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黒猫王子はメイドと踊る  作者: 河津田 眞紀
第1章 ロガンス城
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1.在りし日のシンデレラ

前作『黒猫王子は月夜に笑う』の結末部分から直結するお話です。

 



 ──あれは、そう。

 つい、一週間前の。


 月夜の、晩のこと。





「……っ、ん」



 車輪の廻るゴトゴトという音の合間に隠れるように。

 湿った音と、悩ましげな吐息が、馬車の中に満ちる。



『一ヶ月分のロス、城に着くまでに取り戻すから……覚悟しておいてね?』



 その言葉通り、一ヶ月間会えなかった分の空白を埋めるように。

 彼はあたしを、馬車の座席に押し倒し。

 キスの雨を降らせたのだ。




「……っは……も、やめ……」


 息継ぎもできないほどの口づけに、堪らず顔を逸らすが、


「…ダメ。まだ足りない」


 顎を掴まれ、また唇を塞がれる。

 絡まる舌の感覚に、くちゅくちゅと響くいやらしい音に。

 脳みそが溶かされていく。


 ふいにリップ音を鳴らして、彼が一度離れたかと思えば、


「舌…出して?」


 そう、囁いた。


 ああ、だめだ。その瞳で見つめられては。

 窓の外に広がる、夜の空より深くて暗いその瞳で命じられては。

 もう何も、抵抗ができない。


 あたしは荒い息のまま、犬みたいにみっともなく舌を突き出す。

 触れる空気が、ひんやりと冷たい。

 なんてぼんやり感じていると、それはすぐに生温かいものに包まれた。

 彼に、食べられたのだ。

 アイスキャンディのようにねっとりと舐められ、咥えられ。

 味わうように、弄ぶように、蹂躙される。



 どうしよう。

 彼にあちこち、とろとろに溶かされてしまった。

 あたしばっかり、あたしばっかり蕩けて。

 ずるい。



 そっと、彼の頬に両手を添えてから。


「…………っ」


 半ば無意識に。

 彼の舌の根を探るように、深く深く。

 自ら舌を、絡ませていた。



「…………は」


 しばらくの後。

 舌と舌の間に糸を引きながら離れ。

 彼が、ニヤリと笑う。


「……やるじゃん」


 熱の上がったその表情に。

 もう限界だったはずの鼓動が、また跳ね上がる。


 彼は、瞳を逸らさぬまま。

 あたしの脇腹から腰へと、身体のラインを確かめるように、右手を這わす。

 くすぐったいような感覚に、少しだけ身をよじるが。

 その手はそのまま…

 スカートの下の、太ももへと……





 ………というところで。



「ゥオッホン!!」



 外で馬を操る御者さんが、大きく咳払いをした。

 それに、あたしとクロさんはビクッと身体を震わせて、


『………………………』


 静かに離れ、座り直した。



 あああ……やってしまった。

 こんな、こんな……人がすぐ近くにいるところで、あたしときたら何をやっているのだろうか。



 と、恥ずかしさに顔を手で覆いつつ。

 ちら、と指の隙間からクロさんを覗き見ると、


「………………」


 彼もまた、珍しく……気まずそうに足を組み、窓の外に目を向けていた。

 そして、あたしの視線に気がつくと。


『………………………』


 暫し見つめ合ってから。

 二人同時に、吹き出した。

 声を出さぬよう、くすくすと肩を震わせる。


 それから彼は、口の横に手を当て目を細めると、


「……えっち♡」


 小声で、そう言った。


「なっ!えっちなのはクロさんの方で……!!」

「しっ、声が大きい」


 思わず立ち上がり抗議しようとするが。


「…………」


 車輪の廻るガタガタという音に、御者さんの無言の圧力みたいなものを感じて。

 おとなしく、腰を下ろした。


 悶々としながら座ったあたしの手に。

 クロさんが、自分のをそっと重ねた。

 少し驚いて、彼を見れば。

 その眼差しは、吸い込まれそうなほど優しくて。


「…………………」


 ちょっとだけ、甘えてもいいかな。

 だって一ヶ月も会っていなかったんだし、いいでしょ?

 なんて、頭の中で言い訳をして。

 あたしは、彼の肩に頭を預けてみた。

 彼は、何も言わずにそれを受け入れてくれた。




 あたしの母国・イストラーダ王国とロガンス帝国を結ぶ一本の街道。

 草木も眠る夜更けに、あたしは馬車に乗り、国を出た。

 隣に座る、王子様のお迎えで。




「………もうすぐつくよ」


 クロさんの言葉に、あたしは窓から顔を出し前方を見る。

 すると、


「……うわぁ………」


 レンガ造りの綺麗な街並みと、それに囲まれるようにしてそびえ立つ美しい城が、目に飛び込んできた。

 あれが、ロガンス城。

 白い外壁に、天高く伸びるいくつもの塔。それが光に照らされて、夜の闇の中で一際美しく浮かび上がっている。


 馬車は背の高い鉄製の門をくぐると、城下町へと入った。

 今は深夜。街行く人は一人もいないが、色とりどりの商店やバルコニーに花を飾る家々を眺めると、この街の華やかな豊かさが感じられた。

 そのまま馬車は、緩やかな坂道を登ってロガンス城を目指す。


 クロさん曰く、このお城こそが彼の仕事場兼住居らしいが…本当に、あたしまでこんなところに住んでしまっていいのだろうか。


 と、緊張を高まらせている内に、あっという間にお城の外壁の前まで辿り着いた。ギギギ、と音を立て、お堀に木製の橋が架かる。馬車はその上を渡り、しばらく走ったのちに、お城の敷地内で停まった。


「お疲れ様でございました」


 そう言ってドアを開ける御者さんの顔を、あたしは見れないまま会釈だけをして馬車を降りる。


 そして、見上げる。

 本当に、来てしまった。本物の……お城だ。石造りの、白亜の城。真下から見上げると、塔の先が見えないほどに高い。所々に取り付けられた窓の、これまた大きいこと。

 お堀に囲まれた敷地内には樹木や花が植えられており、よく手入れされているのが見て取れる。奥に見えるのは、バラ園だろうか。とても良い香りがする。


「こっち」


 そわそわと辺りを見回しているあたしを、クロさんが呼んだ。

 声の方を見ると、彼はお城の裏口と思しき扉に鍵を回している。ガチャンと音を立てて木製のドアが開くと、その先には螺旋状の階段が続いていた。

 クロさんの後ろについてそれを上ってゆく。高くこだまする足音に合わせて、鼓動が加速するのがわかる。


 すごい。お城の中に入っちゃった。夢みたいだ。


 緊張と興奮とを抱えながらぐるぐると上がっていくと、再び正面にドアが現れた。クロさんは慣れた手つきでそれを開ける。と…


 いよいよ、"お城の中"という景色が広がっていた。

 赤い絨毯がずうっと続く、長い廊下。なんて高い天井だろう、微かな音でも響きそうだ。

 片側に大きな窓と、大きなカーテン。もう一方の壁側には部屋があるのか、豪華な造りのドアがぽつぽつと点在し、その間には花や絵が飾られていた。

 クロさんはそのドアの内の一つ、廊下の突き当たりから二番目の部屋の前に向かうと、そこであたしの荷物を床に置いた。


「ここが、君の部屋」


 近付くあたしに、銀色の鍵を一つ手渡して。

 開けてみて、と目で合図する。

 一度、その鍵をじっと見つめてから。

 あたしは、意を決して鍵穴にそれを差し込んだ。


 ──ガチャッ、キィ…



「……………」



 その部屋の、あまりの広さ・絢爛さに。

 あたしは言葉を失った。


 数時間前まで過ごしていた自室の三倍はあろうかという広さ。ベッドはこれ…キングサイズか?二、三回寝返り打っても落ちそうにない。しかも、乙女の憧れ・天蓋付きだ。

 テーブル、椅子、クローゼットに鏡…置かれた調度品も、どれも高級であることが伺える。

 呆気に取られながら足を踏み入れると、絨毯もまた一級品。これはおそらく、手織りのものだ。艶からして、シルクを使っているのではなかろうか。


 さすが王宮。一切の手抜きなし。


 ……と、半年前まではいちおう領主様の使用人としてお屋敷で働いていた身としては、多少目が利くわけだが。

 兎に角、


「こんなお部屋……あたしにはもったいないです」


 振り返り、クロさんに言う。

 なんの身分も階級もない、なんなら少し前まで戦争相手だった国の人間が住むような部屋ではない。あまりにも贅沢すぎる。

 しかし彼は肩を竦めて、


「せっかく僕の隣を空けたんだから、そう言わずに使ってくれない?」


 なんて言ってきて。


「……え?クロさんのお部屋、お隣なんですか?」

「そうだよ。すぐ横の、突き当たりの部屋。だから…」


 キィ…

 と、後ろ手に部屋のドアを閉めて。



「いつでも会いたい時に会えちゃうんだけど……何かご不満?」



 暗い部屋に、閉じ込めるようにして。

 囁く彼の目だけが、妖しげに光っている。



「……………………ここでお願いします」

「わかればよろしい」



 嗚呼、『隣の部屋』『いつでも会える』というワードにいかがわしい想像を禁じ得ない自分が恥ずかしい…


「で…今夜はどうする?」

「な、なにがですか?」

「わかってるクセに」


 クロさんの問いかけに、心臓がどきりと脈を打つ。

 言葉を返す前に彼は、あたしの赤い髪を手に取ると。

 そっと、それに口づけをして、



「……………一緒に、寝る?」



 口を歪ませて、誘うように言うもんだから。

 あたしの心臓は、いよいよぶっ壊れるんじゃないかってくらいにバクバク暴れ出して……

 何も言えないまま、ただ口を真一文字に結んでいると。



 くすっ、と笑う彼。



「なーんてね。もう遅いし、僕も明日仕事あるから。今日はおとなしく寝よう」


 そう言って、パッと手を離した。

 それから、あたしの額にちゅっとキスをすると、



「おやすみ。僕のお姫さま。また、明日ね」



 本物の王子様みたいに優しい微笑みを残して。


 彼は、部屋を後にしたのだった。



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