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黒猫王子はメイドと踊る  作者: 河津田 眞紀
第2章 王立エストレイア魔法学院
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1.氷楔の少女

氷楔 と書いて ひょうせつ と読みます。

核となる人物が登場する『魔法学院編』、スタートです。

 



「──精霊によりもたらされた君たちの魔法の能力は、大きく分けて二種類に分類される。一つは、白魔術。もう一つは、黒魔術」



 王立エストレイア魔法学院。

 その一番広い訓練教室に、白衣を羽織ったクロさんの淀みない説示の声が響き渡る。



「白魔術は…そうだな。例えば風とか、水とか、炎とか、そういった自然界に由来した能力、および治癒系のものを指す。そして、それに当てはまらないものが…黒魔術」



 小気味良い筆記音を鳴らしながら、彼は黒板に流麗な字を書いてゆく。

 そして、書き終えるとこちらに振り返って、



「どちらが良い・悪いということはありません。白魔術も黒魔術も、要は使い方次第です。そのためには……」



 にこっ、と。

 彼は、学生たちに向けて笑う。



「まず、自分自身のことをよく知ることです。自分の魔法は何ができて、逆に何ができないのか……

 先ほども話しましたが、精霊は皆さんが十四歳までに感じたこと・経験したことに起因して宿主を選んでいます。

 精霊と皆さんは、似ている部分があるということです。

 精霊と、そして自分自身と……今一度、対話をしてみてください。それが、魔法を使いこなす上での、最初の一歩です」


「自分自身と対話……かぁ」



 階段状になっている座席の、一番後ろの端っこで。

 クロさんの講義を聞きながら、あたしは呟いた。


 週に三日ほど、クロさんはこうして魔法学院の授業を受け持っている。今おこなわれているのは、先週入学したばかりの新入学年の授業だ。

 講義が終わるまでの間、廊下でずうっと待っているのも退屈なので、あたしも見学させてもらいたいと志願をした。

 と言っても、上級学年の授業は難しすぎて何が何だかさっぱりなのだけれど…



「座ったままでも良いですし、前のスペースで動いてみてもかまいません。自由に、やってみてください」



 クロさんのその言葉に、生徒たちの数名が座席と教壇の間に設けられた演習スペースへと降りていく。

 それにしても…毎度のことながら、見事なまでの聖職者っぷりである。このあとたばこを一気に二、三本消費して、煙と共に毒を吐くとは誰も思うまい。

 と、教壇の上で善人面を貼り付けているクロさんを眺めながら思う。


 それから、今しがた彼が説いた『自分自身との対話』について考えてみる。

 クロ教授によれば、精霊は宿主の感性や経験に惹かれ、やってくるらしい。

 あたしの精霊の能力は……人の怪我を癒すものだと、少し前までは思っていた。

 けれど本当はその逆で、人の持つ再生機能を暴走させ、死に至らしめる…という、『殺すこと』に特化したものだったのだ。



「……そんなに誰かを殺したいほど憎んだことなんて、なかったけどなぁ」



 精霊があたしたちの元を訪れ、契約を結ぶのは十四歳の時。

 十四歳……それまでの自身の人生に、今一度思いを巡らせてみる。



 父は、あたしが生まれた時には既にいなかった。母があたしを身篭った直後に亡くなったと聞いている。

 周囲の反対を押し切り、駆け落ちのような状態で一緒になったらしく、あたしには祖父母や親戚もいなかった。本当に、母と二人きりの家庭だったのだ。


 母は女手一つであたしを育てるため、朝から晩まで、仕事をいくつか掛け持ちして働いていた。

 だから、一日の中でも一緒にいられる時間はごく限られていたのだけれど、あたしが悩んだり落ち込んだりしているとすぐに気が付いて、『何かあった?』と聞いてくれるような母親だった。


 あたしはよく、この髪と眼の色のことで同級生にいじわるを言われていた。

 葡萄酒みたいに真っ赤な髪と眼。珍しいこともあって、『血の色だ!』と気味悪がられたのだ。

 …確かにあの時、いじめっ子たちに対して『うるさい』とか『黙れ』とか、思っていたかもしれないが、だからって『殺してやりたい』とまでは思わなかった。


 そして、十二歳の時。仕事の無理が祟ったのか、母は病気にかかり、亡くなった。

 それも、かなり病魔に苦しめられてから、死んでいった。



「…………」



 あの時のことは、あまり思い出したくないな。

 それから、身寄りがなくなったあたしは孤児院に入所し、そこで三年ほど過ごす。

 十五歳になった年に突然、遠くの街の領主があたしを引き取る形で奉公先が決まった。

 それも、この高い治癒能力(と思っていたもの)を見込まれてのことだったのだが。

 クロさんの話を聞くまで、世の権力者たちがそんな風に、こぞって希少な精霊保持者たちを集めようとしているだなんて、想像さえしなかった。



 ふと、目線を下に…教壇と座席の間の、演習スペースへと集まった学生たちに向ける。


 あたしと変わらない歳の子たち。

 自らの意志で、自ら志願してこの学院に入学した者は、どれくらいいるのだろう。

 お家のため、さらなる身分・階級を得るために、大人たちの道具にされている子たちが、ほとんどなのではないだろうか。



「…………」



 なんだか、気分悪いな。

 もしかしてクロさん、本当は、そんな学院の風土を変えたくて理事長の座をぶん取ったんじゃ……



「……さすがにそれは、ないか」



 はふ、と息を吐いて、学生たちが思い思いに演習をするのをぼんやり見ている……と。



 ──ピシピシィ…ッ!




「えっ……?!」



 演習スペースに、突如として巨大なモノが出現した。学生たちの間に、どよめきが起こる。

 天井に届きそうな程に高くそびえるその物体は、透明で艶があり、ゴツゴツと歪な形をしている。


 これは……氷の柱…?



「……驚いたな。今のは、君が?」



 クロさんがそう言いながら、演習スペースにいた学生の内の一人…氷の柱の前に立つ女の子に、歩み寄る。



「…はい、先生」



 その少女は、感情の乏しい表情で振り返ると…

 低い声音で、そう答えた。


 凛とした雰囲気の、綺麗な子だった。

 肩で切り揃えた紺青の髪。

 サファイヤのような色をした、切れ長の瞳。

 手足の長い、スレンダーな体型。

 その落ち着いた佇まいから、周りの学生たちよりも少し大人びて見える。



「アリーシャ・スティリアムさん、だね」



 クロさんが尋ねると、少女は少し目を細める。



「……理事長先生に名前を覚えていただけているなんて、光栄です」

「今、呪文の詠唱なしにやったように見えたけど」



 続けて質問を投げかけるクロさんに、彼女は「ええ」と頷いてから、



「先生のおっしゃった通りに、自分自身の過去と向き合ってみたら…自然と手が動いていました」



 と、やはり抑揚のない声でそう言った。

 その言葉に、周りの学生たちはさらに(ざわ)めき始める。無理もない、あたしだって驚いている。

 

だって普通なら、宙に『署名』を記した上で呪文を唱える必要があるのだ。

 『我が名はフェレンティーナ。精霊よ、契約に従い、姿を示せ』と。

 そうして顕現した魔法も、素人であればほとんどが実用性のないレベルのものであるはずで。

 例えば『炎』の魔法なら、マッチに灯る程度の火力。例えば『氷』なら…グラスに二、三個、小さな塊を落とす程度の……


 それが、彼女は。

 いきなり、呪文の詠唱もなしに、この巨大な氷の柱を生み出したのだ。

 入学から僅か一週間程の少女が。



「……君、おもしろいね」



 ニヤリ、と口の端を吊り上げて。

 クロさんは一瞬、聖職者の面を外した笑みを浮かべた。



「すごい才能だ。ここまでコツを掴むのが早い人間は見たことがない。ただ……」



 パチン。

 と、クロさんが指を鳴らすと、彼女が生み出した氷の柱が黒い霧のようなものに包まれ、それに喰われるように消えてゆく。

 彼の、"影"の力だ。他者の魔法を"影"に飲み込むことで、相殺することができる。



「まだまだ加減はできないようだね。人や物を傷付けかねない。教室以外では、使わないようにね」



 にこりと笑うその顔は、『クローネル先生』のものに戻っていた。

 氷の少女…アリーシャという名の女学生は、暫し沈黙した後に、



「……はい。気をつけます」



 やはり感情の読めない表情で、そう答えた。


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