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第一(裏)話 隠れアシスタント就任

謎の美人アシスタント誕生の瞬間がここに…

主人公を生かすことが出来るだろうか…

漫画家・阿喜多椎音-あきたしいね-とジョーノ・チッカーツヤの長きに渡る戦いが始まる。

 漫画家【阿喜(あき)()(しい)()】作、だぢづDEAD。週刊少年ダンブ内のアンケートで第三位を誇る人気漫画であり、【ジョーノ・チッカーツヤ】にとって浅からぬ因縁をもっていた。


 ジョーノは午前四時過ぎ、街中を歩いていた。縦に伸びるビル群、冬だというのに普段の冬至よりも高く昇る太陽の中、冷たい寒風をものともせず悠然(ゆうぜん)(かっ)()するジョーノの目は、ただ一人、とある漫画家に向けられていた。それは一重に引導を渡す者の眼光であり、ジョーノは今燃え(たぎ)る内を必死に堪えながら、ただ無心に目的地を目指す(さむらい)の如く歩いていた。髪は(すい)(ぎょく)(いろ)に包まれながらも前髪のみ黒を残し、左にマゼンタ右にシアンの瞳を(のぞ)かせ、紺色(こんいろ)の冬服スーツを着込む。ただそれだけで道行く人は、彼女の姿を、匂いを、視線を奪われるのだ。


「何でしょうか?」

「あ…いや――」「何でもないです!」

「そうですか」


 ジョーノはその都度、鋭利(えいり)な眼光を通行人に向けては疑問を投げかけ、通行人はその刺すような視線に根負けして後退りをして答える。(おおよ)そ三十回繰り返した後、ジョーノはある高層ビルの前に辿(たど)り着いた。


「ここが…週刊少年ダンプを傘下に置く『(こん)克社(かつしゃ)』」


 魂克社。ダンプ他、凡そ十の漫画雑誌を従え屹立(きつりつ)する様は、まさに強豪国家そのものである。十の漫画雑誌の全てがランキングに必ず載る。それが世界の常識となっているほど、この会社の才能を伸ばす力は高いのである。

 なぜジョーノが地球の裏側から遥々(はるばる)そんな会社に(おもむ)いたのか…

 魂克社のビルの屋上を見上げながら、ジョーノは眉間に(しわ)を寄せ、腹の底から煮えたぎる想いを口から(こぼ)す。


「いざ尋常に…参る!」


 どこで覚えたのか分からないが、威勢を乗せ思わず大声で口走った言葉に、魂克社の玄関を行きかう数人がギョッと驚きジョーノに注目する。だがジョーノはそれを気にする素振りもなく、これからやるべきことを心の中で復唱しながら玄関の中を入っていく。その時、ジョーノにかけられたフチなし眼鏡が太陽光に反射した。フチなし眼鏡は太陽光を全て反射できずに、残った光が屈折してジョーノの目に当たる。


「うぎゃ!」


 ジョーノは突然の発光に驚き悲鳴を上げ、尻餅を付きそうになる体を必死に踏ん張って防いだ。ジョーノの悲鳴にまたも通行人が注目する中、ジョーノはコホンっと大きく咳払いをして、気を取り直して魂克社の玄関の中に入って行ったのだった。


 中に入ると、あら不思議。警備員が全くいないではありませんか。ジョーノは急いで周りを見渡したが、残念ながらいつまで立っても所定の位置に帰って来ない。


「…仕方…ないです…よね」


 ジョーノは(しば)し熟考すると、これは事故であると思うようにして、玄関口を早歩きで通過した。

ジョーノはじっと待つという行為が非常に苦手で、とにかく動きたいという衝動が常日頃からあった。そしてジョーノには成すべきことがある。それは今までにない人生最大の試練であり、可能ならばすぐ終わらせてすぐに帰って暇になりたい。そうすれば己を縛り付ける緊張(のろい)は解けるであろう。そんな感情がジョーノの足を速く動かしたのだった。

 地図を見て、目的地を確認し、凡そ百八階ある週刊少年ダンプの部署を目指してエレベーターの前に立つ。だがそこで、とあるアクシデントに見舞われた。それは…


「あの…すみません。今点検中で…」

「…え」


 一つ目のエレベーターは点検中、残りの二つはどちらも百八階を目指して既に上へ向かっていた。ジョーノは暫し熟考した後、結果待つよりも先に足が動いた。


「仕方ありません。階段で…行きましょう」


 ジョーノは(ひる)みそうになる気持ちを何とか押さえ、足を階段に向けて歩き出した。それもそのはず、百八階もある目的地を階段で向かう。無謀且つ不可能…ではあったが、ジョーノは最優先事項を思い出すと、頭をそこに一点集中させながら、無数の階段を駆け上がるのであった。


それから幾分経ったのだろうか。…いや幾段上ったのだろうか。ジョーノは終わることのない階段を前に、薄れゆく意識の中、産まれて初めて走馬灯を体験した。


――学生時代陸上部…ではなく、万年帰宅部であった。海外で産まれ育ち、子供好きの老婆(ろうば)が勝手に作った学び舎で十六になるまで育てられた。その生徒の中で一番運動神経がなく、体力も人一倍なかったジョーノは、誰にも負けない特技を虎視眈々(こしたんたん)と身に着けていった。そんなジョーノを誰もが嘲笑・罵倒を繰り返し、老婆までもが見下した。だがジョーノは諦めなかった。…いや、もう既に引き返せない位置まで来ていたかもしれない。


そして今、(ようや)くこの特技の才を万全に奮う時が来たのだ。ジョーノは子供の頃から蓄えてきた劣等感を、愛する者を奪われたことへの喪失感を、そのために全てを尽くしてこの国に来た執念をフルに使いながら、既に体力が事切れた体を無理やり引き()らせ、無心で昇って昇って、昇り続けた。


――そして漸く…


「百八階。し…週刊少年…ダンプの…部署…うっ!」


 荒ぶる呼吸、余りの肺の苦しみに吐きそうになる口を必死に抑えながら、辛うじてジョーノは立っていた。ガタガタ震える両足、フラフラ揺れる両の手、思考回路が酩酊(めいてい)状態(じょうたい)になる頭、発汗作用により大粒の汗が滝の如く全身から駆け抜けていく…そんな中、まだ役目を果たしていないことを念頭に置いて、ジョーノはドアノブを握った。

 そしてドアノブを回して戸を引く。その間、体の汗をハンカチで瞬く間に(ぬぐ)い去り、身体を元の状態に無理やり戻す。更に…

 

(今倒れるわけにはいかない…私がここまで来た理由を思い出せ! そう、私はあの漫画家に合うためにここまで来たんだ。あの漫画家にありったけの…をぶつけるため、あの人に取られたあの目の理由を知るため、…私は遠路はるばるここまで来たんだ!)


――ガチャ


 ジョーノは己を鼓舞しながらドアノブを思いっきり引いた。ぶわっと、室内から涼しい風がジョーノの体を通り過ぎる。ここには何人もの兵士が日々の戦いを漫画家たちと繰り広げていると知人から聞いたことがある。少しでも気を抜けば、こちらがやられるかもしれない。少しだけ息を吸い込むと、そのまま息を止め、ドクンドクンっと強まる心臓を感じながら歩き出す。

 だが、戦場だというのになぜか熱気がない。ジョーノは不意に周りを見渡す。パソコン画面とにらめっこしているはずの約三十名の兵士の姿はそこにはない。今ジョーノの目の前に映るのは、机に突っ伏して寝る者、仰向けで泡を吹いて気絶する者、椅子の背に(もた)れ掛かって寝る者、とにかく寝る者だらけの動物園に入ってきたような気分であった。


(あ…いた)


 だがその中で唯一起きている者がいた。何列ものデスクの中間位置に項垂(うなだ)れるように座っている、ただ一人の兵士の姿。もしそれがジョーノの追い求めてきた漫画家の担当さんだとしたら…いても立ってもいられなくなったジョーノは、すぐさま早歩きで接近を試みた。

……………

………

 ジョーノは簡単な自己紹介と単刀直入に伝えたいことを包み隠さず言い切った。周りの眠っている人には聞こえていないようだ。

その後、担当さんは自己紹介をした。担当のコウヘイさんは最初は横柄な態度をとっていたが、ジョーノの熱意に根負けしたのか、それとも渡りに船と飛びついたのか、少し考えた後、ジョーノに向かって深々と頭を下げ、ある原稿用紙をジョーノの前に差し出しながらこう言った。


「分かりました。…とりあえず試しにこのネーム原稿について意見を聞かせてもらってもいいですか?」

「! いきなり…ですか」


 まさかの注文にジョーノはたじろぐ。だがこの好機逃す手はないと思ったジョーノは、逡巡(しゅんじゅん)したのち、恐る恐るコウヘイさんからネーム原稿を受け取った。


――ペラ…ペラ…


そこにはニ十ページに及ぶ鉛筆で書かれた適当な話の流れがあった。様々な四角いコマ、その中から繰り広げられるキャラクターと怒涛(どとう)のセリフ回し…ジョーノは確信した。これはあの漫画家のネーム原稿であると…。

だが最後のページまで(めく)ったところで「?」と頭に大きな疑問符が生まれた。


「これ…主人公…ですよね?」

「…はい」


 コウヘイさんは苦虫を()(つぶ)したような顔で(うなづ)いて答えた。ジョーノは絶句しながら最後のページをもう一度、二度見直した。だが何度見直しても、その事実は変わらない。

主人公の突然の死。ジョーノは主人公を愛する男を一人知っている。ジョーノの夫『オットン・チッカーツヤ』、彼が『だぢづDEAD』にハマった理由がその主人公の存在であり、ジョーノの愛を受けながら密かに主人公【デッドウ】にのめり込んでいったのだ。

ジョーノは夫が注いだ愛がこんなにも簡単に裏切られるなんて思ってもみなかった。それがどれほどの衝撃か…思わず握っていた原稿用紙をくしゃりと(しわ)に変えるほどに…


「ちょっと! 握りすぎ!」

「! ごっ御免なさい……」


 ジョーノは(あわ)ててネーム原稿をコウヘイさんに返した。これ以上握っていれば、原稿が皺だらけになってしまうかと思ったからだ。だが、ジョーノの心痛な想いは収まらなかった。夫の想いを踏みにじる漫画家を…絶対に許してはならないと、そう強く思ったのだった。

 コウヘイはそんなジョーノの憤怒(ふんぬ)にも似た表情に何かを感じ取ったのだろうか、ある考えが頭に浮かんだのだった。それは一種の賭け。駄目なら今度こそ諦めよう。コウヘイさんはそう思いながら、ジョーノにこう切り出した。


「もしこれが少しでも不満であれば…最後のページの続きを描いてもらえませんか? もちろん彼の絵に完璧(かんぺき)に似せて。…結末はあなたに一任します」

「え…」

「もう時間がないんです! 最終確認する暇も惜しい。だから…頼みます。俺には残念ながらできないから――」


 コウヘイの(たた)みこむような嘆願に、ジョーノは息を詰まらせ聞き入った。だとしても原作者の意図を無視して書いて、本当にいいのだろうか。ジョーノはそんな葛藤(かっとう)を繰り広げたのち、溜まっていた憤怒に似た何かを吐息として出すと、神妙な面持ちでこう答えた。


「分かりました。私に任せてください」

「あなたに懸かっています。この漫画はこの主人公なくして終われません。彼は物凄く飽き性です。だから…」

「飽きさせません。必ず彼を…()喜多(きた)さんとデッドウを…切っても切れない関係にして見せます!」


 ジョーノの強い言の葉を前に、公平は言い知れぬ安心が芽生えたのだった。


 午前六時過ぎ。原作者がダヂヅDEADを読む六時間前。こうして生まれた隠れアシスタント【ジョーノ・チッカーツヤ】。最初の任務は…


“主人公デッドウを死なせないよう、今から一時間以内に最終1ページで奇跡を起こすこと”

 長らく待たせて申し訳ありませんでした。何かカミラギ・ゼロを先に進ませたい一心で、少しばかり置いてけぼりをさせてしまいました。御免! 阿喜多とジョーノ!

 そして今回の話は少し長くなってしまいました。基本的には短い話なのですが…まあ最初なのでお許しを…ちまちま書けたらいいな~と思いつつ、全く漫画制作やアシスタントのお仕事を知らない私が、この物語を続けることが出来るのか…一か八かのスリリングな戦いを描いていきたいと思います。

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