第十六話㋜ 聖女の秘密と私の秘密(四日目)
朝起きると頭が痛い。風邪でも引いたのか額に手を当てるが良くわからない。
ベッドから寝たまま部屋の内装を見ると、どうやらエカルラトゥの体みたいだ。
エカルラトゥでも風邪を引くんだな、と思いながらそのまま寝ているとアリアが部屋に入ってくる。
顔を動かした私に気が付き声を掛けてくる。
「エカルラトゥ様、昨夜は結構お飲みになってましたけど大丈夫ですか?」
「そっか……これは二日酔いなのね」
酔うほどお酒飲んだことないのに、二日酔いを体験させてくれてありがとうエカルラトゥ……。
いつかきっとお礼をしようと固く誓う。
「スカーレット様なのですね!」
こちらがベッドに寝たままなのを良い事に、アリアが抱きついてくる。
「あ~はいはい頭がガンガンするから抱きつかない」
「わかりました! お水を用意しますね」
「はぁ……ありがとうアリア」
相変わらずアリアは私の事好きだな、と思う。
怖がられる理由は多少自覚があるけど、好かれる理由が良くわからない。
取りあえず解決しない問題は棚に上げて置こう。
問題は今日のお茶会……まさか母にお茶会に誘われているのはどうしたものか……。
昨日の事を思い出そうとしても、お酒のせいかあまり思い出せない。
お茶会の事を思い出せなかった場合、ヴァーミリオン家に喧嘩売ってたぞエカルラトゥ。
「スカーレット様どうぞ」
「ありがとう」
ベッドから起き上がりコップを受け取って水を飲む。凄く美味しく感じるのは何故だろう。
一気に水を飲み干し、空のコップをアリアに渡す。
「昨晩の事だけど、父様……ヴァーミリオン夫妻とは何を話したか知ってる? エカルラトゥの記憶は混濁しててわからないのよ」
「それがですね……少し離れた場所で待機していたからなのか、話声が全然聞こえなかったです」
「そう……もしかしたら声が他の人に聞こえない様に音を遮断する魔法を使っていたのかもしれない」
「ええ! 目の前にいたのに、私は感知すらできなかったのですか……」
「それは仕方が無いわね、ビジャランテセクションはカーマインが説明した事が全てじゃないのよ」
「えええ! まだ何か効果があるのですか?」
「ただの四角い石に見せてたけど、ちゃんと魔力を供給していれば効果範囲の中にいる人の行動が全て把握できるのよ。あとは副次効果で大気中の魔力の流れがわからなくなる、視覚化されない魔法を感知しにくくなるのよ」
「なるほど……それで音を遮断している魔法を感じられない……ではなく大気中の魔力を感じすぎて小さな違和感に気づけなくなってしまうわけですね」
「そうそう、森の中の木を一本くらい燃やしても分からないでしょう?」
「感性が少し独特ですよね、スカーレット様って……」
呆れながらアリアが言う、解せない。
アリアからの情報が無いのなら、もう何を話したか分からないわね……。
まあいいか、エカルラトゥが下手を打ったのは、ヴァーミリオン領の高級紅茶の件くらいだし、あれはほとんど売りに出していないから、アロガンシア王国で飲むのは難しい。
だけど、ヴァーミリオン家の繋がりで高級紅茶が、わらしべ長者みたいに流れ流れて、最終的にアロガンシア王国まで行きつく事は、可能性としてはあると言える。
「アリアはヴァーミリオン家のお茶会に招待された事は知っているの?」
「いえ、誘われていたのですか? 会食後のエカルラトゥ様はべろべろに酔ってましたので会話が成立しませんでしたが……」
アリアが首を傾げながら聞き返してくる。
「侍女としてではなく、アリア・シャロンとして誘われているみたい」
「では、スカーレット様の生家に私もご招待されているわけですね!」
そう取っちゃうのか……。
「うん、まあ……」
「でも私はドレスを準備してませんから、どうしましょうスカーレット様!」
アリアのテンションが高い、どうしましょうってどうしようもないでしょ、ドレスは一日じゃ出来ないし。
「いや別に侍女服でも……」
「折角のスカーレット様の生家に侍女服で行くなんて失礼な事できません!」
「じゃあいかな……」
「行きます!」
私が行かない事を提案する前に遮られた。
まあ二人で来いって言われてるし、アリアだけ置いていくわけにもいかない。
心配事はあるけど、なるようにしかならない。
街見学の集合時間までベッドに横になり、二日酔いを緩和させてからフィル達と合流した。
ベッドに横になりたいという欲求を棚に上げてフィル達についていく。
王城にある馬車乗り場へと着くと、カーマインが待っていた。
「今日は街を見学予定ですが、まず店が多く集まる通りに馬車で向かいます、そこからは自由行動です。邪魔はしませんが少し離れた場所で我々が警護する事をご了承ください」
馬車は親善大使の人数分用意されているようだ。
アリアと共に馬車に乗り、目的地に向かう。
ぶっちゃけ私が見る所などない。ここはアリアに全て任せよう。
馬車に揺られ目的地に着くと、カーマインが皆に言う。
「今日の交流の予定はこれだけですので、思う存分見学してください、個々の馬車で昼に帰るもよし、夜まで見て回るもよしです。できれば我々を撒こうとしないでくれれば助かります」
やはり完全に自由に出来るようだ。
フィル達も軽く話し会うと街へと散っていく。
私達も行くかと、アリアの方を見ると地図を確認している。
「スカーレット様、私が行きたい場所に行ってもよろしいのですか?」
「ああ」
返事をすると、アリアが笑いながら私の腕に手を絡めてくる。
まあ腕を組むくらいはいいかと、アリアの行きたい所へ向かう。
まずは街並みを見ながら武具が売っている店へと向かう。
「やっぱりアロガンシア王国と違いますね、煉瓦を使って外観に拘ってますね」
「そうだね、土や石なら魔法で簡単に作れる事が出来るけど、煉瓦で作るというのはステータスみたいなものだからね」
「はえ~そんな意味で煉瓦で作ってるのですね、たしかに手間暇かけて作った芸術品は付加価値があります」
武具を売っている店に入り、武具を吟味しながらメモをするアリア。
大変そうだが、私が手伝うのは無理だ。
比較できるほど武具の知識がないし、エカルラトゥの知識はあっても宝の持ち腐れだ。
本当ならアロガンシア王国の街見学に行くはずだったのに、このざまだ。
まだ日数はあるから自由時間にでもナタリーと回ってみよう。
満足したのかアリアが近づいてくる。
「次の場所に向かいましょう」
「買わないの?」
「次の自由時間に纏めて買う予定です。まずは買うものを整理しないと、お金も足りるかわかりませんから、それから買うものが確定した後に足りない分をフィル様に出してもらいます」
ああ、そこら辺も考えてあるのか……私もちゃんと考えてお金を持ち出せばよかった。
もしかしたらリオンが出してくれるかもだし、足りなかったら一度相談してみよう。
武具の店をゆっくり堪能して、次の宝石と装飾品が売っている店に向かう。
ここは魔法に関する宝石や鉱石も売っているので、私も良い物が無いか見て回る。
「スタールビーが入荷しているのね……じゃない、いるのか」
「え? ええ、お目が高いですね、こちらはあまり入荷しませんから」
店の人が答えてくれる。ガラスケースの中に展示してある宝石を見ながら呟いてしまった。
防犯もかねて、展示ケースには店員が必ず近くにいる。
「スカー……エカルラトゥ様良い物があるのですか?」
どうやら私達は素で喋りすぎたようで、とっさに言葉が出てしまうようだ、気を付けないと。
「この宝石がカーマインが使ってた奴だよ」
「これが……って高価すぎです!」
「まあそうだけど、スタールビーは火との親和性が凄く高くて、このでかさなら私の全力の火魔法を飲み込める。私も欲しいのだけど……」
「それは魔法を宝石に込めて、あとで使えるのです?」
「少し加工は必要だけどね」
「はえ~それもカーマイン様の言っていた古代文字ですか?」
「宝石と親和性のある属性と、それに対応した古代文字が一致すればだけどね、まだ意味が解明されていない古代文字は多いから、まだまだ研究のしがいがあるよ」
「でも古代文字はアロ……ごにゃごにゃでは、全然話題に上がっていませんでしたから、帰っても勉強できるかわかりません……」
アリアがしょんぼりしている。
あの国じゃ魔法はおざなりだし、本にも力を入れていないので、写本して残していないのかも。
「多少はこの王都に売っているから、買って帰りなさい」
「では次は書店にいきましょう、取りあえず買いたいリストにスタールビーを入れておきます。後はどれにしようかな……」
アリアがそんな事を言いながら展示されている、宝石や貴重な鉱石を見て回り、店員に細かく聞いている。
買う予定でいる事を普通の声で喋っていたので、店員の対応もかなり丁寧だ。
アリアが満足した所で、次の目的地である書店に向かう。
通いなれた書店に入り、アリアに有用そうな本を紹介する。
「これは私が写本したものだけど、結構良いと思うよ」
「ええ! スカーレット様の写本があるんですか!」
「ちょ! 声がでかい!」
「すみません」
スカーレットの写本というのは事実だ、何故知っているといわれると困る。
アリアは私の写本した本に興味津々なのか読みだしてしまった。まあ買うから立ち読みも良いかと思い、次に勧める本を探しているとフレイヤと出会う。
また珍しい場所で会うな、と思っているとフレイヤが私の袖を引っ張り、他の人から見えない場所まで連れてこられる。
「エカルラトゥ様、昨日の件ですが……どうそ、どうぞご内密にお願いします」
「え、ああフレイヤが二人いるって事ね……あれ?」
フレイヤが内密の事と言われると、直ぐに浮かんだのがフレイヤが二人いる件だったが、どうやらそれ以外にも秘密があった事が頭に浮かぶ。
まさからシェリル先生がフレイヤの母親だったのか……私は吹聴する気もないし、内密にするのは全然かまわない。
「ごめんごめん、シェリル先生が母親の方だったのね、当然そちらも誰にも喋らないと誓うよ」
私の言葉を聞いたフレイヤは眉間に皺を寄せながら首を振って、違うと表現してくる。
「なぜ私達が二人いる事を知っているのです? フィル様は誓約を反故にされて喋ってしまったのですか?」
「ああ、いや喋って無いような、喋ったような……」
フィルに聞いたと言うとまずいのだろうか。
逆に私がこの件はご内密にお願いしますって言いたくなってきたんだけど……。
「そうですか……では親善交流はこれでお仕舞ですね……」
「え? なんでそうなるの?」
フレイヤが二人いる事が問題なら最初からそんな事しなきゃよかったんじゃないだろうか。意味が分からない。
「私達が二人いる事は、今回のまとめ役の方と各国の王族の方にしか知らせないという誓約を交わしました。その件が反故にされたのであれば、すぐさま両国から親善大使を戻し問題を最小限にするとの決まりなのです」
「全然理由がわからない、貴方達はただの双子でしょう? 容姿も声も瓜二つ、その二人が両国に分かれて参加していた事が他人に知れた事で何か不便な事があるの? この件が終われば嫌でも話題になるでしょう?」
フレイヤが溜息を吐きながら黙り込む。
今更、私が原因で親善交流が途中で終わるなんて、納得が出来ないし、意味も分からない。
「王城に帰り、フィル様を呼び出して、モデスティア王家の方と話し合いをしなければなりません」
くぅ……話し合いにならない。聞いても答えてくれない。
フレイヤが悲痛な顔をしながら店から出ようとしている。
このまま王城に戻り、この親善交流が終わるのか……しかも私が原因でエカルラトゥが責められる。
そんな事は耐えられない。
「アリア、ちょっとフレイヤと話してくるから待ってて」
「あ、はい、わかりました」
アリアは数冊の本を抱えて、本を探している途中だったので、声を掛けてフレイヤを追う。
もう外に出たのか店の中にはいない、急ぎ外に出でて周囲を探ると従者と馬車に乗り込もうとしているのを見つける。
「フレイヤ! 真実を話すからもう一回だけ話を聞いて欲しい!」
フレイヤが振り返りこちらを見る目はかなりきつい。
両国の交流を壊した原因の一人と思っているのだ、仕方が無い。
「真実とは?」
「直ぐに喋りたいのだけど、ここだとちょっと人通りが……」
声を上げたせいでこちらを伺っている人は多い。
「では馬車の中で」
「出来れば従者にも聞かれたくないのだけど、ほんと個人的な事情なんだ……」
「ふぅ……わかりました、私と二人で馬車に乗りましょうか……言っておきますが私に何かあれば、大変な事になりますよ?」
「大丈夫、何もしないし、喋るだけだ」
「わかりました、ではどうぞお先に」
馬車へと乗り込むと、こちらを睨みながらフレイヤのみ馬車に乗り込んでくる。
「では、声が漏れないように遮断魔法を使います」
「エカルラトゥ様はそんな魔法が使えるのですか? 私達が持っている情報が古いのかしら……」
「まあそこが今から話す事に通ずるのですよ、驚かないでください私はスカーレットです」
「え?」
やはり意味がわからないって顔でこちらを見つめてくる。
そうだよね~、そうなるよね、こんな事実私も部外者なら笑って捨てるし。
「エカルラトゥと私の精神が入れ替わっているのです」
「……何故?」
「それは私が聞きたいです、まだ乙女の私がこんな筋肉男の体に入れられる苦痛わかりますか? わかりませんよね、しかも私の体にはエカルラトゥの精神が入っているのですよ? あのむっつりスケベがですよ? 私の体を見放題触り放題ですよ? 結構普通にいままで過ごしてきましたけど、私だってこんな事ストレス貯まります、たしかに男の体に興味ないわけじゃないけど、だからと言って男の体になりたいなんて微塵も、そう微塵も思いませんよ!」
なにやら話しているとヒートアップして余計な事まで喋ってしまった。
フレイヤも私がまくし立てるので、少し引いている。
私は私で息が上がったのか、エカルラトゥの体でハァハァしている。
「ええっと……では今はスカーレット様なわけですね、エカルラトゥ様の体ですけど……」
「そう! 文句ある?」
「いえ……心中ご察ししますわ」
「そうよ! 今まで大変だったのよ? しかも突然入れ替わりが起こるから準備なんてする事も出来ない、それに大体事件が起こるからほんと大変だったのよ!」
「ああ、はい……それで私達が二人いる事に気付いていたわけですね」
「そうそう、やっと分かって貰えた、人に秘密話すと解放感があって良いわね」
「と言って私達の秘密を喋らないでくださいね、でもこれはどう判断すればいいのでしょうか……」
「そんなの決まってるわよ、問題なしでしょ? それ以外にあるの? 神の力で秘密を知ってしまったから終わりって言われても納得できない」
フレイヤはしばらく考えているようで目を瞑っている。
あれ、なんか魔力の流れを感じる。
「もしかして今何かしているの?」
「え? わかるのですか?」
「ええ、まあ」
「はぁ……さすが紅蓮の魔女ですね、想像を超えて規格外ですね……わかりました、お教えしましょう。私達双子は離れていても意思の疎通が出来るのです」
「なるほど……ほぼ同時に情報を共有できるなら、片方で起きた事を、片方が理解して被害を抑える様に動くわけね」
「はい、私達を介して人質を取り合うわけです、もしアロガンシア王国が親善大使達を殺したとしたら、その事実を私がモデスティア王国に報告します。当然ザインにもです。そうなればアロガンシア王国のニクス教徒を全て敵に回すことになります。戦争をする前に内乱が起こるでしょう。だから私達がいるかぎり暗殺は出来ないはずです。ただ一つだけ問題があるのです、それが私達を同時に暗殺する事です。だからこそ親善交流の間は私達が二人いる事を知られるわけにはいかないのです」
そういう事か、ザインが関わっている事と、私やエカルラトゥがいるから、親善大使を殺すことはないだろうと思っていたけど、少しうぬぼれていたかも。
実際はフレイヤ達が実質上の人質と言っていいほど、危険な立ち位置だ。
「良くこんな事に参加したわね」
「両国が仲良くなるのであれば、私達は尽力する事を厭いません」
「理由があるわけね、深くは聞かないわ、あまり知りすぎるとこの件みたいになりそうだし」
「そうですね、でも会話しにくいですから名前だけお教えしますね。私はフレイヤで、あちらは妹のフローラです」
「わかったわ、フローラは私の事をもう知っているのよね?」
「はい、先ほど意識の共有をしましたので、ただスカーレット様……ではなくエカルラトゥ様の近くにいるらしく、声を掛けるか迷っていました」
「ああ、じゃあエカルラトゥに話さない方が良いかも、入れ替わっている時の記憶は私にしかないから、下手に秘密を知る人を増やしたくないでしょう?」
「そうですか、ではこの事は二人……いえ三人の秘密ですね」
「そうね、はぁ……私のせいで親善交流が終わらなくて良かったわ」
「私もそう思います」
フレイヤが笑顔をこちらに向けてくれる。
どうやらこの件はこれで終わりの様だ、フレイヤに秘密を知られたが、まああちらの秘密も知っているのだ、喋る事はないだろう。
「じゃあアリアを待たせているから、もう行くね」
「はい、ではくれぐれも秘密は喋らないでくださいね」
「そっちもね」
笑いあいながら別れて店に戻ると、遅いとアリアに怒られた。
取りあえず私の写本をいくつか選び、ご機嫌取りをする。
アリアが段々笑顔になっていくのをみて、好かれているってだけでちょろいもんなんだな、と思う。
本だけは今日買って帰るみたいだ、まあ空き時間に見て勉強できるし良いと思う。
昼からはヴァーミリオン邸でのお茶会があるので、今日はこれで街の見学は終わりだ。
一度王城にある自室に戻り、お茶会の支度をして、ヴァーミリオン家の家紋のある馬車に乗り込む。
あまり遠くないが、少しはゆっくりできるとアリアを見るとガチガチになっているアリアがそこにいた。
「アリア、何故そんなに緊張しているの?」
「スカーレット様の生家に行くのですから緊張します!」
「本人がここにいるのに?」
「それはそれです」
意味が分からないが、何かアリアにだけ緊張する理由があるのかもしれない。
まあわかりたくないけど……。
ヴァーミリオン邸に着き門の中に馬車ごと入っていく。屋敷の前で降ろされ父の従者であるキースが待っていた。
「私がご案内します」
キースの後ろを二人でついていくが、アリアがきょろきょろと観察している。
淑女教育はどうした、と言いたいが、そういう事じゃないのだろう。
「こちらにどうぞ」
通されたのはいつも父とティータイムをするテラスだ。
天気が良いので、庭園にもティータイムをする場所があるから、そこでも良かったのにと少し残念に思う。
待っていた侍女達が席を引いてくれるので座る。侍女服を来たアリアも座る様にと侍女が椅子を引いて待っているいる。
アリアは恐る恐る座る。
「待っていたよエカルラトゥ君」
「待たせたわね」
久しぶりに見た母に若干気持ちが昂る。
領地でシーラとアールを育てているので、もうかれこれ一年くらい会って無かったかもしれない。
今後は半年に一回くらいは会いに帰ろうと思うくらいには、感情が揺さぶられた。
「では美味しいと言ってくれた紅茶をご用意しよう」
キースが紅茶を淀みなく入れて、皆に配ってくれる。
昨日も飲んだけど、やはり我が家の紅茶が一番美味しい。
「ふふ、本当にこの紅茶が好きなのね、アリアさんもどうぞ」
顔に出ていたようで、母が喜ぶ。
「は、はい」
アリアは少し緊張しながら紅茶を飲む。
「美味しいです」
「ありがとう、嬉しいわ」
母が自分の事のように喜ぶ、それもそのはず紅茶に一家言ある母は、自分好みの紅茶を作る為に畑の改良、生葉の摘むタイミングから摘み方、発酵方法から乾燥まで数年を使って自力でこの紅茶を作り上げた。
なみなみならぬ力の入れようだが、趣味とはそのようなものかもしれない。
私も魔法に関しては努力は惜しまない、血筋なんだと思う。
「アリアさん、モデスティア王国をこの四日間、見学をしてどうかね?」
「はい、モデスティア王国に生まれたかったです!」
聞いた父も、聞いていた母も、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で一瞬止まった。
描く言う私も同じように、口をあんぐり開けてアリアを見てしまった。
いや嬉しいんだけどね。
「そ、そうか、そこまで言ってくれると、かなり気恥ずかしくなるな」
純粋すぎる答えに戸惑う父を見ると、アリアって凄いなって思う。
「そんなアリアさんに見せたいものがあるのだけど、見る?」
私をちらちらと見ながら母がアリアに聞く。
「はい!」
元気よく返事をするのは良いけど、何を見るのか気にならないのかな。
魔法に関して強い執着を持っているのは傍から見てもわかるから、何か魔法に関しての事かな。
「別室にあるから少し歩きましょうか、エカルラトゥ君も一緒に来ますよね?」
アリアと離れるのは得策ではないからもちろん付いていこう。
「はい」
母も父も少し笑いながら立ち上がる、続いて私達も立ち上がりついていく。
どこへ行くのだろう、と思っていると二階へと上がる。
二階にある部屋って、半分くらいは私関連の部屋しかなくないだろうか……嫌な予感がする。
「ここよ」
案内された部屋は、完全に私の寝室だった。
どういうことなのこれは……これは……知ってる?
「どうされましたエカルラトゥ様?」
立ち止まり冷や汗をかいている私に疑問を持ったアリアが聞いてくる。
「ふふふふ」
「はははは」
父と母が笑いだす。
「ここはね、スカーレットの寝室よ」
「えええ!」
アリアが叫ぶ、私も叫びたい。
「……なぜ知っているのですか、母様」
「なぜって酔ったエカルラトゥ君が、ナタリーが~スカーレットが~って言うし、私の弟もエカルラトゥ君を見ているとスカーレットに見えてくる時があるって言うから、もしかしてって思ってたんだけど、当たっちゃったわね。かなり半信半疑だったんだけど、まさかこんな事になってるなんて……」
予想が当たったのが嬉しかったのか、満面の笑みで母がこちらを見る。
父も笑っていたが少し涙目だった、きっとエカルラトゥの見た目がだめなのかもしれない。
やっぱり最後の一押しはカーマインか、なんとなく嫌な予感はしてたんだよね。
「でもアリアが知らなかったらどうしてたの?」
「スカーレットが、常に一緒にいる侍女に隠し通せるわけないでしょ? それとも出来るの?」
「……」
ぐうの音も出ない。
「それにアリアさんの実家は穏健派でしょうし、先ほどの会話と弟の話を聞くと、こちらよりなのは明らかですもの、知られても隠してくれるわよ」
まごう事なく何も間違っちゃいない。
まあいっか、ばれたところで何がどうなるわけでもない。
私が好きでやってるわけじゃないし、止めようもない。
「それでいつスカーレット様の寝室に入るのですか?」
アリアの事を忘れていた。
どうやら驚きは落ち着いたが、私の寝室に入りたい気持ちが高まりすぎたみたいで目がギラギラしている。
「あ~え~入るの?」
「はい!」
母が困惑しながら扉を開けると、アリアが素早く中に入り部屋を目に焼き付けようとキョロキョロと観察
している。
きっと私に自白させる罠を仕掛ける為の方便だったのに、本当に食いつくとは思ってなかったのかもしれない。
「クローディアと同じ……性癖なのかね?」
父がアリアを見ながら若干狼狽えつつ言う。
「少し違いますが、おおむね同じ属性です……」
「そ、そうか、まあお前が幸せなら私は何も言わないよ……それでスカーレットの体は大丈夫なのかい?」
「ナタリーが色々な事から守ってくれているので大丈夫なはずです……」
「そうか……」
それ以上は何も聞かなかった、聞きたくないだろうし言いたくも無い。
しばらく私の寝室の中を親子三人で眺めていた。
アリアがベッドにダイブしたところで私が捕まえて部屋の外にだした。
さすがにはっちゃけすぎだと思う。
一階に戻り、もう帰ろうかと思っていると父が聞いてくる。
「シーラとアールには会っていくかね?」
う~んでもこの体だし、でも一年ぶりに妹と弟と会えるのだ。
親善交流が終わっても、王都の邸宅にいるとは限らないし……。
「一目だけ会いたいかな……」
「そうか、なら連れてこよう」
父が奥へと向かい、シーラとアールを連れてくる。
アールはエカルラトゥと一度会っているが、シーラとは会っていない。
二人を連れて父が戻ってくる。
相変わらずアールは父の後ろに隠れている。
シーラは普通にこちらに近づいてくる。
「エカルラトゥ君だ、アールは一度あっただろう?」
父が後ろに隠れたアールの頭を優しくなでながら言う。
「シーラ・ヴァーミリオンですわ」
シーラはこちらに会釈をしながら自己紹介をする。
「エカルラトゥ・ルージュだよ、偉いね、ちゃんと挨拶出来て」
私がしゃがみシーラの頭を撫でると、シーラは不思議な顔でこちらを見てくる。
それを見ていたアールも父の後ろから出てきて、自己紹介をしてくる。
「あ、アール・ヴァーミリオンです……」
「アールも偉いな」
アールの頭も撫でる、アールも不思議な顔をする。
アリアを見ると、目をギラギラさせて二人をみている。
「アリア・シャロンです、よろしくね」
私と同じようにシーラの頭を撫でようとしたが、さっと逃げられた。
じゃあアールをと手を伸ばすとこちらも逃げられた。
「ええ~……私じゃだめなんですか」
「煩悩のせいでしょ」
私の答えに納得したのか項垂れる。
目をギラギラさせた大人は子供には恐怖だろう、たとえ見た目可愛くても。
「では私達は帰りますね」
「ああ、元気でな、必ず帰ってくるんだぞ」
「そうよ、なにがあっても絶対自分の身だけは守りなさいね」
「わかっています」
父と母の言葉の意味が分からないアールとシーラは首を傾げているが、私にはわかるからそれでいい。
家族に頭を下げて屋敷からでる。
「良いご両親ですね」
「そうでしょ? 世界一の両親だと思っているよ」
アリアに父と母を褒められ私は嬉しくなり自慢してしまう。
父と母の心配は当然の事だ、まだ折り返し地点で、私の体はアロガンシア王国にいたままなのだから。
タイミング良く精神が入れ替わる私~公爵令嬢スカーレット編~
第十六話㋜ 聖女の秘密と私の秘密(四日目) 終了です
聖女の名前を変更しました。姉はフレイヤのまま、妹はフレイからフローラに変更しました。
名前が似ていると、今後分からなくなると判明したためです。
安易に神話から持ってきた弊害です。