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黒猫王子はメイドと踊る  作者: 河津田 眞紀
第3章 眠り姫たちの秘密
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8.花咲く晩餐会

 



 その部屋の戸を叩くと、いつものようにベアトリーチェさんが微笑みながら出迎えてくれた。

 そして、その後ろからひょこっと顔を覗かせて、


「こ、こんにちは。フェルさん」


 こちらを伺うように挨拶をしたのは、ルナさんだった。


「あの、先日は…本当にすみませんでした。急にあんな、泣いたりして…」

「そんな、全然気にしていませんよ。あたしの方こそごめんなさい。知った風な口をきいてしまいましたね」


 ベアトリーチェさんに促され、いつものソファへと座りながらルナさんに謝罪をする。すると彼女は顔をぶんぶん横に振って、


「いいえ、嬉しかったんです。フェルさんに、あんな風に言っていただけて…私、もっと自分を信じて頑張ってみようと思います!」


 ぐっと両の拳を握りしめて、力強くそう言った。

 それに、心から『よかった』と思う。どうやら本当に傷付けたわけではなかったようだ。


「それで…せめてものお詫びと思って、これを…」


 ルナさんが言いながら、ベアトリーチェさんに目配せをする。彼女は頷くと、戸棚から一枚のお皿を持ってきた。そこに乗っていたのは、


「わ、クッキーですか?美味しそう!」


 ココア生地が混じったチェッカー模様のもの、真ん中をハート型にくり抜き赤いキャンディを固めたもの…どれも見ているだけで心が踊るような、可愛らしい形をしたたくさんのクッキーだった。


「私とビーチェで焼いたのです。甘いものは、お好きですか?」

「もちろん!大好きです!」

「よかった!紅茶も入れますから、よかったら召し上がってください。お口に合うと良いのですが…」


 と、ルナさんが言っている間にベアトリーチェさんは紅茶の入ったティーカップを二つ、テーブルに置いてくれる。アップルティーだろうか、甘い香りが湯気から漂っている。

 ていうか…あらためて考えると、これってすごいな。王女様があたしのために、わざわざクッキーを手作りしてくださるだなんて…


「なんだかすみません。かえってお手を煩わせてしまいましたね」

「いえ、お詫びと言いつつ、私たちも楽しんで作らせていただきましたから。さぁ、どうぞ」


 ルナさんに言われ、あたしは遠慮なく一枚手に取り、サクッと一口かじってみる。

 ……うぅん。


「美味しい〜♡」

「よかった」


 いや、お世辞抜きに本当に美味しい。生地は程よくサクサクほろほろ、バターの香ばしい香りが鼻に抜ける。上品な甘さで、いくらでも食べられてしまいそうだ。


「すごい…ルナさん、お菓子作りお上手なんですね」

「えへへ、作れるのはクッキーだけなのですけれど。昔から、母とビーチェと一緒によく作っていましたから」


 お母さん…亡くなった王妃様か。ご自身でお菓子作りをするなんて、きっとルナさんと同じ飾らない人だったのだろう。

 ルイス隊長に作ったことはあったのかな…?いや、これは下手に聞かない方がいいか。

 あたしは暫しクッキーの美味しさに酔い痴れ、アップルティーを一口飲んでから、「ん!」と声を上げる。いけない、伝えたいことがあるのだった。


「実はあたしもルナさんにお渡ししたいものがあるんです。じゃーん!」

「これは…?」


 首を傾げるルナさんに、あたしはプリントを数枚差し出す。先ほど、ゲイリー先生にいただいた『体術』の入門編がまとまった資料だ。


「『体術』専門の教授からいただいてきたんです。そこで、魔法の特訓にすごく有益なことを教えていただいたんですよ」

「まぁ、わざわざありがとうございます。それで、『有益なこと』とは…?」


 ワクワクした様子で身を乗り出すルナさんに、あたしは人差し指を立て少し得意げに語り出した。


 あたしやルナさんの魔法は、対象物があって初めて発動するものであること。

 つまり訓練するなら、魔法の対象となる"練習台"があったほうがより効果的であること。

 例えばあたしの場合、鶏肉などを使うと良いと言われたこと。


 ルナさんはあたしの拙い説明に目をキラキラと輝かせて、


「なるほど…おっしゃる通りですね。確かに、イメージを膨らませても実践する機会がないので、なかなか自信に繋がらなくて…」

「そうなんですよね。水や火を生み出すような魔法なら、一人でいくらでも練習できたのかもしれませんが…我々の場合、そうもいきませんから」

「言われてみれば当たり前のことなのですけれどね。その発想を今まで持ち合わせていませんでした。それにしても…『鶏肉』がおすすめというお話は、面白いです。ユーモアのある先生で、きっと授業も楽しいんでしょうね」


 口元に手を当てクスクスと笑う彼女に、あたしは再び人差し指を立てて、


「そこで、ルナさんにお話がもう一つ」

「?」

「ルナさんの魔法の練習台にするなら、何が適切か考えてみたのです。鶏肉は、残念ながら寝たり起きたりしませんから」

「はっ。確かに」


 ルナさん、やっぱり気付いていなかったのか。


「ですので…」


 あたしは立てた指をそのまま、窓際の花瓶へと向け、


「花を練習台にする、というのはいかがでしょうか?種類によっては、夜になると花弁を閉じて眠るものがあると聞いたことがあります。人間や動物に比べると分かりづらいかもしれないのですが…どうでしょう?」


 そう、伺う。

 ルナさんは、花瓶に飾られた花をしばらく見つめた後、こちらへ首を戻して。

 二回、ゆっくりと瞬きをしてから、


「フェルさん……あなたは、天才です!!」

「やったー!!」


 ぱぁああっ、と満面の笑みを浮かべる彼女に、あたしも思わず笑顔になる。


「と、言うことで。クロさんに教わった『精霊学』を踏まえて、今後は練習台を使った本格的な特訓をしましょう!」

「はい!!」


 おー!と言わんばかりに腕を上げ、二人して立ち上がる。その様を、ベアトリーチェさんはにこにこと眺めていた。





 その後、あたしとルナさんはまずお城の厨房へ向かった。これから時々、調理前の新鮮なお肉を貸していただくことはできないか、料理長に聞いてみたのだ。練習台にしたお肉をその日のあたしの夕食として使うという条件で、了承を得ることができた。おそらくルナさんがいたから承諾してくれたのだろうけど…

 次に、お城の庭園を管理する庭師さんに会いに行った。"眠る"植物がこの庭にないか伺うと、『はにかみ草』と呼ばれる黄色い花があるとのこと。それを鉢へ植えて、ルナさんへ渡してくれた。


 さぁ、これで材料は揃った。

 しかし、もうすっかり遅い時間になってしまっていた。ルナさんの部屋を訪れた時には、既に日が暮れていたのだから無理もない。本格的な特訓は、また次回からだ。

「夕食をぜひ一緒に」と言っていただけたので、そのままあたしはルナさんと晩ご飯を共にした。そこで、次回までの宿題を考えた。

 魔法を発動させた時のことを振り返り、どんなことが出来たのか、自分の能力の輪郭をはっきりとさせてみること。

 精霊の暴走を引き起こしてしまった時の状況を、もう一度思い出し原因を探ること。

 そして。

 十四歳までの人生を省みて、自分が何故この精霊を授かるに至ったのか、理由を考えてみること。

 つまりは『自分と向き合う』ということを、してみることにしたのだ。



「あらためて向き合おうとすると、なんだか難しいというか…ちょっと怖い気もします」

「そうですね。思い出したくないことなんかも、正直ありますから」


 スープを飲む手を止めて言うルナさんに、あたしも同意する。


「でも、クロさん曰く『自分を正しく認識すること』が、魔法を使いこなす上での第一歩らしいです。自分の力で何が出来るのかを知らないまま魔法を使うのも、それはそれで怖いですからね」

「……そうですね」


 ルナさんにそうは言ったものの、あたしも自己分析なんてしたことがない。何が正解なのかわからないが…手始めに、ノートにでも書き出してみようかな。クロさんの講義を受けている生徒の中には、そうしている子もいるようだったし。

 と、白身魚のムニエルをぱくっと一口頬張ったところで、


「そういえば…クロードは今日も例の生徒さんと個人レッスンなのですか?」

「え?」


 ルナさんに急に話を振られ、思わず魚を切るナイフを空振りする。が、気を取り直して、


「ま、まぁ…そうですね。学院で講義がある日はいつも、放課後残って教えているみたいです」

「講義がある日、というと、週に三回くらいありますよね。そんなに熱心に指導しているのですね」


 そこですかさず、後ろで控えていたベアトリーチェさんが、


「フェレンティーナさん、ちゃんとクローネル指揮官に"恋人の時間"、作ってもらっているのですか?」


 こちらに耳打ちするようにそう聞いてきたので、危うくむせそうになる。むむぅ、あなたやっぱりこういうお話がお好きなのですね…?

 それを聞いたルナさんも、コクコク頷いて期待の眼差しをこちらに向けてくる。これは…話題の軸が完全にこちらに回ってきてしまったな。


「こ、恋人の時間…」


 確かにそう言われると、仕事モードでいる時間のほうが圧倒的に長いが…

 でも、今日はちょっとだけ…アレなことがあったりもしたし…


「うーん…頻度で言えば、一週間から十日に一回のペースで…ちょっとそれっぽい空気になりますかね」

『それっぽい空気?』


 ルナさんとベアトリーチェさんが声をハモらせ、ずいっとこちらに近付いてきたので、思わず仰け反る。頼むから、そんなワクワクした瞳で見つめないでいただきたい。


「えと……例えば、今日なんかは…」

『今日?!』

「ああもう!恥ずかしいからいちいち反応しないでください!……今日は、理事長室で書類の整理していたら……突然、後ろからぎゅってされて」


 そこまで言うと、ルナさんの喉がコクッと鳴った。やめて、こっちまでドキドキしてくる。


「……『いい匂い』だって、言われました」

『きゃーっ!!』


 言うなり、二人は抱き合い黄色い悲鳴を上げた。

 ううう…何コレ、羞恥プレイ?


「すごい…フェルさん、オトナですっ!」

「あのクローネル指揮官が、そんな甘々なことするなんて…意外過ぎます」


 などと口々に言うルナさんとベアトリーチェさんだが。

 …本当はその後押し倒されて、全身の匂いを嗅がれまくって変な気持ちになってしまっただなんて……口が裂けても言えない。


「でも…十日に一遍とは、少な過ぎませんか?せっかくこちらへ住まいを移されて、毎日顔を合わせているのに」

「確かにそうですね。フェルさん、寂しい思いはされていませんか?」


 またまたベアトリーチェさんとルナさんに交互に言われ。


「寂しい、思い…」


 呟いてから、考える。

 恋人になった直後から一ヶ月間会えなかった時期を経て、やっと毎日一緒にいられるようになったと思ったら…彼は仕事漬けの日々で、構ってもらえるのは彼の気が向いた時だけ。

 抱き締められたり、膝枕をしたりとスキンシップはたまにあるが。

 キスなんか、もう一ヶ月近くしてもらえていない。

 でもそれは、仕方がないことだとも思う。だって彼は、本当に忙しいのだ。色恋にうつつを抜かす暇なんてないくらいに。そして、文句や毒を吐きつつもしっかり仕事をこなす彼を、あたしは『かっこいい』と思っているから。

 だから、毎日キスやハグが出来なくったって、それは仕方がないこと…


 ていうか…あれ?そもそも恋人同士って、そんな頻繁にイチャイチャしないものなのかな?これが普通?あたしが欲しがりすぎているだけ?

 お付き合いすること自体が初めてなので、その辺りの常識や感覚がよくわからないのだが…

 しかしはっきりとわかるのは、『寂しいか?』と聞かれたら、


「そりゃあ……寂しくないと言ったら、嘘になりますよ」


 ということである。


「でもクロさん、本当に忙しいですから。あまり我が儘は言っていられません」

「フェルさん…」


 あたしの言葉に、何故かルナさんがしゅんとする。

 ルナさんなんか、大好きな人ともう三年も会えていないのに。まるで自分のことのようにあたしの気持ちを慮ってくれている。

 この人がいてくれるからこそ、あたしはまだまだ弱音を吐いていられないと、そう思えるのだ。


「心配してくれてありがとう、ルナさん。けど、あたしは大丈夫です。ルナさんと特訓して魔法を使いこなせるようになったら、クロさんにいっぱい褒めてもらいますから!」


 そう、にっこり微笑んで言ってみせる。

 そうだ。今はこの寂しさを、アリーシャさんへの嫉妬心を、魔法習得の燃料に変えていこう。それが、一番いい。

 それにルナさんだって、魔法をコントロールできるようになったらルイス隊長に会えるかもしれないのだから。

 そんな気持ちを込めて、ルナさんに笑みを向けるが。

 彼女はまだ少し、心配そうな眼差しでこちらを見つめてきて、


「…あまり自分を押し殺さず、甘えられる時に甘えてみたって、良いと思いますよ」


 なんてことを言う。

 それは、突然想い人に会えなくなってしまったルナさんだからこそ言える言葉だったのかもしれない。


「…そうですね。爆発する前にちょっとずつ、あたしからも甘えてみます」


 言われてみれば、あたしからモーションをかけることはほとんどなかった。なんと言うか、仕事の邪魔しちゃいけないし、あまり(こちら)からぐいぐい行くのもはしたないかな、などと思っていたのだが…

 もう恋人同士なんだから、遠慮してなんかいられない。触れたい時には、こちらから触れてみたっていいはずだ。


 うん、と一つ頷いて、顔を上げると。

 ベアトリーチェさんとルナさんが、嬉しそうにこちらを眺めていて。


「ふふ。フェレンティーナさんに甘えられたら、指揮官どんな顔をするのかしら」

「確かに…それはちょっと気になりますね」

「だから、恥ずかしいのでやめて下さい!!」


 嗚呼、完全に話題提供を期待されている…貴重な恋バナ供給源だと思われているな…?

 口元を押さえ微笑む二人に。

 あたしは顔が熱くなるのを感じながら、無言で目を逸らした。


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