第九話㋜ 木魔法が使えない理由
朝起きると毎度の事で、入れ替わったのだろう、キャンベル家の客間だった。
この現象はいったいいつまで続くのだろうと、辟易していると声がかかる。
「おはようございますお嬢様」
ナタリーはもう中身が誰なのか動きで分かるのかもしれない、ちょっと怖い。
「おはようナタリー、久しぶりのエカルラトゥはどうだった?」
ナタリーと会話しながらちゃちゃっと着替える。
「元気でいらっしゃったようです」
「そう、だいたいの記憶は見てきたけど、あいつほんと兄弟に恵まれて無いわ」
ナタリーが紅茶をいれてくれるので、机に着いて紅茶をいただく。
簡単にエカルラトゥの現状を話す。
「やっぱり、お近くにいらっしゃってるのですね」
「そうなのよね、頑張れば会えなくは無いけど、私が国境を越えられるのかわからないし……」
下手したら要注意人物に指定されているんじゃないだろうかと考える。
「そういえば、鏡台はまだ取ってあるそうですよ」
「やっぱりね、絶対そうだと思ったわ」
予想が的中してちょっと嬉しい。
「クローディア様にこの事はお話するのですか? 行動でばれるとは思いませんが、もしかしたら不審がられる要因になる可能性がありますが……」
その問題があったか……ばれたらちょっと面白い事になりそうだけど。
あっ、ナタリーの訝しむ目がこちらに向けられている……私の顔色で何考えているか推測しないで欲しいわ。
まあエカルラトゥがおもちゃにされるのは良いけど、私の体がおもちゃにされるのは避けたいわね。
「ま、まあ教えない方向で、何回替わるかわからないし、説明しずらいし、そもそもおもちゃにされるだろうし」
「かしこまりました。あとはエカルラトゥ様がちょっとですが木魔法を使えましたよ」
「え……あの筋肉馬鹿に使えたの? 私が使えないのに?」
愕然としている私に、ちょっと申し訳なさそうにナタリーが話してくれる。
「どうやら普段から魔力操作の練習をしているらしいので、それが実ってきたのではないかと……」
「そういえば闘気の炎を制御のために魔力操作を鍛錬してたわね……くぅ……悔しい!」
魔法でエカルラトゥに劣るという事実が悔しくて声が出てしまう。
なんで私使えないの、と自分自身を罵倒しながら木の枝を持ちながら練習してみる。
うんともすんとも言わない木の枝にふつふつと怒りが沸いてくる。
「おはよう~朝だよ~」
部屋の扉を豪快に開けてクローディアが入ってくる。
だがそんな事を気にしている暇はない、私は早く木魔法が使いたいのだ。
返事をしない私にジト目を向けながら、こちらに近づいて観察してくる。
「あれ……昨日もうちょっとで出来そうな感じだったのに、なんで出来なくなってるの?」
ああ、昨日やれたのはエカルラトゥだわ、あの筋肉馬鹿がいらんこと頑張ってくれただけだ。
「昨日は昨日なの、今出来ないから出来ないの!」
自分で言ってて分けわからないが、私の今の心情はそんな感じなのだ。
「そうなのねぇ……まあとりあえず朝食行こ?」
そういえばまだ食べてなかった。
仕方が無い仕切り直しだ、そもそもキャンベル家の虎の巻読んでないし、読む前にエカルラトゥと入れ替わったし……。
食事をさくさく終わらせ客間に戻る。
机に置いてあるキャンベル家の魔導書を読もうとしたらナタリーが紙を差し出してくる。
「……お嬢様が纏められたものです」
ああ、クローディアいるもんね、と差し出された紙を見ると、基礎などが纏められている。
正直あまり王立図書館の時と内容は変わらないようだ。
キャンベル家の魔導書を読んでも、結局は木の精霊との対話に行きつくわけね……それが出来ないから困ってるんでしょと怒りが込み上げてくる。
「どう足掻いても同じ問題に行きつくわけね……そして私は木の精霊と対話出来ないと……」
「ん~見てて思ったんだけど、もしかしたらスカーレットちゃんに問題があるんじゃないかな?」
「どういうこと?」
クローディアは神妙な顔をして何かを考えている。
「ほんとうなら魔力を木に当てていると、ぽわんぽわんしてくるからそれをビシバシすればいいわけでしょう、でもスカーレットちゃんが木に魔力当ててもぽわんぽわんしないから、もしかしたら木の精霊に嫌われているんじゃないかな……と、今まで木の精霊に意思は無いって言われてたけど、それが間違いだったんじゃないかな……」
なにそれが事実なら、木の精霊に嫌われた初の女として歴史に残りそうなんだけど。
「そ、そんな事ってあるのかしら?」
若干声が上ずった。しょうがない逆の意味の偉業を達してしまうかの瀬戸際だ。
隣国には不本意な二つ名を付けられ、自国には精霊に嫌われた女として名が広がるなんて許容できない。
「今まで無かったから、可能性の一つだよ」
「じゃあ~何が原因で嫌われたのかな~?」
もうやけくそ気味にクローディアに聞く。
クローディアがしばらく考えてから、思い出したように言う。
「昔に賊を撃退するのに森を燃やした件、でもあの程度で嫌われるなら、昔にもいそうだけど……他には無いの? そんなエピソード」
「あ、そういえばちょっと前に、お父様から開拓したいから森を焼いてほしいって焼き払った事ある……」
「どれくらい?」
「ちっちゃい村くらいかな?」
「それくらいなら薪燃やしてるのと同じだとおもうんだけどなぁ……生木を燃やすのがだめなのかな」
クローディアが悩んでいると、ナタリーが先の話を付け加えてくる。
「あの時のお嬢様は、燃え広がらないように土壁を作らされたお陰で、若干うっぷんが貯まっていたのか、森を燃やしている間笑ってらっしゃったのは問題になりませんでしょうか? そばで見ていた開拓民の方たちが怖がっていた記憶があります」
ナタリーが酷い事を言う、内容がじゃない私に対してだ。
でもあの時は土壁作るのが結構疲れて、燃やす時に色々な火の魔法を試しながら焼いてたから、若干楽しみながら焼いていた……気がする。
「ん~でも人の営みに関する事だし、それを言ったら焼き畑とかも駄目になっちゃうし、もっと酷い事あるんじゃないの?」
もっと酷い事って……さすがの私でも無為に森は焼いてないわ……あっ。
「そ、そういえば学院卒業後直ぐにお見合いした時のが……」
「ああ、そういえばそんな噂あったね、スカーレットちゃんが直ぐお見合いしたっていう」
「……それ、お父様が全力で隠蔽したの……」
クローディアが驚いている、ナタリーも驚いている。
それもそのはず、その時ナタリーは丁度いない時期だった。
「で、それは何しちゃったのかな?」
クローディアが軽い気持ちで促してくる、が今考えるとひどい事って、これじゃないかなと思わなくもない。
「ま、まあお見合い相手がパーシヴァル・ダドリーだったんだけど、あいつって意外に武闘派だったでしょ?」
「ああ、私と同じクラスだった奴ね、結構強かった記憶あるけど、そういえば最近社交界で見ないわね」
私がぼっこぼこにしたからだ。外に出れないくらいに……。
「パーシヴァルとのお見合い場所が、ダドリー家ご自慢の別荘で行うことになって、お父様と向かう予定だったのよ、でもお父様はお仕事で遅れる事になって私だけが先についたのだけど……」
「ダドリー家自慢の別荘ってあの湖畔の畔に作った別荘ね、周囲全部魔法で整形したって自慢してたっけ、天災でぐちゃぐちゃになったって言われてたけど……まさか」
クローディアが早くも確信にせまってしまった。
「い、いやでもね、あいつお父様がいないのを良い事に、寝室にしつこく誘ってきたのよ、寝室からの眺めを考えて魔法で整地し、魔法で人工湖を作り、魔法で周囲の森の木の配置などを計算して作ってあるってしつこくて……」
「しつこかったから寝室に一緒に入ったの?」
「だってほんとしつこかったんだもん、魔法使えば吹っ飛ばせるけど、お父様に断るのは良いけど、魔法で焼くのは止めてねって言われてたから……でしょうがなく寝室に入ったらまあ綺麗だったのよ、外壁側が全部ガラスで一枚の絵のようになってて目の前には人工湖が広がっていて、その奥には調整された木々が立ち並んで……」
「ほうほう、まあ自慢の別荘だったわけだしね~」
「それでね、見てたらね、夜になるとガラスが鏡になるんだぜって部屋の真ん中に設置してあるベッドに押し倒されたの……」
クローディアとナタリーが驚く。ナタリーの目が怖い。
そうだよね、公爵と侯爵一応家格はうちのが上なんだけど、自信家のパーシヴァルはいけると思ったのか私を押し倒した。
「スカーレットちゃん、なんで抵抗しなかったの!」
「まさかそんな事するとは思ってなかったし、あいつ結構動きがきびんだったし……だから、だからね、我慢できなくて魔法で吹っ飛ばして焼いたの……」
「まあ吹っ飛ばすよね……それにヴァーミリオン様もそりゃ隠蔽するよ、娘が傷物になりかけたわけだし……でもそれだけじゃないんでしょ?」
そう話はここからなのだ。
「押し倒された時の事を考えると、見える物全てに苛ついたので全部燃やした」
私はもういいやと思い結果だけ勢い付けて喋った。
でもクローディアにはピンとこなかったようで聞き返してくる。
「全部って?」
「全部は全部よ、別荘も、人口湖も蒸発させたし、地形も変えたし、周囲にある木や森も配置が苛ついたから全部燃やした」
それを聞いたクローディアとナタリーが口を半開きにしてこちらを見ている。
クローディアにいたっては口をパクパクさせていた。
「そりゃ意思が無くても嫌われるよ! 想像以上に酷い……しかも木魔法で活性化させてた木々を薙ぎ払ったんだからもしかしたら木の精霊は怖がってるのかも」
「結局外聞が悪いって事でお父様が隠蔽を……ダドリー侯爵も抵抗無く了承したの……お父様が言うにはもしかしたらお父様が遅れる様に画策したんじゃないかって、だから何も言わずに隠蔽に協力的だったって」
「……まあそれは仕方が無いよ~さすがにパーシヴァルが悪いわ」
クローディアが諦めたのか呆れたのか普通の対応に変わった。
「結局それが原因なのかもしれないね、スカーレットちゃんは木魔法使えない、と……あとはキャンベル家の魔導書に新たな一ページが記載されると、後で父さまに伝えないと」
クローディアが心のメモを口に出しながら、空に指を動かしメモっている。
「出来ればその、私の事は……」
「わかったーとりあえず名前は出さないよ~」
私の名誉は守られたとほっとしているとナタリーが耳打ちしてくる。
「でも誰が、なのかは予想できるかと」
そんな奴私しかいないか、で予想されるのは勘弁して欲しいが、今更どうしようもない。
まあ良いわ、些末な事だわ。気にしてたら生きてけない。パーシヴァルが悪い。
「で、パーシヴァルはなんで表に出てこないのかな?」
クローディアがニヤニヤしながら聞いてくる。
「毛という毛を全部燃やしたからよ、眉毛も」
「ああ、それで人前に出れなくなったと……優男だったからショックだったんだろうね」
パーシヴァルを思い浮かべているのだろう、明後日の方向をみながら考え込んでいる。
しかし、本当に木の精霊に嫌われているとしたら、私はもう木の魔法が使えないのだろう。
ここまで来たのに使えないとは、でもキャンベル家の魔導書は読んで記憶しておこう。
せっかく見せてもらえたのだ、必要な部分は書き写して後でまとめよう。
私の気分は沈んだままだが、読むべきものが目の前にあるので、無心で紙に必要そうな部分だけ書き写していく。
クローディアは「まだ諦めてないんだ」って言ってたけど、何も言わずに書き写す、現実は非情だ。
タイミング良く精神が入れ替わる私~公爵令嬢スカーレット編~
第九話㋜ 木魔法が使えない理由 終了です