4.ようこそロガンス帝国へ II
この物語も、残すところあと数話で完結いたします。
今回のお話をお読みいただいた後、ぜひこれまでのクロの言動を振り返ってみてください。
彼、けっこう頑張っています。
恥ずかしさのあまり、へなへなとへたり込む。
だめだ、顔を上げることができない。
なに…なんなの、コレ……こういうタイプの刑罰……?
羞恥心に打ち震えていると、再び国王陛下が、
「クロ。話が違うじゃないか」
そうクロさんに投げかける。すると彼も床に座り込んだまま、
「違くないよ。仕事に片がついたんだから、もうしたっていいじゃないか」
ほっぺたを少しだけ赤らめながら、陛下を睨みつけた。
……ん?どういうこと?
「ふむ…確かに、今のフェレンティーナさんの話だと、今日に至るまではちゃんと我慢していたみたいだね」
「そうだよ。だからもう、いいでしょ?」
「んー……そうだね。あの件も解決したし、良しとするか」
顎に指を添え、思案するように天井を仰いでから、頷く国王陛下。
「あの……これって、一体なんの話をしているのですか?」
「ああ、ごめんね。ええと、実はね」
あたしの問いかけに、陛下はにこにこと笑いながら、
「二ヶ月前、クロが『他国から女の子を連れて来て、ここへ住まわせたい』って直接打診をしてきたんだ。そんなこと初めてだったから、今君にやったみたいに、本心を喋らせてみたんだよ。どうせ珍しい精霊の持ち主で、研究するために〜、とかって言うんだと思っていたら……こいつ、なんて言ったと思う?」
そこまでで、クロさんが「ばか!言うな!」とジタバタ暴れ始めるが。
国王陛下は……その美しいお顔を、それはそれは楽しそうに歪ませて、
「『レンちゃんをずっと側に置いて、いつでもちゅーできるようにするために決まってんじゃん』、って答えたんだよ。面白いでしょう?」
……へ………
あたしは、自分の顔が火照るのを感じながら、口をぽかんと開ける。
ルイス隊長とベアトリーチェさんが、笑いを堪えるように「んんっ」と咳払いをするのが聞こえた。
「あの、精霊研究以外に執着を見せないクロがそんなことを言うなんて、びっくりでさ。本当に好きな相手なら、連れて来ること自体は構わないのだけれど…でも、公私混同して仕事を疎かにされるのも困るだろう?戦争が終わったばかりで、まだまだバタついていたし、貴族たちに不穏な動きも見られた。そんな中で、四六時中ちゅっちゅされても……ねぇ。だから」
すっ、と。
今度は、クロさんに向けて指をさし。
その身体に、魔法をかけながら。
「貴族たちの問題行動を解決するまで、フェレンティーナさんとの粘膜接触を禁じたんだ。破ったら、愛しの彼女をイストラーダへ強制送還。毎週会議の度に本心を語らせて、ちゃんと我慢できているかチェックしながらね」
ね…粘膜接触……
あたしは更に身体を熱くしながらも、クロさんを見つめる。
そうか。それで、あたしとなるべく接触しないようにと、わざと突き離していたのか…
まさか、あたしの強制送還の危機と戦っていたのは彼の方だったなんて。
鉄の重みに動けないまま、クロさんは諦めたように胡座をかいて魔法を受ける。
「で?これ以上僕から何を聞き出そうっていうの?」
「いや、これでもう最後だよ。聞きたいことはただ一つ。その前に……」
国王陛下は。
その、青く澄んだ瞳をこちらに真っ直ぐに向けて、
「フェレンティーナさん。君は、ちゃんと自分の意志で、ここにいるんだよね?クロのことが好きで、側にいるんだよね?」
尋ねる。
考えるより早く、あたしの口が、
「はい。クロさんのことが、大好きです。これからもずっと、ずっとずっと側にいたいと、そう思っています」
そう、答えていた。
なんて恥ずかしい。恥ずかしいけど。
この気持ちは、恥じる必要がないくらいに、あたしの本心だ。
国王陛下はあたしの返答に、にっこり微笑むと、
「よかった。クロに弱味を握られたり、脅されたりして無理矢理連れて来られたわけじゃなかったんだね」
「おい。僕をなんだと思ってんだこの腹黒国王」
「だって君、今まで散々女性を泣かせてきたらしいじゃないか。そっち方面の信用はゼロだよ。ねぇ?ビーチェ」
「はい。わたくしの友人だった侍女やメイドたちが、指揮官のせいで何人も辞めていきました」
「ほらぁ〜前科持ち〜」
ニヤニヤと見下ろす陛下とベアトリーチェさんのタッグ攻撃に、「ドSコンビが…」と歯ぎしりするクロさん。
ていうか、国王陛下……喋れば喋るほど何というか、見た目とのギャップが……
こんなフランクな、いたずらっぽい方だったのね……
そんな王さまに、いつも飄々としているクロさんが翻弄されているのを見るのは…なんだか新鮮で面白い。面白がっている場合ではないが。
それから陛下はクロさんの方を向き、少しだけ姿勢を正すと、
「じゃあクロも、今回は本当の本当に本気だっていうことだよね?一ヶ月半も触れるのを我慢できるくらいには……フェレンティーナさんのことが、好きなんだね?」
そんな質問を、投げかけた。
なんて恐ろしいことを聞くのだろうと、陛下を少し恨めしく思う。
クロさんの、あたしに対する、本当の気持ち。
怖くて、思わず耳を塞ぎそうになるが……
聞いてみたい気持ちの方が、ほんの少しだけ勝り。
広い広い謁見の間に。
クロさんの、凛とした声が響き渡った。
「好きなわけないじゃん」
…………え。
呼吸が。
思考が、止まる。
しかし、すぐに続けて、
「『好き』だなんて、そんな甘っちょろい言葉で片付けないでほしいね。
そんな生やさしいモンじゃないんだよ。僕の気持ちは。
この娘さえいれば、他に何もいらない。
この娘を奪うような奴が現れたら、誰であろうと殺す。
本当はこうして、他の男の目に晒すことすら嫌なんだからね。
僕だけのものにして、一生閉じ込めておきたいくらい。
この娘の笑顔も、泣き顔も、怒った顔も、全部全部、僕のものだ。
僕だけのものだ。
それくらい、僕はこの娘のことを…
初めて、心の底から、あいし……」
「だめっ!」
そこまでで。
彼の口を塞ぎ、続く言葉を止めたのは。
他ならぬ、あたしの手だった。
「そこからは……そこから先は……」
彼の口を押さえる手が、がくがくと震えている。
ああ、だめだ。あたし。
「ちゃんと、クロさんの言葉で……聞かせて……?」
怖いくらいに嬉しくて、震えてしまう。
こんな風に想われていたなんて。
あたしが思っていたよりも、ずっとずっと。
彼の中に、あたしがいた。
だけど、その先は。
こんな形ではなく、ちゃんと。
彼の意志で、彼自身の言葉で……聞きたい。
いつか。いつの日か。
あたしに口を押さえられ、クロさんは目を見開く。
その顔は、さっきからずうっと真っ赤だ。
きっと彼の目には、似たような顔したあたしが映っているのだろう。
そんなあたしたちの横で、国王陛下は「ふふ」と笑い、
「ごめんね、無粋なことを聞いてしまったようだ。でも、よぉくわかったよ。もう君たちの交際には口を挟まない。これからも、仲良くね。ていうか、もういっそ結婚しちゃえば?婚姻可能年齢、十六歳に引き下げようか?」
「いやっ、さすがにそれはまだ……」
「お願いします」
「クロさん?!」
面白がる陛下の言葉に、クロさんがあたしの手を押しのけてキリリと言う。
だから……そういう大事なことは今じゃなくて!!




