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タイミング良く精神が入れ替わる私~公爵令嬢スカーレット編~  作者: 氷見
第三章 親善交流ですれ違いの入れ替わり
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第二十話㋜ 紅蓮の魔女(七日目)

「お嬢様、こんな夜更けにどこにいかれるのですか?」


 窓側から外に出ようとすると、ナタリーに呼び止められる。

 エカルラトゥの体で直ぐに寝た後、真夜中に起きたのだ。

 もしかしたら、精神の入れ替わる前に起きるかもしれないと憂慮していたが、どうやら予定通り入れ替わり後に起きる事が出来た。

 何故こんな夜中に起きたかと言うと……。


「ちょっとフレイヤ達の父親掻っ攫おうかなって……」


「では私もご同行します」


「……そうね、一応アロガンシア王国じゃ武のみなら最高峰の人を攫うわけだし、ナタリーが居てくれた方が良いか」


 一人で行こうかとも思ったが、もし抵抗されると魔力吸引魔法陣が原因で先手を打たれると、こちらも無傷ではいられないかもしれない。

 なら同じ武人でもあるナタリーが居たほうが楽出来るはずだ。


「じゃあ行きましょ、もし見つかったら気絶させる方向で」


「よろしいのですか?」


「いいわよ、この国に手加減する理由はもう無いわ」


「わかりました」


 二人で窓から静かに出る。

 正直こちらも見張られて然るべきなのだろうが、何故か窓側は見張れていない。

 アロガンシア王国が何を考えているかなんてどうでもいい、穴があるならそこから這い出てやりたいようにやろう。


 西の塔に幽閉されていると言っていたので、そこへと向かう。

 ナタリーの気配察知が高性能なので、何も問題なく西の塔についた。

 道中に居た見張りは昏倒させたが、本人たちは何が起きたか理解しないまま意識を失ったはず、何も問題はない。


 西の塔の入り口には二人の衛兵が立っている。

 ここは陽動の為にどこかに火を付けて、混乱している内に西の塔を登ろうと考える。

 近すぎると後々逃げる時に見つかる可能性がある、目立つが出来る限り離れた場所に火を付ける。

 可能な限り空高くにでかい火球を作り、それを東の塔へと投射する。

 その火球により屋根に火が付き、付近にいる衛兵達が騒ぎ出す。


「お、おい東の塔が燃えているぞ!」


「俺さ、丁度東側を見てたんだけど、流れ星が直撃してた……」


「そんな事あるのか、しかし良く燃えているな……ちょっと消化作業を手伝って来るから、お前はこのままここにいてくれ」


「わかった」


 二人いた衛兵が一人になった。

 予定では二人とも消化に行くと思っていたが、想定通りにはならなかったようだ。


「ナタリー、やっちゃって」


 ナタリーは頷くと、音を使って扉の前にいる衛兵の見ている方向を操り、姿を見られずに昏倒させる。

 気絶した衛兵を良い感じに寝かせると、一応回復魔法を使っておく。

 ついでに鍵が無いか確認する、運よく持っていた。


「これで壊さずに入れるわね」


 西の塔を登っていき、扉をがちゃがちゃと無防備に開けると、リウトガルドが床に倒れていた。

 よく見ると手首から血が垂れていて、床に血が広がっている。

 ナタリーが素早くリウトガルドの首元に指を当てる。


「弱いですが、まだ脈があります」


 回復魔法をリウトガルドに使い、手首の傷が塞がっていく。

 血は回復しない、もし血が足りないとなればこのまま死ぬ可能性もある。今は何とも言えない。


「手首でよかったわね、首の動脈斬ってたら間違いなく死んでたわね」


「首の動脈を斬るのはかなりの勇気が要ります」


 たしかに首と手首どっちか斬れと言われたら、手首を斬ると思う。

 しかし自殺を図っていたとは……。


「じゃあ運びましょうか……って、でかいわね……」


 いざ運ぼうとすると、リウトガルドのでかさにどう担げばいいか迷う。


「では私が足を持ちますから、お嬢様は両手を持っていただけますか?」


「了解」


 えっちらほっちらとナタリーと二人ででかいリウトガルドを運ぶ。

 一応身体能力を上げているので、苦では無いが何とも言えない感じがする。

 せまい階段を下り、衛兵が横たわっている扉の前まで来ると、まだ東の塔の火災で騒いでいる途中だった。


 道中にいる見張りは、結果的にほぼ無力化している、気にせず部屋へと向かう。

 予定通り何事も無く、窓から強引に部屋へと戻る。


「リウトガルド団長は剣特化の人だから、猿ぐつわと簀巻きにしてソファーにでも寝かせといて」


「かしこまりました」


 ナタリーがリウトガルドを縛り上げるのを見届け、問題が無さそうなので眠りにつく。

 明日はきっと忙しくなる。英気を養わないといけない。





 けたたましい音の中目が覚める。どうやら扉を叩きまくっている馬鹿がいる。

 ナタリーが対応しにいく間に、ベッドから起き上がり体をほぐす。。


「スカーレット・ヴァーミリオン、ギデオン様がお呼びだ、謁見の間に即座に来られるようにとのご達しだ」


「まだ支度をしていませんのでお待ちください」


「早くして貰お……」


 失礼な物言いの使いの者が、話している途中だが、そんな事お構いなしに扉を閉めた。

 ナタリーが対応から戻ってくると、二人でリウトガルドを侍女室にあるドレスなどを入れるでかい箱に投げ込む。

 まだ意識は戻っていないが、峠は越えたようなので扱いは気にしない。どうも人攫いをしているようで変な気分になる。


「さあ、ここが正念場ね。最悪ここを制圧するくらいの気概でいくから」


「かしこまりました、私はお嬢様が魔法を放てるように、守りに徹すればいいのですね?」


「頼んだわよ」


 ある程度は勝算はある。エカルラトゥの知識に敵になる奴らの情報を持っているのだ。

 一番怖いのはエカルラトゥだが、あいつは居ない。次はトリスタン、その次はジェレミーだ。

 ギデオンは大した事は無い、もしやばそうなら人質になるから、むしろ出てきて欲しい。


 ゆっくりと紅茶を飲み、軽く軽食を取っていると、扉が叩かれる音が響くので音を遮断する魔法で静かにする。

 ナタリーと二人で戦闘の準備をしてから扉を開けるが、鍵を開けた瞬間に扉が開く。

 どうやら待ちきれなかったようだ。


「何故返事をしない!」


 大声を出しながらいきり立つ使いの者に火をかざす。


「その態度は何でしょうか、こちらは普通に対応しているでしょう?」


 笑顔を見せながら手のひらの上にある火を近づけていく。

 段々と青い顔になっていくのが分かる、理解しくれたようだ。

 朝から大声を出すのは止めて欲しい。


「では謁見の間とやらに案内してもらいましょうか」


 使いの者は震えながらコクコクと頭を頷かせると、逃げるように先導する。

 ナタリーから放たれる殺気にも気づいた様で、かなり足早に歩いていく。


 謁見の間へと通される。

 使いの者は素早く扉の近くに居る衛兵の所へと逃げた。

 部屋の中を観察する、かなり広く、天井も高い。

 どうやらこちらとしても戦いやすい場所になりそうだ。

 だが謁見の間は、もしもの事を考え、こちらからは見えない場所に兵を待機出来る様な構造になっている事が多い。

 ナタリーが周囲を警戒しているので、当然伏兵がいるのだろう。

 

 正面を見ると、王が座る場所にギデオンが横柄な姿勢で座っている。

 フードを被ったままだ。どうやらある程度は毛根を燃やせていたようだ。


「スカーレット、貴女にお願いがあるんだが……」


「どうぞ」


「この国に留まってくれまいか? ゆくゆくは私の妃にと思っている。良い話だと思わないかね?」


「お断りです」


「ふふふ……そうか、まあそうだろうな、だが貴女は断れない。なぜか知っているかね?」


「知っていますね、親善交流のメンバーと私に竜種の劇毒を盛ったから、解毒剤を渡す代わりにここに残れというのでしょう?」


 言い当てられた事にギデオンが驚く。

 少し思案してから、話しかけてくる。


「そうか……聖女とニクス教徒がリウトガルドを攫ったと思っていたが、貴女が攫ったのか……情報を持っていたなら親善大使どもは毒を飲んでいないか、

しかし貴女は確実に昨晩に毒入りの酒を飲んだ、竜種の劇毒は一度摂取すれば呪いのようにいつまでも体に残る、言う事を聞けば助けてやらんことも無いぞ。だがここまで来てしまっては妃じゃなく妾だがな」


 ギデオンは想定外の仕返しに、妃から妾に落としてこちらを脅してくる。

 その顔は醜悪に歪んでいた。 


「その珍しい竜種の劇毒だけど、解毒魔法知っているし、それに……」


 一枚の紙を投げつける。

 ギデオンの斜め前に立っているトリスタンが、階段を下りてきて紙を拾い見ると、顔色が変わる。


「トリスタン、それはなんだ!」


「竜種の劇毒の解毒魔法陣です……」


「なに! 馬鹿な……」


「珍しい毒で脅すのに有用だったと思うけど、これでもう使えないわね。聖女フレイヤにも渡してあるから、竜種の劇毒で脅されている人はいなくなるわね」

 

 絶対にアロガンシア王国内にも竜種の劇毒を盛られ、解毒剤を盾にされて脅されている者がいるはずだ、もしかしたらザインにもいるかもしれない。

 竜種の劇毒の解毒魔法は難しい部類の魔法だが、魔法陣ならある程度難易度が下がる。

 この魔法陣の情報が広がれば、ギデオンに脅された者達は解放される。

 そもそも解毒剤なんてあるのだろうか、珍しい毒すぎて解毒魔法すら存在を知られていない。


「くっ! だからと言って素直に帰すわけなかろう! この国の近衛騎士団長を攫ったのだ! 貴様からアロガンシア王国に喧嘩を売ってきている事実は変わらない!」


 ギデオンが手を掲げると、謁見の間に騎士達が姿を現す。

 やはり兵を隠せる構造になっていたようだ。

 よく見るとジェレミーも参加していたが、すまなそうな顔をしている。

 圧倒的な戦力を誇示して悦に入っているのか、ギデオンの顔には愉悦が見える。


「抵抗しないでくれると楽なんだが……逆に抵抗してくれた方が楽しめるな、ふふふ……」


 いやらしい笑みを浮かべながらギデオンがこちらを見据える。

 ようやく戦闘開始かと両手に一つずつ持っている、スタールビーを投げようと構えた瞬間に後ろから声がかかる。


「スカーレット! これはどういうことですかギデオン王子!」


 リオンがいつもの柔らかな雰囲気じゃなく、かなり焦っているのが分かる声で叫んでいた。

 その後ろには、親善交流のメンバーで武闘派の数人が謁見の間の入り口に立っている。

 ギデオンと、その取り巻き立ちも、リオンの声に制され動きを止める。


「脅されたから、そのお返しをする所よ」


 ギデオンの代わりに私がリオンの質問に答える。


「ここはモデスティア王国じゃない、そこら辺を分かっているのか?」


「分かっているわ」


「本当に分かっているのか? 戦争になって人が大勢死ぬんだぞ!」


「分かっています、もし戦争になった場合、私が最前線で命の限りこの件の責任を支払って見せます。もしかしたら足りないかもしれません……だとしても、こんな国のために引き下がれません」 


 私の言葉を聞いたジェレミーと、穏健派であろう騎士と兵達が顔をゆがめているのが目の端に見える。

 リオンはというと、私の強い覚悟に驚いている。

 モデスティア王国では、セクハラなどを要因として人に危害を加えていた事を知っているリオンだ。

 今回も同じようなものだと思っていたのかもしれない。


「……なぜそこまで怒っているんだい?」


「リオン様、その他の皆様も昨晩に竜種の劇毒を盛られています」


「……それを盾に脅されたと?」


「そうです、それにフレイヤも……モデスティア王国内でも盛っています」


「……そうか、スカーレットは色々と知っているのか」


 その問いには答えない。誓約を破ると何が起きるか分からない。

 そこら辺は何も言わない方が良いだろう。


「だからこそ、ここは引けません!」


「もういいだろう! やれトリスタン! 数人増えたところで魔法が使えないモデスティアの武人なぞ物の数にもならん!」


 ギデオンが声を張り上げると同時に、右手のスタールビーを天井へと投げる。

 それと同時に左手に持っているスタールビーの中にある魔力を自分の魔力に乗せて、天井へと投げたスタールビーに魔力を注ぐ。

 左手のスタールビーが砕け散り霧散する、勿体無いが威力を上げる為だ仕方が無い。


 普通に使うなら部屋を爆発四散させるほどの威力があるが、ここは魔力吸収魔法陣内だ。

 魔法の発動に若干の遅れが発生する、だから魔力吸収魔法陣をほぼ無効化させる方法を考えた結果がこれだ。


 天井には馬鹿でかい火の塊、疑似太陽が形成されている。

 爆発するのを魔力で留めて、照明魔法のように宙に静止させる、計り知れないほどの魔力を使った火の照明魔法と言える。

 魔力吸収魔法陣は、疑似太陽から魔力を吸収するのに手いっぱいになる、その隙に魔法が使えるようになるはずだ。

 要するに魔力を吸収する許容量を超えさせた。


 アロガンシア王国の騎士や兵達がまたしても足を止め、疑似太陽を見上げる。


「何故魔法が使えるんだ!」


「……分かりません」


 ギデオンとトリスタンが疑似太陽を見ながら困惑している。

 その隙にリオン達に説明する。

 

「リオン様、あの疑似太陽がある限り魔法を普通に使えます」


「いや、あの熱量だと私達にも害があるんじゃ……」


 私達が立っている場所ですら、ほんのり温かい程度には熱が空気を伝わってきている。


「あれは普通の火ではありません、私に害意を抱く者を焼きます、このように……」


 右手を疑似太陽にかざすして、魔力を放つと疑似太陽が熱で歪んだように見え、熱波が放たれる。

 その熱波の温度は高く、空気が陽炎のように歪み、疑似太陽を中心に波動のように広がっていく。


「あちっ! なんだこれは!」


「水を! 水をくれ!」


 疑似太陽に比較的近い所にいたアロガンシア王国の兵達が熱がりながら後ろに下がっていく。

 こちらにも伝わって来た熱波は、少し熱いだけだ。


「ですので、私に害意を向けないでくださいね」


 リオンと親善交流メンバーは青い顔をしながら頷く。


「ではギデオン様……どう、燃やされたいですか?」


 リオン達との会話が終わり、ギデオンに向き直り笑顔で言う。 

 青い顔をしながら、トリスタンに行けと身振り手振りをしながら狼狽している。

 他の騎士達も襲いかかってくるが、リオン達は私の両脇を守る様に布陣してくれる。


 真正面にいるトリスタンが、こちらに凄い速さで向かって来るが、斜め後ろに控えていたナタリーが、スカートの中に隠していた剣を抜き、トリスタンが私に近づくのを止める。

 トリスタンは自身の動きについてくるナタリーに一瞬驚くが、武人らしくそのままナタリーに追撃するが、守りに徹しているナタリーを崩せない。

 それ見た私は、安心してギデオンが被っているフードを燃やす。


「あっちっ! あああ! やめろ! 早くあの女を止めろ!」


 トリスタンがギデオンの声に気を取られた隙をついて、ナタリーが華麗に蹴り飛ばす。


「ぐっ!」


 王の座の前にある階段に叩きつけられる。

 だが意識はまだある。トリスタンは周りを一度確認して叫ぶ。

 

「ジェレミー! 貴様が二番手だろ、何故動かない!」


 階段に叩きつけられたトリスタンは、いまだに動かないジェレミーに不満を叫ぶ。

 ジェレミー以外にも動かない者はいる、当然私の疑似太陽に晒されても熱がっていない所を見ると、私に害意を向けていない事がわかる。


「魔法が使える時点で我々の負けです……」


「この人数が居て、負けると言うのか!」


「紅蓮の魔女を甘く見すぎです」


「貴様はリウトガルドと同じ運命を辿りたいみたいだな!」


「それはどういう……」


 ジェレミーとトリスタンが会話していると、王の座の奥からフェリクスが出てきて叫ぶ。


「双方、剣を納められよ!」


 私はギデオンの服を燃やすのをやめる。

 納めたわけじゃなく、ほぼ全裸だからだ、さすがに真っ裸になるまでは燃やしたくない。

 疑似太陽はかなり小さくなっているが、ほっとけば消えるから放置だ。


「この騒ぎは、全権委任状を王から貰ったフェリクスの名で納める」


「……ばかな……」


 フェリクスの言葉に一番に意を唱えたのはギデオンだった。

 ほぼ裸で、その頭はハゲ散らかしていた。すでに威厳はどこにも無い。


「親善大使達よ、この愚弟を廃嫡する事によって、この件は無かった事にしたい」


「いや……こちらとしては願っても無いですが、よろしいのですか?」


 リオンが申し訳なさそうに聞く。

 喧嘩を売って来たのはギデオンだが、内情を知らない人や国が見れば、紅蓮の魔女である私の乱心と見られる可能性は少なくない。

 それを無かった事にしてくれるというのだ、こちらに有利すぎる。


「こちらこそ、愚弟の暴走を止められずに申し訳ない……そのお詫びにリウトガルド殿は国外退去処分にしたいと思っている」


「な、なにを言っているんだ兄上! リウトガルドがいればザインから……」


「それ以上は言うな! これは父君の意向でもある、口を挟むな。ジェレミー、この愚弟を西の塔へと連れていけ!」


「う、嘘だ! 俺が幽閉なんて! ち、父上にもう一度聞き直してくれ!」


 ギデオンが叫ぶが、ジェレミー達はギデオンを引きずりながら謁見の間から出ていく。

 トリスタンはギデオンを見もしない。もう見限ったのかもしれないが、薄情にもほどがある。ほんと碌な人材がいない国だ。


「それで、リウトガルド殿はどちらに……」


 フェリクスが聞いてくるので答える。


「私の部屋に居るわ」


「そのまま聖女フレイヤに引き渡して欲しい。今となってはザインへと向かわれた方が本人も喜ぶだろう」


「フレイヤも喜ぶでしょうしね」


「せめてもの罪滅ぼしでしかないがね……」


 フェリクスはめちゃくちゃまともな人だった。

 これで私が大暴れした件が不問になったし、人攫いの様な事をして手に入れたリウトガルドも無罪放免だ。

 本当ならザインまで引き連れて、色々と証言して貰おうと考えていたが、しなくても良くなった。


「何時でもザインへと立たれてもらって結構だ。有意義な親善交流だったとは言えなかったかもしれないが……」


「最後の最後で有意義だったと思います」


 フェリクスに答え、軽く会釈をして謁見の間を後にしようと扉に向き直ると、フェリクスが引き留めてくる。


「スカーレット・ヴァーミリオン、国を介しても伝えるが、私の妃になって欲しい……いや、まずは考えて欲しい」


 まさかの言葉をフェリクスから貰う。

 確かフェリクスは二十代後半だが、未だに婚姻していない。

 理由はエカルラトゥの記憶にあった。

 子供の頃に好き合っていた女性と婚約していたが、その女性が自領へと帰る途中に、盗賊に襲われ亡くなった。

 その悲しみを乗り越えるために自分を鍛え抜き、盗賊狩りをして自分を慰めていた。

 そのせいもあり、盗賊狩り王子などという二つ名を付けられるほど、盗賊狩りにのめり込んでいたみたいだ。

 最近では生きた屍のように、意思を表に出さないようになり、ギデオンが台頭してしまったと言える。


「急に言われても……」


「いずれ打診したいと思う……その時に返事を聞かせてもらえばいい」 

 

「わかりました」


 まあ考えて嫌だったら断れば良い。

 けど……この件を持ち出されたら断りにくい気もするが……その時に考えよう。


 フェリクスの言葉に驚いているリオン達を引き連れて、謁見の間を後にする。

 廊下を歩いている時に、ナタリーに言う。


「以外に良い王子もいるのね」


「フェリクス様ですか?」


「そうだけど……何か気になる事でもあるの?」


 ナタリーが若干困惑しながら答えるので、聞き返してしまう。


「絶対ではありませんが、フェリクス様はかなり早い段階で待機していたと思います」


「マジで?」


「少なくとも、お嬢様が疑似太陽の魔法を出す前には居たと思います」


「それが事実なら、かなりの曲者よね……ハァ……ほんと碌な国じゃないわね」 


 きっと戦局を見て、不利と感じたから場を納めただけで、ギデオン達が私達を制圧できるなら、そこから全権委任状で成果を取り上げるつもりだったのかもしれない。

 そう考えてみると、一番ひどい人間にも思える。全ての責任をギデオンに押し付け、成果だけ掻っ攫うつもりだったと言う事だ。

 それに妃にとも言っていた、王位継承権が残っているのはフェリクスと第二王女のブリジットの二人だ、まだ王位につくと決まった訳ではないのに確定事項のように言っていた。

 

「治世者としては良い判断とも言えるけどね」


 リオンが会話に参加してくる。


「そうかもしれないけど、納得は出来ないわね」


「それにしてもリウトガルド殿を攫っていたとは、フェリクス殿が納めなければどうなっていたことやら……」


「そこは強引に隠しながら帰ろうと思っていたけど、ザインへ着けばリウトガルド団長も証言してくれそうだし」


「確かにそうなれば、非難されて然るべきなのはアロガンシア王国になるが、絶対ではないから賭けと言わざるを得ないよ」


 溜息を吐きながらリオンが言う。


「でもフローラの心配事も解決したから結果オーライでしょ?」


「フローラって……誓約違反して聞いたわけじゃないよね? もし誓約違反しているなら結構きつい事が起こるけど……」


 ついフローラと声に出してしまった。

 リオンがしかめっ面で聞いてくる。


「そこは聖女のお墨付きだから大丈夫よ」


「そうか……ではリウトガルド殿を聖女フレイヤ様に会わせてあげようか」


「まだ意識は無かったわよ、攫いに行ったら丁度手首を斬って倒れていたから血が流れすぎてて……」


「娘の重荷になりたくないなら選択肢は多くない、か……」


 箱に詰め込んだ状態だから、さすがにその状態で会わせるのは忍びない。

 まずは元気かどうか確認しなければ……。


「取りあえずリオン様は私達の部屋に来てもらって、リウトガルド様を運んで貰ってもいいですか? 体がでかすぎて私達じゃ運ぶのに苦労しますし」


「わかったよ、でもどうやって運んで来たんだい?」


「腕と足に分かれて、ナタリーと二人で運びましたけど……」


 リオンが運ばれる様子を想像しながら苦い顔を浮かべる。


「武人としては悲しい運ばれ方だね……」


「命があっただけ儲けものです」


 私がエカルラトゥなら、肩に担ぐか、小脇に抱えるか……どちらにしても微妙な絵面か。


「それであの疑似太陽の魔法はなんだったんだい?」


「あれは照明魔法をアレンジしただけです。ただスタールビーが爆発するように古代文字で増幅加工していた力を、リオン様に買っていただいた、魔力を込めたスタールビーを触媒に爆発する力を押しとどめた魔法ですね」


 リオンが真剣な顔で思案した後に聞き返してくる。


「……つかぬ事を聞くが、その爆発する予定だったスタールビーは、魔法が普通に使える場所で発動させると、どれくらいの規模で爆発するんだい?」


「この王城が半分は消し飛ぶかと……」


 少し前を歩いていた、親善交流メンバーが私の言葉が聞えたのか、凄い勢いでこちらに振り替える。

 リオンが困惑しながら続ける。


「……もし制御出来なかったら?」


「そうですね……きっと爆発したと思いますが、私に害意を抱いていなければ、爆風と少し火傷をするくらいです」


 私は笑顔をリオン達に向けるが、こちらを蔑む目で見てくる。

 ナタリーがリオンに近づき小声で言う。


「お嬢様は、生きてさえいれば大丈夫と思っている方ですから、その一線だけを考えて行動されていますので……」


「そうか……今更言っても仕方が無い、と?」


「その通りでございます」


 リオンが溜息を吐き、何も言わずに歩き出す。

 聞こえていたが、聞こえてないふりをしながら歩く、突っ込んでも拗れるだけだ、棚に上げておこう。

 何事も無かったかのように、自分の部屋へと向かう。


 侍女部屋にある衣装箱にリオンを案内する。

 箱に詰め込まれているリウトガルドを、リオンは憐憫の目を向けて見つめている。

 確かに少しだけ扱いが雑だったかもしれない。


 リオンがリウトガルドを抱えて、二人でフローラの部屋へと向かう。

 従者が対応してくるが、やがてフローラが出てくると、リオンの担いでいるリウトガルドを見て不審な顔で見てくる。


「その方はもしかして……」


「リウトガルドよ、ちょっと意識は無いし、血も足りてないから予断は許さないけどね」


「どうしてそんな事になったのですか?」


「それは意識が戻ったら本人に聞きなさい」


「……わかりました、でもリウトガルド様を抱えてきた理由が見えませんが」


「そうね、簡潔に言うと私が攫ったのだけど、フェリクスの温情で国外退去処分になったわ、だからザインに連れて行きなさい」

 

「全然意味が分かりませんが……」


「それじゃ中途半端だから、私から説明しよう」


 リオンはフローラの部屋に入り、ソファーにリウトガルドを寝かせ終わると、ここまでの経緯をフローラに説明する。


「スカーレット様、ありがとうございます」


「言っておくけど、ほとんど私が許せないから行動する為に、最低限必要な事をやっただけだからね、そんなに感謝されても困るわ」


「それでもです、こうして父も母も救われたわけですし……」


「母?」


 リオンが知らない情報を、フローラが口にしたので疑問の声を上げる。


「それは誓約に含まれるから聞かないで」


「わかったよ」


 リオンが大人しく引き下がる、誓約という言葉が便利すぎる。

 フローラは申し訳なさそうにこちらに頭を下げている。

 言動には気を付けて欲しいが……なんだろうこの気持ちは……。

 フローラと話していると、祈れと突き動かされるものがある。


「フローラ、無性に祈りたくなったのだけど……」


「祈りましょうか?」


「そうね……」


「願わくは、フィー様があなたを祝福し、あなたを守られるように。願わくは、フィー様の笑顔であなたを照らし、恵まれますように。願わくは、フィー様があなたを見つけ、あなたに平和を賜りますよう私が祈ります」


 フローラは何も聞かずに祈りの言葉を捧げる。

 その言葉に意識を重ねながらフローラと同じように祈りを捧げる。

 突然祈りだす私達に困惑しながら、リオンも首を傾げながら祈りを捧げる。


 

 妙な儀式が終わり、ほっとした所で提案する。


「そろそろこの国から引き上げたほうが良いんじゃない? ギデオンが失脚したとしても、その末端はまだギデオンの行動指針で動くかもしれないし」


「そうだね、フェリクス殿もいつでも帰っていいと言っていたから、準備が終わり次第、王都アファブレを発とうか」


「わかりました、既に準備は終わっていますから、直ぐに発ちたいと思います」


 三人で頷きあい、部屋へと戻ると既にナタリーが準備を終わらせていた。


「荷物も馬車に載せ終わりましたから、いつでも発てます」


「じゃあ私達は先に行きましょ、早くこの国から出たいし……」


「お嬢様的には、あまり親善交流の意味はありませんでしたね」


「そうね、アロガンシア王国が嫌いになったとしか言えないわね」


 ナタリーが残念そうな顔を一瞬したが、こればっかりは覆らない。

 二人でザインへと帰る馬車へと向かうと、馬車の前にジェレミーが立っていた。


「すまない、あれだけ助けてもらったスカーレットに、後ろ脚で砂をかける真似をして……」


 ジェレミーが頭を深々と下げてくる。


「仕方が無いわよ、副団長なのでしょ? 国を裏切る事は出来ないでしょうし……それに」


 そう言いながら、ジェレミーの体が火で包む。

 ジェレミーが慌てて火を払おうとするが、途中で止まる。


「熱いけど、火傷するほどじゃない……」


 不思議に思いながら、自分の体を燃やしている火を見る。


「それは私に害意もつものを燃やす火だから、エカルラトゥの闘気の炎と同じよ、まあ私のはかなり制御出来ているから少ししか燃えないけどね。こだけで貴方の本心が分かるから許すわ」


 私の言葉を聞き、納得すると少しだけ服が燃えている事に気づき火を払う。

 やがて火が消えると、溜息をしながら言う。


「まあ、色々とすまなかったと思っているが、燃やすのだけは勘弁してくれ」


「善処するわ」


「あと、団長の事を聞いた……ありがとう」


「暴れる理由付けの為でもあるから、お礼はいらないわよ」


 私の答えを聞き、少しだけ微笑んだが、直ぐに何とも言えない顔になる。


「戦場で出会わない事を祈っているよ」


 そう言いながらジェレミーは王城へと去っていく。


「わざわざ言いに来たのですね」


「筋を通したいのかもね、国にも、私にも、エカルラトゥにも」 


 ナタリーと喋りながら馬車に乗り込み、王都アファブレを後にする。

 他の親善交流メンバーとフローラも無事に発つ事が出来た様だ。

 フェリクスは約束通り私達を帰してくれるようで安心したが、フェリクスから縁談の話を打診されている件はまだ終わっていない。

 国に帰っても、憂鬱な日々はまだまだ続きそうだ。

タイミング良く精神が入れ替わる私~公爵令嬢スカーレット編~


第二十話㋜ 紅蓮の魔女(七日目) 終了です



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