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黒猫王子はメイドと踊る  作者: 河津田 眞紀
第3章 眠り姫たちの秘密
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1.魔法少女同盟 I

 



 王立エストレイア魔法学院の、二号館の一階。

 その昇降口から出ると、手入れの行き届いた庭園が広がっている。季節ごとに咲く様々な種類の花が植えられており、今は見事なまでの薔薇園になっていた。


 庭園の中央に伸びるレンガ畳を進むと、あたしの背の何倍もある高い壁と、それに囲まれた巨大な門が現れる。

 これが、この学院とロガンス城とを繋ぐ通用門だ。

 あたしはいつものように守衛さんに通行証を見せ、開けられた門をくぐり、城壁の内側へと入る。

 そして再び、門が閉じられるのを。


「…………」


 振り返り、眺めた。


 あの人は、まだあの学院(なか)にいる。門を隔てた、あちら側に。


 あたしではない、別の子と一緒に──






「……はああぁ」


 深く深く、胸の中に蔓延(はびこ)る黒いモノを全て追い出すように、息を吐いて。

 ぱっと、あたしは顔を上げる。

 目の前にあるのは、このお城で最も分厚く、最も豪華な造りをした扉だ。

 それを、ノックすると。


「はい…あら、フェレンティーナさん」


 ドアを開け、ベアトリーチェさんがにこやかに迎えてくれる。今日も今日とて、色っぽい。

 そして、その奥、


「フェルさん!来てくれたのですね!」


 まるで飼い主を見つけた仔犬のように満開の笑顔で駆け寄ってくるのは、このロガンス帝国の王女・ルニアーナ姫だ。


 この部屋を訪ねるのは、これで五度目か。会う度にいろいろな話をして、すっかり仲良くなってしまった。大国の姫君だというのに…畏れ多い。

 けれど、あたしもこちらには友だちはおろか、話し相手すらまともにいない状態なので、ここが心のオアシスと化してしまっていることもまた事実なのだった。



「ルナさん、こんにちは。クロさんにお遣いを頼まれて、伺わせていただきました」

「おつかい?」


 愛らしく小首を傾げる彼女に、あたしは先ほどクロさんから預かった資料を差し出す。

 受け取って内容をあらためると、ルナさんは嬉しそうに笑って、


「ありがとうございます!あの、今日はこの後もまだ、お仕事でお忙しいですか?」


 と、上目遣いで尋ねてくるので、あたしは首をぶんぶん横に振る。


「全っ然。なんにもありません!今日はもう、お暇をいただきましたから」

「よかった!それでは」

「はい!」


 二人で顔を見合わせて、頷いて。


「あたしも今日は、ルナさんとお話がしたかったんです!」


 心の底から、そう伝えた。






「──まぁ。そんなことが」


 紅茶のカップを差し出しながら、ベアトリーチェさんが言う。

 大きな窓の下の、いつものソファ。そこに腰掛け、あたしは「ありがとうございます」とカップに手を添え会釈する。


「でも、すぐに処置したから二人とも無事で。本当によかったです」

「そうでしたか…魔法学院の授業というのは、常に危険が伴うものなのですね」


 あたしの言葉を、隣に座るルナさんが神妙な面持ちで聞いている。

 本来ならばクロさんが直接会いに来るはずだったのが、どうして来られなくなってしまったのか。先ほど起きた出来事を、二人に話しているところだった。


「でもその生徒さん、本当に優秀なんです。クロさんも相当期待しているのか、今日から個人レッスンをつけるって…それで来られなくなってしまったので、あたしが代わりに」

「あら。ということは、女子生徒と二人きり?フェレンティーナさん、許してしまってよかったのですか?」

「へ?」


 ベアトリーチェさんの問いかけにドキッとするが、あたしはすぐに手をパタパタと振って、


「あ、あたしなんかが許可する・しないという話ではないですから!クロさんは『先生』としての職務を全うしているだけですし…」

「確かにクロードって、冷たそうに見えてとても面倒見が良いですものね。私にもこうして、講義の資料をくれるくらいですから」


 ルナさんのフォローするような言葉に、もやもやした気持ちが少しだけ救われる。

 あたしの真っ黒な嫉妬心を、おろしたてのシルクのように真っ白なこのプリンセスの前で晒せるわけがない。これはあたしが、自分で向き合ってなんとかしなければならない問題なのだ。


 はぁ、と息をついてから。

 ふと、一つの疑問が頭に浮かぶ。


「そういえば…ルナさん、最初にお会いした時にクロさんのことを『魔法の先生』と呼んでいましたが……あれって、どういう意味なのですか?」


 そう尋ねてみた。確かにクロさんは()()を教える教授であり理事長()()だが、ルナさんの先生、というのは…と、少し気になっていたのだ。

 その質問にルナさんは、わかりやすく目を泳がせて、


「…あ……じ、実は、私……」


 ドレスの裾を掴みつつ言い淀むが、しばらくしてからしゅんと俯いて、


「…魔法のセンスが、皆無なのです。『署名』をして、契約の呪文を唱えても発動しなかったり…逆に、唱えてもいないのに魔法が暴発したりと……とても、不安定で」


 消え入りそうなくらいの小さな声で、そう言う。


「国を背負う身でありながら、本当に情けない限りです……それで少し前から、クロードに見ていただいているのです」

「そうだったのですか…」


 なるほど…そういうケースもあるんだ。それで、クロさんが直々に手解きを。さすが、国お抱えの精霊研究者なだけはある。


「最近はクロードも忙しいようで、なかなかお会いできていませんが……私も学院の授業に参加できたらいいのでしょうけど、さすがにそうもいかなくって」


 と、困ったようにルナさんが笑う。そりゃあ、お姫様が授業に参加したら学院中がお祭り騒ぎになっちゃうもんね。

 もう。クロさんもあの子に構う暇があるなら、先約のルナさんにちゃんと個人指導してあげればいいのに。

 なんて、やきもちとは別の不満がふつふつと湧いてくる。


 ──そこで。



「……そうだ」



 あたしは、あることをひらめいた。



「ルナさん!よかったら、あたしと一緒に……魔法の特訓をしませんか?」

「え?」



 急に立ち上がったあたしの言葉に、ルナさんは驚いた様子でこちらを見上げる。


「あたし、クロさんの講義を聞かせてもらっているんです。終わるまでずっと廊下で待機しているのも退屈で……さすがに上級生の授業は難しくてちんぷんかんぷんなんですが、新入生のはすごくわかりやすくて、結構真面目に聞いているんですよ。だから、そこで学んだことを、ルナさんにもお伝えできると思うんです」


 そこまで言って、あたしは自分の頬を掻きながら、


「実はあたしも、魔法の力を暴走させちゃったことがあって…クロさんに助けてもらわなかったら、本当に危なかったんです。それ以来、なんだか怖くて魔法が使えなくて…だから」


 ルナさんの華奢な手を、ぎゅっと握ると、


「クロさんに内緒で、魔法の特訓しましょう!それで、二人で使いこなせるようになって、あの人をびっくりさせちゃいましょうよ!」


 笑顔を向けて、そう言った。



 そうだ、それがいい。そうすればルナさんの魔法の練習にもなるし、あたしも…

 あたしも、魔法を使いこなせるようになって、クロさんに褒めてもらえ……

 …いや、違う違う。このままずっと自分の能力から逃げ続けるのもよくないしな。ちゃんと制御できるようにならなきゃ、うん。



 なんて、一人で理屈をこねていると。

 ルナさんは目を見開いて、ぽかんとした顔であたしを見つめて。

 やがてその大きな瞳に、うるうると涙を溜め始めた。

 あたしは慌てて、彼女の手を離す。


「あ、いや、ごめんなさい!こんな、思いつきで先走っちゃって…もちろん、無理にとは…」

「違うんです。私……嬉しくって」


 首を左右に振ると、今度は彼女の方からあたしの手を取って、


「ありがとう、フェルさん。魔法の特訓…ぜひお願いします!一緒に!」


 そう言って、向日葵が花開くような笑顔を向けてくれた。


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