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黒猫王子はメイドと踊る  作者: 河津田 眞紀
第6章 祭りのあと
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1.氷楔融解

 



 クロさんは、お城に常駐する医師の元へと運ばれた。

 お医者さまの診立てでは外傷はほとんど治癒しているから、やはり血を失いすぎたのだろう、とのことだった。


 怪我を負ったルイス隊長と、それに付き添うようにルナさんも医務室へついて行ったが……

 国王はそれについては何も言わずに、お城の兵に会場の後処理の指示を出していた。

 眠っている生徒たちも、ひとまずお城の客室へと運び出され……



 あたしは、今。



「……ごめんなさい。痛かったですよね」



 お城の一室で。

 アリーシャさんの手に、治療を施していた。

 その後ろにはベアトリーチェさん、部屋の外には見張り役の軍部の人が二人、廊下で控えている。

 理由はどうあれ、王宮内で傷害事件を起こし、さらには王女にまで剣を向けたのだ。当然と言えば当然の扱いである。

 だが、


「いえ……私があなたの立場なら、あの場で殺していましたから」


 そう、淡々と答える彼女のことを。

 あたしは、どうしても悪く思えなかった。


 クロさんが刺された。そのことは、許せない。けど。

 クロさんも、彼女を利用したのだ。この国に対する深い憎しみを刺激し、力を与え、復讐の場を与えた。わざわざ、ルイス隊長まで呼びつけて。

 不義をはたらく貴族たちと、拝金主義な学院の風土を、一挙に葬るために。


 結果として、彼女もスティリアム家からは解放されたが……

 先ほどの一件の罪を、責任を、負う形になってしまった。



 彼女の両手に手のひらを当て、魔法で元の状態に治していく。

 自分でやっておいて、よくもこんな残忍なことができたな、と思いながら、そのめちゃくちゃになってしまった両手を眺めていると、


「……あなた、理事長の恋人なんですよね?」

「ぶっ」


 アリーシャさんに突然そんなことを言われ、思わず吹き出す。


「なっ…知っていたんですか?」

「知ってるも何も……さっき、目の前でしていたじゃないですか。…キス」


 はっ。そう言えば……

 いろんなことが次から次へと起こりすぎて、すっかり頭から抜けていたが…



『ありがとう。最高の仕事ぶりだったよ。……惚れ直した』



 あんなことを言われて。

 人前で、キスを……


 って、よくよく考えたら、隊長にもルナさんにもベアトリーチェさんにも見られた…!

 あああ…今になって、恥ずかしさで爆発しそうだ。


 ……ていうか。

 なんで、あのタイミング?!その前に、控え室でいくらでもキスするタイミングあったでしょうが!!

 本当にわからない…一ヶ月半ぶりの口づけが、なんであんな修羅場中の修羅場でだったのか……


 でも…

 クロさんに、初めて「ありがとう」って言われたかもしれない。

 初めて、褒められたかもしれない。

 そう思うと、ふつふつと嬉しさが込み上げてくる。


 ……が。

 それを差し引いたって恥ずかしさの方が勝る。

 嗚呼、後ろでベアトリーチェさんがどんな顔をしているのか…怖くて見られない。


 と、治療する手が震えるくらいに動揺していると、アリーシャさんが、


「…あなたの大切な人を傷付けてしまって、申し訳無かったです。私が同じ立場だったら…こんな風に、傷付けた張本人の手当てなんか、できない」


 そう、俯きながら言うので。

 それに、あたしは。


「……あたしもね、あなたと同じだったんです」


 やっぱりこの娘は、悪い人間じゃないな、と思ってしまう。


「あたし、イストラーダ王国の人間なんです。戦争に巻き込まれて、死にかけていたところを……ルイス隊長に救われました」


 アリーシャさんが、目を見開いて顔を上げる。


「それで、なんやかんやあってクロさんと出会って、今はこの国にいるんですけど……あたしも、他国の人間に連れ去られそうになったことがあります。この能力のせいで。だから」


 憔悴しきった顔の彼女に、笑顔を向けながら、


「あたしも、あなたと同じような状況に陥ったら……全てを憎んで、めちゃくちゃにしてやろうと、そう思っていたはずです。だから、あなたのことは、放っておけない」


 真っ直ぐに、そう伝えた。

 そこで、後ろに控えていたベアトリーチェさんが、


「アリーシャさん……あなたはルイス中将に、恋心を抱いていたのではありませんか?」


 なんてことを、いきなり聞いてきて。

 その問いかけに。


「……………ッ」


 アリーシャさんは、一瞬にして顔を真っ赤に染め上げる。

 なんと……図星、なのか?


「な……何故、それを…」

「あらまぁ、可愛らしい反応。単なる女のカンだったのですが…当たってしまいましたか」


 ベアトリーチェさんは口元に手を添え、上品に微笑む。

 アリーシャさんは、しばらく無言で狼狽えた後。

「はぁ」と一つ、ため息をついて。



「……そうです。好きでした。けど、振られたんです」



 小さく、震える声音で言う。


「ルイスの隊から離れ、孤児院に預けられる直前に……好きだって、側において欲しいって、想いを伝えました。十二歳の子どもが、何をませたことをって、思われるかもしれない。けど、あの人は……」


 もう、ロガンス王の魔法はかかっていないはずなのに。

 アリーシャさんは、今まで抱えていた思いを全て吐き出すように。


「ルイスは、言ったんです。『全てを敵に回しても、護りたい女がいる。だから、お前の気持ちには答えられない』って。…ちゃんと、一人の女として、振ってくれたんです」



 そして。

 その頬に、キラリと光るものが流れる。



「吹っ切れていたはずだった。仕方がないと、諦めていたはずだった。けど……今日、あのバルコニーで、ルイスと……お姫さまが一緒にいるのを見て、気がついた。嗚呼、あの人のことか、って。いいなぁ、って、そう思った。そう、思ったら……なんで、私だけこんな目にって……目の前が真っ黒になった」


 涙を流しながら、静かに独白する彼女の背に。

 ベアトリーチェさんが、そっと手を添える。



 そうだったんだ。

 ルイス隊長に恋心を抱いていたのなら、尚のこと。

 こんな仕打ちを受けたことに対する憎しみと、悲しみは……

 『裏切られた』という気持ちは。

 計り知れないほどに、膨れ上がったことだろう。



「……わかっていた。彼は、何も悪くないって。ルイスは本気で、私を助けようとしてくれていた。なのに、私………彼を、手にかけようと……」

「わかってる」


 あたしも。

 治療を終えた手で、彼女の両手を握る。


「ルイス隊長は、全部わかっている。あなたが、どんな気持ちで剣を握っていたか……だってあの人、あなたを庇おうとしていたもの。それに…」


 涙で濡れる、深い深い海のような、紺青の瞳を見つめて。



「あの場にルナさんがいても、自分が傷付けられても、あなたを絶対に攻撃しようとしなかったのでしょう?それは、あなたが本当はこんなことをする人間じゃないって、わかっていたから。何かよっぽどの事情があるのだと……あなたを、信じていたからよ」



 心の底から、伝えた。


 途端に、彼女は顔をくしゃくしゃに歪めて。

 教室で見ていた姿からは想像もできないくらいに、弱々しく肩を震わせて。


 思いっきり、泣き出した。





 * * * * * *





「……………」



 閉じられたままの、長い睫毛を見つめる。

 クロさんの、寝顔。

 初めて見る、その貴重な姿を。

 まさかこんな形で見ることになろうとは。



 あの後、しばらく泣いて落ち着いたアリーシャさんと別れ。

 クロさんの運ばれた、王宮内の医務室を訪れていた。

 診てくださったお医者さまに「安静にしていれば、一週間程度で全快するだろう」と言われ、ほっと胸を撫で下ろし。


 今は、この部屋に彼と二人。



 まったく。本当に、恐ろしい人だ。

 クロさんはずっと前から、アリーシャさんのことを一方的に知っていたのだろう。

 ルイス隊長率いるラザフォード第二部隊の間諜として、戦場に身を置いていた時から。

 彼は以前、言っていた。スパイ活動に支障をきたすといけないから、隊員以外の人間には姿を見せない、と。

 だから、アリーシャさんはあの部隊に匿われている間も、クロさんの存在だけは知ることがなかったのだ。あたしの時と同じように。


 そんな少女が。

 二年前、ルイス隊長が助けた異国の少女が、どういうわけかロガンスの魔法学院に入学してきた。

 その名前を変えて。


 そこから貴族の不当な人身売買の事実を見抜き、彼女に宿る怨恨の念を利用して、この学院の闇を白日の元に晒す計画を思いついたのだろう。

 大きな問題を起こして、誰もが有無を言えぬ状態で舞踏会の中止や新たな入試制度の導入を提示する。


 それが、クロさんの描いたシナリオ。


 そのために、アリーシャさんを育てた。

 彼女に、復讐を実行できるだけの力を与えるために。

 時には復讐心を煽るような言葉を投げかけていたかもしれない。

 残酷だな、と思う。しかし一方で、


 さっき、フォスカー副学長に言った彼の言葉を思い出す。



『これ以上、薄汚い大人たちの私利私欲に踊らされる子どもたちを、増やすわけにはいかない。生徒自身が学びたいと思い、門を叩く。学校とは本来、そうあるべきです』



 あれはきっと、彼の本心だ。

 あたしはずっと、彼は仮面をつけているんだと思っていたが。


 …なんだ。

 この人、ちゃんと『理事長先生』だったのだ。

 本気でこの学院のことを、生徒のことを思っていたのだ。


 だから、アリーシャさんが犠牲になったことは、「仕方がない」とは言えないけれど。

 これ以上の犠牲を生まないようにするためには、必要なことだったのかもしれない。



 ……それにしたって。



「………………」



 彼は一体、何故あのタイミングで。

 キスを……したのだろう。

 それに、その前の控え室での言葉も……

 そこだけが、どうしてもわからない。



 眼鏡を外した、まるで少年のような顔をして眠る彼の黒髪に。

 あたしはそっと、指を絡ませて。



「……あなたは一体、何をずっと『我慢』していたのですか?」



 返事の貰えない問いかけを、ぽつりと呟く。


 すると。




 がしっ、とその手を掴まれ。




「きゃっ!」




 あたしは、ベッドの中に引き摺り込まれた。


 ……寝ていたはずの、クロさんに。



「く、クロさん……ずっと起きていたんですか…?!」

「…僕が、何を我慢していたか、って?」



 横向きに、抱き合うような形で密着し。


 彼はあたしごと、隠れるように頭まですっぽりと毛布で覆うと、




「……()()、だよ」




 暗い布団の中で。


 唇を、重ねてきた。


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