第九話 END 将又(はたまた) START
観光案内もいよいよ終幕。最後に現れた住人は…?
「あいつどこに行ったぁ?」
漫画家・阿喜多椎音は突如襲来したアシスタントと観光案内を共にしなければいけなくなったので、仕方なく一時間以内で行ける場所に赴いたのだったが…
残り十五分という時に、町に囲まれた経廼経慕之森の周辺をじっくりと捜し回っていた。探し人は突如アシスタントに選ばれた気味の悪い女・ジョーノ・チッカーツヤであり、話によると亡き夫が椎音の漫画を大変好んでいたようで、椎音のどこか好まれるのかを確かめに来た。という、人の迷惑を省みない奴である(椎音談)。
が、迷子のままでも癪なので、椎音はとりあえず居そうな箇所の捜索を始めたというわけである。…が、一向に見つからない。はあ…と溜息を付いたこと十回目。約束のタイムリミットも迫ったところで「あ…」と、後方から声が聞こえてきた。こっちは他人に構っている暇はないのだが、世間体のことを考えた椎音は、怠い上半身を振り向かせることにした。
「あ、兄ちゃんを奪った奴だ」
「…ん?」
その聞き慣れた子供の声に、椎音は怪訝な顔になると再び捜索に戻った。キャップを被った半袖半ズボンの男子は、早速無視した椎音に嫌な顔で睨んでくる。手には虫取り網に首から虫取り籠をぶら下げ、絶賛夏休み満喫中といったとこか…。男子の顔立ちは中性で、男女どちらとも取れる顔つきだ。だがれっきとした少年であり…
「お前はどっかのアシの…」
「大野徹の弟の王璽だ! 覚えておけ、おっさん」
「…はい頂きました。クソ返事」
この男子は、椎音が時々雇っているアシスタントの弟である。王璽は中学生二年にしては小柄で、そのせいか男子から嘲笑され、女子からは愛玩動物の目で見られている。それが嫌で、嫌で、いつも底が分厚い下駄を履いている。が、声はまた可愛らしいのでやっぱり女子と思われやすい。早く声変りが来ないかと、毎日兄に愚痴を零している王璽は、今日も舌を出して兄を奪った椎音に向かって挑発を始めるのであった。
椎音は草の根をかき分けながら、ため息を零して適当に言葉を連ねた。
「大野アシは礼儀正しいのになあ。めっちゃ俺のファンだし、仕事の度に食べ物をくれる良い人だ。…なのにその弟ときたら…」
椎音は情けないと言った顔で、中学生の子供相手にしたり顔で言い放った。いつも文句を言われてばかりだったが、今回ばかりは勝った! と思った椎音であった。
するとそんな椎音の前に、上空から黒い何かが飛んできた。
――ぶ~ん、ぷにっ
飛んできたかと思えば、丁度いい止まり木と思ったのか、椎音の鼻の片方の穴に向かってカブトムシの角が突っ込んできた。
「…ん? ………あああああああ!!!!」
椎音は状況を把握するのに時間を要したが、漸く事の重大さを認識すると、醜い叫び声を上げた。先ほどまでの自信家・椎音は、今や顔面蒼白で突き刺さった鼻の穴から血を垂らして叫ぶおっさんの姿になり果てた。
「おっさん馬っ鹿だな~! ハハハっ」
王璽も堪らずといった風に腹を抱えて笑い出した。抱腹絶倒。大好きな兄の優しさに漬け込む悪はこうして退治されたのだった…。
だが、あれ? 何故か椎音の声が段々と大きくなって――
「あああああああ(お前も道連れじゃー)!!!」
「ちょっ! こっち来ないでよ、おっさん!? …うああああ、お兄ちゃん助けてー!」
王璽は涙を流し、甲高い悲鳴を上げながら、すぐさま回れ右をして逃げだした。椎音は本気泣きで逃げる王璽を見てちょっとだけいい気分になると、もっと王璽の泣き叫ぶ姿を見たくなって、更に速度を上げ――
「――何してるんですか…?」
背後から聴こえる新たな声に、ビクっと背筋を伸ばして停止した。そして恐る恐る振り返ると、そこには見覚えのある女性が森の入り口からこちらを見ていた。怪訝な顔で見つめる女性は、椎音が子供を追いかけ回している光景を一部始終見ていたようだ。
そうだ。その声はまたも聞いたことのある声であり、つい何時間か前に出会った…
「…ジョーノ…サン? ドウシテコチラニ…」
椎音はジョーノの冷たい視線に目を反らしながら、片言で答えた。己の愚行を苛む椎音を見て、ジョーノはふぅ…と溜息を吐いてから髪や肩に付いた枝葉を払いながら言った。
「色々不思議な方々に会っていきましたよ。とても貴重で素敵な時間でした。…その間…先生は何をしていたのですか? 詳しい説明を望みます」
「……………鬼ごっこ」
「そうですか。鬼ごっこ…ふ~ん」
ジーっと見つめるジョーノを前に、椎音は嘘を付き続けても意味も労力もないことを確信した。そして大人しく頭を下げて「ごめんなさい」と謝った。
だかしかし――
「謝罪はあの女の子に言ってください」
「いや…あれ男だけど」
「え…」
「男」
「…コホン! 男の子に言ってください」
ジョーノは恥ずかし気に咳払いをしながら忠告した。それほどまでに王璽は勘違いされやすいのだ。あいつもあいつなりで大変なんだな…と思った椎音であった。
時計を見ると、丁度タイムリミット五分前。空は青から橙へ移り変わる頃、王璽は遠くまで逃げていったのか、大声で呼んでも返ってこなかった。
帰り道の間、ジョーノが森で出会った人達の話を軽く聞き流しながら、椎音は移ろう空色を眺めていた。ジョーノは椎音が聞いていないのは解っていても、多分記憶の片隅で覚えていることを信じて話を続けた。あの森の中で起きた出来事はジョーノにとって、奇跡の時間であっただろう。
椎音を突き刺したカブトムシは、すっかり椎音に懐いて断るごとに鼻の孔狙って突っ込んでいく。椎音はそれを必死でガードしながら、いつの間にか椎音の自宅である『ぼっち御用達住居』の門構えの前まで辿り着いた。門の前には既に、針小棒大夫妻の妻・覇ナ(はな)が仁王立ちして待っていた。
「おお。椎音にしては約束通りじゃないか…」
「そりゃどうも…」
「それなんだい?」
「…カブトムシ」
「お前にもようやく友達が…」
「誰か友達だ!」
と、いつもの涙ぐましい世間話をしながら、管理人の覇ナと椎音とジョーノは、とりあえず覇ナの家に向かった。玄関前に来たところで、覇ナは椎音に向かってしっしと手で振り払いながら、こう言った。
「ここからはジョーノとあたしのタイムだ。お前はとっとと帰んな」
「なっ! …ったくクソババアめ…」
「なんだって?」
「…はいはい…」
何故そこまで辛辣になれるのか…とジョーノは不思議そうに覇ナを見ながら、覇ナは椎音の姿が見えなくなるまで汚物を見る目を止めなかった。そして玄関のドアを閉めると、覇ナはジョーノの手を引いて、そそくさと居間の方へ連れていった。
「あ…え?」と戸惑うジョーノを他所に、覇ナは金庫の中から一枚の書類と鍵を取り出すと、丸いテーブルの上に勢いよく置いて、畳の上に着席した。ジョーノも向かい合うように正座するや、すぐさま質問を始めた。
「一体何をするんですカ?」
「あんたの家は椎音から斜め下の階、この部屋から見て二、三部屋を跨いだ先にある。椎音には絶対内緒だからね」
「え…どうしてですカ?」
覇ナの最後の言葉の意図が掴めず、ジョーノが更なる説明を求める。覇ナは淡々と予め考えていた言葉を発していく。
「この鍵はあんたが住む家のどこかにある、『穴』に繋がっている鍵でね…代々この鍵を受け継いだ人間は、想い人の傍で夜な夜な穴を辿って会いに行くんだよ。このぼっちご用達住居が出来てからずっとね…」
「そんなことが……って! 別に私は先生のことを想い人何て!」
「いいんだよ。嫉妬でも何でもいい。だからこれは私とあんただけの秘密だ。鍵と穴の場所はこの書類に書いてあるから、絶対に秘密だよ」
「もしバレたら…」
秘密を誇張する覇ナに、ジョーノは恐る恐る訊ねてみる。すると覇ナは増え始めた皺を更に増やして靨を作ると、両手を垂らしてこう言った。
「呪われるよ~」
「ひぃ!」
「…嘘だよ。別に困るようなことはないさ。あんたがその穴で何度もそいつの部屋に侵入したことがバレるくらいかね…」
「それは確かに困ります」
「だったら…秘密だよ」
人差指を口元に持っていきウィンクする五十九歳に、ジョーノもお返しと言わんばかりにウィンクするとこう言いのけた。
「はい。先生の野望は私が止めてみせます! グランド覇ナ!」
こうしてジョーノは新たな住居を手に入れる二であった…。とようやっと本題に進められるのでホッと一安心です。色々現れた住人達がいつ再登場するのかを楽しみにしつつ、次回の話を考えましょう。…この話を書いている時期に、『竈門炭次郎のうた』にハマってしまい、聞けば聞くほど悲しくなっていくので、この話も悲しく儚げな話になりはしないかと心配で堪りませんでした。とりあえず鬼滅の刃の宣伝は置いといて、いよいよモンスターハンターワールド・アイスボーンが来るのでワクワクしながら、小説を書いていくでしょう…
まってろよ! ジンオウガ! 次回ジンオウガ死す! デュエルスタンバイ!