第十三話㋜ 火魔法の使い方 (一日目)
ザインを出て数日でアロガンシア王国の王都アファブレに入った。
私達は個々の馬車に乗りアロガンシア王国に入りアロガンシア王国側の護衛がつき、何事も無く王都アファブレに着いた。
多少は何かあるのかも、と身構えていたが拍子抜けだ。
流されるように王宮に着き、他の貴族たちについていく。
王城は丘の上にたっているのか、街が一望できる。
「やっぱ街並みが違う、木造が多いな」
そんな感想をでかい声で言うリオンに、比較的近くにいたフレイヤが返事をする。
「そうですねザインは石造りが多いですから違和感があります、モデスティア王国も石造りが多いのですよね?」
「そうだな、魔法での建造が多いから基本は石で、凝る人は煉瓦でつくっているな、まあ木造が多い領もあるが……」
なぜかいる聖女であるフレイヤは、モデスティア王国の親善大使にまざってアロガンシア王国に来ている。
理由は分からないが、フレイヤたっての頼みだったらしく、断らなかったみたいだ。
王宮の中にある部屋に案内され、ナタリーと部屋を吟味する。
「悪くは無いけど、こう……ごてごてしてる? って感じよね」
「そうですね、もう少し装飾を抑えた方がしっくりときます」
「華美なのもいいけど、過度になると品が無くなるわよね」
そんな事を言いながら、私が見て回っている間に、案内してくれた侍女とナタリーが話し合っている。
部屋の場所など、色々な情報を聞いているのだろう。
部屋は広く豪華だ、一応なにか変なものが仕掛けられていないかを調べる。
「なにもないわね……なにか拍子抜けなんだけど」
「何事もなければそれが一番ですよ」
私の呟きに返答が帰ってくる。
案内してくれた人との情報交換がおわったようだ。
ソファーに座り暇を持て余していると、ナタリーが紅茶を出してくる。
いつも飲んでいる紅茶をナタリーが入れてくれると、なにやら自室にいるような安心感につつまれる。
この後はアロガンシア王国との親交の為に、また顔合わせだ。
それまでは心穏やかに凄そうとゆったりしていると、時間が来たのかナタリーが着替えを急かしてくる。
ドレスに着替え部屋をでようとすると、ナタリーが止める。
「今日はお化粧もしましょう」
「え~、そこまでしなくともいいんじゃないの?」
「アロガンシア王国ではぐ……ぐれんのまじょって言われて恐れられているのです、お嬢様の美しさでその噂を吹き飛ばしましょう」
まあ恐れられているかもしれないし、それが原因で色々あって拗れても困るし、仕方が無いか。
「わかったわ……」
溜息を吐きながら、備え付けの鏡台の前に座る。
ナタリーは嬉しいのか口角が少しだけ上がっている。
私があまり化粧をしないので、腕の見せ所がないのが残念だったのかもしれない。
化粧をして、ヴァーミリオン家の色である赤のドレスを纏い会場へ向かうが、いたるところに騎士が配置されている。
なにやら警戒されているが、そこは変な二つ名の私がいるのだ、しょうがないのかもしれない。
会場へと近づいたところで止められ別室に通される。
そこには他の親善大使が待機していた、侍女を除けば女性は私だけだ。まさに紅一点とも言える。
案内役の貴族の説明によると、私達親善大使は一人ずつ紹介されながら会場に入場という段取りになっているらしい。
正直こっぱずかしいが、アロガンシア王国は演出にこだわりがあるらしく押し切られた。
しかも私は最後らしい……完全にさらし者な気もするが、ここまで来たら甘受するしかない。
最初にリオン・キャンベルが紹介されて、会場に入っていく。
慣れているのかかなり堂々として入っていく。
次々に紹介され、パーティー会場に入っていき、ついに最後である私の番になる。
「お待たせしました、親善大使の中で唯一の女性……我々の国では紅蓮の魔女と恐れられているスカーレット・ヴァーミリオン様のご登場です!」
溜めまで入れて、ノリノリな感じで私を紹介する貴族が私の名を言う。
ちょっとふざけるなよと言いたいし、恐れられているって部分はいらないし、本人目の前で紅蓮の魔女とか言うか?
そんな紹介されて、笑顔で壇上に立つ勇気は私には無い。それともこれは私を貶める為の作戦かなにかなのか。
そんな事を考えていると、いつまでたっても出てこない私を不審に思ったのか、紹介を担当している貴族が見に来る。
眉間に皺を寄せて、思案している私を見て小さな悲鳴を上げる。
「ひっ……」
悲鳴を上げる意味がわからないが、落ち着かせようと笑顔で言う。
「……普通に紹介して?」
「わ、わかりました」
返事をする貴族の声がうわずっているが、別に怖い事はないよ~と満面の笑みを浮かべてみたが、貴族の顔が青くなるだけだった。
「あ、改めまして……スカーレット・ヴァーミリオン様です……」
紹介役の貴族の声は若干震えている気がしないでもないが、やっと普通に出られると思い、姿を現すが会場は静寂が支配している。
さきほどまで軽く黄色い声が上がっていた気もするが、何故に無言なのかと言いたい。
溜息を吐きながら壇上から降り、リオンの元に行く。
リオンの元に行くには理由がある、私を見ながら顎を少し動かしている、きっとこっちに来いという合図だろう。
私の紹介が終わると直ぐに音楽が流れだす。
会場の端の方で宮廷楽団が生演奏をしている。
そのお陰か、会場の雰囲気は和やかになっていくような気がする。
リオンに近づくと、私を睨みながら言う。
「スカーレット……普通にしてくれないか?」
「私は普通にしてますが……」
「さっきの貴族の声が震えていたし、顔色も悪くなっているんだが……なにをしたんだ?」
「何もしていません、強いて言えば笑顔を見せたくらいですが……」
「本当か? あの貴族の髪を軽く焼いたとかしてないよな?」
「さすがにこの国でそんな事すれば、私の変な二つ名がさらに変になってしまいます」
「……まあ確かにあの変な二つ名で紹介されたら、私でも二の足を踏むかもしれんな……疑ってすまなかった」
「いえ、やはりこの国では恐れられているのかもしれません、正直、面白がっているだけだと思っていました」
リオンと会話をしていると、フレイヤ・ルターが紹介される。
「今回の親善交流を良きものにしたいとお越しくださいました、聖女フレイヤ・ルター様のご登場です」
壇上にフレイヤが降り立つ。アロガンシア王国の聖職者なのか会場の端の方でフレイヤに向けて祈りをささげている人もいる。
白い髪に白い衣装、ドレスには淡い青いラインが入っている、やはりザインは白を重んじているのだろう。
均整の取れた体のラインは、美しさというよりも神秘的なものを感じる。
フレイヤが周りに手を振りながら降りてくると、私とリオンの所へと向かって来る。
「リオン様、どうですか?」
リオンの前に立ち、くるっと回り見せつける。
「ああ、見違えるほど綺麗だ」
リオンがそう言うと、フレイヤの顔がほころぶ。
化粧などもしているので、普段とはまた違う魅力を振りまいている。
フレイヤがこちらに向き直り、私の顔をみて固まっている。
「……スカーレット様ですよね?」
「そうだけど、忘れちゃったの?」
ザインから王都アファブレまで来る間に時々話したのに、なんという事を聞き返すのかと睨み返す。
「い、いえ、別人のようにお奇麗なので……普段お化粧とかされないのですか?」
「しないわね、お茶会も呼ばれないし……」
自国でも恐れられている事実が、今更ながら胸に突き刺さる。
フレイヤが憐れんだ目で私を見てくるのが、少し気に障るが事実だ。
そんな話をしていると、アロガンシア王国の王族が入場してくる。
第二王女のブリジットが降りてくる。
はかなげな見た目で動きは最小限だ、少し緊張しているのが見て取れる。
年齢はまだ十代半ばくらいだろう、かわいらしい。
次は第二王子のギデオンが降りてくる。
顔は良いのだが、動きが大げさで若干癪に障る。嫌いなタイプど真ん中だ。
心情的にも燃やしたい気持ちが沸き上がるし、あまり視界に入れないよう努力するしかない。
しかし降りてくる所を燃やしたらかなり爽快な気分になるな、などと頭に思い浮かべ心を落ち着かせる。
次は第一王子のフェリクスが降りてくる。
花は無いが、鍛えているであろう体つきをしている、なんとなくエカルラトゥに似ている、まあ異母兄弟だし似てるのもしょうがない。
ただ、目に力が無いように見受けられるのが気になる。
王族は三人だけしか出てこない様だ。
音楽の曲調が変わり、アロガンシア王国との交流が本格的に始まる。
いつの間にか、少し離れた後ろの方にナタリーがついている。
やはりナタリーが近くにいないと落ち着かない。
少し依存しているのは自覚しているが、幼いころから一緒なのだそうそう離れられない。
しばらくは周りを観察しようと壁の花になる。
いままでの社交場同様に私の噂のお陰で近づく人はいない。
リオンを見ると、一番に第二王女のブリジットに挨拶に言っている。
何でもそつなくこなし、敵が作らないリオンは交流の場では無敵だろう。
第二王子のギデオンに目を向けると、フレイヤに話しかけている。
聖女のフレイヤは人気なのか、周りに貴族が集まりタイミングを伺っている。
フレイヤと私の周囲の違いを考えると、なかなかきついものがある。
私も第一王子くらいは私から挨拶しようと、周囲に目を向けると、一人の貴族がなにやら戦場にでも行くような面持ちでこちらに近づいてくる。
「私はアルトワ伯の第一子、シリル・アルトワ、お見知りおきを」
そう言いながら、恭しくお辞儀をしてくるが、若干震えている気がする。
こちらも、スカートを少し摘み上げお辞儀をする。
「スカーレット・ヴァーミリオンです」
最初に私に挨拶に来てくれたのは嬉しいが、声を震わすのは止めてほしい。
ここだけ切り取って見られたら、なにやら威圧しているかの様に見えなくもない。
「スカーレットさんは魔法に精通していると、こちらの国でも噂されるほどです」
そんな事言われなくても知ってる、紅蓮の魔女とか言ってくれてるわけだし。
でもそれを言うと角が立つのは、私でもわかる。
「そ、そうですか、私は今回の件でアロガンシア王国の魔法を見るのが楽しみです」
「僕は魔法院に在籍していますので見学会の時はよろしくお願いします」
どうやら研究大好き同志の気配を感じる。
ふふふっ、ここでも話をしたいが、この場で話し出すと止まらない可能性もある、その時が来るのを楽しみにしよう。
「ではその時にゆっくりと話し合いましょう」
満面の笑みでそう答えたはずなのだが、「ゆっくり」の部分にアクセントが入ったのが原因なのかシリルがちょっとびびっている。
顔を引きつらせながら離れていった。
はたから見ると、脅したとか言われないだろうか……ぶっちゃけ気を揉む回数が多すぎる。
何やら喉が渇いたので、飲み物を選ぶ振りをしながらナタリーに愚痴る。
「はぁ……やっぱ疲れるわね」
「仕方がありません、お嬢様がお受けしたのですから」
赤いワインを取り喉を潤し、当初の目的だった第一王子を探す。
「第一王子見なかった?」
「端の方に向かわれたかと」
ナタリーに小声で聞くと答えが返ってくる。
会場の端の方を見ると、何やら人だかりができている。
じっくり観察すると、人垣の間からフレイヤが第一王子のフェリクスと話しているのが見える。
どうやらフレイヤと第一王子目的の貴族やその子息がお近づきになろうと集まっているのだろう。
「あそこに入っていくのは勇気がいるわね……」
「……でもお嬢様が人をかき分けて入っていく姿が見てみたいです」
ナタリーがなかなか味な事を言う。
でも普段のナタリーなら言わない様な事だが、心境の変化だろうか。
「……確かにちょっと道が開くか試してみたいけど、実現した時が怖いわ」
密集した人達が私を見て道を開けていく姿を想像すると、何気に満足しそうな気がするが、交流の場でそれはさすがに無い。
取りあえず第一王子は保留だ。
第二王子は……近づきたくない。なら第二王女のブリジットに挨拶しようと会場に目を向けると、目の前に第二王子ギデオンが立っていた。
さっと髪をかき上げ、私に話しかけてくる。
「君が紅蓮の魔女、スカーレット・ヴァーミリオンか、お噂はかねがね伺っているよ」
うん、全てが苛つくね。でも笑顔を絶やさずこの危機を乗り越えるんだ。
「ギデオン様、お初にお目にかかります」
軽くお辞儀をする。嫌悪感がまさりすぎておざなりになるがそれはしょうがない。
「想像以上の美しさだ、君には会ってみたいと昔からおもっていたんだよ」
そう言いながら私の右手に手を伸ばしてくる。
これはあれだ、よくある手の甲にキスするやつだ。
マジでか……跳ね除ける訳にもいかないし、我慢するしかないのだろう。
無心で過ごしていたら、いつの間にか第二王子が消えていた。
「……ナタリー、私ちゃんと対応していた?」
「大丈夫です、目が死んでましたがなんとか対応していましたよ」
そうか、失礼な対応をしてないならいいや。
さすがに第二王子を邪険にするわけにはいかない。
だが、右手を洗いたいという気持ちが沸き上がる。
どうせ顔合わせ程度なのだ、もうすぐ終わるかもしれないが待てない。
悩んでいると良い事を思いつく。
「ちょ……お嬢様!」
ナタリーがガチで驚いているのか、小声で聞いたことも無い声を出す。
まあ傍から見ると驚くのも当然かもしれない。
私の右手が燃えているのだから。
火で消毒できないかなと思いついただけだ、火傷しない程度に調整して右手を燃やす。
綺麗になるとは思わないが、なにか浄化された感がある。
「え……ええ~」
少し離れた場所で声が上がる。
一応見えないように壁側を向いて燃やしていたのだが、見ていた人がいたらしい。
振り向くとそこには第二王女のブリジットだった。
「ごめんねぇ~、ちょっと消毒したかっただけなのよ、おほほほ……」
もうやけくそだ、このまま押し切る。
「い、いえさすが二つ名持ちですわ……」
うん、まだ社交界デビューしたてっぽくても私の二つ名知ってんのね。
どうなってんの? 隣国の貴族令嬢なんて掃いて捨てるほどいるのに何故知ってんの?
「私はブリジット・オルレアンですわ、スカーレット様にお会いしたいと常々お思いしておりました」
「スカーレット・ヴァーミリオンだけど、知っていますよね……不躾なのだけど何故私が有名なのか教えてもらえると嬉しいのだけど……」
私の言葉を聞いたブリジットは、しばらく考え込んだ後に答えてくれる。
「わたくしがお会いしたかった理由は、花火魔法を作ったとお聞きしたからですわ、あの幻想的な魔法を作り出したスカーレット様はどんな方なのでしょうと……」
そういえば、火魔法を合法的にぶっ放せる方法は無いかと考えた末に出来た、魅せる火魔法「花火」を作ったんだった。
綺麗だと皆も喜んでくれるし、私のうっぷん晴らしにもなるという神魔法だ。
ただ綺麗な火の花を作るのはかなり繊細な魔力操作が必要になり、魔法を使う難度は地味に高い。
こんな制作内情をブリジットには言えない。伝えたらまた悪名が増えそうだ。
「この国で有名な理由ですが、王に対しての行いや他の貴族に対しての行いがその……考えられなくてですね……」
結局はそこに行きつくのね、まあ私たちの国は王家が方針を掲げ、周りが修正して擦り合わせたりするから、王家の権力はそこまで強くない。
アロガンシア王国は逆で王家の力が強いのだろう、それで私が自由に行動しているのが理解出来ないのかもしれない。
そして理解出来ない奴は何するか分からないゆえに怖いのだろう。
「ありがとうございます、なんとなく分かりましたブリジット様」
「わたくしでお役に立てるのであれば幸いですわ」
ブリジットが淡い笑顔を見せてくれる。
純粋な笑顔は人の心を捕らえるのだろう、こちらも気持ちが晴れていく。
「お礼に軽い花火魔法でもお見せしましょうか?」
「是非!」
「では、バルコニーに行きましょうか」
ブリジットと緊張感しているブリジットの護衛役だろう従者達と一緒にバルコニーへ移動する。
「大きすぎると知らない人達が驚いてしまいますから、小さめの魔法を使いますね」
ブリジットの従者数人が慌てだすが、ブリジットがなだめ説得する。
従者達と小声で話し合いが行われ、折れたのかブリジットが答える。
「お、お願いしますわ」
魔力を練り上げ空に向けて魔法を放つ。
赤い色の魔力の玉が空に駆け上がり、良い高さで音も無く破裂する。
綺麗に円形に赤い火が飛び散り、その火の軌跡が七色に輝く。
燐光のようにゆっくりと七色が消えていくと、その付近に小さな爆発が連続で起こり数十の小さな花が夜空に次々と浮かび上がる。
爆発が収まってもその小さな花の数々は数秒維持され、時間が立つと一気に散っていく。
本来なら音も入れて豪快にばかすか打ちまくるのが私のやり方だが、今回はさすがに自重する。
「綺麗です、アリアにも見せたかったなぁ」
ブリジットが呟く。一緒に見ていたブリジットの従者達も見入っていた。
もしかしたらアリアはブリジット専属の騎士だったのかもしれない、あの強さだ重宝されてたのだろうが、しかし何故エカルラトゥについていたんだろう。
会場を見ると、小さな爆発の音に気付いたのか、窓から空を見ていたアロガンシア王国側の貴族もいた。
「すみません、少々やりすぎたかもしれません」
「大丈夫ですわ、わたくしが望んだのですから」
ブリジットはそう言ってくれたが、後でリオンに怒られた。
ナタリーにも怒られた。私はいつも怒られている気がする。
取りあえず一日目は何事も無く終わって良かったと、部屋に戻り安堵する。
タイミング良く精神が入れ替わる私~公爵令嬢スカーレット編~
第十三話㋜ 火魔法の使い方(一日目) 終了です