第十二話㋜ 親善交流のお誘い
「私はアルトワ伯の第一子、シリル・アルトワ、お見知りおきを」
そう言いながら、恭しくお辞儀をしてくるが、若干震えている気がする。
こちらも、スカートを少し摘み上げお辞儀をし返す。
今、私はアロガンシア王国にいる。
そして目の前にいる貴族の男はアロガンシア王国の貴族だ。
軽く自己紹介と雑談を交わすとシリルは離れていく。
喉が渇いたので飲み物を選ぶ振りをしながらナタリーに愚痴る。
「はぁ……やっぱ疲れるわね」
「仕方がありません、お嬢様がお受けしたのですから」
後ろに控えているナタリーが答える。
まあ分かってはいるんだが、やはり必要経費みたいなものだとは思っていても、めんどくさい事にはかわりはない。
当初の目的の人物がどこにいるのかと伺いながら周囲を見る。
何故こんな事になったのかは数週間前まで遡る。
「ザインから、ぎこちない国交を鑑みて両国での親善交流をしないかという要請があってな……」
父とのティータイム中にさらっとそんな事を言い出す。
たしかに和解はしたが、現在もあまり国を行き来してまで商売をしたりする事は、自重している節がある。
街の人達からすると、まだ健全なお付き合いが出来るという感じではない、と思われているようだ。
「……その内容は、私に関係があるという事ですね?」
父の歯切れの悪い言い方から考えると、言いにくいが言わざるを得ないと感じる。
「そうだ……複数人の著名人や貴族を相手の国へと送り、交流をしないかという話なんだが……駄目なら駄目で良いんだよ、その時は私が全権力を使って阻止してみせる!」
話をしていると段々と力が入っていったのか、後半には立ち上がり拳を握りしめていた。
そこまで思われているのは嬉しいのだが、この父は大丈夫なのだろうかという思いが浮かんでくる。
まあ二十歳で好き勝手生きているのだ。よしとしておこう。
でもアロガンシア王国での魔法などは興味がある。
親善交流というなら、そこら辺を多少つついてもいいのだろうし、エカルラトゥやジェレミーとも会える。
結構良い話だと思い、悲痛な顔をして私の返事を待っている父に答えを言う。
「その話、お受けしたいと思います」
「え……え?」
父が私の答えが信じられなかったのか、二度見してくる。
「本当に良いのか? いつもならそんなめんどくさい事などしませんと言いそうなもんだけど……」
いやまあ確かに昔の私なら、なぜ私が、と切り捨てた案件だろうが、現状色々とあったお陰でアロガンシア王国にある程度の興味がある。
私を罠にはめようとした奴などを、この目で見たいとも思わなくもない。
「アロガンシア王国の魔法体系に興味がありますし」
「……王国の官としては嬉しいが、父としては手放しで喜べる事ではないのが残念だな」
「そうですね、でも私をどうにか出来る人はそう多くはありませんし……それにナタリーもいますから」
「そうだな、まあ何かあればやっちゃってもいいが、やりすぎるのは駄目だぞ?」
「わかりました、死なない程度に対処します」
父とにこやかにそんな事を話していたら、後ろに控えていたナタリーが溜息を吐いている気がする。
何かナタリーが心配する事でもあるのだろうか、と考えるが現在の私は無手でも雑兵くらいは倒せる程度には強くなっていると思う。
魔法を封じられても、時間を稼げるだけの力量は手に入れているのだ、そう簡単にはやられないだろう。
そうこうしている間に、親善交流の内容が決まり宗教国家ザインへと向かう。
まずはザインの神殿にて、顔合わせをしてから相手の王都へと向かう事になっているみたいだ。
もし暗殺なんて事があれば、ザインの顔を潰す事になるし、諸外国に顔向けできなくなるだろう。
その為に宗教国家ザインが間に入る事で、暗殺などを牽制できる、という考えだと思う。
私の他にも幾人かの貴族や、騎士がアロガンシア王国に向かう事を了承したらしい。
危険ではあるが、ここで何かやらかすのは対外的に考えると悪手すぎる、という判断も出来る。
逆に安全にアロガンシア王国を見物出来るいい機会でもあると思う。
ナタリーと共に馬車にゆられザインへと入る。
ザインの国土自体は大きくない。国境を越えて少し行けば神殿街へと着く。
神殿街は綺麗に石造りで統一されているが、まあそこは良い。
問題は書籍を売っている店だ、どこかに店がないかと窓から食い入るように見る。
宗教の街なのだ、希少な書物を売っている可能性は高いだろう。
「お嬢様どうなさいました?」
「いや本が売っている店がないかな~と」
「ここまで来て感心があるのはそこですか……」
ナタリーが軽く私に対して失望している気がする。
でも気になるんだから仕方が無い。
「でも、この親善に参加した理由も同じ理由なんだけど」
「……わかりました、少しだけですよ」
「ありがとうナタリー」
ナタリーの了承も貰ったので、馬車の窓から本が売っている店が無いかと探す。
「お嬢様、ありましたよ」
逆側を見ていたナタリーが目当ての店を見つけたようで声をかけてくる。
「じゃあ馬車を止めていきましょう」
「時間はありますが、ほどほどにしてくださいね」
個別集合なので、ある程度時間の余裕をもって出発したのが幸いしたようだ。
店に入り気になった本をいくつか手に取り数冊を店主の所へ持っていこうとするとナタリーが声を掛けてくる。
「お嬢様、あまり持ち合わせがありませんよ?」
「え? なんで?」
「こんな事もあろうかとお金を持ってはきましたが、さすがにそんなに買うとアロガンシア王国で買えなくなりますよ」
手元を見ると十冊以上抱えている、しかも最近体を鍛えているから、一度に持てる本の数が増えたのも原因の一つだろう。
アロガンシア王国で買う事も考え、気になる本だけ選び直す。
「しょうがないわね……なら【ニクス教における魔法の役割】と【ニクス教の魔法】は見たいからこの二冊にするわ」
私が持った二冊をナタリーが受け取りながら聞き返す。
「二冊でよろしいのですか? もう少し余裕がありますけども」
「アロガンシア王国で一杯買いたいから我慢するわ」
アロガンシア王国でも街への見学が組み込まれている。
そこで本の売っている店を見つけて掘り出し物を探す予定なのだ、お金を残しておかないと買える物も買えなくなる。
それにザインなら普通に来る事が出来るし、アロガンシア王国を重視しよう。
「かしこまりました、ではお支払いをしてきますのでお待ちください」
ナタリーに二冊を渡し店主と交渉しているのを、ちょっと離れた場所で眺める。
書物は内容にもよるが、安くは無い。
ナタリーが支払い終わると一緒に馬車へと戻り、すぐさま本を開く。
「お嬢様、酔ってもしりませんよ」
「酔ってでも読みたいのよ」
ナタリーが溜息を吐くがそれ以上は言ってこなかった。
それを良しとして本を読んでいると、いつのまにか目的地に着いたのか馬車が止まる。
馬車の進行方向にはザインの総本山である神殿へと続く門があり、その中央の道を挟んでシンメトリーに作られた建物が見える。
そこには神官が数人待っていたのか、こちらに気付き近づいてくる。
「ようこそザインへ、スカーレット・ヴァーミリオン様ですね、お部屋にご案内しますね」
こちらの事を知っているのはヴァーミリオン家が先触れでもしていたのだろう。
神官に部屋に案内されると、モデスティア王国側での顔合わせの時間を報告して出ていく。
部屋を見ると、基本白い色で統一されているようで、何かこう……落ち着かない。
「真っ白ですね、お嬢様」
「……そうね」
白い色は嫌いでは無いが、どうも受け付けない。
まあ気にせず買った本でも読むために備え付けられているソファーへと座り読みふける。
しばらくするとナタリーの呼ぶ声が聞こえる。
「お嬢様、お時間ですよ」
「……え?」
「顔合わせの時間ですよ」
どうやら読むことに集中しすぎていたのか、結構な時間が立っていた。
「もうそんな時間なのね、はぁ……気は進まないけど行きましょうか」
社交場で着るようなドレスに着替え、ナタリーにドレス用に長い髪をアップにしてもらう。
重い足取りで指定されていた部屋へと入ると、数人の人達が席へと着いている。
空いている席に着くと、今回の場を仕切る貴族が立ち上がる、どうやら私が最後だったらしい。
「では、全員揃ったようなので今回の目的と、今からアロガンシア王国側の親善交流メンバー達との顔合わせについての話だ。今回の目的は当然親善が目的だ、諍いは起さないようにお願いする」
場を仕切っているのはクローディアの兄である、リオン・キャンベルだ。
私はクローディアとの交流があるため、結構な回数会っている。
諍いを起こすな、と言っている時こちらをチラッと見ていた気がするが、無視しよう。
「アロガンシア王国側の親善大使達とはこの後会うが、顔見せするくらいで終わりだ、交流の場は無い、くれぐれも失礼の無いように」
ちょっと変な気もするが、ここでなにか起これば全てがご破算だ。
交流前に終わるのは、両国とも望んでいないのだろう。
「では時間まで我々も雑談でもして親交を深めようか、幸い知らない者はいないだろう」
従者を外せば総勢十人だ、確かに名前を知らない者はいないが、私に近づくものはいないだろう。
一人でぼーっとしているとリオンが近づいてくる。まあ気安く喋られるのはリオンくらいしかいないから助かるのも事実だ。
「スカーレット、久しぶりだな」
「お久しぶりですリオン様」
クローディアの事を軽く食事を取りながら話す。
会話が途切れると、リオンが真面目な顔になる。
「スカーレット……君だけはザインから名指しでの申し入れがあった、これがアロガンシア王国からの指定なら何かしらあるだろうから十分に気を付けてくれ」
「父からも聞いていますし、ナタリーもいるので大丈夫ですよ」
「それならいいのだが……くれぐれも燃やすなよ?」
「……はい」
相手次第だがここは無難に答えておこう。無駄に心配させるのも悪いし。
アロガンシア王国との顔合わせの時間になり、全員で会場へと向かう。
会場に入ると、逆側にも入り口があるのか、そこから見た事も無いアロガンシア王国側の貴族や騎士達が入ってくるのが見える。
中央には大きな机が設置してあり、上座にザインの神官たちが立った状態でこちらを伺っている。
案内役の神官に座る場所を指定され座る。
両国の親善大使達が座り、落ち着いたところで上座に座っている神官の一人が声を出す。
「わたくしはフレイヤ・ルターです、今回は親善交流のためにザインへお越しくださりありがとうございます。では交互に自己紹介をお願いします、まずは提案されたアロガンシア王国側からどうぞ」
そう言われたアロガンシア王国側で上座に近い場所に座っている貴族が立ち上がり自己紹介を始める。
「今回まとめ役を務めますフィル・ロベールです、お見知りおきを」
軽く会釈をして座る。
フィルが座ると、直ぐにリオンが立ち上がり自己紹介をして、さらに次の人と続いていく。
流れに身を任せていると、自分のばんになり立ち上がる。
「スカーレット・ヴァーミリオンです」
名前だけ言いすぐさま座る。
アロガンシア王国側の数人が息を呑むのが分かる。
きっと悪名のせいで反応している人がいるのだろう。
溜息を吐きながら終わらないかまっていると、アロガンシア王国側から知っている声が聞こえる。
「エカルラトゥ・ルージュだ」
まさかここで出会うとは、と思いエカルラトゥを見つめる。
入れ替わっている場合はエカルラトゥの顔を見る事は鏡くらいしか無い。
本当の目で見るのは初めてだと、その容姿を眺める。
入れ替わり時は筋肉しか見て無かったが、なかなかの均整がとれた体つきだ。
私と同じ赤い髪に少しカールがかかり見た目はやはり悪くは無い。
「……ナタリー」
小声でナタリーを呼ぶと、頭の後ろにナタリーが顔を近づけてくれる。
「あいつがエカルラトゥよ」
「……なかなか良い容姿ですね」
ナタリーの評価も良いようだ。
こんな事なら親善交流なんて拒否しておけば良かったと後悔する。
今更、やっぱ帰る、なんて言えない……もどかしい。
「ハァ……なんかもうやる気が無くなってくるわね」
「たしかに残念ではありますが、この件で今後良い方向に向けば会えますよ」
まあそうよね、両国がいい関係になれば良いだけだし、そのうち普通に会えるよね。
ナタリーと小声で喋っていると、自己紹介が終わったのか、フレイヤ・ルターが立ち上がる。
「では明日に両国へと移動となります、この親善交流がより長く両国が平和になる礎となるよう願っております」
フレイヤが両手を握りこみ祈るように言葉を紡ぐ。
やっと顔合わせは終わったようだ。
ザイン側の侍女達が個々の部屋へと案内してくれる。
真っ白い部屋に戻りソファーに座る。
「は~やっと終わったわね、これがあと数日続くのかと思うと、早まったという感情が沸き上がってくるわ」
まだアロガンシア王国にも入ってないのに、なにやら気疲れした。
「そう仰らずに頑張ってくださいね」
ナタリーが応援してくれるが、色々と不安要素を自覚したのか落ち着かない。
ここに来るまでは、まだ見ぬ魔法体系を見る事が出来るとわくわくしていたのに、どうしてこんなに落ち着かないのだろうか。
もう外は暗くなっている、夜風に当たろうとバルコニーに出て、設置してある椅子に座ると、ナタリーが紅茶を用意してくれる。
「ありがとうナタリー」
そう言いながら外を見ると、正面には神殿、側面は街を一望できる眺めに目を奪われながら紅茶で喉を潤す。
柑橘系の匂いが立ち昇る紅茶は心が落ち着く。
穏やかな気持ちで外を見ていると、街とは逆の方向に道を挟んで同じような建物があり、同じようなバルコニーを見つける。
よく見ると先ほど見たエカルラトゥがこちらを向いているのが見える。
「ナタリーあんな所にエカルラトゥがいるわよ」
私の言葉でナタリーが顔を向けると、エカルラトゥがそれに気づいたのか大きく手を振ってくる。
なぜナタリーが見るとはしゃぐかな……何だろうこの感じ……少しモヤモヤする。
椅子から立ち上がり、柵に手を掛けエカルラトゥを見る。
エカルラトゥが部屋を向き何かを喋ると、部屋から一人の女性が出てくる、アリアだ。
親善大使としては紹介されてなかったが、何故だろう。
しかもアリアを部屋に入れている、若干苛つきながら眺めていると、アリアはエカルラトゥがいないかのように、こちらに両手を振ってはしゃいでいる。
その光景を見ていると、エカルラトゥに何かをしなければ収まらない気がしてきたので、昼に見たニクス教の魔法でもアレンジして使ってみようと考え、エカルラトゥに向けて魔法を放つ。
火のカーテンのようなものが、風に乗っているかのようにゆっくりとふんわりエカルラトゥに向かっていく。
本来は光のカーテンなのだが、やはり私は火を使ってこそだと思い改変した。
その火のカーテンはエカルラトゥに近づくと、火のカーテンを触ろうとしたのか、エカルラトゥが手を伸ばし触れる。
その瞬間エカルラトゥが淡い火に包まれる。
元の魔法は光に包まれるのだが、火に改変した。
あまり温度は上げていない、見た目だけの火だがほんのり温かいはずだ。
本来はまるで光に選ばれたように演出する為の魔法なのだが、それを火で行っただけだ。
「……お嬢様、エカルラトゥ様が燃えてますけど……大丈夫なんですか?」
暗い夜のバルコニーで火に包まれている人を見ると、そりゃ不安になるよね。
私的には爽快で笑えるけど。
「大丈夫よ、火力は抑えてあるわよ、それにアリアも喜んでるわ」
エカルラトゥの方を見ると、アリアが私の魔法に喜んでいる様に見える。
燃えている本人は、若干慌てているが火傷するほどじゃないと分かっているのか、そこまで切羽詰まってはいないが慌てている。
しばらくすると私の魔法が解け、火は消えていく。
エカルラトゥがアリアとわちゃわちゃしているのをしり目に、良い気分転換が出来たと部屋に戻る。
明日から忙しくなりそうだ。
タイミング良く精神が入れ替わる私~公爵令嬢スカーレット編~
第十二話㋜ 親善交流のお誘い 終了です