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捌 蔵の中には

 荷物を運んだり物品を整理したりしている間に時間は過ぎ、昼休みとなった。他の手伝いの人達が社務所の一室で配られた弁当をつついている中、俺は小暮家の食卓へと案内され、栄斗と一緒にそうめんを啜っていた。


「晃一君、疲れたでしょ。たくさん食べてね」


 栄斗の母はそう言うと社務所の方へ向かって行った。二人きりになった今がチャンスだろうか。紫苑に確認を取ろうとしたが、カラスの神様はテーブルの上に置かれたマヨネーズを見ていて俺のことなど目に入っていないようだった。サラダにかけようと俺がマヨネーズに手を伸ばすと、紫苑が我に返った。


「晃一さん、栄斗さんに聞いてみては?」


 サラダにかけ終わったマヨネーズに蓋をして、テーブルに置く。


 神楽は変わらずに栄斗の近くをうろうろしている。


「なあ栄斗」

「何?」

「おまえ、夏神楽から始まる歌を知ってるか」


 栄斗の箸からそうめんが零れ落ち、めんつゆに舞い戻っていった。


「夏神楽、揺れる鈴の()、君踊る……ってやつ」

「何でオマエがそれを」


 神楽の目が輝いた。栄斗に手を伸ばす。


「その和歌は死んだ祖父ちゃんが……」


 やっぱり栄斗自身な訳ないよな。


 神楽の動きが止まる。目が見開かれ、手が震えていた。


「死んだ……? あの人が……? ……嘘よ」


 泣き崩れる神楽を紫苑が抱き留めてやる。あれほど苦手な相手でもこういう時に支えてあげるあたりすごい紳士だと思う。


「栄斗、詳しいこと教えてくれないか」

「夏神楽揺れる鈴の()君踊る星降る郷の暮れの一片(ひとひら)。っていう和歌。祖父ちゃんが、若い頃に鈴の精霊に会って仲良くなったんだって話をよくしてくれたんだ。この神社の鈴の精霊で、俺のこともきっと見守ってくれているから、って。で、祖父ちゃんはその話をするといつもこの和歌を詠うんだよ。なんでも、その精霊が夏祭りの神楽で巫女達に混ざって踊ったらしくて、それで彼女に贈ったんだって言ってたけど」


 そこまで言って、栄斗はそうめんを啜る。


「でも、何でオマエが和歌を?」

「その鈴の精霊について教えてくれないか」

「え?」


 栄斗は怪訝そうな顔で俺を見る。それはそうだろう。祖父の思い出の歌をなぜか知っていた友人に更に深く突っ込まれているのだから、おかしいと思わない方がおかしい。


「拝殿の鈴の精霊だって祖父ちゃんは言ってたけど、古くなってたから何年か前に取り換えたんだよ」

「その鈴は?」


 栄斗が眉根を寄せ、更に疑うような顔になる。


「今日のオマエ何か怖いな」

「教えてくれ栄斗。見てみたい」

「……取っておいてあるとは思うんだよな。分かった、親友の頼みだ。これ食い終わったら蔵を見に行こうぜ」

「ありがとう」

「変な晃一……」





 蔵の中は手入れがあまり行き届いていないのか埃まみれだった。しかし、わずかだが妖力を感じる。ここに神楽の本体があるのは確かだろう。


 舞い上がる埃に咳き込みながら進んでいく栄斗を、俺も咳き込みながら追う。マスクを持ってくればよかった。俺の後ろから神楽を支えた紫苑が付いてくる。


「アタシの本体……」


 突き当たりで立ち止まった栄斗が行李の蓋を開ける。中には錆び付いた鈴が入っていた。間違いない、この鈴から漂う妖力は神楽のものだ。行李の蓋をひっくり返したり斜めにしたりしていた栄斗が動きを止める。


「『廃棄』って書いてある」

「はっ?」

「こんだけボロじゃどうしようもねえからなあ。祖父ちゃんには悪いけど、仕方ないよな」


 悪寒がした。背後から発せられる威圧感に背筋が震えた。振り返ることを拒絶する。


「どうして……。どうしてそういうことするの……」

「神楽さん、落ち着いて下さい」

「あの人はアタシを遺してくれたのに……っ!」


 生暖かい湿った風が吹いた。鈴の音が蔵の中に響き渡る。鈴彦姫は温厚な妖だというが、それでも妖ではあるのだ、何かよくない現象を引き起こす可能性は十分にある。いくら広い蔵と言っても、こんな閉じられた空間で何か起こされては危険だ。


「なあ、今の音、何? 鈴?」

「気のせいじゃないか」

「何か空気が気持ち悪い」

「気のせいだろ」


 振り向きたくない。もし振り向いて神楽がまさに妖というような鬼の形相をしていたらどうしようと思うからだ。しかし、このまま何もせずにいる訳にはいかないだろう。俺は意を決して振り向く。


 そこにいたのは般若みたいな女ではなくて、ぼろぼろと涙を零して震える綺麗な女だった。飾りじゃないのよと誰かが歌っていたが、綺麗だった。


「折角見付けたのに……アタシ……消えちゃうの……?」


 子供みたいに泣きじゃくって、神楽は紫苑の胸元に顔を埋める。一瞬拒絶するような反応をしたが、泣いている女性を突き放すのはよくないという判断なのか、紫苑はぎこちない動きで神楽を翼で包む。


「晃一さん、私達は彼女の本体に辿り着きました。依頼は一応完了です。どう致しますか、この後は貴方がお決めになることです」


 何もない方向をずっと見ている俺を不審に思ったのか、栄斗に肩をつつかれた。


「晃一?」

「……栄斗」

「うん?」

「その鈴、捨てるなら俺に譲ってくれないか」

「は?」

「えっ?」

「おや」


 栄斗、神楽、紫苑がほぼ同時に声を上げた。


「譲ってくれって、このボロ鈴をか……?」

「あぁ」


 神楽からの依頼は本体を探すこと。行李を開けた時点で依頼は完了したと言っていいだろう。しかし、このまま鈴が失われていいのだろうか。本体が壊されるということは、付喪神にとっての死だ。


 新しい鈴に付け替えてなお、栄斗の祖父は鈴を大切にしまっていた。それはきっと、彼に神楽の姿が見えていたから。けれど、それだけなのだろうか。彼は、自分がこの世を去っても神楽がここに居続けることを望んだのではないのか。「鈴の精霊が見守っている」と、栄斗に語ったのはおそらくそういうことなのだろう。自分のいなくなった世界で、変わらずに神社を守って欲しいと、自分の子孫を見守って欲しいと、それが栄斗の祖父が神楽に託した望みなら、ここで神楽を消していい訳がない。


 栄斗は俺と鈴を交互に見て、


「父さんに聞いてみなきゃ分からねえけど、たぶんいいんじゃないかな。ほとんどゴミなんだし」

「よかった」

「オマエも物好きだなあ。ま、晃一が変なのは今に始まったことじゃないか」


 何だと。


「祖父ちゃん、なぜかこの鈴を外してからも大事にしててさ……。本当に鈴の精霊がいるのかもな。なんてな。引き取るからには大事にしろよな」

「もちろん」


 蔵に満ちていた嫌な空気が霧散する。紫苑達の方を見ると、神楽が俺を真っ直ぐに見ていた。涙を拭い、笑う。けれど、笑った目元から再び涙が零れた。


「ありがとう、こーいち。本体を見付けてくれて。ありがとう、アタシを守ってくれて」


 感謝されるのはいつでも嬉しいことだ。「これにて依頼完了ですね」と紫苑が微笑みかけて来たので、俺は小さく頷いた。
















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