第二十二話㋜ 国境会館
「お姉さま、エカルラトゥ様と結婚しないの?」
妹のシーラがそんな事を聞いてくる。
親善交流から数か月がたったが、母と妹のシーラと弟のアールはヴァーミリオン領に戻らずに、王都の屋敷に留まったままだ。
二人とソファーに座り、紅茶を飲みながらまったりしていたので、急すぎてお茶を噴き出しかけた。
「ん~、なんでエカルラトゥなのかな?」
口に含んでいた紅茶を何とか飲み込みながら、作り笑いをしつつ聞き返す。
「良く分からないフェリクスって人なんかよりエカルラトゥ様の方がいいです。それにエカルラトゥ様はどこか優しい感じがしましたし……」
シーラの言葉を聞いていたアールも、頷いている。
二人に会ったのはエカルラトゥと精神が入れ替わった私だったから、親しみを感じてもおかしくない。
だが、私の想像以上にエカルラトゥの事を気に入っているようだ。
「ん~、そうなんだけど、順序があるのよ……縁談を断りたかったんだけど、他の縁談に巻き込まれてお見合いだけでもしてほしい、って命令がきちゃったし、それにね……」
断るつもりだったが、他の人のお見合いが決まってしまい、それに巻き込まれて断れなくなってしまった。
しかも、前回の様に相手の国に行くのは危険と言う事で、国境にお見合い用の屋敷を建造した。
その屋敷で合同のお見合いパーティーを実施する事になってしまった。
思った以上に話がでかくなり、お見合いパーティーを断るのが難しくなってしまった。
だが父は嫌であれば、お見合い後に縁談を破談にする事は全力で協力すると言ってくれているので、流れに任せようと思っている。
「姉さま、僕もエカルラトゥ様の方が良い……」
「そうね、フェリクスよりかはエカルラトゥの方が良いかもしれないわね」
アールがポツリと呟くので、頭を撫でながらそんな言葉が出てしまう。
私自身どう思っているのかは良く分からないが、フェリクスと一緒になるくらいならエカルラトゥと一緒になる方が良いとは思っている、というか消去法に近い。
「私もエカルラトゥ様なら、お嬢様をお任せできると思います」
「ナタリーまでこの話に参加するのね……、でもエカルラトゥはアンジェリカとお見合いするのよ?」
「そうかもしれませんが、きっと断ると思いますよ」
ナタリーが自信満々の顔で言い張る。どこからくるのだろうかその自信は……。
「お見合い相手を交換しちゃえばいいのに……ね? アール」
「うん、シーラの言う通りだと思う」
シーラとアールがそんな事を言いだす。
若いっていいな、本心で物事を考えるから目標まで一直線だ。
私も子供の頃は、言いたいことを周りの事を考えずに口にしていたと思う。
「取りあえずこの話題はもうやめましょう。どうしようもないし」
シーラとアールがぶーぶー言っているが、私ではどうにもできない。
取りあえず、お見合いを終わらせてからまた考えよう。
「わかりました。でもお嬢様はもう少し自分の気持ちに素直になった方が良いですよ」
「……自分の気持ちが一番分からないのよね」
私の呟きにナタリーは何も答えなかった。
そもそも私情で結婚できる貴族など、数えられる程度にしかいない。
貴族なんてものは家と家のつながりの為に、結婚する事が普通だ。
好きだから結婚なんて事は夢のまた夢だ。
自分の好意に疎い私は、ある意味貴族令嬢としてまっとうに育ったのかもしれない。
やがてお見合いパーティーまであと数日になり、国境に建造したお見合いの為の屋敷に行くためにナタリーと共に馬車に乗ろうとしていると、両親が見送りに来る。
「スカーレット、心に従って行動するんだよ」
「そうよ、私達は貴女の意志が一番大切だと思っているの、それが例え貴族として間違っていたとしてもね」
「わかったから心配しないで」
「親善交流の時のようにまた何か考えているかもしれない、充分気を付けるんだよ」
「エカルラトゥ君によろしくね」
「わかったって、それに私のお見合い相手はフェリクスでエカルラトゥじゃないからね」
溜息を吐きながら答える。
そもそも両親は何故私に対してこれほど甘いのだろうか。
そこら辺を暇な時に聞くのもいいかもしれない。
隣にいるアールとシーラも、両親と共に何かを言いたそうだ。
「ちゃんと私の道を歩くから心配しないの」
そう言いながらアールとシーラの頭を撫でる。
「じゃあ行ってきます」
両親と弟と妹に別れの挨拶をして馬車に乗り込む。
ただのお見合いに行くには、何やら大げさな気もする、また何か裏があるのだろうか。
今更考えても仕方が無いと、窓から見える風景を見る。
やがて国境前にある関所を超えて、アロガンシア王国との中間点に出来た屋敷へと着く。
屋敷は三つ建てられていて、モデスティア王国側に一つ、アロガンシア王国側に一つ作られている。
どちらも、国の特色を出した装飾がされていて、急造したわりには良い屋敷だ。
そしてど真ん中に、どちらの特色も無い建物があり、そこがお見合いの会場になるらしい。
お見合いの為に作った屋敷だが、今後の交流も考えて作ってある。
それに両国が出資し、合同で事業を進めたらしい。対応した人達は大変だっただろう。
モデスティア王国側の屋敷に入ると、リオンがロビーで寛いでいるのが見える。
向こうもこちらに気付いたのか、近寄ってくる。
「やあ、スカーレットがお見合いを了承するとは思わなかったよ」
「了承するしか選択肢が残って無かっただけよ。むしろリオンの方が以外だわ」
「そうだね、ブリジット姫からアプローチされているのかな? とは思っていたけど、まさか本当にお見合いの話が来るとは思ってなかったよ。アロガンシア王が許すとは思ってなかったからね」
リオンが微笑みながら答えてくれる。
どうやら今回のお見合いに意欲的のようだ。
「だから出来るだけトラブルを起こさないでくれると嬉しい」
「リオンはそればっかりね」
「色々と巻き込まれる事が多いからね」
おどけながら答えるリオンを睨む。
「いやいや、勘弁して欲しい。事実だろう?」
「そうだけど……私だけが問題を起こしたわけじゃないでしょ?」
「まあ、そうだね……わるかったよ」
両手を上げながら降参したと意思表示してくる。
リオンと会話していると、知らない人物が近づいてくる。
「スカーレット様、お初にお目にかかります。この国境会館を統括しております、ロイド・モウブレーと申します」
「こちらこそよろしくお願いします」
ロイドに軽く会釈をする。
「お部屋にご案内します」
そういうと、近くに居た侍女が一歩前にでて会釈をしてくる。
どうやら案内役の侍女のようだ。
軽く道中にある部屋を紹介されながら、今回泊まる部屋へと案内される。
部屋に通され内装を観察していると、扉の方でナタリーと侍女が会話している。
きっと荷物や屋敷内の見取り図などを聞いているのだと思う。
この国境会館は、両国をまたいで建てられている。
しかも一番広い平原のど真ん中だ。もし両国が真っ向から戦う場合ここが激戦区になると言ってもいいほど戦いやすい場所だ。
お互いの砦がある中間地点、良い土地なのだが、国境ゆえ開拓は出来ないのが悔やまれる。
無理に開拓すればきっと両国でつぶし合いが始まり、結果戦争になるだろう。
この土地の取り合いをしていた歴史があるがゆえに、放置しているとも言える。
「お嬢様、明日の昼すぎからダンスパーティーをした後に、個別でお見合いがあるそうです」
ナタリーが紙を差し出しながら言う。
紙を手に取り、内容を確認すると、明日の予定が簡単に書かれていた。
「ダンスがあるのね……そこは仕方が無いか」
溜息を吐きながら呟く。
ささっと終わらせて帰りたい気分になってくる。
やはりフェリクスとの縁談は、私の心は拒否しているのだと再認識する。
やがて夜になると、今回の参加者との会食の時間になり食堂へと向かう。
ナタリーはこの屋敷を一通り見て回ったのか、迷うことなく案内してくれた。
食堂にはすでに参加者が席に座っていた。
こちらに気付いたアンジェリカが席を立ち近づいてくる。
「スカーレット様、お久しぶりですわ」
「アンジェリカも元気そうで何よりね」
気安い感じで話しているが、魔法学院の後輩でもあったので多少の交流はあった。
「でも良かったの? 色々やらかしたアロガンシア王国とのお見合いなんて、ここにアロガンシア軍が攻めて来ても私は驚かないわよ?」
「ここはカーマイン様のセーフティーセクションが柱に埋め込まれていますから、そう簡単には危害を加えられないと思いますわ。それに……」
そう言いながら、席に座っているカーマインへ目線を向ける。
なんとなくこうなる予感はあったが、カーマインとアリアのお見合いも今回含まれている。
弟子にしたいと言っていたくせに、弟子じゃなく嫁にしたくなったのかもしれない。
だが戦力としてカーマインを当てにするなら、多少の時間稼ぎはしてくれそうだ。
それにしてもアリアとお見合いなんて……。
「カーマインは年下狙いすぎよね」
「でも、カーマイン様はお若く見えますから」
こそこそとアンジェリカと話していると、カーマインがこちらを見てくる。
聞えたとしたら、地獄耳すぎる。
「四組も一気に縁談が来るとは、親善交流も悪くなかったのかもしれないね」
リオンが会話に参加してくる。
「まだ縁談では無いでしょう? 今回は親交を深めるためのお見合いじゃないと、私逃げるわよ」
「スカーレット様はフェリクス様はお嫌なのですか?」
「ちょっと色々とね……今回は三人のお見合いがあるからケチが付かない様に参加しているだけと思ってね」
入れ替わりが関わる部分以外は、親善交流時にあった事を王家に報告してある。
フェリクスが治世者として有能とは思っているだろうが、だからと言って私は嫁ぎたいとは思っていない。
「アロガンシア王国で最重要な縁談はスカーレット様だとおもいますけど……」
「たしかに今のアロガンシア王国はフェリクスが王位につく方向で動いているとは思うけど、そもそもモデスティア王家は私がアロガンシア王家に嫁ぐのを良しとしているの?」
私の質問に苦い顔をしながらアンジェリカが答えてくれる。
「正直に言いますと、兄さまは断るとお思いですわ……それに……」
「それに?」
アンジェリカが言い淀むので、続きを促す。
「いえ、なんでもありません。そろそろ食事にいたしませんか? カーマイン様がそわそわしていますわ」
カーマインへ目線を向けると目が合う。
にっこりと笑うが、目が笑っていない、お腹が減っているみたいだ。
「そうね、食事にしましょうか」
空いている席へと着き、食事が開始される。
当然料理人はモデスティア王国民らしく、見慣れた料理が運ばれてくる。
親善交流の時みたいに、他国の料理ばかりだと疲れる。
食事が終わり、紅茶をまったり飲んでいると、カーマインが話しかけてくる。
「スカーレット、一応言っておくが、私から申し込んだわけじゃないよ」
「……それってアリアから申し込まれたって事?」
「そうだよ」
ニヤニヤしながらこちらを見てくる。
まさかアリアがカーマインに申し込んだとは……。
あの子は相変わらず、私を驚かす事を軽々とやってくれる。
「アリアは良い子なんだから、雑に扱ったら承知しないわよ」
「私はどちらでも良かったのだけど、姉上から受けろ受けろと押し込まれてね。勿論もし万が一でも伴侶として迎えるのであれば大切にすると約束しよう」
そんな事をカーマインが言う、思った以上にアリアの事を気に入っているのは確かみたいだ。
たしか母はアリアの性癖を知っていたはずだけど、何か思う所があったのだろうか。
「そうなら良いのだけど、それにしてもアリアからなんてね……」
「不思議なのかい? 私から見るとスカーレットが私達の仲を取り持ったようなものだよね?」
「……確かに私が二人で共同作業させたけど……それくらいで惚れちゃうもの?」
「相性が良ければ、一度の出会いで恋に落ちる事もあるさ」
どうもカーマインはガチなんじゃないだろうか。
今までの言動で恋だの愛だの言うような人じゃなかったと思う。
「だから、明日は騒ぎを起こさないようにね」
「貴方もそれを私に言うの?」
「当然じゃないか、私も結構色々と巻き込まれていると思うのだが……どうだね?」
ぐうの音も出ない。
条件反射で反抗してしまったが、色々と責任を押し付けた記憶はある。
「わかってるわよ、私は大人しくしているわ」
ここまで言われるので、出来る限り穏便に行動しよう。
ほらみたことか、と言われるのだけは避けたい。
カーマインとの会話を終え、部屋へと戻る。
明日はお見合いパーティーだ、また神経をすり減らすのかと溜息が出る。
タイミング良く精神が入れ替わる私~公爵令嬢スカーレット編~
第二十二話㋜ 国境会館 終了です