがかった肌からはどこか疲れの色を思わせる。これは一時間という制限の中、一枚の紙に向かって真剣に筆を振るい続けたことへの疲れなのだろう。コウヘイは始め、ジョーノに基本的な漫画を描くための知識を教えようとした。そのためにまず漫画家に必須な道具、紙とペン(今回はシャーペンを使用)のみで描かせてみたのだった。

コウヘイは生まれて初めて美人と一対一で話していることを記憶に深く刻みながら、今やらねばならないことを思い出し、()しみつつジョーノから紙面に目を移した。


「下手ですね」

「え…」


 コウヘイは驚きの眼差しでジョーノに一瞥(いちべつ)する。ジョーノ渾身(こんしん)の表裏一ページに描かれた物語は、まさしく【阿喜(あき)()椎音(しいね)】が描いた物語と似て非なるものであり、四角いコマの中に棒人間が何かをやっている絵であった。

何か…。本当に何をやっているのか全くもって判別できない。コウヘイはその絵を見た瞬間、脳内で古代人類が描いた壁画を思い出した。象形文字と言ってもいいのだろうが。ジョーノの絵は、綺麗な曲線と丸で構成されたへんてこな作品に仕上がっていたのだ。

だがコウヘイは落胆よりも先に、ホッと胸を()で下ろした。完全な下手ではない。そう思ったからだ。ジョーノは意気消沈の面持ちで口火を切った。


「本当にソーリーです。…私、初めて絵を描いたんです。言い訳にしかなりませんよね…」

「いえ!」


 突然。コウヘイの大声で、ジョーノの肩はびくりと跳ねた。ジョーノは感情が高ぶると片言になるのだが、それよりもコウヘイの未だ消えぬ瞳に映った炎を前に、ジョーノはとりあえず聞いてみることにした。


(なめ)らかな曲線美、丁寧な直線…もしかしたら…出来るかもしれない。最初は駄目でも何度か繰り返せば…――1つ質問よろしいでしょうか?」

「…はあ」


 ジョーノは(あご)に手を当てながら()くし立てるコウヘイを見ながら、ただただ茫然(ぼうぜん)と椅子に鎮座(ちんざ)していた。いったい彼は何を言っているのだろうか? こんな絵に何の価値があるというのだろう。私なりに描いては見たが、私から見てもこれが漫画だとは到底思えなかった。夫の大好きな漫画を時折横からチラリと見ていたが、あの絵とこの絵は全くの別物。雲泥の差、天地の差、北海道と東京都ほどの違いなのは火を見るよりも明らかである。

 だがコウヘイは(いぶか)しそうに(うかが)うジョーノに、更に言った。


「模写は得意ですか?」

「…ああ、写し書きみたいな感じでしょうか?」

「はい。阿喜(あき)多先生(たせんせい)の本なら(たな)に幾らでもあります。とりあえずもう三十分のうちに描けるかどうか…最後のチャンスと思ってやってみませんか? もしこれで駄目なら、私は二度と阿喜多先生に口出しはしません。…あなたもです」


 コウヘイの目は真剣そのもの。だとしても、残り三十分のうちに出来るのだろうか…。ジョーノの不安は益々(ますます)(ふく)れ上がった。だが、このままじっと時間を浪費すれば、(いず)れ取り返しのつかないことになるだろう。夫の愛した主人公の勇姿を見ることは、もう二度とないかもしれない。そう思ったジョーノの目から迷いは消えた。今そこに映るのは、闘志に燃えた戦士の目であった…


「やってみます。…コウヘイさんに貰ったラストチャンス、無駄にはさせません!」

「ありがとうございます。ジョーノさん…」


 コウヘイは初めて会ったであろう相手に対し、深く感謝の意を込めて礼をした。ジョーノとコウヘイ、二人の想いは唯一つ。主人公を死なせたくない。阿喜(あき)多椎音(たしいね)の意向を完全に無視する形になったとしても構わない。憎き主人公であっても、夫の愛した主人公には変わりはないのだから…



 それからさらに三十分後、多少の話を合わせて一時間。七時半となっていた。ジョーノの疲労は限界をとうに越えていたのだが、漫画を描いていくうちに疲れはどこかへ消えていた。コウヘイも夜の仕事場で寝るに眠れずに、こうして不眠不休の二日目を迎えて尚、ジョーノの成長を親のように見守っていた。


「俺の目に狂いはなかった! ジョーノさん! あなたは最高の才能の持ち主だったんですよ!」

「え…そうなんですか? 実感ないです…」

「自信持ってください! たった三十分で才能を開花させるなんて…って今はそれどころじゃない! もう七時半か! ジョーノさん! この絵を保ったまま最初に描いた一ページをもう一度描いてもらえませんか?」

「え! …や…やってみます」


 コウヘイ怒涛(どとう)()め殺しに気圧(けお)されながらも、ジョーノはこの三十分を無駄にしなくて良かった…っと思った。そして渡された白紙の一枚を真っすぐ見ると、ジョーノはペンを持った手に力を()めた。


(自分に出来る事全て出し切る。…そうよね。オットン――)


 天国の夫に聞こえるように言ってから、筆を力強く走らせたのだった。


 更に三十分後、八時ぴったり。コウヘイは更に感激の笑みを浮かべて、ジョーノの描いた一ページを何度も表裏返して見まくった。


「棒と丸じゃ分からなかったけど…いいですね。後は私が編集して、印刷所に回すだけです」

「…間に合いますか?」


 不安げに見つめるジョーノにコウヘイは核心を持った表情でこう言った。


「間に合わせるのが私の仕事です。もう阿喜多先生の遅延行為には慣れてますから…では、ゆっくり休んでください」

「はい。安心しました」

「あ、私の隣の席空いてますので、ご自由に使ってください」

「ありがとうございます、コウヘイさん」


 ジョーノの感涙しそうな笑顔に答えるため、コウヘイは隣の席で爆睡(ばくすい)していた別の編集担当・細っちょ【捕女(とるめ)】を椅子から引っ張り出し、最奥で床寝(ゆかね)している別編集担当・太っちょ【(ごう)()】に向かって捕女を転がした。捕女の牛蒡(ごぼう)のような体が綺麗(きれい)に四、五回転し、剛姫の横腹にボヨンと当たって停止した。が、どちらも起きることなくグースカ眠る。

ジョーノは申し訳なさそうに剛姫と捕女を見送りながらも、眠気がいつの間にか己の頭を支配していたことに気づいた時には、既にジョーノは捕女の椅子に座って、机上に左の(ほお)を乗せ爆睡したのだった。

コウヘイもそんなジョーノを見ながら、自分も眠たかったことを思い出し、だがそれでもやるべきことをやるまで寝るわけにはいかないと決意するように、両の頬を何度か(つね)って無理やり起こし、作業に戻ったのだった。


 それからは驚くほど順調に物事が進んでいった。編集も早々に終了し、同階の印刷所へ無事送り届けることが出来た。この間、九時ちょっと前。コウヘイはこの時初めて自分が凄いのだと思ったが、それもこれもコウヘイよりももっと凄い彼女の才能だということを思い出した。


「これで…眠れる」


 そう思うより早く、ジョーノの隣でコウヘイはすぐさま机に突っ()したまま深い眠りに就いたのだった…




――だが、福転じて災いとなす。十二時半過ぎ、最初に戸を乱暴に開けた男が一人…


「おい…これはどういうことだ?」


 その声は明らかに怒気を含んでいた。そしてそれは聞き慣れた声。だが今まで彼は怒気に満ちた声で、編集室に入ることはなかった気がする。だがコウヘイは深い眠りに就いたまま、起きる気配が全くない。

 ムカ…。怒気に満ちた声を無視された男は、のしのしとコウヘイの前まで近づくと、耳元で更に大きな声を上げた。


「どういうことだって言ってんるんだ!」

「はえ?!」

「ん…?」


 男の叫び声は室内全体に(とどろ)き渡り、続々と眠りに落ちていた人間がゾンビのように起き出す。その中にコウヘイとジョーノの姿もあった。コウヘイは己の耳に感じた超弩級(ちょうどきゅう)咆哮(ほうこう)により、耳がジンジンと鼓膜を震わせることとなった。下手すれば鼓膜破裂、最悪失聴だ。何てことしてくれるんだと、コウヘイは見知った声の主を(にら)みつけた。

 そこにもう一人、声は全く聞き覚えがなかったが、叫んだ男の姿を見てジョーノの本能的何かがすかさずそれを察知した。そしてのそりと身を起こすと、眉を(しか)め睨むようにこう言った。だが最初に切ったのは…


「お前は誰だ?」

「あなたこそ…」

「俺は阿喜多椎音。ダヂヅDEADを描いている……? お前本当に牛蒡女(捕女(とるめ)蔑称(べっしょう))か?」

「私は…」

(隠し通してくれ! 頼む…)

「! …私は捕女の…あ、姉の……【捕夢(とるむ)】です」


 コウヘイの目で(うった)えかける想いに答えた、ジョーノ渾身の嘘。当の捕女は未だ意識が夢の中に沈んでおり、幸い椎音の悪口は聞こえず、ジョーノの席も見えていない。椎音はそんなジョーノの嘘に、なんの疑う余地なく目線をコウヘイに移した。


「まあいい。とにかく説明してもらおうか…コウヘイ担当」

(ゴクリ…)


 コウヘイは更なる岐路(きろ)に立たされた。幸か不幸か、ジョーノの正体はバレていない。今出来うる誤魔化しと説得を、(おぼろ)げな頭の中で必死に考えを(めぐ)らせるのであった。

 才能はどこで開花するか分かりません。自分でそう決めつけていても、才能は自分とは関係ない場所、タイミングで開花してしまうのです。才能と自分のしたい事が等しくなかった場合、自分は一体どうすればいいか。

 真面目な話はここまで。アシスタント・ジョーノの才能は具体的に言えませんが、とにかく模写と話が上手い事です。そして次回、編集担当コウヘイさんの行動やいかに…漫画家さんの描きたいものと編集が漫画家に望んでいること、どこまで合致しているのでしょうか…気になります。


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