7.明かされる真実 II
「…あれは、二年前のことだ。戦争が、始まったばかりの頃。私の生まれ育った村は、フォルタニカ共和国のやつらに襲われ、壊滅した。瀕死の状態で倒れていたのを助けてくれたのが……そこにいる、ルイスだった」
スティリアム家に買われるまでの経緯を語り始めたアリーシャさんは。
そう言ってから、静かにルイス隊長へと視線を送った。
会場にいる人々も、一斉に隊長の方を向く。
今の話……まるで、あたしの時と同じだ。
「彼は二ヶ月ほど、隊に同行させる形で私を匿い、面倒を見てくれた。敵国の人間だというのに、親切に接してくれて……嬉しかった。とても、感謝していたんだ。そのまま私のことを、身寄りのない子供たちが暮らせる施設へと送り届けてくれた。十四歳の誕生日もそこで迎え、平和に暮らしていた。しかし……」
そこで、一度。
彼女は言葉を止め、俯いてから。
「戦争が終わって、しばらくして…ロガンスからスティリアム家の者がやってきた。そして、『使える魔法を持つガキはいないか』と施設の職員に詰め寄ったんだ。敗戦国なのだから、言うことを聞け、と……金で強請られたからかもしれない。敗戦国としての恐怖心があったのかもしれない。施設の人間は…私を、彼らに差し出した。そこからは……地獄だった。スティリアム家に連れて来られてからは、毎日毎日、魔法の特訓と称して体罰を与えられ、数ヶ月後に入学する魔法学院で成果を上げないと殺す…と、言われ続けた」
あたしは。
聞きながら、吐き気を感じた。
ひどい……あまりにも、ひどすぎる。
周りを見ると、他の生徒たちも苦しげに顔を歪めたり、涙を流していたりする。
……恐らく皆、同じような経緯を経て、ここにいるのだろう。
「ルイスに救われて、ロガンス帝国には感謝していたんだ。なのに…戦争に勝利し、私が魔法を使えるようになった途端、手のひらを返すような仕打ちを受けて……この国を、恨んだ。力をつけて、スティリアム家諸共めちゃくちゃにしてやろうと決めた。そしたら……」
くしゃっ、と。
彼女の顔が、今にも泣き出しそうに歪む。
「今日……ルイスがいるのを、見てしまって。気持ちが、押さえられなくなってしまった。どうして?優しい国だって、信じていたのに…って。こんなことになるなら、あの時、助けられずに死んだ方がマシだった。だから……」
だから……ルイス隊長に剣を向けたのか。
どんなに、辛かっただろう。絶望したことだろう。
戦争によって家族を…故郷を奪われ。助けられたと思ったら、都合よく利用され…体罰まで与えられて。
裏切られたと、そう思っただろう。
あたしも同じように、この能力に目をつけられフォルタニカの兵に連れ去られるところだったのだ。
希少な精霊を持つ、実験体にするために。
それだったら……死んだ方がマシだと、あたしも思っていたはずだ。
「みなさん……今の話を聞いて、どう思われますか?」
国王が、尋ねる。
我が子可愛さに、他国から有能な子どもたちを買った、貴族たちに向けて。
『……………』
彼らは皆、目を逸らし黙り込んだ。
国王は流れるように『署名』を記し、一番近くにいた別の男に魔法をかける。すると、
「…敗戦国から搾取して何が悪い!負けた方が悪いんだろう!天下のロガンス帝国だぞ?何をしたって許されるんだ!!」
途端に醜い内心を晒されて、慌てて口を押さえる。
「……それが、本心ですか」
国王は、酷く心苦しそうに目を伏せた。
「つくづく、自分の能力が嫌になります。他人の心の内を暴いたところで、いいことなど一つもありません」
「よく言うよ。その能力、めちゃくちゃ乱用しているくせに」
なんて、クロさんがジトッとした目を向けそう呟くが。
その男の本音に強い反応を示したのは、生徒……この国に無理矢理連れて来られた、子どもたちだった。
怒りや憎しみを露わにした表情で、貴族たちを睨みつけ、
「今までよくも、一族繁栄のための道具にしてくれたな…」
「こんなところになんか来たくなかった……本当の家族のところへ返してよ!」
そう口々に言いながら……『署名』を始めた。
いけない。仮にも彼らは、この国に連れて来られてしまうほどに優秀な能力を持っているのだ。
そんな人間が、一斉にその力を解放したら……!!
しかし、彼らを傷付けたくはない。
どうすれば…どうすればいい…?
ルイス隊長や軍部の面々が、戸惑いながらも手を構えた……その時だった。
「──我が名はルニアーナ。精霊よ。契約に従い、姿を示せ!」
呪文を唱える声が聞こえたかと思うと。
殺気立っていた生徒たちの身体に、微かな光が宿り……
まるで糸が切れた操り人形のように、突然、バタバタと倒れ始めた。
これは……
「ルナさん!!」
「す、すみません!この人たちを傷付けてはいけないと思い、勝手な真似を……」
緊張した面持ちで手をかざす、"魔法音痴"だったはずの彼女の姿がそこにはあった。
すごい、ルナさんが……魔法で、生徒たちを眠らせた。
無傷のまま、無力化する……今、この場において、これほど有効な能力はなかった。
クロさんも舞台の上で「おおっ」と小さく漏らし、
「ルナ……お前、魔法を…」
ルイス隊長も、驚きを隠せない様子で振り返る。
それを見た国王も、静かに笑みを浮かべた。
「あはは。すごいや。僕の描いたシナリオより、ずっといい」
そう、クロさんは楽しそうに笑ってから、
「──さて、自称保護者だったみなさん。いくらお家の発展の為とはいえ、人身売買はよくないですねぇ。敗戦国相手なら、何をしても許される、って?」
その瞳に、暗い暗い影を落として、
「……とんだ思い上がりだよ、ド低脳どもが」
そして再び、にっこりと可愛らしい笑みを浮かべながら。
その手で、『署名』を描き始める。
「子どもたちに罪はない。みんな可愛い学院の生徒だ。仲良くおねんねしているようですし、このままこちらでお預かりしましょう。みなさんの処遇については、追ってご連絡致しますので……」
そしてその手を、彼らに向ける。
クロさんから放たれた、黒い煙のような"影"は。
怯えた表情の貴族たちの、口や鼻、耳から、その体内へと入り込み……
「こわーい幻影でもご覧になりながら、震えてお待ちくださいね♡」
瞬間。
"影"に取り憑かれた貴族たちが、奇声を上げながら一斉に会場から逃げ出した。
一体どんな幻覚を見せたのか……考えたくもないが。
残されたのは軍部の来賓と、学院側の人間。
そして、静かに眠る生徒たち。
その、安らかな寝顔を眺めながら。
「フォスカー副学長」
「はっ、はい?!」
クロさんに突然呼ばれ、副学長は身体をビクッと震わす。
「こんな騒動を起こしてしまいましたから……舞踏会は、来年から中止ですね。そもそもこんな場で、生徒の有能さをアピールしてもらう必要などないのです。非効率だ。それよりも…」
副学長を、真剣な表情で見下ろし、
「入学の段階で有能か否か、振り分けるべきです。入学試験を導入しましょう。出自や身分に関係なく、意欲と能力とで入学を決める。一定のラインをクリアした生徒は、学費免除。これで、本当に優秀な人材を集めることができます」
「し、しかし……」
「──これ以上」
副学長の声を、即座に遮って。
「…これ以上、薄汚い大人たちの私利私欲に踊らされる子どもたちを、増やすわけにはいかない。生徒自身が学びたいと思い、門を叩く。学校とは本来、そうあるべきです。……違いますか?」
クロさんの、その言葉に。
「…………くっ」
フォスカー副学長は、何も言い返すことができなかった。
クロさんは満足気に笑う。そして、
「これでいいよね?王さま」
ロガンス王に向けて、そう問いかける。
国王は一つ頷いて、
「とても良いアイディアです。国としても、人材育成に出資は惜しみません。思いっきり、変えちゃいましょう」
「やったー」
両手を上げ、喜ぶクロさん。
しかしその目は…
喜ぶどころか、虚ろな様子で……
「ああ…疲れた。働きすぎた。これでやっと、終われる。…レンちゃん」
「はっ、はい」
「僕、ちょっとだけ寝るから……」
ふら…っと、後ろに倒れながら、
「……後のこと、ヨロシク」
そう、言い残して。
「く……クロさん!!!」
彼は、舞台の上で、気を失った。




