6.明かされる真実 I
クロさんに促されるがままに、あたしたちはバルコニーから会場の中へと戻った。
足枷だけ外し、ベアトリーチェさんがアリーシャさんを連れてくる。両手を拘束されたままの彼女を見て、そこにいる全員が畏怖と、嫌悪とを込めた視線を一斉に向けた。
「……おや。役者が一人足りないなぁ」
会場をキョロキョロと見ながら、クロさんが言う。誰かを探しているのだろうか。
「まぁいいか。問題なのは彼だけじゃない。さ、それでは本題に……」
「君が探しているのは」
クロさんの言葉に被せるように。
会場の扉が開き、誰かの声がする。
「この男かい?」
どん、と突き飛ばされ、つんのめりながら入ってきたのは……
アリーシャさんと一緒に来場した、彼女の親族と見られる男だった。皆が注目すると、「ヒィッ」と怯えた声を上げる。
「…これはこれは。ちょうどいいところに」
突き飛ばされた男性と、突き飛ばした人物を見て。
クロさんは、嬉しそうに笑う。
「貴方が来てくれるなら、話が早い。ようこそ、僕らの舞踏会へ。……ロガンス王」
ざわっ。
クロさんの言葉と共に、扉の向こうから現れたその人に。
会場中が、一層騒めく。
そこに現れたのは……静かな威厳と息を飲むような美しさを纏った。
ロガンス国王──ルナさんの、お父さまだった。
その姿を見るのはこれで二回目だが、声を聞いたのは初めてだ。低くて深みのある、なんとも心地の良い声をしている。
彼は数名の護衛を従えて、ゆっくりと広間へ入ってくると、めちゃくちゃになった会場を見回して、
「なんだか騒がしいと思って来てみれば…これは一体、どういうことだい?クロ。きちんと、説明してくれないか」
「もちろん。たった今、当事者が揃ったところですよ」
あたしは内心、焦っていた。
だってここには、隊長と……ルナさんがいる。
会うことを禁じられた二人がこの場に揃っていることを…どう、思われるか。
さいわい大勢の人に紛れ、更には一回り大きい隊長に隠れるように身を潜めたため、ルナさんの姿は見つからなかったようだが。
「さぁ。どうしてこんなことをしたのか……話してくれないかな。アリーシャさん」
クロさんの言葉に、その場にいる全員が再び彼女に視線を集める。
あたしに両手をぐちゃぐちゃにされ、ベアトリーチェさんの魔法に拘束されたままの彼女は、
「……………」
俯いたまま、じっと黙り込んでいた。
それに苛立った様子で身を乗り出したのは、フォスカー副学長だ。
「おい、貴様!国王陛下の御前であるぞ!黙秘権などない!何も語らぬと言うのなら、力尽くで……」
「まぁまぁ、待ってください」
ヒートアップする副学長をクロさんが制する。
そしてあの、好青年然とした『クローネル教授』の口調で、
「どうして、こんなことを?」
「…………」
「王宮でこのような騒ぎを起こせば、ただでは済まされないことはわかっていたはずだ。それでも、その手を振るったということは…何か、よっぽどの事情があるんだよね?」
「…………」
「話して、くれないかな?」
優しく、幼い子どもに言い聞かせるような声で、問う。
しかし、
「………………」
アリーシャさんは唇を噛み締めたまま、何も答えない。
それがわかった途端、クロさんは先生の仮面を外した素の表情で、
「……そ。なら仕方ない。王、やっちゃって」
タキシードのポケットに手を突っ込んで、国王に視線を送った。それに国王は、
「うん」
一つ頷いてから、自身の右手を掲げると。
「あまり荒っぽい真似はしたくはなかったのですが…先ほど、副学長殿が言われた通り」
空中に、『署名』をし始めた。
再び会場がどよめく。無理もない。国王自らが、魔法を使うのだから。
それは一体…どんな力なのだろう……
息を飲み、見つめる先で。
国王はあの、誰もが魅了されるような美しい笑みを浮かべて、
「……私の前では、黙秘権は存在しないのです」
『署名』を終えたその指で、アリーシャさんをさす。すると彼女の体が、微かに光った。さすがの彼女もそれには戸惑い、自分の身体を見回す。
「──では、最初の質問です。あなたのお名前は?」
国王は、穏やかな声音でそう尋ねる。彼女はやはり口を閉ざしたまま…かと思われたが。
「アリーシャ・モーエン」
そう、答えた。
答えてから、当人自身が驚いたような、焦ったような顔をした。意思に反して口が動いてしまったかのような表情だ。
クロさんが、わざとらしく小首を傾げながら、
「あれ?君って、モーエンさんじゃないよね?スティリアム家のご令嬢なはずだけど…」
「ほう。それは、どういうことですか?」
国王が言葉を継いで質問をする。
と、
「……私は、ルイアブック民国の人間だ。魔法の能力を見込まれ、スティリアム家に金で買われた。この家の、養子という形で」
「なっ…」
彼女のその言葉に、驚愕の声を上げたのはルイス隊長だった。
あたしも、驚きを隠せなかった。だって、それってつまり…人身売買……?
ルイアブックは、先の大戦であたしの母国・イストラーダ同様、このロガンス帝国に負けた国。
そこから、人を買ったということ……?
そして今ので、国王の魔法の能力もなんとなくわかった。
恐らく、これは……
質問したことに対し、必ず相手に答えさせる"精神魔法"。
アリーシャさんの、あの困惑した表情…魔法をかけられた相手は、意思とは関係なしに本当のことを話してしまうようだ。
「えっ、お金で君を?そもそも他国の人間を養子に迎えるには、国から承認をもらわないとできないはずなんだけど…」
クロさんがまたまた芝居掛かった口調でおどけてみせる。
国王は再び手を掲げ、
「今のお話は……事実ですか?」
『書名』した指先を、今度はアリーシャさんの親族だったはずの男……スティリアム卿へと向ける。
すると彼も、その質問に対し、
「…事実です。この娘を、国に隠れて、ルイアブックの孤児院から買いました」
答えてから慌てて両手で口を押さえるが、もう遅い。ここにいる全員が、それを聞いてしまった。
国王は、少し神妙な面持ちになりながら、
「どうして、そのようなことをしたのですか?」
「…我がスティリアム家には一人息子がいるのですが……身体が弱い上に、魔法の能力も戦闘向きではなく。とてもじゃないが、軍部になど入れられない。一族の繁栄のためには、なんとか親族から帝国軍従事者を出したくて、それで…」
「優秀な人材を、他国で漁った、と」
「はい」
自分が話している内容に顔を真っ青にしながら、しかし動いてしまう口を閉じられないといった様子で、スティリアム卿は目を泳がせまくっている。
しかし。
そこであたしは、気がつく。
青ざめた顔で、目を白黒させているのが……彼だけではないことに。
「おやおやぁ?」
ニタッ。
クロさんは楽しそうに口を歪ませて、
「今のお話……身に覚えがある方が、他にもいらっしゃるようですね」
タンッ、と開会の挨拶の時に立っていた舞台へと上がり、
「王に聞かれてしまう前に、ご自身の胸に手を当て聞いてみたほうが良いのでは?ねぇ、みなさん…?」
そう、悪魔のようなカオをして、笑う。
……まさか。
あたしは再度、周囲を見回す。すると。
そこにいる、招待客……選ばれた学生の親族としてここへ来ていたはずの者たちが。
全員、顔を青くしていたのだ。
「あ……」
だから、か。
この舞踏会へ招待する生徒のプロフィールを抜き出した時。
幼少期の経歴を記入する欄が、おもしろいくらいに皆真っ白だったのは。
書かなかったのではなく……書けなかったのだ。
我が子ではない、金で買った他所の子だったから。
つまり、クロさんは。
最初からそのことを知っていて。
不正な人身売買をした貴族たちを一斉に粛清するためにこの舞踏会へ招いたということか。
そしてその起爆剤として、より強い怨恨の念を持つアリーシャさんを利用した…
それにしたって彼女は、何故スティリアム卿ではなく、この国に……ルイス隊長に剣を向けたのだろうか。
「この国に連れて来られるまでの経緯を、詳しく教えてもらえますか?」
再び、国王がアリーシャさんに尋ねる。
まだ魔法の効果が続いているようで、彼女はもう諦めたような表情で。
その口を動かし、真実を語り始めた。




