第二十一話㋜ ニクス教旧教典
何事も無くザインへと到着し、前回と同じ部屋へと通される。
一週間ぶりのザインは、色々とあったアロガンシア王国での疲れを癒してくれる。
さすがにあの国に居たのでは、気の休まる暇が無い。
アロガンシア王国から出た、という事実だけで心に平安が戻ってくる。
ザイン到着後にフローラから、アロガンシア王国の親善交流メンバーは一日遅れると聞かされた。
本来なら、親善交流メンバー同士でのパーティーが行われる予定だったが、アロガンシア王国内での出来事と、モデスティア王国で起きたエカルラトゥ毒事件が原因で中止が決定した。
エカルラトゥは体調が万全になってからこちらに向かうらしく、戻ってくる日が予想できないのもある。
パーティーはやらないが、モデスティア王国にいるアロガンシア王国側の親善交流メンバーがザインに入国するまでは、ザインに滞在するように言われて待つ事になった。
その間に、カーマインがエカルラトゥに言っていた、ニクス教の旧教典を読んでおきたい。
今はフローラの部屋で、旧教典を読むための注意事項を聞いている。
「それで……読むのは良いけど、写本も駄目、人に話すのも駄目、それに対して誓約書を書かないと読めない、と?」
「そうです……申し訳ございません。ニクス教徒で無い方に読ませるには内容的に色々と問題がありますので……」
「フローラは読んだことは無いの?」
「読んだことはあるのですが、一部に古代文字で記載されていまして、その部分は読めていません」
「そう……まあ良いわ」
「ではこれに目を通してから、サインをお願いします」
内容はフローラが言っていた事が書かれた紙に、何やら魔法陣が全体に薄く書かれている。
いや、線に魔力を感じる、ただの紙では無いようだ。
「これって誓約を破った場合どうなるの?」
「そうですね……言い伝えだと空から白い光が降り注ぎ、身を焼かれるそうです、内容によっては命すら取られるそうですが、最近では破った方がいないので実際に見た人はいません。それにこの誓約魔法は使われる事が少ないですから……」
「こんな凄い魔法を使わないなんて勿体なくない? 国家間で使用すればかなり有用じゃないの?」
「そうなのですが、フィー様の聖遺物でしか使用できませんし、そもそも使用できる場合と出来ない場合があるのです」
「不安定って事?」
「はい、内容によっては出来ない事もあるみたいです。今回は反応したらしいので、許可が下りました」
「それはこの魔法陣がかかわっているの?」
誓約書に薄く書かれている魔法陣を指差しながらフローラに聞く。
「そうですね、書面に聖遺物を判子の様に押すと、誓約として実行できると判断されたら浮かび上がる魔法陣です」
「その聖遺物を調べたくなるわね……」
そう言った私の顔を見たフローラが慌てながら言う。
「調べるなんてとんでもないです!」
「言ってみただけよ、それでその聖遺物はどんな物なの?」
フローラは溜息を吐きながら答えてくれる。
「指輪です、フィー様が常に身に着けていたらしいです。見るだけで神々しい気配を感じます」
うっとりしながらフローラが語ってくれる。
「後で見てみたいのだけど……」
「それは構いませんが、見るだけですよ? 盗難される事は絶対ありませんが、規則ですので」
それだけの力のある物だ、きっと何か持ち出せないような仕掛けがあるのだろう。
手に取って見たかったが、それは叶わないようだ。
「まあそれでもいいわ」
そう言いながら誓約書に名前を書く。
すると紙に書かれた魔法陣が淡く光り紙が白い炎みたいなもので燃えカスも残らずに消える。
「これでいいの?」
「……いえ、いつもなら祭壇に納めて、誓約書の効力が消えた場合に燃え尽きるのですが……どういうことなのでしょうか?」
「なら私は、【旧教典の内容を誰にも喋らないし写本しない】という誓約の効力が発揮した直後に、その効力が消えたわけね」
「ええ……そんな事って……取りあえず元老院にもう一度話をして……」
目の前に旧教典をちらつかせといて、今更御預けされるのは辛い。
「それって必要?」
フローラは私が若干苛つき始めているのを感じたのか、精神を集中しだした。
どうやらフレイヤと相談するようだ。
「……誓約書は受理された、と考えて良いと思うので、見せても良いのではないか、という事になりました」
不承不承という顔で答える。
フレイヤの方が柔軟な思考をしているようだ。
「そうこないと」
「ではこちらへ」
泊っていた部屋の建物ではなく、フローラに会う為に神殿に来ている。
フローラの部屋からでると、神殿の奥へと案内され、厳重に鍵がされた部屋へと案内される。
まるで宝物庫のような厳重さだ。
鍵や魔法的な仕掛けなどがそこら中にされているのが、なんとなく分かる。
「こちらが旧教典です」
部屋の中央に読書の為に置かれた祭壇に一つの本が置いてある。
周りにも、なにやら気になる書物や道具が置いてあるが、今は旧教典に集中しよう。
その本には、何か魔法が掛かっているのか、魔力を感じる。
手に取ると、まるで新品の本のように汚れや、紙に皺すらない、数百年前に作られたとは信じられない。
きっと本が劣化しない様に魔法が掛けられている。
他にも分からない魔法が掛かっている感じがする。
「なんで本一つに色々な魔法が込められているの?」
「フィー様の時代から、この本を守り続ける様にと、言い伝えられているからです」
「そう……取りあえず読めばわかるかもしれないわね」
まずは中身を読もう。ニクス教の真教典はアロガンシア王国からザインへと移動する馬車の中で読んだ。
簡単にまとめると、聖女フィーがその昔に行った事を歴史書風に書き記したものだ。
そこから信仰として必要な思想などを付け足したものが真教典だった。
旧教典を読みながら必要な部分を持参していた紙に書く。
横で見ていたフローラが、「あっ」と声を漏らしたのを聞いて、そういえばメモ禁止だったと思い出す。
「どうやら、誓約は本当に効力を失っているみたいですね……」
「そうみたいね、まあ悪用なんてしないし、ただの整理用メモだから後で破棄するわ」
「お願いします」
フローラは溜息を吐きながら答える。
取りあえず集中して読み進めていこう。
「ふぅ……終わったわ」
「何か分かりましたか?」
そう聞いてくるフローラの顔には好奇心でわくわくしているように見える。
だが内容をニクス教徒の聖女であるフローラに言うのには抵抗がある。
取りあえず差しさわりの無い部分だけを話す。
「そうね、フィー様を神格化しているけど、昔は違うものを崇めていたと書かれていたわ」
「七柱の事ですね」
「そうそれ、七つの大陸を七柱がそれぞれ治めている、って奴ね。この大陸は古代文字で【ほうおう】が治めていたわけだけど、七柱って分かれていると信仰も七つに分かれかねないから、【ほうおう】の化身として顕現したというフィー様を神格化したという経緯が掛かれているわね」
「そこまでは、薄っすらと口伝で伝えられていますので、知っている方もいますね」
「この大陸を一つの国が治めていたが、内乱が起こりそれを収める為に聖女フィー様が奔走した話ね」
「そこら辺は真教典とかわりませんね、旧教典は少しばかり過激に書かれていたと思います」
真教典は慈愛の塊のような聖女フィーだが、旧教典では所々に積極的に争いを力で抑え込んだ話も多々あった。
一つの話では、兵達を癒し、民を騒乱から手を引かせようと動いているが、他の話では戦が始まった場所に降り立ち、両軍を白い光で焼き払ったと書かれている。
まるで別人格が聖女フィーにはあるかのような内容だ。
「取りあえずはそれくらいね、ニクス教が表に出したくないのは、七柱と【ほうおう】の話なわけね」
「そうですね、信仰の対象は一つであるべきですから……それで、その古代語の【ほうおう】とは何なのでしょう?」
恥ずかしそうにフローラが聞いてくる。
どうやら【ほうおう】とは何なのか気になるようが、聖女であるフローラが聞くのは少し恥ずかしいみたいだ。
まあよそ者の私に、ニクス教の大本を聞くのは少し抵抗があるかもしれない。
だが古代語に精通していないと分からないのだから、仕方が無いと思う。
「それは火の鳥の名前で、不死鳥とも言われているわね」
「不死鳥ですか……それでフィー様が【ほうおう】の化身と言われる理由が分かりました」
「どうして?」
本当は古代語部分に書いてあったが、知らないふりをしておく。
「フィー様は、生まれ変わりながら百五十年くらい存在したと伝説が残っています、真教典には載っていませんが、口伝で今でも伝えられています」
「なるほど……取りあえず帰りましょうか、少し疲れたし」
「そうですね」
二人で部屋を出て、フローラの部屋に戻る。
侍女が紅茶を用意してくれるので、それを楽しむ。
「どうやらエカルラトゥ様はさらに一日遅れるそうですよ」
「そう……また会えないわけね」
明日になれば、フィル達はザインへと着くらしいので、その後私達はモデスティア王国に帰る予定だ。
またすれ違いになるようだ。
「それよりも、リウトガルド元団長はどうなったの?」
「目が覚めた直後は、色々と大変だったらしいですが、私と対面してからは全て吹っ切れたようで、ザインで奉仕活動をしたいと仰ってくれました。人の噂で母が子供を産んで一人で育てていた事を知ったらしいのですが、調べた時にはすでに母がモデスティア王国に戻っていた頃だったらしく、戻れなかったと……」
フローラは不思議な顔をしながら喋っている。
嬉しいのか、悲しいのか良く分からないが、笑みの方が勝っているように感じる。
こればかりは私には分からないし、想像もできない。
「そう、ならいいわね……私のエゴで攫ったようなものだから……」
「私達は救われたと思っています。ありがとうございました」
「もう! お礼が欲しくてこの話をしたわけじゃないのだけど」
「わかっています」
フローラと笑いながら、軽いお茶会が終わる。
椅子から立ち上がり、フローラに向き直る。
「聖遺物の事忘れてたわ」
「そういえば約束してましたね」
フローラも忘れていたらしく、思い出したかのように言う。
「では行きましょうか、すぐそこですから」
フローラが立ち上がり、案内してくれる。
ついていくと、広い礼拝堂へと入っていく。
奥にある祭壇には聖女フィーの像がある。
その像へと近づいていくと、像の指に指輪がはめられている。
「あの指輪が聖遺物です」
「あれが聖遺物ね……見た目は何の変哲もない指輪だけど、確かに何かを感じるわね」
「そうですね、邪気を払うというか、教典に書かれている事が事実だと信じてしまうだけの力はあると思います」
「そうね……」
確かにこれが神々しさと言われれば、信じてしまいそうだ。
手に取って調べてみたいが、無理なのは知っているので言葉に出さない。
だが顔に出ていたのか、フローラが釘を刺してくる。
「スカーレット様、手に取るのは駄目ですよ、聖遺物は邪な気持ちで持つと白い光に焼かれますよ」
「それは見た事あるの?」
「はい、子供の頃にですが……」
どうやら本当に白い光が人を焼く事があるらしい。
誓約書に関しては、少し半信半疑だったが、事実なのかもしれない。
指輪を見るだけしか出来なさそうだ。
「じゃあ私は部屋に帰るわね」
「はい、またザインを出立する時に」
手を振りながら礼拝堂を出ようとすると、案内役の従者を紹介された。
その従者に神殿から、泊っている部屋のある建物へと案内され、やっとこさ自分の部屋へと帰って来た。
お留守番をしていたナタリーが出迎えてくれる。
「お帰りなさいませ」
「ただいま~」
案内してくれた従者は一礼して戻っていく。
部屋に入り、即ベッドへと飛び込む。
「疲れた~」
「お嬢様、せめてお召し物を着替えてからベッドに入ってください」
腰に手を当てながらナタリーが言う。少し怒っている気がする。
溜息を吐きながら、ベッドから起き上がっていると、妙案が浮かぶ。
着替えるついでにお風呂に入ろうと思い、ナタリーとお風呂へと向かう。
「やっぱり、ここのお風呂は広くて良いわね」
「そうですね」
ナタリーと一緒にお風呂に入り、心を癒す。
アロガンシア王国にも、広いお風呂は解放されていたが、部屋の備え付けのお風呂以外には入っていない。
何があるかわらない以上、他の人が来るかもしれないお風呂に入るのは少し抵抗があったからだ。
さすがにザインでは何かしてくる事は無い、と思いたい。
お風呂で疲れを取り、ナタリーの淹れてくれたくれた紅茶を飲む。
明日になれば、ザインともフローラともお別れだ。
次の日の昼に、アロガンシア王国の親善大使達がザインへと到着した。
私達と揉めては、折角まとまった関係を崩すわけにはいかないので、入れ違いで出立する事を決めた。
「では、私達は国に帰るよ」
「リオン様、護衛してくださり、ありがとうございました」
フローラが深々とリオンへ頭を下げる。
当初はリオンにべったりだったフローラは、リオンの事が好きだと思っていたが、べったりしていた理由が護衛役だった。
少しくらいは好意があったかもしれないが、今見る限りでは感じない。
「いやいや、聖女の護衛が出来てこちらこそ光栄だったよ」
リオンへの会話が終わると、フローラはこちらに近づいてくる。
「スカーレット様、色々とありがとうございました」
「何度も言いすぎよ、ちゃんとお礼は貰ったのだし」
「こうして笑っていられるのは、スカーレット様のお陰ですから……」
そう言いながらフローラが微笑む。
私から見るとまだまだ子供に見えるけど、しっかりしていると思う。
さすが聖女になるだけはある。
「皆様の旅の安全を祈っています」
フローラが祈りながら言う。
この場にいる親善交流メンバーと従者、御者全ての人が光に包まれていく。
幻想的な光景に皆感嘆の声を漏らす。
笑顔のフローラと神官たちに見送られながら、ザインを出立する。
タイミング良く精神が入れ替わる私~公爵令嬢スカーレット編~
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