第十話 next Task
最近題名を英語にしてカッコつけるのが今のブーム。という訳で今回はジョーノと椎音の仕事のお話。二人の初仕事はどうなるのか…
「あ…寝てた…」
現在午前六時過ぎ。昨日の晩、阿喜多椎音は腹を出したまま、作業机の上でどっぷり十二時間近く爆睡してしまった。作業机には奥に転がっている鉛筆と消しゴムに、涎のかかった二十枚のA4用紙。二十枚とは週刊連載の基本枚数であり、ネームとは物語を一枚の紙に書き写す作業である。自分の想像、または記憶からどの一瞬、一瞬が読者の目に焼き付けるのか。用紙の中が全ての世界で椎音は辛くも、人気作家として生き残っていた。
だが椎音は水曜日までにネームを二十枚書き終えなければならない。そう担当と約束していたが、涎が四分の一を占めた真っ白なA4用紙が全てを物語っていた。
…それもこれも全て昨日突然やってきたニューアシスタント外国人のせいだ。あいつのせいで俺の安寧は終わりを告げた。ジョーノ・チッカーツヤというエメラルドの髪をした眼鏡女は、結果的に同じアパートに住むことになってしまったのだった。
「――どうすっかな…」
ボーっと天井を見つめながら椎音がまず考えたことは…今日はそのネームを取りに行くために担当が午前十時頃やってくる、という約束であった。すぐに取りに行くわけではなく、担当がネームをその場で精査し、良ければそのネームを漫画へと進化させていく訳だ。漫画家の貴重な外出タイムの殆どが担当とのネーム見せと言ってもいい(椎音では)。
「逃げるか」
とは言いつつ、椎音はそこまで焦ってはいなかった。何故なら椎音はネーム見せを今まで二回も遅れて怒られたことがある。まあその遅れた時期も売れなかった時代であり、今絶賛大人気の時期に遅れるなど…笑止千万。椎音は溜息を付いて、先ほどの考えを断念。更なる打開策を模索し始めた。
しかし、漸く起きてから意識がはっきりし始めた今尚、いい方法は思いつかなかった。歯磨き、嗽、キメ顔決め、朝飯、テレビを観ながら軽い運動をしても、頭の中はいつも靄がかかっているかのように覆われている。そんな中、椎音が考え付いた答えは――
「寝るか…」
二度寝だった。椎音は早速元居た寝室に戻ると、手慣れた動作で仰向けになり毛布を掛け、目を瞑った。あの安らかな時間をもう一度味わうために…厳しい現実から目を背けるために…
「…せい」
「ぐぅ…」
「せ…せ――」
「スカ――」
「先生」
どこから声がする。上からか…? 椎音はやっとの思いで考え着いた二度寝を邪魔されたことにより、勢いよく目を開けた。安眠を妨害する奴に怒りをぶつけるために……だが、椎音の怒面が段々と驚愕の表情へと変わり…代わりに小さく声を吐いた。
「じ、じょ…―のさん…ココデナニシテンノ?」
何故か自分の部屋にあの眼鏡女がいつもの顔で現れた。一目見ただけで誰もが見蕩れるその女を前に、椎音の表情はまるで幽霊でも見たような蒼白と化した。…そういえば後頭部から漂う異様な香りと別のぬくもりがする。そう思った椎音が視線を左横に向けると、左上からジョーノの顔、そこから下に行くとジョーノの胴体が見えた。少しでも動けば椎音と接触してしまいかねないほど大きな二つの巨砲は圧巻である。そして少しずつ視線を下までもっていくと、今自分が何の上に乗っているかが…否が応でも理解することとなる。
頭の中の靄は一瞬にして止んだ。
「ヒ・ザ…マ・ク・ラ――」
「ん? どうしました? 先生――」
「あ…ガクッ」
「先生…? 先生!」
椎音は気絶した。あまりに現実からかけ離れた光景を前に、椎音の脳はこれ以上のアドレナリンの抽出を防ぐために、椎音の意識を一時遮断したのだ。彼女歴ゼロに、免疫力ゼロには大きすぎる状況であった。
ジョーノ・チッカーツヤは突如気絶した椎音に驚き、慌てふためいた。一体何故椎音が泡を吹いて気絶したのだろうか。だが今はそんなこと気にしている暇はない。昨日の晩、自分が椎音の家のすぐ近くに住むことになった旨を担当・静稀公平に電話で伝えたのだが――その時、公平からあることを頼まれた。
――そうですか…あ、明日の正午、先生のネームを取りに行く予定なんです。ネームっていうのはですね…漫画の下書きみたいなもので…コホン。その下書きを受け取りに行く日が明日です。
――はあ…
――もし…先生が明日ネームを書き終えていなかったらと思うと、どうしても眠れないんです。
――つまり…私にその確認を…という――
――いえ。手伝ったほしいんです。先生と一緒にネームを完成させてください。その後の最後のページ。21ページを私がネームを受け取る前に描き終えてほしいんです。
――先生とネームを描いてから静稀さんが来る前に…ですか。
――はい。奴はまだ諦めていません…大変なのは解っています。本当にごめんなさい。…では、頼みます。
という訳である。次なる任務。それは椎音と共に20枚のネームを完成させ、椎音に気づかれないように最後の1ページのネームを担当が到着するまで書き終えておくこと。未だ主人公を殺すのを諦めていないと予想する公平に、ずっと椎音の傍に居たジョーノも納得した。
ジョーノは翌朝。とある(・・・)伝から手に入れた穴から椎音の部屋に侵入すると、丁度椎音が起床していたのだった。だが椎音は暫し行動した後、二度寝に走った。正しく担当の予想通り。だが、このまま椎音が気絶していては、ネームを描き上げられない。ジョーノは焦った。その焦りから体勢はグッと前に倒れ、二つの巨砲は瞬く間に椎音の顔に減り込んだ。完全に密着されたことにより、椎音の呼吸は途絶え――一分も経たずに椎音は本能の赴くままに体をじたばたさせた。
「ど、どうしました先生!?」
「#$%&#$%&*&#!」
椎音の言葉にならない掠れ声に、ジョーノはハッと上体を起こした。間一髪。青ざめた椎音の顔は巨砲から解放され、空気が椎音の鼻と口に一気に入っていった。青ざめた顔は段々と生気を取り戻し、必死に息継ぎをしながら椎音はジョーノを睨みつけた。
「お前の巨砲に沈むところだった…」
「巨砲…? そんなものはどこにも…」
「…もういい」
ジョーノは椎音渾身の比喩が分からず呆けていると、椎音は大きく溜息をついてジョーノの顎をゆっくりと押し上げた。ジョーノが顔を上げている間に、椎音は素早く『ジョーノ篭絡城』から脱出したのだった。これ以上いたらジョーノの虜になっていたかもしれない。それほどまでにジョーノの膝枕は天国そのものであった。いい匂いに羽毛布団なんて目じゃないほどの寝心地のよさ、更にジョーノの美声が加わればもう完全無欠の篭絡城の完成だ。どんな男でも、いやどんな人間も生き物もジョーノの膝枕の前では赤子同然。
椎音はジョーノと真正面に対峙するや、篭絡城から続く動悸を必死に鎮めながら、口を開いた。
「危ない危ない。もう少しでお前の狗になるところだった…だがもう騙されない!」
一筋の汗が額から流れ落ちる。椎音はやっとの思いで動悸を鎮めると、今一度ジョーノを見つめた。綺麗な髪をした眼鏡の大人の女性。そして大きな巨砲ダブル。服は白のカッターシャツの上から鼠色のカーディガンを羽織っている。下は昨日の同じ紺色のスーツスカートで、変わっている個所は上着を変えたことくらい。…いや――後は、
「髪型…少し変わってる?」
「! 気づきましたか…?」
ジョーノはどこか嬉しそうに頬を赤く染める。そういえばさっき家主の覇ナ(な)さんに、髪を結ってもらったっけ。何故そんなことをするのかと聞くと、覇ナさんは笑って「こっちの方が動きやすいだろ? それに…女は昨日よりも美しくなきゃね…」と言っていた。今一瞬だけ椎音のこっちを見る目が変わったのを見て、ジョーノは少しだけ自分に自信がついたような気がした。
ジョーノがポニーテールの髪に触れる。その仕草だけでご飯三杯はいける…と思いかけた椎音は力強く首を横に振って、思考を最初の警戒に戻した。
「俺に何の用だ?」
震える声に無理やり力を加えた。まさに正体不明の敵を前に怯える人間の声。相手の出方によっては、椎音はいかなる反撃も辞さない。そう覚悟していたが…
ジョーノは耳に掛かった髪を後ろに払うと、意を決してこう言った。
「一緒にネームを書きましょう」
「…一緒にデートに行きましょう?」
「え?」
「…え?」
ジョーノの言葉を復唱するように続けた椎音の言葉を前に、ジョーノは大きく目を見開き叫んだのだった。
ジョーノの胸は何カップあるかはまだ決めてません。が、いつか決めたいです。椎音め…! 羨ましいぞ!
ジョーノは時々イメチェンしたいキャラナンバーワンです。すぐに順位変動しますが、この作品の題名のいい感じの略語をどうしようか思案中です。『ダメ生きて』もいいですが…う~ん、どうしよう…。
そして漸く秋アニメが始まりますが、やっぱり気になるのがハイスコアガールⅡですね。最後まで見逃せません。新アニメは…何かあればいいですね…。動物だらけのバスターズ…っていう感じのアニメが気になります。仮面ライダーゼロワンも一話一話が面白くて堪りません。