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陸 本日の成果

 夏の長い日も傾き、今日も熱帯夜かと思う六時過ぎ。俺と紫苑は星影市の朝日家へ帰還した。


「お兄ちゃん制服のままどこ行ってたの」

「どこでもいいだろ、疲れたからちょっと休むわ」

「ご飯は?」

「後で食べる」


 二階の自室へと階段を上っていると、後ろから妹の「お兄ちゃん後で食べるんだってー」という声と母の不服そうな返事が聞こえた。


 ドアを開けてそのままベッドにダイブすると、椅子に座っていた神楽が少し驚いたような声を上げた。


「おわっ、どうしたのよ何だかぼろぼろよ」

「誰の所為だと思ってるんだ」


 結局、俺達は神楽の本体どころか鈴彦姫化している鈴すら見付けることができなかった。狐が教えてくれたリストの内、残っている神社は全て星影市内のものだ。神楽は結構遠くから来たと言っていたから、望みは薄いと考えられる。


「イケメンは?」

「紫苑ならそこに」


 携帯電話に搭載されている歩数計が五桁の数字を表示するくらい歩いて棒のようになった足で窓へ向かい、開ける。松に留まっていたカラスがふらふらと飛んできて、有翼の青年の姿になって床へ落下した。そこへ容赦なく神楽が飛び付く。


「疲れててもかっこいい! 最高!」


 振り払う気力もないんだからやめてやれ。


「で、見付かったの? アタシの本体」

「なかった」


 神楽は紫苑の体をまさぐっていた手を止め、俺を見上げる。


「なかったの?」

「今言っただろ」


 赤い瞳が伏せられる。束ねられた髪から一房零れ落ち、紫苑の顔にかかる。眠ってしまったのか、特に気にはならないのか、紫苑は黙っていた。神楽が翼を撫でていることに抵抗しないということは、疲れて眠ってしまったらしい。


「そう」


 小さく呟いて、神楽は目の前に広がる夜空を撫でた。





 夕食も済ませ、俺が風呂から戻ると神楽は夕立を抱きながら窓辺に佇んでいた。


「いい匂いね」

「妹が選んだシャンプーなんだ。アイツもだいぶませてるよな」

「もしかすると意中の男くらいいるかもしれないわよ」

「やめろ」


 神楽は静かに笑う。抱きかかえたカラスの背を撫でながら、窓の外を向く。無抵抗のまま夕立の姿で撫でられているということは熟睡しているようだ。俺も風呂であやうく眠りながら溺死するところだったが、紫苑も相当疲れているらしい。


 吹き込む夜風が神楽の髪を揺らす。鈴の音が部屋に響いた。


「揺れる鈴……」


 紅で縁取られた小さな唇が震える。


「揺れる鈴の()、君踊る……」

「何だ? それ」


 ゆるゆると首を振って神楽は俯く。


「思い出せない。もうずいぶんと昔のことだもの。でも、アタシの記憶の片隅に残っているの」

「おまえが会っていたっていう男が誰か分かればなあ……」


 机の上に置いていた携帯電話が震えた。最初から入っていたパターン三とかいう音が鳴る。


「誰だこんな時間に」


 とは言ってもまだ九時過ぎだ。俺は画面に表示される小暮栄斗という文字を眺め、通話ボタンを押す。


「何だよ」

「よう晃一ぃ」

「今日疲れてんだよ。早く休ませてくれ」

「なあなあ、明日って夏期講習休みじゃん? うちに来ないか?」


 一、二年生は七月後半の数日で終えるが、三年生の夏期講習は間に一日休みを挟んで八月前半の数日へと続く。それは俺達の通う星影高校が自称進学校だからだ。ただ、俺は講習を受けるまでもないので生物基礎を取っていない。よって後半は英語と倫理・政経だけだ。栄斗は生物基礎も倫政も取っていないが、英語がすこぶる苦手なのだから明日の休みは予習の日として有効に使うべきだ。うちに来ないかとは、ずいぶん余裕なのか、それとも諦めたのだろうか。


「遊んでる暇あるのかよ万年赤点」

「ばっ、何言ってんだよ! これだからガリ勉は!」

「ガリ勉じゃない」

「遊びじゃねえよ! オマエ町内の掲示板とか回覧板とか何も見てねえのかよ!」


 掲示板と回覧板?


「明日はうちの神社で夏祭りがあるんだよ。ポスターとか貼ってあったろ?」

「見てない」


 忘れそうになるが栄斗の家は神社だ。もっと神社の息子らしくしてほしいと思う。具体的にどういうのと言われても答えられないが。


「出店見に行けばいいのか?」

「オマエ毎年そのボケするのやめろ! それにそろそろ祭りの時期覚えてくれ何年の付き合いだよ」

「十八年かな」

「もう、いい加減覚えろよ……。で、例によって手伝いに来てほしいんだけどいいか?」


 どうせ断ることなどできないのだろう。わざわざ尋ねずに「来い」と一言言ってくれればいいのに。


「行くよ。行けばいいんだろ」

「助かるぜ! ありがとな! 持つべきものは親友だなぁ」

「で、何時に行けばいい?」

「朝から来れるか? ちゃんと昼飯も出るからさ」

「いいけど」

「じゃあ朝の八時な! 美幸と東雲ちゃんにも声かけてるから! したっけ!」


 切られた。


 耳から離した携帯電話に向かって溜息を吐いていると、神楽が不思議そうに小首を傾げてこちらを見ていた。


「悪ぃ、明日は本体探しできないかも。友達に用事頼まれちゃって」

「そう」


 少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに笑う。どう見ても無理をしている笑いだ。


「仕方ないわね、お友達の頼みじゃあ。お店で一緒にご飯食べてた子でしょ」

「あぁ、すまないな」

「ううん。大丈夫、ちゃんと見付けてくれれば。急がないから」


 今日はもう寝るわ、と言って、神楽は夕立を抱いたまま外へ出て行った。





 声が聞こえた。


「夏神楽……」


 男の声だ。そして、笛や太鼓の音。


「揺れる鈴の()、君踊る……」


 これは、先程神楽が呟いていたのと同じだ。


「星……」


 鈴の音がする。人々の笑い声。


 薄ぼんやりとしていた視界が開ける。俺は祭りの真っ只中に立っていた。周りの人々に俺の姿は見えていないようだ。


 ここは……。


 近くにあった神社の説明看板に目を留める。


 ……まさか……。











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