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黒猫王子はメイドと踊る  作者: 河津田 眞紀
第1章 ロガンス城
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4.純愛プリンセス I

 



 もやもや、いらいら、ギリギリ。


 ああもう、むかつく。むかつく!

 だいたいクロさんはいつもそうだ。マイペースに人のことを振り回すクセに、変なところで独占欲が強いというか…


 などとムカッ腹を抱えながら、いつものように会議が終わるのを廊下の壁に寄りかかり待っていると。



「もし」



 横からいきなり、声をかけられた。

 気配を感じなかったので、少し驚いてそちらを見る。

 するとそこには……これまた美しい女性が立っていた。


 二十代半ばくらいだろうか。頭の高い位置で纏め上げた艶やかな茶髪。目尻の下がった、優しげな青い瞳。ぽってり赤い唇の横にほくろが一つ。尖った耳。そして。

 スーツに包んだ、グラマラスなボディ。


 そんな、突如として現れた肉感美女は、にこりと微笑むと、


「フェレンティーナ・キャラメラートさん、ですね?」


 落ち着いた声音で、そう尋ねてきた。


「は、はい……そうですが」

「よかった。あの、今お時間あります?ちょっとだけ、お付き合いいただきたいのですが」

「あ、あたしですか?」


 自分を指さし聞き返すと、女性は頷いて、


「ええ。貴女様に、どうしてもお会いしたいという方がおりまして」


 などと言う。

 正直、反応に困った。というのも、この王宮に住まわせてもらってから、クロさんと軍部絡みの人たち以外とはロクに話したことも、話しかけられたこともなかったのだ。

 食事や着替え、掃除などは本職のメイドさんたちがまとめてやってくれているのだが、お礼を言うことはあっても会話には至らず。

 だから、恐らく軍部の人ではない、メイドさんでもない様子の彼女が、一体どういったご用件で声をかけてきたのかと思えば…


「会いたい…?あたしに??」

「そうです。こちらへ、お越しいただけますか?」


 訝しげに見返すあたしの視線を笑顔で受け止め、女性は踵を返し歩き出す。

 ……ついて来い、ということなのか?


「………………」


 まぁ、ここにいても手持ち無沙汰だし。

 あたしは、とりあえずついて行くことにした。





 彼女に連れられ、辿り着いたのは一つ上の階の、中央の部屋だった。

 あたしやクロさんの部屋のものとは明らかに違う、重厚で、美しい彫刻のあしらわれた巨大なドアを。

 その女性は、一度こちらに目配せしてから、開け放った。


 ギギギギ……


 重々しい音と共に、開いた隙間から光が差し込む。どうやら正面に窓があるらしい。

 眩しさに手を掲げながら、部屋の中へと視線を向けると。

 そこには……



「………こ、こんにちは」



 少女だ。あたしと同い年くらいの女の子が、大きな窓の下のソファに座って、小さな声でそう言った。

 部屋に足を踏み入れ、光に包まれたその姿が明確になる……と。

 あたしは、その美しさに息を飲んだ。

 琥珀色と水色の中間のような長い髪。同色の、ガラス玉みたいに透き通った瞳。抜けるように白い肌。薔薇の蕾のような唇。小柄でとても華奢な身体を、桃色のドレスで包んでいる。

 耳が長いことも相まって、まるで神話の中の妖精のように可憐な少女だった。


「殿下、お連れしました」

「……殿下?!」


 ドアを閉めてから、先ほどの女性が(こうべ)を垂れながら言うので、あたしは素っ頓狂な声を上げる。

 じゃあ、この子って、もしかして……

 固まるあたしをよそに、その少女はスッと立ち上がり、



「──ルニアーナ・ウィル・ロガンスと申します。急にお呼び立てして申し訳ありません、フェレンティーナさん」



 "ロガンス"の姓を持つ、ということは……

 やっぱり……お姫様?!

 先ほどお見かけしたロガンス王の、一人娘…?


「さぁ、こちらへ」


 案内してくれた女性に促されるままにお姫様の側へと向かうが、緊張と戸惑いのあまり手と足が同時に出てしまう。

 な、な、なんだって本物のお姫様が、あたしなんかを呼び出して……


 はっ。ひょっとして。

 元敵国の人間だから、その辺りに問題があったのだろうか…?あああ、そうなんじゃないかと思っていたのだ。クロさんのゴリ押しとルイス隊長の後押しでフラッと来てしまったが、ちょっと前まで戦争相手だった国の小娘が、こんなお城に住んで良いわけがなかったのだ。


『城から出て行ってください』


 そう言われるに違いない。終わった。強制送還だ。さよなら、クロさん。



 と、そこまで思考を巡らせたところで、


「実は、貴女に折り入ってお願いがありまして…」


 目の前のお姫様が、伏し目がちに口を開く。

 ほらきた。だよね〜そうだと思った。そんな都合よくお城になんか住めないよね。調子に乗ってすみませんでした。

 短い間だったけど……いい夢を見させてもらいました。

 クロさん…遠距離恋愛になっても、あたしと恋人でいてくれるかな?

 なんて考えると、ちょっと泣きそうになるが。


 あたしは、パッと顔を上げて、


「わかりました。王女様の仰せのままにいたします」


 目にちょっぴり涙を溜めながら、言う。

 反発する理由など一つもない。だってこの国には、感謝してもしきれないくらいなのだ。それに、自分の身分だって弁えている。

 さぁ、どうぞ断を下してくださいませ。お姫様。


 あたしが真っ直ぐに見つめると、ルニアーナ姫は。

 花のつぼみが開くかのごとく、ぱぁあっと微笑んで、



「あ、ありがとうございます!では、ぜひ戦地でのお話をお聞かせください!!」



 そう、おっしゃられた。



 ………………………………おん?



「えと………今、なんて?」

「フェレンティーナさん、第二部隊の方々と共に過ごされていたのですよね?その時のお話を、詳しく教えていただけませんか?」


 ………えぇと…それはつまり……

 ………え???


 混乱しフリーズするあたしに、先ほどの肉感美女が後ろから、


「端的に申しますと殿下は、ルイス・シルフィ・ラザフォード中将のお話をお聞きしたいのです」


 と、静かな声で言った。それにお姫様は「ビーチェ!」と小さく叫んで顔を真っ赤にする。

 あたしが振り向くと、肉感美女はにこりと笑って、


「申し遅れました。わたくし、ベアトリーチェ・ウェルズリーと申します。ルニアーナ王女の身の周りのお世話をさせていただいております」


 ぺこりと頭を下げた。


「殿下が、お慕いするルイス中将の戦場でのご様子を、ぜひ貴女様より伺いたいとのことでしたので、こちらへご案内させていただいた次第です」

「もう!ビーチェったら!」


 ベアトリーチェさんの言葉に、両手で顔を覆うルニアーナ姫。

 ………ん?と、いうことは?


「あたしは……出て行かなくても、いいのですか?」

「え?」

「いや、あの………隊長に助けられたことをご存知なのであれば、あたしがイストラーダの人間だってことも……存じ上げていらっしゃいますよね?」


 恐る恐る尋ねるあたしに、ルニアーナ姫は「はい」と答えてから、


「此度の戦では、イストラーダ王国の民の皆さまにも大変な苦しみを与えてしまったと伺っております……あなたのことも、クロードからよくよく聞いておりました。お辛かったでしょう。父に…ロガンス王に代わり、あらためてお詫び申し上げます」


 本当に申し訳なさそうな顔をして、その美しい髪を垂らして。

 あたしに、頭を下げた。


「そ、そ、そんな!どうか顔をお上げください!!頭を下げるのはあたしの方です!異国の民でありながら、断りもなくここへ住まわせてもらっているのですから…」

「いいえ。クロードから伺っておりますよ。『赤い目をしたうさぎさんを連れてくるから、ここに置いて欲しい』って」

「く、クロードって……」


 もしかしなくても、クロさんのこと…だよね?

 あの人……あたしのこと、お姫様に話して……

 ルニアーナ姫は穏やかに微笑みながら、


「あまり城の外へ出られないので、お友だちがいなくて……同じ年頃の方が来てくださって嬉しいです。お話相手になっていただきたいのですが……やはり、お忙しいでしょうか?」

「と、とんでもないです!あたしなんかでよければ……いくらでも話し相手になります!!」


 声を上擦らせて、あたしは自分の胸に手を当てる。

 それにお姫様は、またぱぁっと笑って、


「ありがとうございます、フェレンティーナさん」


 首を少し傾げて、言った。

 嗚呼……可愛らしい。なんてピュアな笑顔だろう。なんでもしてあげたくなってしまう。

 しかし、ということは…本当に、あたしはこの城にいることを許されているらしい。

 ……つくづく、寛大な国である。ロガンス帝国というところは。


 で。

 お姫様が聞きたいお話というのが、


「それで、えと……ルイス隊長について、ですよね?」

「はっ」


 あたしが尋ねると、お姫様は再び顔を真っ赤に染め上げる。

 名前を聞いただけでこの反応……そして、さっきのベアトリーチェさんの言葉から察するに。

 ……もしかして、隊長のことが…


 ルニアーナ姫は頬に手を当て、目を伏せながら、蚊の鳴くような声で言う。


「……お、幼馴染なんです…ルイスとは。だから、その…戦地でどのように過ごしていたのか、心配で……」


 しかし、あたしの後ろに控えるベアトリーチェさんはまたまたばっさりと、


「好きなんですよね、ルイス中将のことが」

「ビーチェ!!」


 ああ、やっぱりそうか。

 ベアトリーチェさんがさらに続けて、


「ルイス中将……もとい、ラザフォード家は、代々王族を最も近くでお守りする近衛兵を務める一族。大元帥であらせられるルイス中将のお父様が近衛兵長も兼任されていることもあって、殿下と中将は幼少期より親交があったのです」


 なるほど。それで、幼馴染なんだ。

 ……けど、それならば、


「幼馴染なら……直接様子を聞くことは、できないのですか?」


 と、頭に浮かんだ疑問をそのままぶつける。

 それにルニアーナ姫は、長い耳をしゅんと垂らして、


「……禁じられているのです。ルイスと、会うことを」

「えっ?なんで……」


 少し俯いてから、彼女は悲しげに笑って、


「私が至らないばっかりに、彼に迷惑をかけてしまったのです。それで、三年前に……父から、接触することを禁止されてしまいまして」

「そんな……」

「でも、良いのです。ルイスが無事に帰ってきた。それだけで……彼が生きているだけで、幸せですから」


 そう、言った。


「…………………」


 そんなの、ウソだ。

 好きなら、会いたいに決まっている。声を聞いて、触れ合いたいに決まっている。

 だって本当に『生きているだけで幸せ』なら、そんな……悲しい笑顔を見せるわけがないもの。


「………わかりました。王女様」


 何故、隊長と会えなくなってしまったのかはわからない。一国の姫君なのだ、きっといろんなしがらみがあるのだろう。

 けど……

 だったらせめて、あたしは、



「あたしが見た、ルイス隊長のこと。ぜんぶぜんぶお話します!」



 教えてあげたい。

 貴女の愛する人が、どれほど素晴らしいかを。

 どれだけあたしが、救われたのかを。



 真っ直ぐに目を見て言ったあたしに、ルニアーナ姫は、


「……ありがとうございます!」


 あの、満開の笑顔を返してくれたのだった。


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