第十九話㋜ 立食パーティー(六日目後編)
フィルの従者に、立食パーティーの前に部屋に来るようにと言付けを貰ったので、アリアは部屋に残しフィルの元に向かう。
竜種の劇毒を全て浄化された事に、カーマインが膝を折って倒れたので、その光景を見たアリアが慰めている。
そもそも珍しい毒物なんて、百害あって一利なしなので、実験を兼ねて処理した。
少し可哀想だが仕方が無い。
部屋に入ると、既に親善交流メンバー集まっていた。
遅れただろうかとも思うが、先ほ使いの者が来たのでそんな事は無いはずだが、少し気になる。
「今日は蒸留酒の試飲会をやる事になっているのだが、商人の他にモデスティア王国の貴族も参加する。下手に疑われれば試飲会も取りやめになる。なので試飲会の進行方法を軽く決めて置こうと思う」
私が開いている席に着くとフィルが話し始める。
「進行は私が行い、蒸留酒の説明はニコルにしてもらう。そして私達が自ら毒見を兼ねて皆に配る前に試飲しようと思う。それをエカルラトゥにやってもらいたい」
皆が一斉に私に向き直る。そんなに見られたとしても飲む気はない。
きついお酒を好んで飲む人の気が知れない。
「今、禁酒中なんだけど」
「いや、そんな事で断られてもこちらが困るのだが……」
フィルが呆れながら言う。当然皆も何を理由に断ろうとしているんだという目でこちらを攻めてくる。
そうはいっても、飲みたくないものは飲みたくない。
「近衛騎士団副団長として言う。蒸留酒を試飲しろ」
「断ります」
「「「え……」」」
部屋にいた者が私の返答を聞き凍りつく。
口を開き唖然とする者、私とフィルを見比べる者、隣の者と小声で話したりと反応はさまざまだ。
「エ、エカルラトゥさん、何言ってるのかわかってますよね?」
「ああ」
ニコルが慌てながら聞き返してくるので、答えてあげる。
そんなこと言われても私の意思は変わらない。
たしかにエカルラトゥなら断らないだろうけど、周りの人に違和感を与えない為に私が我慢する意味が分からない。
そもそも蒸留酒を見るとギデオンを思い出すので、目に入れたくも無い。
「本当に命令に逆らうのか? 国に帰ったらどうなるか分かってて言っているんだよな?」
それでもフィルが困惑しながら聞き返してくるので普通にうなずく。
何回聞き返せば納得するんだろうとイライラしていると、やっと私の答えが揺るがないと理解したのか、フィルがニコルに話を振る。
「ニコルどうする? 今更蒸留酒の試飲会を出来ないではすまないぞ」
「ここはフィルさんが試飲するしかないと思います」
「……わかった」
フィルが悲痛な顔で答えている。
確かお酒好きなはずだったが、何故飲むのが嫌なのか良く分からない。
取りあえずは私が飲まなくていい事がこれで確定された。
そろそろ立食パーティーが始まる時間だが、昨日と同じでそこまで堅いパーティーでは無いので、遅れて参加しても何も問題ない。
皆から不快な視線を感じながら部屋を出る。
まずは自分の部屋に戻り、アリアと合流する。
部屋に入るとすでにカーマインが帰った後だった。
「フィル様の話は何だったのですか?」
「蒸留酒の試飲会についての話し合い」
「そうですか……そういえば私はまだ一度も飲んだことありません、あのお酒はまだまだ高いので、試しに買うわけにもいきませんし」
「私はきつすぎて嫌いなお酒になっちゃったけど」
「スカーレット様はあちらで飲まれたんですね」
「色々あったけどね」
アリアと蒸留酒の話をしながらフレイヤの部屋に向かう。
やはりフレイヤの部屋には入れてもらえなかった。
仕方が無いので立食パーティーに向かいがてら話をしよう。
「……それで、どうなされたのですか?」
「これをフローラに伝えてもらえないかな」
フレイヤに一枚の紙を渡す、それには竜種の劇毒を解毒というよりも浄化する為の魔法陣とその使用方法について書いた紙だ。
「これは……この短時間で作られたのですか?」
紙を受け取り、一瞥すると驚きながら聞いてくる。
「一人でじゃないけどね、魔法陣に詳しい人と、それに近い魔法に詳しい人を含めた三人でね」
「それでも恐ろしい事ですね」
渡した紙を食い入るように見ながら呟く。
「その魔法陣を会場の床に魔法で描いて発動すれば、効果範囲の劇毒を全て浄化出来る。どうにか一回発動できればそれで終了。それにこの魔法陣があればもうアロガンシア王国が持つ竜種の劇毒を盛られる心配もなくなるしね。だからフレイヤ達も覚えて帰って欲しい」
「ありがとうございます。魔法陣が使える人であれば使用できるのですから、かなり有用ですけど、良いのですか?」
「約束さえ守ってくれればいいよ」
「わかりました、親善交流が終わった時にお見せしますね」
廊下で歩きながら話していたが、フレイヤは立ち止まり私に一礼する。
「私はお礼をされるほどじゃないから、アリアとカーマインに……ってダメか、なぜフレイヤがお礼を言うの? ってなるか」
少し離れて付いて来ているアリアを見ながら言う。
「……」
心苦しいと顔にでているが、どうしようもないので流そう。
パーティー会場に入ると、蒸留酒の試飲会が始まる所だった。
「このお酒は、去年まではアロガンシア王国でも王都でしか流通していませんでしたが、今年から大量生産できるようになりました。まだ流通が始まったばかりですが、
今後は両国を股にかけて販売したいとミラボー領の領主が宣言しています。もしよろしければ試飲していただき、ミラボー領にて商談してもらえばさいわいです」
フィルが壇上から集まっている商人と貴族に向けて演説している。
近くには蒸留酒が十本くらいテーブルに置かれている。
グラスはモデスティア王国が準備したのか、違うテーブルに置いてある。
ニコルが全ての蒸留酒の瓶から、お酒を少しずつ入れたグラスをフィルに渡す。
「何も入っていない事を私自身が証明する為に、このグラスの蒸留酒を飲みましょう」
そう宣言すると、フィルがグラスの中の酒を一気に飲む。
まとめ役が飲めば、さすがに毒が入っているとは思わないだろう。
それにしても試飲役を断って良かったと言わざるを得ない、こんな状況であんなお酒は飲めない。
他の貴族はこれで安心して試飲できると喜び沸いていた。
「フレイヤは飲まないの?」
「私はお酒をたしなみません、付き合いでワインを飲むくらいです」
「では私はこの機会に一口いただいてきます」
アリアが人だかりができている輪の中に入っていく。
侍女がお酒を貰えるのだろうか、という疑問はあるが主催者がフィル達なのだから問題は無いだろう。
「それで魔法陣の方はちゃんと向こうに伝わった?」
「はい、エカルラトゥ様がびっくりしていました」
「そう恙なく終わればあちらは平和に終わりそう」
「これで親善交流は成功と言えますね、少々問題はありましたが拗れる事は防げましたから」
「そうだね……」
問題は一点残ったままだが、そこは仕方が無い。
どう処理されるかはアロガンシア王国の今後の動き次第だろう。
今の所ギデオンが大手を振って音頭を取っているが、それもこの親善交流が終われば風向きが変わる可能性は高い。
フレイヤと会話していると、アリアがトボトボと戻ってくる。
「どうしたの?」
「フィル様が私に蒸留酒を分けてくれませんでした……」
「まさか……フィルがアリアを無下に扱うなんて……フィルってアリアの事好きでしょ?」
「うぇっ? そうなんですか?」
「だと思ってたけど、う~んどういうことなんだろう。何か変な事言ってた?」
「ん~、お前には飲ませられないって言ってましたけど、きついお酒だから酔わないようにって事じゃないですかね?」
どうなんだろう、もしかしてあっちだけ毒を盛ると考えてたけど、もしかしてこっちでも盛る気だったんじゃ。
でも、アロガンシアの穏健派に盛るのはまだ分かるが、モデスティア王国の商人と酒好きの貴族に盛ってどうするんだろう。
もしかして今後の商談の時に解毒薬か、薬だと言って高く売るとか考えているとか、それかただこちらの商人と貴族狙っただけの犯行とかだろうか。
こちらで毒を盛る意味を探しながら思案していると、カーマインがグラスを片手に話しかけてくる。
「蒸留酒はなかなか良いお酒だね、エカルラトゥ君は飲まないのかい?」
どうやら蒸留酒が気に入ったようだが、それは毒が盛られている可能性がある。
それを調べるのに良い試験体が来てくれたとほくそ笑みながら、カーマインの立っている床に小さな魔法陣を炎で描き、発動させる。
するとグラスの中の蒸留酒とカーマインの体の周りに光の粒子が舞い、解毒効果が発揮されている事がわかる。
「え? まさか……これに竜種の……が、入っていたのか……」
カーマインが見た事も無い顔でグラスを見つめて呟く。
それを見ていたアリアも驚いた顔で時が止まったように動かない。
フレイヤは信じられない事が起こったからなのか、神に祈りを捧げだした。
「あ~もうアロガンシア王国に敵対してもいいよね?」
固まっている三人にそう告げて、私は部屋に床全体に炎を使って魔法陣を作り出す。
急に炎の模様が出来ていく事に気付いた親善交流のメンバーは、即座に臨戦態勢に入り素早く魔法陣が掛かって無い場所へと飛びのく。
魔法陣の事に理解の深いアロガンシア王国側の人に対して、モデスティア王国側は魔法陣を描いている炎自体に意識が行っているのか炎しか避けない。
商人や貴族たちは慌てながら炎を避けたりしているが、そんな中で私の解毒魔法陣が発動し、竜種の劇毒に汚染されている飲み物、人全てに光の粒子が舞う。
一時呆けていたが、私の急な魔法の行使に気づいたカーマインが、大声で皆に宣言する。
「皆の者、申し訳ない、アリアさんとの魔法陣談義に熱中するあまり、魔法陣が発動してしまった。心よりお詫び申し上げる」
私の代わりにカーマインが皆に向けて頭を下げる。
貴族達は、変人のカーマインなら仕方が無いという空気をだすので、慣れていない商人もそれに倣い鎮静化していく。
フィル達も恐る恐るな感じで、元居た場所に戻る。その場にカーマインが向かい、フィル達には別に頭を下げている。
そんなカーマインを見ていると、少しだけ罪悪感が沸き上がり、頭が冷えてきたのかアロガンシア王国に対する怒りが静まっていく。
アリアは放心したまま、フィル達を見つめている。
フレイヤはいまだに神に祈ったままだ。
謝罪が終わったのか、カーマインが戻ってくる。
「急に使うのは勘弁して欲しいな」
「仕方が無いじゃない、許せない限度を超えてるし……」
「そうかもしれないけど、ここまで頑張ったんじゃないのかい?」
「まあね……お礼は言うわ、ありがとう」
「ふむ、君からお礼を言われるなんて久しぶりだね、では一つ助言をあげようかね」
カーマインがそう言うと、いまだに神に祈りを捧げているフレイヤに向き直る。
「聖女フレイヤ様、この会場に祝福魔法をお願いします」
うやうやしく膝を折ってフレイヤに告げる。
意識がこちら側に戻って来たフレイヤが、それがあったかと目に力が戻る。
「わかりました、お任せください」
少しケチのついたこの立食パーティーに、フレイヤが祝福魔法を使って場を和ませようという事か。
祝福魔法は、ただの綺麗な光のカーテンが舞うだけの魔法だが、そこは聖女なのか少しだけ効果があるらしい。
ちょっとだけ運気が上がったり、軽いけがなどが治ったりと色々らしい。
フレイヤがフィル達の所へと向かい、話し合っている。
やがてフレイヤが皆に向かって宣言する。
「今日が親善交流最後の夜です。恙なく親善交流が終わろうとしている事を祝福させてください」
フレイヤが私達に向けて祈りだすと、光のカーテンがいくつも会場へと広がっていく。
そのカーテンの近くにいる人へと、広がっていくカーテンから枝が伸び、それに触れた人が光に包まれていく。
こちらにも光のカーテンが伸びてきて、光に包まれると少しだけ体が温かくなり、何故か心も温かくなる。
これが本当のニクス教の祝福魔法の効果か、私がエカルラトゥに放った火に改変した祝福魔法とは根本が違う気がする。
信仰があってこそ効果が発揮されるのかもしれない。
立食パーティーは私の魔法陣のせいで一時変な方向へと行きかけたが、最終的には恙なく終わった。
部屋に戻ると、いまだに浮かない顔をしたアリアに言う。
「今日の件は多分フィルとニコルが関係してると思う、エカルラトゥに言うか言わないかはアリアに任せるわ」
「……はい」
アリアが答えるがやはり元気は無い。
そういえば、親善交流時に何が起きていたかを全然知らないのだ、最後の夜に事件が起きたとなれば、真剣にならざるを得ないのかもしれない。
今までアリアの屈託のない笑顔や対応などに、荒みかけた気持ちが救われていたんだなと今更思う。
「今までありがとうね、アリア」
今までの事を考えると、これで精神の入れ替えも終わりだと思う。
だからこそアリアにお礼を今のうちに言う。
「え? なぜスカーレット様がお礼を言うんですか? 私こそこの親善交流は楽しいことばかりで、時にはスカーレット様にご迷惑をかけてしまいましたし、私が逆にお礼を言いたいです。それに……」
何かを言いかけるがその後の言葉が出てこないようだ。
「私は今まで通り何を言われてもやりたいようにやるわ、アリアもやりたいように動けばいいと思う」
カーマインの弟子になりたいのかもしれない、もしかしたら私と……という可能性は考えない。
でもそれは難しいかもしれないが、この親善交流はお見合いでもあるのだ。
あとは親を説得できるかどうかだと思う。
まあアロガンシア王国じゃ王の勅令で意向も意思も全て消し飛ぶだろうけど。
「ありがとうございました。また……きっと、いつかまた、会いたいです」
アリアが私に頭を下げながらいう。
「こちらこそ、でも何かあったらごめんね」
「大丈夫です。乗り越えて見せます!」
アリアが感極まったのか、エカルラトゥの体の私に抱き着いてくるので、抱きしめてあげる。
それくらいは良いだろう。
アリアとの別れが終わり、一人でベッドに横になる。
今日はこれで眠りにつくが、私のやる事はまだ終わっていない。
タイミング良く精神が入れ替わる私~公爵令嬢スカーレット編~
第十九話㋜ 立食パーティー(六日目後編) 終了です
次は来週中の予定です