7.ライムライトに導かれ
クロさんに言われた通り、舞踏会の暫定メンバーのプロフィールを抜き出しまとめ、引き出しにしまい。
乱れていた髪と、衣服を整えて。
「……よし」
鏡を見て、頷く。
今日はこれから、ルナさんのところへ行くのだ。熱に浮かされた顔をぶら下げてお会いするわけにはいかない。
泣かせてしまったあの日から三日が経つが、気持ちは落ち着いただろうか。
ベアトリーチェさんから、ルナさんにまつわる事情も聞けた。まずは彼女の"魔法音痴"を少しでも克服してあげたい。
せめて、呪文を唱え『署名』をすれば、普通に魔法が発動するくらいには…
しかし一体、どこからアプローチしていけばよいのか…
うーん、と少し唸りながら、理事長室を出て鍵をかける。ここは二号館の四階。いつものように一階へ降りて、庭園を抜けて城に戻ろう。
と、ちょうど下校する学生たちが一斉に階段を降りているところで、あたしはその波に飲み込まれるような形で階段を下った。なんだか動物の群れの中に一匹だけ、種類の違う自分が紛れてしまった気分だ。同じ制服を纏った学生の中に、スーツ姿の自分が一人。
なんてことを考えていると、がやがやと談笑しながら一階を目指す学生たちの中から、ふとこんな会話が聞こえてきた。
「あ〜今日もゲイリー先生、超かっこよかった〜」
「ビジュアルも最高だけど、教え方がうまいんだよねー」
「そうそう!クローネル先生も王子様っぽくていいけど、ゲイリー先生はまさに『体術担当』って感じで、男らしいあの感じがたまらなーい」
『わかる〜』
声の方を見ると、三人の女子生徒がきゃっきゃっと楽しそうに話をしている。
…ていうか、クロさんてやっぱり『王子様』キャラとして認識されているのか。本性を知ったら、とてもじゃないがそんなこと言えなくなる。あれは王子は王子でも、悪魔城の腹黒王子よ。
そう、頭から角を生やしたクロさんを想像する一方で。
「……体術、か」
雑踏に紛れ、小さく呟く。
この学院では、魔法の体得に向けて様々な角度からの講義をおこなっている。
一つは、歴史学。先人の知恵を学ぶことで、魔法の正しい使い方を考える。
一つは、精霊学。哲学、とも呼べるかもしれない。魔法を扱う上での精神の在り方と、精霊の性質についての理解を深める。クロさんが教授として教えを説いているのは、この部分だ。
そして、もう一つが。
実際に魔法を使う上での身体の使い方を学ぶ、体術である。
ルナさん(と、ついでにあたし)が魔法をうまく使いこなせるようになるには、この体術からのアプローチも取り入れたほうがいいのだろうか。
ルナさんの"魔法音痴"の根本的な原因は、精神面にあることは間違いないだろう。しかし、内面にばかり向き合っていたら、それこそ気が滅入ってしまいそうだ。
身体を動かせばそれだけ『特訓』っぽさも出て、達成感が得られるかもしれない。
…うん、いい考えな気がする。そうと決まれば…
あたしは一階を目指す生徒たちの群れから抜け、二階へと降りた。いくつかある教授たちの研究室の中に、先ほど耳にしたゲイリー・カティウス先生の部屋があったはず。
廊下を進み、一つ一つ表札をあらためる。ビンゴ。ゲイリー先生の名前は、一番奥の部屋にあった。
「…………」
勢いで来てしまったけれど、どんな先生だったっけ?
数少ない体術担当として名前はよく見かけるが、学院の会議には出席されたことがないし、入学式でちらっと見かけたくらいだ。
生徒でもない自分がいきなり行って、怪しまれないだろうか。
…いや、ルナさんのためだ。新入生用のプリントなんかを分けていただけないか、聞くだけ聞いてみよう。
ふぅ…と、息を吐いて。
──コンコン。
思い切って、ドアをノックした。すると、
「はーい、どうぞ」
そんな明るい声が、中から聞こえてきて。
「し、失礼します」
あたしはドアノブを捻り、ゆっくりと部屋の戸を開けた。
綺麗に整頓された本棚、人体の骨格や筋肉の標本が複数。それから、トレーニング器具らしきものも。
それらに囲まれた、木製の広い机の向こうで。
「おや、珍しいお客さんですね。こんにちは」
そう言って立ち上がったのは、若い男性だった。二十代半ばくらいか。金色の短髪に、青い瞳。背の高い筋肉質の身体。そして、白い歯が光る爽やかな笑顔。
なるほど、この人がゲイリー先生か。確かに女子生徒から人気が出そうな雰囲気だ。
「こんにちは。突然すみません。私…」
「理事長先生の秘書の方、ですよね?」
名乗る前にそう言われ、瞬きをする。なんと、これは自己紹介の手間が省けた。
「私のこと、ご存知なのですか?」
「ええ。お若いのにしっかりされているなぁと、印象に残っていました」
「と、とんでもないです。…ありがとうございます」
「それで、理事長先生から何か?」
「いえ、今日は理事長ではなく…私の、個人的な用件で伺わせていただきました」
「個人的な用件?」
あたしは「はい」と答えてから、一度言葉を止める。
ここで馬鹿正直にルナさんの名前を出すのは避けたほうがいいんだろうな。ルナさんの"魔法音痴"は広く知られるべきではないし、王女の名前を出してゲイリー先生に構えられても話しづらい。
と、なると。
「実は、お恥ずかしい話なのですが……私、魔法を使いこなすことができないのです」
「ほう」
「魔法学院理事長の秘書でありながらこのままではいけないと思い、自分で色々と勉強し始めているところなのですが…体術に関する知識がなかなか得られなくて」
「なるほど。それで、僕のところに」
「はい、ゲイリー教授は生徒からの信頼がとても厚い方だと伺っております。それで……誠に厚かましいお願いなのですが…」
「講義の資料など、差し上げましょうか?」
「えっ」
欲しい言葉を先回りされ、思わず素の声を上げる。ゲイリー先生はにこりと笑って、
「必要あらばレクチャーもしますよ。『学びたい者には全力で応える』。それが、僕のモットーですから」
と、本物の好青年スマイルを浮かべ、そう言った。
ええ…やだ、めっちゃいい人…しかも、話が早い。普段クロさんの読めない言動に振り回されているからか、こういう物分かりの良い会話がものすごく有り難く感じる…
「あ…ありがとうございます!生徒向けのプリントなどを分けていただけると、大変助かります」
「ええ、いくらでもどうぞ。勉強し始めたばかりなのであれば…新入生用がいいかな?ちょうど今日配ったものが…」
そう言って机の引き出しからプリントを数枚取り出すと、こちらへ差し出してくれた。
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
「内容についてわからないことがあれば、遠慮なく聞いてくださいね」
それを受け取り、あたしも笑顔を向ける。やった。これでルナさんを少しは喜ばせることができるかもしれない。
なんて、口元を緩ませながらいただいた資料に目を落としていると、
「ところで、秘書さんは…」
ゲイリー先生の言いかけた言葉に、そういえば名前すら名乗ってすらいなかったことに気がつき、
「あ、すみません。私、フェレンティーナ・キャラメラートといいます」
「フェレンティーナさん。見た目通りの可愛らしいお名前ですね」
なんて、嫌味のない、さらりとした口調で言われ。
…この人、絶対にモテるぞ。と、確信した。
「フェレンティーナさんの魔法は、どういった性質のものなのですか?」
「えっと…なんか、少し変わった力みたいで」
「と言うと?」
「うーん……人の持つ細胞の再生機能を、強制的に促す能力…らしいです」
「それは、すごいですね」
その結果、相手を死に至らしめる…とまではさすがに言えず。しかしゲイリー先生はそれを伝えただけで、
「では、それを『治癒』に留めることも『破壊』に至らしめることも、コントロール次第では可能、ということですね」
この、理解力である。嗚呼、さっきから会話が本当に楽だ。
「おそらく…ただ、その肝心のコントロールに自信がなくて」
「なるほど、よくわかりました。そうした対物的な能力の場合、有効な訓練方法として挙げられるのが…」
ぴっ、と。
ゲイリー先生は人差し指を立てて。
「鶏肉です」
「…………とりにく?」
予想の斜め上を行く解答に思わず眉をひそめるが、ゲイリー先生は爽やかな笑みを浮かべたまま、
「新鮮な鶏肉を使って、練習してみてください。あなたの能力は、対象物がある状態でないと鍛えていけない。しかし、本物の人体を使うわけにはいかないですから…食肉を使って、感覚を養うのです」
ぽろっ。
まさに、目からウロコだった。確かに、あたしやルナさんの魔法は性質上、対象物ありきのものだ。風や雷を生み出すルイス隊長や、氷を生成するアリーシャさんの魔法とは、そこが根本的に違う。
そうか…それなら、感覚を鍛えていけそうだ。息抜き程度に体術を学ぶつもりだったが、思わぬ収穫を得られた。
「すごい…なんだか、一気に視界が開けました。やってみます、ありがとうございます。あ、でも……」
ふと浮かんだ疑問に、あたしは小首を傾げる。
「お肉の中でも鶏肉がいい理由は、なにかあるのでしょうか?」
「いえ、特には。もちろん豚肉でも牛肉でも、ラム肉でもいいですよ。ただ…」
キラッ、とゲイリー先生は白い歯を輝かせて、
「鶏肉は、高タンパク低カロリーですから。筋肉の形成にも役立つので、訓練後に食べることを考えると、よりオススメなだけです」
「な、なるほど…」
物腰柔らかな人だけど、見た目に違わず身体を鍛えるのがお好きなのかしら…それとも、先生なりのジョーク?まだ初対面で、その辺りが図りかねるが…
いずれにせよ、とてもいいことを教えてもらえた。思い切って来てみてよかった。
「急にお伺いしてすみませんでした。本当にありがとうございます。資料、読ませていただきますね」
「いいえ。よかったら来週もまた新しいプリントを差し上げますので、おっしゃってください」
「はい!」
深々とお辞儀をして、あたしは研究室を後にした。
…本当に、いい人だった。また来週、続きの資料をもらいに行こう。
さて、と。
ゲイリー先生の研究室を一瞥し、あたしは再び一階を目指して階段を降りる。
ルナさんに、早くこの練習方法を教えてあげたい。そのためにはまず、鶏肉を用意しなければ…
ん、待てよ。
あたしの能力の練習なら、確かに食肉が適しているかもしれない。しかし…
ルナさんの場合、それでは意味がないのでは?
彼女の能力は、対象物を眠らせるもの。
精肉が、眠ったり起きたりするわけがない。
しまった。どうしよう。ルナさんは、なにを対象に練習すればいいんだ…?
あたしは、頭を抱えた。それこそ人間や動物を使うわけにもいかない。何日も眠らせてしまう可能性だってあるのだから。
困ったぞ…自分のことだけで、糠喜びしてしまっていたが……
と。
「……あ…」
一階の昇降口から、庭園へと足を踏み入れた時。
ふわっと香る、薔薇の匂いに包まれ……
あたしは、ある名案をひらめく。
「………これだ」
これならきっと、ルナさんの練習にはもってこいのはずだ。
あたしはまるで背中に羽が生えたように。
軽やかな気持ちで庭園を抜け、足早にロガンス城へと向かった。




