第二十三話㋜ アンジェリカ・アスター
朝起きると見慣れぬ内装に気付き、軽く頭を抱える。
あるかもしれないとは、少しは考えたが、このタイミングは最悪に近い。
これまでもエカルラトゥの人生に介入していた自覚はあったが、今回はでかすぎる。
しばらくどうするか悩んでいると、部屋にノックの音が響き、侍女が部屋に入ってくる。
「おはようございます。お茶をご用意しますね」
「ありがとう、マリー」
私に名前を呼ばれたマリーが、びっくりするが直ぐに紅茶の用意とりかかる。
考えても仕方が無いかと、椅子に座りマリーの淹れてくれた紅茶を飲む。
どうやらヴァーミリオン領の紅茶みたいだ。
「やっぱりうちの紅茶が一番美味しい」
「モデスティア王国の紅茶ですよね? まだ一般人では買えないほど高いらしいですね」
私の呟きにマリーが律義に返答してくれる。
「いずれ安くなっていくはず、このまま交流が続けばだけど……」
「このまま平和が続けばいいですね」
「そうだね……」
マリーと微笑み合いながら、淹れてくれた紅茶を飲む。
一時紅茶をのみながらまったりして現実逃避をしていると、誰かが訪ねてきたのかノック音が聞こえる。
マリーが対応にでるが、こちらの判断を待たずに招かれたのはブリジットだった。
「おはようございます、エカルラトゥ様」
「おはよう、ブリジット」
マリーが俺の居る机の席に案内する。
ブリジットの紅茶を用意して、軽食も準備している。
場の準備が終わり、ブリジットが出された紅茶を口に含むと、いつも飲むであろう紅茶とは違う事に気づき香りを楽しんだりしている。
「これはどこの紅茶なのでしょうか?」
「モデスティア王国のヴァーミリオン領の紅茶ですよ」
「まあ、スカーレット様の紅茶なのですね。美味しいですわ」
ブリジットがにっこりと笑う。
「この紅茶は一般に売りに出している紅茶ですので、更に上の紅茶もあるそうですよ」
「さらに美味しい紅茶があるのですか?」
自分の飲んでいる紅茶をまじまじと見ながら聞き返してくる。
「手に入ったらお分けしましょう」
「是非!」
ブリジットが良い笑顔で返事をしてくれる。
純真な笑顔は人を幸せにするんだな~とブリジットの顔を見ながら思う。
お見合いが終わったら、母に頼んで高級紅茶やフレーバーティーをエカルラトゥに贈ってもらおう。
「ああ、紅茶の美味しさに当初の目的を忘れていましたわ。エカルラトゥ様にお聞きしたいことがあるのです」
そう言いながら、侍女を下がらせて人払いをする。
マリーとブリジットの侍女が離れてから続きを言う。
「兄上……フェリクス様のご様子が……少し変なのです」
ブリジットが逡巡しながら口にした言葉は、抽象すぎて良く分からない。
「変というと?」
「いつもと雰囲気や喋り方が違うのですわ。エカルラトゥ様は……その……フェリクス様に何か違和感を感じませんか?」
「フェリクス兄上とは、ほぼ会っていないからわからないかな……」
フェリクスの事を考えても、遠くから見たりしている絵しか頭に浮かんでこない。
「そうですか……エカルラトゥ様ならわかるかもとおもったのですが……アリアと同じなのですね……」
不安そうな顔をするので、フェリクスの事を後で調べてみよう。
「取りあえず観察はしてみるよ」
「ありがとうございます。ではお見合いの準備がありますので、これで失礼しますわ」
そう言いながら一礼して部屋を出ていく。
何事も無くブリジットが帰っていったが、エカルラトゥにも違和感を感じるってアリアに相談されたらどうしよう。
アリアの事だから、大丈夫ですよ~、で終わらせそうだけど、ブリジットに不安要素を追加してるようで若干罪悪感を感じる。
だからと言って何かできるわけでも無いので、心にとどめておこう。
正装に着替え、パーティー会場に入ると、エカルラトゥやアリアが既に席についている。
あまり早く入場すると、このお見合いに力を入れていると見られかねないからやめて欲しい。
アリアはいつも通り笑顔だが、エカルラトゥの顔は憔悴しているのがわかる。
国境会館統括のティムに勧められて、席に着く。
やがてフェリクス以外の者が入場してから、フェリクスが入場してきた。
アロガンシア王国らしい思考だ。
全員が会場に集まると、アロガンシアのティムが皆に向けて宣言する。
「ではお見合いパーティーを開催します。今回は既に交流されているとの事ですから、ご自由になさってください」
演奏が始まり、会場にダンス曲が流れてくる。
直ぐにフェリクスが立ち上がり、エカルラトゥの元へ歩いていく。
エカルラトゥは困惑したような顔で、近づいてくるフェリクスを座ったまま見つめている。
あまり私がやらないような顔をしないで欲しい。
「エカルラトゥ様?」
声が掛けられた方を見るとアンジェリカがいた。
「ああ……申し訳ない。お久しぶりです、アンジェリカ姫」
「お久しぶりですわ。エカルラトゥ様。何を見ていたのですか?」
自分の体を見ていたのだが、エカルラトゥがスカーレットを見ていたと伝えるのはまずい気がする。
「フェリクス殿下が少し気になりまして……」
「そうですか……スカーレット様を見ているのかと思いましたわ」
笑顔でそんな事を言うアンジェリカを少し怖いと思った。
「……一曲踊っていただけますか?」
取りあえず踊って気まずい雰囲気を打開しよう。
「喜んで」
私の差し出した手をアンジェリカが取り、広場へと移動する。
曲のタイミングを計り、二人で踊りだす。
曲が一巡するまで踊り、広場から離れたテーブルへ向かう。
どうやら遮音魔法……いや魔法陣がテーブルに処置されているみたいだ。
それ以外には何も無いみたいなので、気にせず座る。
「パーティー参加者が少ないと、少しだけ恥ずかしいですわね」
「ダンスはいらなかったと思います」
社交場に慣れていないというのもある。
「……でもお話だけというのも少し寂しい感じがします。やはりダンスは必要ですよ。
会話していると、侍女が紅茶と軽食を置き去っていく。
かなり手際が良い。
ついでにエカルラトゥを確認すると、フェリクスとテーブルに着いているのが見える。
「やっぱりスカーレット様を目で追っていますね? わたくしではダメなのですか?」
「いや、そういうわけでは……」
「ではなぜスカーレット様を気にするのですか?」
「スカーレットじゃなく、フェリクス殿下を見ているだけで……」
アンジェリカにジト目で見つめられるので、最後まで言えない。
「スカーレット様は美人ですし、強いですし、頭も良いですし……わたくしが勝っている部分は無いと思いますけど……」
だんだんと顔を赤くしながらまくし立ててくる。
「わたくしは……わたくしはエカルラトゥ様と親善交流の時に踊った時、運命を感じたのです!」
そういえばアンジェリカと踊った記憶がある。
「それにお茶会の時に確信しましたわ! わたくしはエカルラトゥ様と添い遂げるのが運命だと言う事を!」
それも私であって、エカルラトゥ本人じゃない……。
確かに見た目はエカルラトゥだけど、中身違う人に恋をした場合、一体どちらに恋を抱いているのだろうか。
「え~と、それって見た目とかが原因なのか……な?」
「それも一つの判断基準だとは思いますわ。でもわたくしはエカルラトゥ様の纏っている雰囲気が……すっ、好きなのですわ!」
王女が拳を握りしめながら、エカルラトゥに対して告白してしまった。
しかも雰囲気が好きって……どうしたらいいのだろうか。
「一緒にいると、落ち着くというか、昔から一緒にいるかのような感じがするといか……」
アンジェリカが顔を真っ赤にしながら、語ってくる。
「アンジェリカ、少し落ち着いて貰っていいかな?」
「えっ? あっはい……」
私に言われたアンジェリカは正気に戻ったのか、俯いた状態で停止してしまった。
「はぁ……ごめんね、アンジェリカ……」
私に呼び捨てにされた事に驚き、こちらを見つめてくる。
「私はスカーレットよ……だましたみたいでごめんなさいね」
「え? 何を仰っているのですか?」
「私は見た目こんなごついけど、今の中身はスカーレットなのよ」
きょとんとした顔でこちらを見つめてくる。
「え~と、ご冗談ですよね?」
「仕方が無いわね……私とアンジェリカが初めて会ったのは、魔法学院で空に向けて火魔法ぶっぱなしていた時でしょう?」
「……スカーレット様とは、何か叫ばれながら爆発魔法を空に向けて放っていた時に出会いましたけど……本当にスカーレット様なのですか?」
あの時は色々と鬱憤が溜まって、爆発魔法で気分爽快ってやってた時に、歩いてきていたアンジェリカと出会った。
まあその後【花火】魔法を作る切っ掛けをくれたのが、アンジェリカだったから、出会いに感謝していたので覚えていた。
「私の意思でこんな状況に陥ってるわけじゃないからね?」
「……」
アンジェリカが何かを考え込んでいる。
「もしかして、親善交流時にわたくしと会っていたのは……」
「ほぼ私だね……なんかごめんなさいね……」
「それで親近感を感じていた事を、わたくしは恋と結びつけてしまったのですね……」
アンジェリカが段々と顔から生気が失われていく。
色々努力してここまで来て蓋を開けたら、私がいたのだから落ち込むのも仕方が無いかもしれない。
どうやって慰めたらいいのかと悩んでいると、火魔法が発動する感覚がする。
その方向を見ると、エカルラトゥがフェリクスと対峙しているのが見える。
丁度ナタリーがトリスタンの動きを止める瞬間だった。
「アンジェリカ! 直ぐに避難して!」
真向からやり合うなら、この後どうなるかわからない。
まずは避難させてから動こうと決める。
「え?」
俯いていたアンジェリカが何事かとこちらを見てくるので、指でエカルラトゥとフェリクスが対峙している方向を指す。
「何が起きるか分からないから、取りあえず退避して」
「エ……スカーレット様は?」
「あの馬鹿止めてくるわ」
「わかりましたわ……」
アンジェリカと会話が終わると、丁度良くモデスティア王国の護衛が私を警戒しながらアンジェリカを連れていく。
侍女や統括も我先にと会場から逃げていく。
フェリクスが壁を破壊して、アロガンシア王国側の者は全てパーティー会場から撤収していく。
モデスティア王国側の騎士が複数人残っていたが、カーマインが下がる様に指揮しているが見える。
エカルラトゥがフェリクスの後を追おうとしていたのを、肩を掴んで止める。
「なんでこうなったか教えてもらいたいのだけど?」
エカルラトゥの私の顔は怒りに満ちている顔をしている。
正直、鏡を見ている気分になるし、そんな憎しみを込めた顔をされると、こちらもその感情に引っ張られる感じがする。
「まさかエカルラトゥ君がこんな事をするとは……」
どうも【が】の部分に力が込められている気がする。
「それって私なら納得できるって声が聞こえるんだけど」
「まあそうだね」
こちらの心情を逆なでするような事を、この場で言う神経がわからない。
「まあまあ、エカルラトゥ様に暴れた理由を聞きましょう」
アリアが私を宥めるように言うので、アリアの顔に免じて焼くのは勘弁してあげよう。
そんな事よりエカルラトゥが暴れた理由だ。
「フェリクスはオルレアン王だった」
「「「え?」」」
「それでか……」
ブリジットのフェリクスに対しての違和感とはこういう事か……。
まさか精神が入れ替わっているなんて思わないけど、長く続けば違和感を感じてしまうだろう。
一日以上精神が入れ替わっていない私達は、ある意味それで違和感が少なかったのかもしれない。
「多分、もう一つあると言われていた、ニクス教の聖遺物をオルレアン王が持っていた。そしてその指輪は俺の母が持っていたものだ」
「なるほど、それを使って精神の入れ替わりを行ったって事だね」
旧教典では、記憶のみ移動させたみたいな感じで書かれていたが、聖遺物は間違いなく精神の入れ替わりの関係している。
だとしても、息子の体に入れ替わっているヴァロアを攻撃する意味が分からない。
「それだけじゃ暴れた理由にならないと思うけど」
「俺の母の事を、みすぼらしい平民、代替品とも言っていた……挙句の果てには恩に報いたと……」
「怒らせて暴れさせたわけね。馬鹿ね……まんまと踊らされてるじゃない」
エカルラトゥにばれたから、煽って攻撃させたわけね……。
段々を私の顔をしたエカルラトゥが、気落ちしていくのが分かるほど、顔を歪めていく。
「ま、まあ私が同じ立場ならきっと止めを刺したと思うけど」
なんとかフォローをしようと、そんな事を言ってみるが効果は薄いようだ。
「すまなかった……」
挙句の果てには私の体で謝りだした。
勘弁して欲しいが、この重苦しい空気ではやめろと言えない。
アリアが耐えられなくなったのか、口を開く。
「それよりも、この後どうします?」
「アリアは無条件で戻れるだろ? 問題は俺の体に入っているスカーレットだな……なんかすまないな、初めて会話するのにこんな事になってしまって……」
「ちょっとエカルラトゥ! あんまり変な顔しないでくれる? ナタリーとカーマインの顔を見なさいよ!」
エカルラトゥが私の体でしおらしい感じになっていくのを、ナタリーとカーマインがニヤニヤしながら眺めている。
もう空気が重いとか言ってられない。
「いやいや、珍しいものを見せて貰ったよ」
「そうですね、カーマイン様」
ナタリーは良いけど、カーマインは後で報復しよう。
溜息を吐きながら、この場の空気を吹き飛ばす為に話を進める。
「もう良いわ、私はアロガンシア側に戻ってみる。情報も欲しいし、いざとなったら逃げてくるからその後はまかせるわ」
「そうですね、私はここに残っているだけで、暴れたわけじゃありませんから、当然スカーレット様と一緒に戻ります」
「俺は普通にモデスティア側に戻るしか選択肢は無いな。問題は俺が暴れた件をどう説明するかか……」
「それだけど、アンジェリカに精神の入れ替わりの事話しちゃったから、事実を言えばいいんじゃない? まあ他の貴族に言うのはちょっと困ると思うけど」
「えぇ……なんで話したんだ?」
「……中身私なのに、アンジェリカに一生懸命に口説かれたから、罪悪感を感じちゃってね」
「そうか……それは耐えられないな……」
「頑張れば耐えられるとおもいますけど……」
あんなに攻められたら無理だ。
アリアはあの場に居なかったからそんな事が言えるだけだ。
「お二人は純なんですよ」
「あ~、なるほど」
ナタリーが小声でアリアに言うが、聞こえている。
つっかかっても話を広げられるだけなので無視する。
「もうそれはいいから、とっとと戻りましょう」
「わかった。スカーレットはくれぐれも気を付けてくれ。父は欲しいものに関しては貪欲な男だ……何をするかわらないし、それに何故か火が効かない魔法院が何か開発したんだろうか」
「それはきっと指輪の効果ね。火の鳥と言われている【ほうおう】の持ち物だったわけだし……」
「それでスカーレットに対して強気で接してきていたわけか」
「エカルラトゥはこの件をあまり気にしない事ね、どうせ何かしら起こったのだろうし」
エカルラトゥが何か考え込んでいるが、この場を急いで離れたかったので、フェリクスが作った壁の穴に向かう。
アリアが私に付いて来てくれる。
あの指輪をフェリクスに持たせるのは危険だ。
まずは指輪の奪取だなと思いながら、アリアと共にアロガンシア王国にある国境会館へと向かう。
タイミング良く精神が入れ替わる私~公爵令嬢スカーレット編~
第二十三話㋜ アンジェリカ・アスター 終了です