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霊感体質な僕と束縛気質な彼女  作者: 節トキ
【大学一年生 六月】
15/87

働く者、恋すべからず(一)


挿絵(By みてみん)




 ほっほっうー。

 ほっうっほー。

 うっほっほー。



 煉瓦造りのオシャレな建物を前にして、僕は何度もこの呼吸を繰り返していた。


 変だなんて笑っちゃいけない。これは僕の愛する彼女が教えてくれた、オリジナルのリラックス呼吸法なのだ。



『緊張した時は、これやると落ち着くんだよ。あたしだけの、とっておきのおまじないなの。でも、リョウくんには特別に伝授してあげる。これからは、二人の秘密ね?』



 そう言って人差し指をくちびるに当て、いたずらっぽく微笑んだ彼女は、まさに地上に舞い降りた天使だった。


 エンジェルが授けてくれただけあって、効果は絶大。この呼吸法のおかげで大学にも合格できたし、バイトの面接にも受かった。



 そのバイト先というのが――今目の前にある、『レストラン・カレル』なのである。



 そう、今日は僕にとってアルバイト初日。指定された時刻より一時間も前に来たというのに、なかなか足を踏み入れられないのは、僕が超の付くヘタレだからだ。


 中学高校と新聞配達のバイトをしてきたけれど、レストランで働くのは初めて。不安で不安で、おかげで昨日はよく眠れなかった。


 じゃあ何で選んだと問われれば、答えは一つ。すごく条件が良かったから。


 キッチンで簡単な調理をするだけで、時給二千円。シフトは入りたい時いつでもOK。おまけに今なら何と、三ヶ月継続すると報奨金として一万円がもらえるという。



 ちょっと美味しすぎるよね? 怪しすぎるよね?



 そう思いながらも、行ってみるだけ行ってみよう……と恐る恐る面接に来てみたら、拍子抜けするくらい普通のレストランだった。


 店長はとても優しい人だったし、店内にも『危ないモノ』はいなかったし。




 実は僕、結城ゆうきリョウには、『普通の人には見えないモノ』が見えるという能力がある。




 なので、霊的な曰くがあればすぐにわかるんだけど、このお店にそこまで悪いモノの存在は感じなかった。多少陰の気が強いかな? という程度。このくらいなら、余裕で許容範囲内だ。


 というわけで、特に問題はなし。


 ただ一つ、ちょっとだけ気にかかったのが――。



『結城くん、先に言っておくけれど……実はこのお店では、恋愛禁止なんだ。これだけは、何があっても守ってほしい。何も君に限ったことじゃないよ、今働いてる人達にもその約束を守ってもらっているから。それでも平気? 大丈夫そう?』



 と、面接の時、店長さんから執拗に念押しされたことだ。


 高校から付き合っている彼女一筋なので問題ないと答えたら、そこで即採用決定。



 何だか妙な感じがしなくもなかったけど……もしかしたら、僕の前にいたバイトのカップルが別れ話で揉めたとか、そのせいで二人揃って辞めちゃったとか、そんな事情があるのかもしれない。あの高時給も、一気に二人抜けたせいで誰でもいいから早く働いてほしくて設定したんだと考えたら、辻褄も合う。


 それに彼女がいようといまいと、僕みたいに陰気臭くて辛気臭くて胡散臭くて顔も頭も要領も悪い男には、バイトの女の子だって見向きもしないだろう。


 何はともあれ、決まったからにはやるしかない。貯金から生活費を賄うにも限りがあるし、奨学金だって返していかなきゃならないんだから!


 スマホの時計を確認してみれば、もう就業開始時刻の十五分前になっていた。



 ほっほっうー。

 ほっうっほー。

 うっほっほー。



 今一度リラックス呼吸法で気持ちを整えると、僕は覚悟を決めて『レストラン・カレル』の扉を開いた。




「いらっしゃいませ〜! お一人様ですか?」




 風除室を抜けて店内に入った僕を出迎えてくれたのは、ブラックとホワイトのストライプを基調としたお店の制服を纏った、天使のように素晴らしく可愛い女の子だった。


 僕が凍り付いたのは、間違って天国に来ちゃったのかな? なんてアホなことを考えたからではない。




「お一人様ですよね? まさか別の女と来たなんてこと、ありませんよね? そんなことしたら、どうなるかわかってますよね? その女はたっぷりみっちりお仕置きして廃棄処分、お客様には大切な彼女への愛を思い出していただくべく、外界から断絶して監禁隔離、そこで食べる間も寝る間も惜しんで謝罪文とラブレターを書いていただきますからねぇぇぇ……あたしが許すまで、何年でも何十年でもぉぉぉ…………」




 恐ろしいことを口にしながら、エンジェルスマイルから徐々に闇堕ちしていったウエイトレスは――――見間違うはずもない、僕のよく知る人物。


 芳埜よしのハルカ。ウホウホ呼吸法を僕に授けた天使……いや、僕の恋人だ。



 何故ここに、ハルカがいるんだ!?


 ていうか、勝手な妄想でガチギレしないで! 僕、何も悪いことしてないよ!?



「芳埜さん、どうかしたの?」


「あ、店長。新しいアルバイトの方がいらっしゃいました!」



 面接をしてくれたチョビ髭コロン体型の小さなおじさん……確か、宝田たからだという名の店長が現れるや、ハルカはすぐに天使に戻った。


 安堵のあまり腰が抜けそうになったけれど、ぐっと堪え、僕は店長に導かれるがまま後を付いていった。背中に穴が空きそうなほど強く注がれる、ハルカの超絶熱視線を感じながら。


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